けれど、ミキの心が揺らぐことはなかった。今さら泣いたところで、何になる。詩織が流した涙は、こんなものでは済まなかった。これはすべて、この男が背負うべき因果応報だ。「……もしあんたに一片の良心でも残っているなら、命を懸けてあんたを愛したあの子のために、永遠に、永遠に、私たちの前から消えて。お願いだから、あの子を一人で自由にさせてあげてよ」それは警告であり、ミキなりの切実な願いでもあった。もう二度と、あの子が誰かのために涙を流す姿など見たくはなかった。......ミキは、自分が柊也を徹底的に罵倒したことを詩織には伏せていた。もしあの男の面の皮が厚ければ、詩織に向かって「君の友達にこんなことを言われた」と泣きつくかもしれない。だが、どちらにせよ詩織が味方してくれるのは自分の方だ。告げ口などすれば、自ら恥をかきに行くだけの話だった。その後、詩織の口から柊也の名前が出ることはなかった。どうやら、本当に告げ口はしなかったらしい。あの一件からの一週間、ミキは暇さえあれば窓から下を覗き込んでいた。時間が空けばわざわざマンションの下まで散歩に行き、あの男がまだ図々しく詩織にまとわりついていないか偵察を繰り返した。幸いなことに、それ以来一度も柊也の姿を見ることはなかった。ミキは心の中で忌々しく吐き捨てた。――まあ、あれだけ言われれば普通はわかるわよね。次にまたノコノコと姿を現すようなら、今度という今度は物理的に叩きのめしてやる。一方の詩織の生活も、すっかり元の活気を取り戻していた。最近は江ノ本市と北里市を頻繁に往復し、通信業界のクライアントのIPO(新規株式公開)案件に忙殺されているらしかった。週末であっても書斎にこもりきりで、仕事の手を休めようとしない。ミキが特製スープを携えて書斎をノックした時、詩織はちょうどオンライン会議の真っ最中だった。「月曜の朝礼までに、監査の最終レポートと筆頭株主の口座明細を私のメールに送っておいて。瑠美、先方への納税証明書の督促はどうなってる?」画面越しに、部下である西野瑠美(にしの るみ)の声が歯切れ悪く響く。「それが、何度か催促はしたんですが……先方の対応が鈍くて」詩織の目がスッと冷ややかに細められた。「そんな程度のタスクもこなせないなら、仕事をやめて誰か養って
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