All Chapters of 異世界で神子になり半獣ふたりに溺愛されました: Chapter 31 - Chapter 40

57 Chapters

*十五ノ二

 夜明けとともに、松葉は仕事があるために店に戻ってしまう。だから朝餉は基本的に常盤と二人で取ることが多い。 妖力は、人間界で言うエネルギー源として用いられるというが、より強い妖力を保持していると、妖力を使って調理や洗濯などの家事もこなすことができるという。「お待たせいたしました、楓さま。朝餉でございます」 使用人がほとんどいないこの屋敷では、朝餉の用意も常盤自らが行う。 医師のような仕事をしているという割に、常盤は料理が上手い。朝からきちんと出汁が利いた具沢山の汁物に卵焼き、焼き魚にふんわりと炊けたごはんは、楓がかつて食していた食事よりもはるかに美味しい。「卵焼き、美味しいよ、常盤」「それはようござました。今朝はシラスを入れてみたのです」 穏やかに箸を運び、にこやかにしている常盤だが、診療所ではきりりと音がしそうなほど厳しい一面も見せる。 楓にこそ屋敷の時のように穏やかに接してはいるものの、それでも口調は淡々としているし、見ようによっては冷たく感じられることもある。子どもの患者などは常盤が怖いと言って、女性である芙蓉らに診てもらいたいと言い出すこともあるほどだ。 この所の座学は、神事に関することから禍の病に関することにも及ぶようになり、内容に厳しさを感じることもある。しかし同時に、医師である常盤の強い想いも感じる。 だから余計に、診療所で敬遠されるのがおしい気がするのだ。「ねえ、常盤。どうして診療所ではあんまり笑わないの? 家にいる時みたいに、少し笑ったりすればいいのに」 そうすれば、もう少し患者に好かれるのでは? とまでは口にしなかったが、暗にそう言っていることは、きっと常盤も察しているだろう。 しばらくの間黙々と箸を運び、常盤が小さく息を吐いた。「松葉にも、同じことを言われたことがあります。“お前は顔が硬すぎる。だからガキが怖がって診療所に来にくくなる”と」「そうなの?」 ではどうして、それでも改めないのだろうか。楓がさらに問おうかどうか迷っていると、常盤はフッと小さく苦笑し、「どうにも。それはできないの
last updateLast Updated : 2025-09-23
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*十六 つかの間の休息と、新たな決意

 禍の病の患者数がどれほどなのかはわからないが、楓が治療を始めてから数カ月もすると、少しずつだが患者数が減ってきている気がした。 ピークの時は昼休憩も儘ならないほどに、多くの患者が訪れていた日もあったほどだが、最近では日に両手と少しほどの人数を診る程度で推移している。「たまには休みを取って、どこか気晴らしにでも行かねぇか?」 ある夜、閨でそう松葉が言い出した。その日はセックスというよりも愛撫と手淫や口淫によって精を注いだだけで、楓の体力もそう消耗していなかった。だから、翌日に響かないだろうから、遠出をしようというのだろう。「気晴らしって、どこへ?」 松柏の国は、南北に縦長な領地だ。楓が住んでいた日本で言うなら、山を北部に背負う形の地形で、南部に海が広がっている。南に行くほど日差しがあたたかで、温暖になっていく気候だと聞いている。 ほとんど屋敷とその周辺しか出歩いたことがない楓は、この国のことをほとんど知らない。それもあって、松葉は少し遠出をしようかと言うのだろう。「海なんかどうかなと思うんだよ。いまの季節なら鯵の美味いのが食えるんだ」「それならば、北の山で森林浴が涼し気で良いですよ。今頃ならヤマユリが盛りで、それは美しいですし」「花なんて見て楽しいのか? 腹も膨れねえのに。やっぱり海だよな、楓さま」「海風は無駄に体力を使うのですよ。日にも焼けますし。涼しいところでゆっくり過ごすのがいい気分転換です」 またしても意見が合わず、にらみ合う格好となった松葉と常盤に、楓は呆れたように溜め息をつく。しかし同時に、二人が懸命に、自分との休暇の過ごし方を考えてい暮れているのは嬉しくはある。(とは言っても、片方だけを選ぶのは難しいし……うーんと……あ、そうだ) 以前ケンカに発展しそうになった所を、楓に厳しめに叱責されたことから、二人はにらみ合うだけに留めてはいる。しかし腹の虫がおさまっている様子はなく、一触即発の空気に変わりはない。 少し前の楓であれば、そんな二人の様子におろおろと戸惑っていたかもしれない。張り合う二人を納得させられる術が思い浮か
last updateLast Updated : 2025-09-24
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*十六ノ二

 翌日は夜が明ける頃から、松葉と常盤が弁当作りを始めた。しばらくして楓も起きてきて、三人で取り掛かる。「おにぎりの中身は何にしましょうか」「梅干し!」「シャケ! あとね、卵焼きも作って欲しいな。常盤のはいつも美味しいもん」 楓が無邪気にそう言うと、松葉は突如として青菜をゆで始め、「そんなら俺は、美味いあえ物を作ってやるよ」などと言いだす。常盤だけが褒められたようで張り合っているのかもしれない。 普段の食膳も、基本は常盤が作るのだが、時折副菜などを松葉が請け負うことがある。その副菜はどれも繊細な味付けで、豪快さを思わせる松葉の雰囲気と随分と違って感じられる。だがそれが、楓の好物でもあった。「ありがと、松葉のも僕、好きだよ」 楓としては、二人に好物を作ってもらえる嬉しさを伝えているに過ぎないのだが、松葉はくすぐったそうな顔をして笑い、常盤は耳の端まで染めてそっぽを向く。それぞれに照れているのかもしれないが、なぜそんな赤くなるほどの反応になるのか、楓まで照れ臭くなってくる。 それからしばらくは、三人で黙々とおにぎりを握ったり、おかずの卵を焼いたりあえ物を作ったり、作業に没頭していた。 しかしそれも、一品ずつ出来上がっていく内に、少しずつ言葉を交わし始め、弁当を詰めたお重がいっぱいになる頃には、ぎこちなさは消えていた。「じゃあ、出発するか」 晴れ渡った外は、日が高くなる頃には思いの外日差しが強く、日よけにと松葉が大きな番傘をさしかけてくれた。たくさんのおにぎりやおかずを詰めたお重は、常盤が抱えて楓の隣を歩く。 丘までの道は、散策路があるのでそれを辿りながら向かう。屋敷の裏手に回って進み、すぐに雑木林に入る。緑の多い道を行くせいか、空気がいつもより密度が濃い気もする。「少し奥に入っただけなのに、随分と静かだね」 鳥のさえずりが良く聞こえる、木漏れ日の舌を歩きながら楓が呟くと、「この辺りは診療所の私有地ですから」と、常盤が答える。「診療所の土地の一部が、俺の店の薬草畑にもなっていて、それは親父の代より前からずっと続いている」
last updateLast Updated : 2025-09-25
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*十七 再びの罹患

 禍の病の患者数が目に見えて減っていき、診療所の様子も落ち着きを取り戻し始めた。 楓も治療自体に慣れたこともあり、最近では松葉は自分の本来の仕事の方に顔を出すようになって、いよいよ静かな日々だ。 禍の病の他に診察希望者は訪れるし、そういった者の治療を楓が受け持つことも増えてきた。最近ではすっかり診療所の一員として立ち働く姿も板について来ている。「禍の病は随分流行が落ち着いたようですね。昨日も今日も、診ていませんし」「そうみたいだね。なんだかすごく静かなんだね、診療所って」「季節性の風邪の時季などは混みあいますが、そうでない時はおおむねこんな感じなんですよ」 そんな話をしながら。楓は常盤と診察室の片づけをしていた。人間界で言うカルテのような書付を整理したり、使いかけている薬などをまとめたり、細々とした雑用だ。 窓の外はよく晴れた空が広がり、先日の丘の上で弁当を食べた時を思い出す。あれ以来、いまのところは休暇らしい休暇を取ってはいないが、そうしなくても、大した疲労感は覚えない。楓が仕事に慣れたこともあるのだろうが、やはり、患者数の減少も大きいのだろう。 そうなってくると、楓は一つ、先日から気になっていることが頭をよぎる。楓が、この世界にこの先も残るかどうかということだ。 こういった話は、きっと常盤だけにするものではないのかもしれない。松葉も交え、三人での暮らしをこの先どうするかを話し合うべきなのだろう。(でももし、僕が帰ろうかと思う、みたいなことを言ったら……二人はなんて言うのかな) いつもの近い距離間の延長で、引き止めてくれるだろうか。それとも、神事と治療の山場は済んで用済みだから、帰っても良いと送り出すのだろうか。 後者の考えが過ぎった時、楓は反射的に気分が萎れ、ひんやりとする感情を覚えた。腹の底が冷えるような、うら寂しい気持ちだ。 もう何カ月も、見知らぬ世界であったここで、一つ屋根の下で過ごして来た仲だから、それは当然かもしれない……と、単純に解釈をしては見たものの、まだ解きほぐせない感情が胸の中にある。それは触れると冷たくて、ひとりぼっちの気分にさせら
last updateLast Updated : 2025-09-26
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*十七ノ二

 禍の病は、妖力を喪失させる原因不明の病であり、それが最大の特徴でもある。しかし裏を返せば、それ以外に病を把握することは難しく、妖力が全く失われてしまって初めて罹患に気付くことがほとんどだ。 そして楓の治癒力によって完治してしまえば、二度と発症はしない――はずだった。「これは……どういうこと?」 診察室に入るなり、楓も常盤もその足を停め、目の当たりにした患者の姿に瞠目する。訪れた患者は、虎耳の男性――楓が最初に治療を施した患者……のはずだ。 何故、“はずだ”曖昧なことを言うかというと、楓たちが目にしている彼の姿が、以前あった時に目にしていたものと大きく異なり、かろうじて着物と虎耳の特徴で彼だと判断できたからだ。「患者が言うには、まず初めに、首のあたりに赤い発疹が出たそうです。それが、十日前ですね?」 桃花の問いかけに、男性はうなずく。しかし、声は聞こえない。なぜならば、彼はいま顔面をはじめとする全身を、赤い発疹で覆われているからだ。 ただれるように赤く言それは、まるで石榴の身を張り付けたような不気味さで、楓は思わず目を逸らしそうになる。しかしそうしなかったのは、それでは、患者を拒むことになってしまうと思ったからだ。 自分は、この国の人たちを治すために呼ばれたんだ――その自負を思い返し、ぎゅっと拳を握りしめ、気持ちを奮い立たせる。「神子様、患者は十日前に発疹を発見し、その更に数日後からまた妖力の衰えを感じたそうです」「……え、また? あの時、僕はちゃんと治したのに……?」「妖力は、前回と同様、数日をかけてみるみると衰え、いまは全く発揮できないそうです……」「そんな……」 一度罹患して完治すれば、もうかからないはずではないのか。そんな疑問で頭がいっぱいになる楓に、常盤がそっと肩を叩いて呼びかける。「楓さま、御力をお借りしてもよろしいでしょうか」「あ、うん……そうだね」「案ずることはありません。楓さまなら、きっと治すことができます」 見たこともない症例で焦りを覚えていたが、楓には治癒力がある。前回も
last updateLast Updated : 2025-09-27
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*十八 爆発的な再流行

「楓さま……もう、今宵はこの辺りでお休みになった方が……」「……ッは、ンぅ……まだ、もうちょっと……」 組み敷かれた体勢で、上に影を成す常盤が心配そうな顔をして楓の頬を撫でる。汗と精液にまみれた肌を拭うこともせず、楓はよろよろと起き上がり、その手を取り、乞う。 視点が定まらず、ぼんやりとしたままでも尚、楓は常盤の体に縋りつこうとしてくる。それを、松葉が背後からやんわりと引き剥がす。「楓さま、もう視点がぼんやりしてら……常盤が言うように、もうやめにしようぜ」「だいじょ、ぶ……まだ、だいじょうぶ……」 虎耳の男性患者に治癒力が聞かなかった日の晩、珍しく楓から二人を誘った。滅多に手に取らない、甘い香りのする香油を後孔に仕込み、自ら松葉の雄芯を口に含み、愛撫したりもした。 松葉は常盤から昼の話を聞いているのか、驚きつつも居た堪れないような顔をして、黙ってそれを受け止めてくれた。拒まれはしなかったが、向けられる視線に含まれる慰めの感情が、楓を惨めにさせていく。 先走りが溢れる松葉に舌を這わせ、自らの手で後孔を常盤の方へ押し広げるように差し出す。とても神子とは思えぬ振舞いに、二人は痛ましいものを見るような視線を向け、そっと背ける。それでも二人は、楓を抱いてくれた。それはただ、治癒力を高めるために。(僕らがセックスするのは、患者さん達を治すため……でも、いくらこうしても、今日みたいに治せないことが増えたら、どうすればいいんだろう……) 過ぎる不安に、楓はぎゅっと咥えこんだ屹立にしがみ付き、精を吸い上げようとする。低く呻く声がし、やがて熱い白濁が放たれた。 後孔に注がれた精を確かめると、ふわりと意識が揺らぎ、楓は布団に倒れ込んだ。だから、常盤も松葉も今夜はもう休めと言うのだろう。肩で息をして、言葉も返せぬほど消耗しているのだから。 いやいやと、幼子が駄々をこねるように首を横に振ることで意思表示をしようとする楓に、常盤も松葉も苦笑して顔を見合わせ、額と頬にそれぞれ口付けをし、なだめる。「明日も診療があります。今宵はここまでにいたしましょう、楓さま」「今宵も善
last updateLast Updated : 2025-09-28
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*十八ノ二

 翌日は久々に松葉も診療所に顔を出し、三人で治療にあたることになっていた。 朝餉を終え、揃って診療所へ向かい、そしてその光景に三人は足を停めて驚き、言葉を失う。「なんだ、これは……」「何が起こっているんですか、一体……」 診療所は日が昇って二刻ほどした頃合いに門が開かれ、診療が開始される。しかしたいていの場合、し夏は更にそれから小半時ほどして患者が現れてから、と言う場合が多く、ほとんどがゆったりと一日が始まっていく。 例外として、季節性の風邪が流行っていた時や、以前の禍の病が大流行していた自分などは、開門と同時に患者が訪れることも儘あったが――「こんなに、開門前から待ってるなんて……」「それもみんな、赤い発疹がある……」 脳裏に過ぎるのは、昨日診た虎耳の男性の姿。そして、妖力がなくなったという訴え。そして、治せないと告げた時の絶望した顔まで浮かぶ。 共通点に楓が思わず身震いしていると、そこへ桃花と芙蓉が駆け寄ってくる。「常盤さま! 神子様!」「桃花、芙蓉、この状況は一体……」「すべて、禍の病の症状を訴える患者ばかりです。妖力がなくなった、と皆言っています」「あと、皆体のあちこちに赤い発疹が出ているんです。昨日の、患者のように」 蒼ざめた顔で報告する桃花たちの姿に、楓らは顔を見合わせる。「まだ推測の域を出ませんが……おそらく、いまここにいる患者の多くは、禍の病にかかっていると思っていいでしょう。ただ……」「ただ?」「いままでのような治療が効くかどうかは、わかりません」 その推測は、恐らくあまり的外れではない気が、楓にはしていた。昨日、“手当て”がわからなかったあの男性の例を考えると、いままで通りのやり方では治せない可能性の方が高いだろう。 では、どうすれば……と、一同の空気が重くなってきたところで、松葉がパンと手を叩いた。「でもよ、何もしねえわけにはいかないだろ。せめて、あの赤いのをどうにかできねえのか、やってみようぜ」「……そう、
last updateLast Updated : 2025-09-29
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*十九 赤い印

 異変は、思ったよりも早く楓たちの前に現れた。気付いたきっかけはほんの些細なことで、普段なら気にも留めないような事だ。 相変わらず診療所には多くの患者が訪れていて、数日前に診て対処をしたものも、やはり根治していないからか、再訪していることも大きいのだろう。「……っと。これでいいでしょう。すみません、ずいぶん時間がかかってしまった」 午前だけで両手ほどの人数を診て回っている常盤が、ふと、ある患者に対してそう話しているのを耳にし、楓が足を停める。治療に時間がかかったというだけあって、少々疲れた顔に見えた。「常盤、ちょっと休んでくる?」「ああ、大事はありません、楓さま。水分を少し取りさえすれば、なんてことはありませんから」 そうは言うけれど、ここ数日の疲労くらいで妖力を用いる治療に手間取るとは考え難い。それほどに、彼や松葉は妖力が強いとされていると、楓は爺様から聞いている。だからこそ、楓の中に精を注ぎ、治癒力を目覚めさせることができるのだ、とも。 その彼が、疲れて見えるなんて……と、訝しんでいると、「松葉様、こちらへ」と、助手らに連れられて松葉が診察室へやって来た。その顔は、常盤と同じく疲れ切った顔をしている。「松葉? どうしたの?」「いや、大したことじゃねえんだけど……ちょっと足元がふらついちまってな。休め休めって連れてこられたんだ」 俺が倒れるわきゃねえのに、と、松葉は苦笑して助手らを見やるも、その顔色はやはりすぐれない。疲労の色が濃く、心なしかぼんやりしているようにも見える。いつもシャンと立っている二人の狸耳や狐耳が萎れたようになっているし、尻尾もだらりと垂れている。「二人とも無理しすぎてない? 今日はもう診察を切り上げた方が……」「そういうわけにゃいかねえよ。ちっとばかりだが、ウチの薬で熱が引くこともあるあるみてえなんだから……」「それに、私だけがつかれているわけではありません。楓さまも、桃花たちも、皆……」 確かに、二人とも発熱をしているわけではないし、気だるそうに見えるだけで他の症状はないのだ。少し疲れてはいるが、休めばすぐ回復する…
last updateLast Updated : 2025-09-30
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*十九ノ二

 その晩、楓が思っていた通り、神事であるセックスが行われることになった。 いつも通り三人で入浴し、身支度を整えて閨に入る。そこまでは普段と変わりなく、何事もなかった。 松葉が楓を抱きすくめながら口付け、丁寧に髪を撫でてくる。口付けの合間に舌でぺろぺろと頬や耳朶も舐められ、楓の体の力が抜けていく。 背後には常盤が控えていて、くたっと膝上にしなだれかかり、身を預けて長い指にくすぐられるように触られる。二人とも愛撫の合間に口付けと舌先で舐めることを挟み、更に尻尾で体に触れ、楓をリラックスさせてくれる。 この前儀の時間が、楓はたまらなく好きで、とてもドキドキする。丁寧に執拗ささえ感じる二人の愛撫が、待ち受けるセックスへの期待を高めるからかもしれない。(期待だなんて……これは、神事であって、いやらしいことじゃない……) 慌てて考えを打ち消し、自分に言い聞かせるように目をつぶって覆い被さってくる体に腕を回す。するりと指先を滑らせるように、首筋から背骨に沿って指を這わせて愛撫に答えようとした、その時、楓は指先に違和感を覚えた。なにか、ぶつぶつとした感触がしかたらだ。 楓は愛撫を堪能するために閉じていた眼を開け、上に重なる松葉を見上げた。「……松葉? なんか、首のところ、ぶつぶつしたものが出来てない?」「ぶつぶつ? 首にかぃ?」「襟足のところ、何か触った気がする……」「どれ……おい、常盤。ちょっと見てくれねえか」 そう言いながら松葉が身体を起こし、くるりと背を向けて襟足の髪を掻き上げる。それを楓と常盤が覗き込み、ハッと息を呑んだ。「松葉……これ……」「なんだ? 何があるってんだ?」「赤い発疹がある……禍の病の、だ……」 毎日イヤと言うほど見ているものだから、見間違うわけがない。赤くまがまがしいそれが、松葉の首筋に、赤ん坊の手のひらほどの大きさで広がっている。 震える声で楓が告げると、松葉は蒼ざめた顔を上げ、二人の方を見た。「そんな……じゃ、じゃあ、楓さまはどうなんだ?! 常盤、お前
last updateLast Updated : 2025-10-01
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*二十 光が見えない現状

 松葉と常盤の罹患が確認されたことにより、二人は診療所の業務から外れることになった。 症状は軽微とは言え、いつ妖力が消えてしまうかもわからない上に、罹患している者からの治療を、患者が受け入れてくれるかがわからない、と爺様たちが判断したためだ。 これまで多忙を極めていた状況から一転、自らが隔離されることとなった二人はひどく愕然としており、屋敷のそれぞれの私室にこもったきり出てくる気配もない。 楓は、桃花たちの助けを借りて治療にあたりはしていたが、やはり手ごたえらしきものは感じられず、こちらも焦りばかりが募っていく。なにより、二人の様子が気になっていた。「松葉様、常盤さまのご様子はいかがですか?」 昼休憩の折り、助手の一人からそう尋ねられたが、楓はただ緩く首を振るしかできず、うつむいて唇を噛む。胸に去来する後悔に似た感情で、押し潰されそうになっていた。「二人とも、禍の病にかかっているとわかってから、僕に会おうともしてくれないんだ。部屋にこもったきり、出て来てくれない……」 それほどにショックであったのだろう、とは楓は察するがそれでも、自分事拒まれるとは思ってもいなかったので、閉じられた襖を思い返すたびに胸が苦しくなる。「僕が治癒力で、最初に新たな禍の病を発症した患者さんを、ちゃんと治しきれていたら……二人にこんな迷惑をかけることはなかったのに……」 役に立てていると思っていたのは、思い上がりだったのだろうか。懸命に治療を施した、かつての患者たちでさえ再び罹患している現状に、楓は申し訳なさが募る。 溜め息をつく楓に、桃花と芙蓉が顔を見合わせて眉尻を下げている。彼女らにも、いまはどうしようもない状況に違いはなく、楓ばかりが愚痴や弱音をこぼしても仕方はない。それはわかっているのに……溜め息が止まらないのだ。「神子様……あまり御自分を責めてはいけません。今回の禍の病は、それだけとても手ごわいということなのですから」「そうです。神子様だけがお気に病むことではありません。一緒に、患者たちを治していきましょう」「桃花、芙蓉……ありがとう……」 二人に励まされ
last updateLast Updated : 2025-10-02
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