All Chapters of 異世界で神子になり半獣ふたりに溺愛されました: Chapter 41 - Chapter 50

57 Chapters

*二十ノ二

 ただ手をこまねいて事態を見ているしかできない現状に、楓は歯がゆさを隠し切れない。ぐっと拳を握りしめ、爺様に尋ねる。「あの、やはり、禍の病は何が原因になっているかとか、どこから来ているのかとかは、わからないままなのでしょうか?」「それなのだが……このところ、瘴気に似たものが北の方から流れていることがわかりましてな……」「しょうき……?」 耳慣れない言葉に楓が首を傾げると、「熱病を起こさせる、山や川からの毒気でございます」と、桃花が補足してくれる。 瘴気は診療所にある、特別に囲われた澄んだ井戸水の濁りによって感知されるらしく、ここのところその濁りが濃いのだという。 あまりいいものでないことだけは確かなようで、楓はジッと爺様の言葉の続きを待つ。「ただの瘴気であれば、我らの妖力で打ち消すことができるはずなのですが……どうも、そうではないもののようなのです。何せ、濁りの度合いが深い」「それが、今回の禍の病の素、って言うことですか?」「恐らくは、そうであろうという見立ては多く挙がっております。実際のところ、ここより北の町は、町の七割ほどが禍の病にかかっており、町が立ち行かなくなっているとも聞いております」「七割……!」 想像するだけで恐ろしい数字に、楓は血の気が引く思いだ。このままではきっと、この辺りもそう遠くない未来に、同じようになってしまいかねないからだ。「では、やはり北の山々に入った誰かが、瘴気を連れてきた、ということですか、爺様」「最初は、そう考えていたのだが……それにしては遠く離れたこの辺り一帯、更にここより南の町でもかかっているものが出ている。風に乗って病がうつされているのかとも考えたが……その割に、発病した者たちの間に、通じるものがないというのだ」 行動範囲や生活スタイルに共通項がない感染例があるということだろうか……と、楓が考えていると、爺様は更にこう続ける。「だから、儂らは病の素は、その瘴気なのだろうと思うております」「瘴気が元になっている……じゃあ、その瘴気を失くせばいい、ということで
last updateLast Updated : 2025-10-03
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*二十一 神子様の決意

 その晩、楓は随分と久しぶりに一人で閨にいた。ひとりで眠るのは、初めてこちらに来て以来になる。 布団がそのままであることもあり、閨が随分と広く感じられ、なかなか落ち着かない。両隣にぬくもりを感じないのも、すうすうして寒々しいのもあるのだろう。夕餉の時も、二人は姿を現さなかった。 ひとりきりで食事を取ることが寂しいわけでも、眠れないほど心許ないわけでもない。それなのに胸がすかすかとして目がさえてしまう。溜め息をついては寝返りを打ち、うす暗い天井を見上げる。「松葉も常盤も、そんなに具合が悪いのかな……それとも、もう僕とは顔も合わせてくれないのかな……」 二人が楓を気遣って、楓を避けているのかもしれないが、そのせいで意思疎通も儘ならない現状だ。なにより、今日爺様の話によれば、禍の病の原因は北の山々に住む魔獣にあり、それを退治しなくてはならない。「でも……退治できるだけの人が、それほどの妖力を持った人が……いま、この国にいるか、なんだよな……」 事は一刻を争うと言っても過言ではなく、出来る限り対処した方が良い事は、楓でもわかる。しかし、魔獣討伐を松葉と常盤に託していいのかが、楓も、そして爺様も計り兼ねているのだ。 診療所からの帰りしな、爺様が誰に言うでもなく呟いていた言葉を、思い返す。「国の者を守るということであれば、治療も討伐も同じ……しかしそれを、儂から押し付けて良いものか……」 討伐には、命に係わる局面もあるだろうし、無事に生還出来るとも言い切れない。これまで神事と称し、神子様と交わりつつ治療に専念すればよかった立場から急転する状況を、果たして二人が受け入れてくれるのか、と言うのだろう。松葉には守るべき店があり、常盤は診療所で治療を担う役割がそれぞれあるのだから。 二人にはこことは別に役割がある――ならば、楓は? 国を救ってほしいと召喚された楓は、どうなるのだろうか。「僕は、松柏の国を救ってほしい
last updateLast Updated : 2025-10-04
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*二十二 互いの我儘の理由

 北の山々までの旅路は、拍子抜けするほど何事もなく順調に進んだ。人家こそ北上するにしたがって少なくなり、宿屋が取れず民家に頼ることもあったが、最北の村を出るまでは野宿することもなかった。 馬車での旅自体初めてである楓には、その旅路は有難く、体に負担が少なく済んでいる。松葉と常盤の体調も急変する兆しは見られず、皆一様に安どしていた。 だがそれも、馬車が入れる整備された道があるところまでの話だった。「ここからは馬車は通れねえという話だ。最低限の食い物と水、敷布を背負って行くしかねえな」「楓さまの物は私と松葉が分担して持ちましょうか」「ううん、だいじょうぶ。僕の分は僕が持つよ」 神子様にそんなことはさせられないと二人は言うが、彼らは禍の病に罹患している。いまは健康そうに見えるが、いつ妖力がつき、体力まで目減りするかわからない。 しかも今から向かう先は瘴気が放たれている魔獣の巣なのだ。自ら危険な場所に踏み込む以上、自分だけ何の負担もなしに、のうのうと過ごせるとは思えない。「それに、ここに行こうと言い出したのは僕だもの。二人の負担になるようなことはしたくない」 そう言いながら、楓はボディバッグのように風呂敷に包んだ、最小限の荷物を背負う。 楓の言葉に松葉と常盤は顔を見合わせてうなずき合い、自分の荷物を背負い、楓を真ん中にして前後に歩き始めた。 魔獣は、北の山々の中でも最も瘴気が濃く放たれているという場所にいるとされている。それを察知するためには、例の診療所の水をガラス製の筒に詰めたものを、方位磁針のようにかざしながら進むしかない。「瘴気が濃くなっていけば行くほど、水が濁っていく」「どんな風に濁るの?」「診療所では、澄んだ水に薄墨を垂らしたような濁り方でしたが……きっとそれとは比べ物にならないほどなのでしょう」 瘴気は目に見えないというが、手段によってはこうして目にすることができる。しかしだからと言って、その様が受け入れやすい姿をしているとは限らないのかもしれない。 前を歩く松葉が井戸の水の入
last updateLast Updated : 2025-10-05
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*二十二ノ二

「松葉、常盤、僕は、二人のことが――」 そう、楓が二人に言葉を返そうとしたその時だった。 松葉が手にしていたガラスの筒の中の水が、突然沸騰したように泡立ちつつ、赤黒い色に染まってったのだ。「な……ッ!」 驚き瞠目して見つめているさなか、筒の中の泡立ちは激しさを増していき、やがて弾けるように儚い音を立てて割れてしまった。 一体何が……と、三人が辺りを見渡していると、前方の斜面から赤黒く|澱《よど》んだ煙幕のようなものが下ってくるのが見えた。「あれは、なに……?」 震える声で呟きつつも、頭の中では警鐘のように逃げろと叫ぶ自分がいる。しかし、煙幕の勢いは速く、たちまちに三人の足首まで覆っていく。そしてそれは、足枷のようにズシリと重たく、段々と嵩を増していく。このままではあっという間に三人を呑み込む勢いだ。 捕らえられたかのように身動きが取れなくなってしまった一同は、互いを見失わないように手をかざし、繋ぎ合おうとする。「楓さま……!」「楓さま、手を……!」「松葉、常盤……ッ!」 あとわずかで触れそうなのに、指先を掠め合うばかりで繋げない。背丈が二人よりも低い楓は既に目鼻まで覆われそうになっていて、呼吸も儘ならない。 水面から顔を出すようにして、口だけを突き出そうとするも、それを嘲笑うように煙幕が覆い被さってくる。もはや楓から松葉と常盤の姿は見えず、声が微かに聞こえるばかりだ。「楓さま! クソ、放せ!!」「楓さま! 楓さま!」 ここにいるのだと叫びたいのに、喉奥まで煙幕が入り込んできて声も出ない。しかし、不思議と息苦しくはなかった。(これが、瘴気? 誰が、何のために……) 声を発せないながらも、手足を動かしてもがいていると、楓の指先になにかが触れた。触れたそれに、縋るように掴みかかり引き寄せると、思いの外あっさりとそれは傍に寄ってくる。 何だろう、と目をやり、楓は声にならない悲鳴を上げた。「常盤!!」 つかんだのは、常盤の手だったのだ。しか
last updateLast Updated : 2025-10-06
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*二十三 魔獣、現る

『オォォォン……ゥオォォォン……』 当たり全体が鳴き声に共鳴するように震え、樹々が騒めく。それまで気配がなかった鳥や小動物たちも騒ぎ始め、クモの子を散らしたように逃げ惑っている。それに伴うように、赤黒い煙幕もじわじわと波が引くように薄くなっていく。 視界が晴れ、足許に倒れる松葉や常盤の姿が見え始めても、楓はへたり込んだまま、その場から身じろぎもできずにいた。それでもあの大きな足音は確実にこちらに近づいている。 逃げなくては。でも、二人をこのままにしておけない。自分より体の大きな二人を前に、楓は絶望的な気持ちになっていた。『オォォ、オォォン……』 鳴き声だけでなく、それを発していると思われる黒い影も見え始め、楓の気持ちはいよいよ焦る。何の役に立つかもわからないままに松葉らの着物を引くも、びくともしない。「松葉……常盤……起きて、起きてよぉ……」 恐怖と不安で涙が溢れて止まらない。歯の根も合わず、指先を震わせながらふたりの着物をつかんで引いた。 渾身の力を込めて思いきり引いたその時、するりと二人の着物がほどけ、楓はしりもちをついてしまった。軽くなった手ごたえに驚いて二人の方を見やると――「え……狸と、狐……?」 妖力を失ってしまうと、先祖がえりを起こすことがあるという。禍の病の重症例にそれは顕著に現れ、じきに理をなくしてしまうという話を、楓は思い出した。 楓は血の気が引く思いで足許の狸と狐を抱え上げ、よろよろとした足取りで歩きだす。遠くへ、あの煙幕や鳴き声が及ばない遠くへ行かなくては。その一心で歩き続けた。「……えで、さま……楓さま……」「松葉? 松葉、喋れるの? どこか痛かったり苦しいところはない?」「俺ら、の……ことは、いいから……逃げろ、楓さま……」「ダメだよ! そんなことして、あの黒いのに食べられでもしたらどうするの?!」 ぐったりと目を閉じたまま、弱々しい松葉の声で狸が話しかけてくる。楓に、自分たちを置いて逃げろ、と。「爺様、たち、に……伝えて、ください……禍の、病の素は……|暮夜《ぼや
last updateLast Updated : 2025-10-07
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*二十三ノ二

『オォォォン……オォォォン……』距離が迫り、鳴き声の威力に耳を塞ぐ。そうしつつも見上げる暮夜は、やはり何かを求め惑っているように見えた。そして無数に伸びる細い腕のいくつかが、体の脇の方を抑えているのが見えた。「……何かを、隠してる? それとも、さすっている?」 まるで傷口を庇うように――過ぎった考えに、楓はハッとし、思い起こす。(もしかして、暮夜はケガをした自分の子どもを抱えている……?) 群れをつくる動物であれば、仲間が世話をして治癒するとも聞く。実際楓も、保護猫活動していた両親を手伝い、ケガをしていた野良猫を保護したことがある。子猫がケガをしていて、親猫の気が立っていて苦労したこともあった。 もし、暮夜に子どもがいて、それが手負いだったら――親である暮夜が、治療を求めて彷徨う可能性はあるのではないだろうか。 楓は恐怖心で震えそうになる脚を奮い立たせ、じっと目を凝らす。やはり、暮夜は腕に何かを抱えている。そしてそれは、人の子どものように小さい黒い塊のようだ。「……間違いない、暮夜は子ども抱えている……その子がもしかしたら、ケガをしているのかも?」 しかしそれは仮説にすぎず、もし仮にそうであったとしても、何故暮夜の子どものケガと、妖力を失う禍の病と関係があるのかがわからない。 確かめるには、暮夜に近づき、子どもを診せてもらわないといけない。そして……「僕の治癒力で治せればいいんだけれど……」 そんな都合よく事が運ぶだろうか。松葉も常盤もいない中、楓にできることは内に秘められた治癒力を発揮することしかない。いまここで挑まなければ、魔獣が麓に降りてしまい、魔獣そのものによる被害が出てしまいかねないだろう。 それを食い止められるのは、自分しかいない。「僕は半獣じゃないから、瘴気にあてられてない。だから、まだ松葉たちに目覚めさせてもらった治癒力が、きっと残ってるはず……だったら、僕が治してあげられる……」 そうすれば、何か暮夜から放たれる瘴気が止まり、状況が改善されるかもしれない。そう、楓は考えたのだ。 楓はぐっと拳
last updateLast Updated : 2025-10-08
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*二十四 暮夜が泣く理由を知るために

 どれぐらい、楓は暮夜とにらみ合うようにして見つめ合っていただろう。それまで聞こえていた鳴き声が止み。じぃっと暮夜がこちらを見下ろしてくる。睨み据えられているようでもあり、虚空を見つめる紅い目に恐ろしさを覚えもする。 それでもなお見つめ返していると、ふと、暮夜が抱えていたなにかを、楓の前に差し出してきたのだ。 何本もの細い腕に包まれるようにして抱かれているそれは、人間の赤ん坊ほどの大きさの黒い塊――幼い暮夜と思われる小さな子どもだった。 やっぱり、子どもを抱いていたんだ……そう確認できた楓は、ホッと一先ず息を吐き、尋ねてみる。「この子を、診せてもらっていい? ケガをしているの? それとも、病気?」 暮夜は大きな身を屈めるようにして、楓に恐る恐る腕に抱く子どもを差し出してくる。一抱えほどの大きさの子どもは、触れてみるとやわらかな人肌ほどのぬくもりで、熱病でないことにまずホッとする。 そうして次は、なめらかでふわふわとした手触りの黒い肌の上を、そっと触診していく。切り傷や噛み傷などを、隈なく探していくと――「あ、これは……」 暮夜の子には、親の暮夜のように無数の腕はないようだが、それでも数本に伸びる細い管のような腕がある。その内の一本が、おかしな方向に曲がっていたのだ。「ごめんね、ちょっと触るね……」 理を入れて楓がその曲がった腕に触れると、『ピィィッ!!』と、耳をつんざくような悲鳴を上げられた。よほど痛いのだろう。小さな赤い双眸からはぽろぽろと涙がこぼれ落ち、悲鳴が続く。「ごめん! いま治してあげるから……」 そう、楓が言いかけたその時、それまで子を抱えていた暮夜の腕がぐんと引き上げられた。急激に遠ざかりそうになるその腕をつかもうとした時、もう一方から腕が伸びてきて、楓は弾き飛ばされてしまった。 宙を舞うように吹き飛ばされ、ボールのように地面に叩きつかれる、と、目を固くつぶったのだが、重たい衝撃は何も感じない。寧ろ、ふわりとあたたかな感触だ。 何かがクッション代わりになったのか? と、恐る恐る眼を開けると――「ったく……人がへ
last updateLast Updated : 2025-10-09
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*二十四ノ二

 食べられて、死んだんだ――そう、思って硬く目をつぶっていたのに、痛みがない。 身構えていたものがないことに、楓は違和感を覚え、そっと目を開けていく。そこは、ぼんやりと赤黒い、粘膜のようなもので覆われた空間だった。「……ここは?」 薄暗い当たりを見渡すと、少し離れた所に、ずらりと乳白色の円錐状のものが並んでいる。立ち上がろうとすると、足許は覚束ないほど不安定で、生暖かく、くすんだ赤色をしている。一帯を漂う空気も、どこか生臭くて生暖かいものを感じた。 もしやここは……と、考えていると、円錐の白いものが並ぶ反対側のほの暗い方から、『オォォン……』と、あの声が聞こえる。「ここって……暮夜の口の中?」 立ち上がって見ても、楓が辛うじて頭がつかえないだけの高さと、両腕を広げられるほどの広さがある。 随分と広い……と、出口か何かがないか当たりを見渡していると、『ピィ!』と、甲高い鳴き声がした。 声の方を見ると、膝丈にも満たない、小さな黒い塊が楓に寄り添っている。「君は、さっきの暮夜の子?」 うなずくように暮夜の子はもう一度短く鳴き、屈んで撫でる楓の手のひらにすり寄ってくる。その感触はなめらかで、上等の毛布のようだ。「僕ら、君のおかあさんに呑まれちゃったみたいだね……」『ピィ!』 暮夜の子は先程の怯えた様子から一転して、元気そうには見える。母親の中にいると、守られていると思えるのかもしれない。 それでもやはり腕の調子は良くないのか、バランスを上手く取れないようで、楓にやたら寄りかかって身を任せてくる。「そう言えばさっき痛がってた腕はどう? もう一度診せてもらっていい?」 楓がそう言って先程のケガを診ようとすると、暮夜の子は飛びのくようにして離れていこうとする。しかし、腕の傷みで上手くいかないのか、すぐ手前に落ちてしまう。 転がって這うようにして逃げようとする暮夜の子に、楓は歩み寄ってそっと声を掛けてみる。「大丈夫、もう痛くはしないから。さっきはごめんね、びっくりしたよね」『…
last updateLast Updated : 2025-10-10
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*二十五 癒したのはケガだけではなく

 輪郭が曖昧で、実態がつかみにくい体をしているが、触れてみると意外とその内部には骨格らしきものを感じらえる。どうやら、その骨の一部を負傷しているようで、そのために腕がおかしな方向に曲がっているのだろう。「骨折みたいなものなのかな……僕はお医者さんでもないから、推測でしかないけれど……」 それでも、この世界ではあの“手当て”を施すことで、以前の禍の病を治してきた経験がある。楓の持つ力が、特別な効能がある治癒力と言うのであれば、このケガも治せるかもしれない。そう、考えたのだ。『ピィ……』「待っててね、いま、治してあげ……」 暮夜のこの手を取り、さっそく“手当て”をしようとしたその時、大きな音とともにぐらりと足許が揺れた。何かが、暮夜に当たったのだろうか。 暮夜が倒れたか、もしくは攻撃をされた? そう考えた時、くぐもるような叫び声が聞こえてきた。それは、楓の名を呼んでいる。「楓さまー! 楓さまー!」「楓さま! ご無事ですか?!」 松葉と常盤の声だ。きっと彼らの目の前で楓は呑まれてしまったのだろうから、暮夜を倒そうとしているのだろうし、安否を確かめようとしているのだろう。 しかしいまここで暮夜を倒されてしまったら、楓も暮夜の子もどうなるかわからない。最悪、呑まれたまま死んでしまう可能性だってある。 轟音が響く口中で、暮夜の子が怯えるように震えだし、楓は抱き寄せて体をさする。「だいじょうぶ、治療をしようね。すぐに、痛いのなくなるからね」 抱き寄せたことで距離が縮まったことが幸いし、より“手当て”がしやすくなった。楓は傷んでいるであろう暮夜のこの手を取り、目をつぶる。 視界には暗闇が広がり、微かにぴいぴいとなく声が響いている。暗がりにぼんやりと淡く白く光る細長い棒のようなものが浮き上がってきて、まっすぐであるはずのそれは、無理な方向に曲げられてヒビが入っている。「痛いよね、ヨシヨシ……もう大丈夫だよ……」 楓が宥めるように曲がっている箇所に触れ、やさしく撫でながらそう言うと、触れている箇所が柔らかな光に包まれ始めた。まば
last updateLast Updated : 2025-10-11
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*二十五ノ二

 徐々に明るさを取り戻していく辺りを見渡しながら、楓が呟いていると、「おお、なんだこれ」と、松葉たちが声を上げる。 振り返り見ると、それまで大きな狸と狐の姿だった松葉と常盤が、普段と変わらぬ獣の耳と尻尾を生やした半獣の姿に戻っていたのだ。「先祖返りが、戻っている……?」「瘴気が消えたから、でしょうか……」 呆然としている二人の姿に、楓は安堵と喜びが込み上げてきて、思わず駆け寄ってふたりをまとめるように抱きしめていた。二人とも、ボロボロではあるが、一様の着物らしきものはまとっている。「松葉! 常盤! 良かった……元に戻れたんだね!」「楓さま……心配かけてすまなかったな」「楓さまのお陰で、元に戻れました」 ありがとうございます、と言いながら楓を抱き返してくる腕のあたたかさに、涙が溢れそうになる。もう二度と触れられないかと思っていた肌は、やはり何よりも愛しく、失い難いものがある。(松葉も常盤も、僕にはなくしたくない、大事な人たちだ……それくらい、二人とも大好きなんだ……) 込み上げてくる感情を噛み締めて抱き合っていると、『オォン』と、暮夜の声が聞こえた。 三人で振り返ると、出遭ったときよりも穏やかでやわらかい空気をまとった暮夜が、頭の上に暮夜の子を載せてこちらを見ている。赤い目も、やわらかな色をしており、感情が落ち着いているのが見て取れる。「治療させてくれてありがとう。もうだいじょうぶだよ」 楓がそう言って手を振ると、暮夜はゆらりと体を折り曲げるようにして頭を下げ、ゆっくりと山の奥の方へ歩いて行った。暮夜の子が、嬉しそうに飛び跳ねながらこちらに手を振っていた。「これは一体全体どういうことだぃ?」 やがて暮夜の姿が見えなくなった頃、松葉がぽつんと呟き尋ねてくる。その顔は、いま起きた一連の出来事に納得しかねているようだ。「私にも、わかりかねるのですが……」 常盤も同じ思いなのか、二人して楓の方を見つめてくる。二人して、それこそ狐につままれたような顔をしているのがおかしく、つい、楓は笑いだしそうになり、ぐ
last updateLast Updated : 2025-10-12
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