ダナハイム王国の王都は、今や人の気配が完全に消え失せた無人の廃墟と化していた。崩れ落ちた城壁、瓦礫に埋もれた街路。瘴気に蝕まれ黒く変色した建物群。そこにあるのは、風が廃墟を吹き抜ける不気味な音と、大地から響く精霊の嘆きだけだった。 その悲惨な光景の中心、かつて王宮があった場所。巨大なクレーターから具現化した厄災の本体が、姿を現す。定まった形を持たない、黒紫色の影と嘆きの集合体。無数の精霊たちの苦しむ顔が浮かび上がっては消え、存在自体が周囲の希望を吸い尽くすような、どす黒い絶望のオーラを放っていた。 厄災から、無数の闇の触手や嘆きの怨霊たちが津波のように押し寄せてくる。「マリアンヌ、ルナ、聖剣の準備を! 僕が時間を稼ぐ!」 ヘンリーは彼女の前に立ち、剣を抜いた。祖先である精霊使いの力がその身に宿り、剣が森のような緑の光を放つ。彼はその剣で、迫りくる怨霊を切り払い、触手を的確にいなしていく。勇猛果敢な戦いぶりは、彼がただの王子ではなく、厄災と戦う宿命を背負った戦士であることを如実に示していた。 しかし、厄災はただの力任せの獣ではなかった。ヘンリーが前方の敵に集中している隙を突いて、背後から凝縮された絶望の槍をマリアンヌめがけて放つ。 その殺気にヘンリーは気づくが、振り返って防御していては間に合わない。「マリアンヌッ!」 一瞬の迷いもない動きだった。ヘンリーはマリアンヌを突き飛ばし、自らがその一撃を受ける。絶望の槍は彼の肩を深く抉り、激しく地面に叩きつける。傷口に邪悪な瘴気が食い込んで、彼の生命力を蝕んでいった。「ヘンリー様!」 マリアンヌが悲痛な叫び声を上げた。駆け寄る。自分のために彼が戦い、傷ついた。その事実が心を苛んだ。 だが、それも一瞬だけのこと。ヘンリーの苦しむ姿と、厄災から響く精霊たちの終わらない悲鳴が、彼女を奮い立たせる。(ここで負けていられない。私は、私たちは必ず未来を掴む!) マリアンヌは立ち上がり、厄災をまっすぐに見据えた。 それから胸の前で指を組み、祈り始めた。 だがそれは、ダナハイムで強いられてきた自己犠牲の祈りではない
Last Updated : 2025-09-13 Read more