All Chapters of 捨てられた聖女は、忘れられた真実と隣国の王子の愛を知る: Chapter 21 - Chapter 23

23 Chapters

21:聖剣ルナリス

 ダナハイム王国の王都は、今や人の気配が完全に消え失せた無人の廃墟と化していた。崩れ落ちた城壁、瓦礫に埋もれた街路。瘴気に蝕まれ黒く変色した建物群。そこにあるのは、風が廃墟を吹き抜ける不気味な音と、大地から響く精霊の嘆きだけだった。 その悲惨な光景の中心、かつて王宮があった場所。巨大なクレーターから具現化した厄災の本体が、姿を現す。定まった形を持たない、黒紫色の影と嘆きの集合体。無数の精霊たちの苦しむ顔が浮かび上がっては消え、存在自体が周囲の希望を吸い尽くすような、どす黒い絶望のオーラを放っていた。 厄災から、無数の闇の触手や嘆きの怨霊たちが津波のように押し寄せてくる。「マリアンヌ、ルナ、聖剣の準備を! 僕が時間を稼ぐ!」 ヘンリーは彼女の前に立ち、剣を抜いた。祖先である精霊使いの力がその身に宿り、剣が森のような緑の光を放つ。彼はその剣で、迫りくる怨霊を切り払い、触手を的確にいなしていく。勇猛果敢な戦いぶりは、彼がただの王子ではなく、厄災と戦う宿命を背負った戦士であることを如実に示していた。 しかし、厄災はただの力任せの獣ではなかった。ヘンリーが前方の敵に集中している隙を突いて、背後から凝縮された絶望の槍をマリアンヌめがけて放つ。 その殺気にヘンリーは気づくが、振り返って防御していては間に合わない。「マリアンヌッ!」 一瞬の迷いもない動きだった。ヘンリーはマリアンヌを突き飛ばし、自らがその一撃を受ける。絶望の槍は彼の肩を深く抉り、激しく地面に叩きつける。傷口に邪悪な瘴気が食い込んで、彼の生命力を蝕んでいった。「ヘンリー様!」 マリアンヌが悲痛な叫び声を上げた。駆け寄る。自分のために彼が戦い、傷ついた。その事実が心を苛んだ。 だが、それも一瞬だけのこと。ヘンリーの苦しむ姿と、厄災から響く精霊たちの終わらない悲鳴が、彼女を奮い立たせる。(ここで負けていられない。私は、私たちは必ず未来を掴む!) マリアンヌは立ち上がり、厄災をまっすぐに見据えた。 それから胸の前で指を組み、祈り始めた。 だがそれは、ダナハイムで強いられてきた自己犠牲の祈りではない
last updateLast Updated : 2025-09-13
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22:魂を懸けた一撃

 聖剣ルナリスはマリアンヌの手の中にあって、陽光と月光のきらめきを放っている。 聖女アリアの想い。永い時を生きたルナの心。彼らの想いに応えた、精霊たちの願い。(負けられない) 強大な聖剣を手にして、マリアンヌは厄災を振り仰いだ。 聖剣の刀身がさらに複雑な輝きを増した。 ――王国に安寧を。 ――ダナハイムに永遠の平和を。 耳に馴染んだ祈りに、マリアンヌははっと耳を澄ます。祈りは聖剣から聞こえてきた。(そうか……この祈りは、代々の聖女のもの。ダナハイムの誤った伝承の元、虐げられてきた聖女たちの……) 伝承も最初は正しく伝わっていた。大いなる厄災を真に癒やす者の出現を信じて、結界で封じていた。 それがいつしか歪んでしまった。国の利益だけを追い求めて、聖女たちは搾取されるようになった。 歴代聖女たちの祈りは純粋で、それだけに強い。 マリアンヌは一人では支えきれず、よろめいた。そのか細い肩に、温かい手が重ねられる。「一人で背負うな、マリアンヌ。僕も共に」 負傷した身を押して立ち上がったヘンリーが、マリアンヌの手に自分の手を重ねる。彼の精霊使いの血が聖剣の力と共鳴し、二人の魂が同調する。 聖剣の光は、マリアンヌの白銀の輝きとヘンリーの森のような緑の輝きを帯び、より一層強く、そして安定した光を放ち始めた。 二人で聖剣を手に取って、厄災の中心へと進む。 生半可な攻撃が通じないと悟った厄災は、その本質である「絶望」そのものを、二人に叩きつけてきた。それは、厄災を構成する無数の精霊たちが味わった、裏切りと苦痛、憎悪の記憶の濁流だった。「――っ!」 マリアンヌの世界が暗転する。目の前に広がったのは、ダナハイム王国の冷たい謁見の間。軽蔑と嘲笑を浮かべたジュリアス、アニエス、そして父が、幻影となって彼女を取り囲んでいた。『偽りの聖女め!お前のような欠陥品が、私の妃にふさわしいと思ったか!』『やはり傍流の血では荷が重かったのですわ
last updateLast Updated : 2025-09-14
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23:新しい夜明け

 全てを白く染め上げていた光が、ゆっくりと収まっていく。 最初にマリアンヌが感じたのは、耳に届く穏やかな風の音だった。恐る恐る目を開けると、空を覆っていた黒紫色の瘴気は完全に消え去り、どこまでも澄んだ青空が広がっている。黒く汚染されていた大地には、うっすらと緑の若芽が芽吹き始めていた。 かつて厄災の核があった場所には、天を突くほど巨大で、美しい水晶の樹が立っていた。救済された無数の精霊たちの、純粋な感謝の心が結晶化したものだった。太陽の光を浴びて七色に輝き、穏やかで清浄な力を周囲に放っている。 その水晶の樹の根本で、マリアンヌはまぶたを開けた。隣にはヘンリーが穏やかな寝顔で眠っている。浄化の光によって、彼の肩の傷は跡形もなく消えていた。「良かった。無事で……」「マリアンヌ」 そこへ元の愛らしい白猫の姿に戻ったルナが、歩み寄ってきた。「終わったわ。全部ね」「ええ」 ルナは多くを語らず、ただマリアンヌの手にそっと頭を擦り付け、その永い役目が終わったことを示す。 やがてヘンリーが目を覚ました。目の前のマリアンヌの無事な姿を認めると、力強く彼女を抱きしめた。二人は互いの温もりを確かめ合う。長い戦いが終わったことを実感した。   時は流れる。世界はゆっくりと、確実に再生へと向かっていた。「ダナハイムの奇跡」の報は世界中を駆け巡り、水晶の樹は「再生の樹」と呼ばれて、新たな聖地とされた。 マリアンヌとヘンリーは、世界を救った英雄としてリーンハルト王国に凱旋。民衆から熱狂的な歓迎を受けた。 祝賀の喧騒が過ぎ去った、静かな夜。離宮のバルコニーで、マリアンヌはヘンリーと寄り添って立っていた。「きれいな月」 夜空を見上げるマリアンヌの横顔は、どこまでも美しい。儚げな立ち姿ながらも、強い意思に満ちあふれている。 かつてダナハイムの神殿で、悪夢と疲労に苛まれながら泣いていた少女の面影は、もうどこにもない。苦しみの聖務から解放され、愛する人の隣で、一
last updateLast Updated : 2025-09-15
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