しんと静まり返った神殿の最奥、至聖所。 高い天井から差し込む月光が、床に刻まれた巨大な魔法陣を白銀に照らし出している。その中央で、マリアンヌは独り跪いていた。 月光を集めて編んだような、緩いウェーブのかかった銀髪。その輝きは今や色褪せ、痩せた肩にかかる様はひどく頼りない。祈りのために固く組まれた指は、骨が浮くほどに細い。伏せられた睫毛の奥にある、冬の空を思わせる青い瞳は虚ろで、何の感情も映してはいなかった。(また、今日が始まる) 唇から紡がれるのは、神への賛美でも民への慈愛でもない。ただ、古の契約に従い、自らの生命力を捧げるための詠唱。足元の魔法陣が淡い光を放ち、マリアンヌの体から魔力と生命力――マナをゆっくりと、しかし確実に吸い上げていく。全身の血を少しずつ抜き取られるような、鈍い苦痛を伴う儀式だった。 吸い上げられたマナは、目に見えない奔流となって天蓋へと注がれる。王都全体を覆い、かの「古代の厄災」を封じる大結界。その封印の「蓋」を維持することこそ、聖女である彼女に課せられた唯一の使命である。 もう何年、こうしているだろうか。 聖女として見出されたあの日から、マリアンヌの世界はこの至聖所だけになった。かつて抱いていた民を思う心や、聖女としての誇りは、終わりの見えない奉仕の中でとっくに摩耗しきっていた。 ――私は、国という器にマナを注ぎ続けるだけの、ただの道具だ。反抗する気力など、もうどこにも残ってはいない。 諦めだけが心を支配している。 長い祈りが終わりを告げ、魔法陣の光が収まる。ぐらりと傾いだ身体を、控えていた侍女が慌てて支えた。「マリアンヌ様、お疲れ様でございます」 その声すら、どこか遠くに聞こえる。侍女の肩に体重を預け、鉛のように重い足を引きずって回廊を進む。その先に、見慣れた二つの影が待ち構えていた。「マリアンヌ」 父であるガルニエ侯爵の、氷のように冷たい声だった。娘の体調を気遣う言葉はない。ただ値踏みするように、その全身を一瞥するだけだ。「今日の祈りはどうだった。近頃、結界の輝きに揺らぎが見られるとの報告だが、お前の力が衰えたわけではあるまいな?」「……問題、ありません。お父様」 かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほどにか細かった。「本当ですの? お姉様、お顔の色が優れませんこと」 父の隣で、妹のアニエスが
Terakhir Diperbarui : 2025-08-26 Baca selengkapnya