All Chapters of 百合な親友と共に双子を育てる離婚妻。元夫とのすれ違い愛には裏があった: Chapter 31 - Chapter 40

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第31章:熊とハッカーの潜入*香澄

脅迫状が届いた日の翌日。連休のはずだったのに、警察に届け出を出したり、マンションのセキュリティにエントランスの監視カメラをチェックするよう依頼したり、朝から何かと大忙しだった。遥花は部屋で双子の面倒。ただ、生まれたばかりの双子のワンオペ育児は大変すぎるし、何より脅迫状が届いた翌日で「部屋で大人しく過ごしててね」なんて言えるはずない。「奥野。ちょっとベビーシッターやらない?」と、前日の夜から会社の若い男性社員に依頼をかけていた。奥野は双子が生まれた日に、私が遥花と同棲中であることをカミングアウトすることになった例のメンバーだ。“先輩、もう今日は早退しましょう。恋人さんのところに行かれてください! 上長には、僕から伝えておきますんで!”プログラミングの技術に関してはまだまだだが、芯の強いところがあるのを私は買っていた。当日も朝の8時ごろから来てくれた奥野に感謝をしつつ、念のため、釘は刺しておいた。「いい? 遥花が可愛いからって、変な色目使ったりしたら殺すからね」「そ、そんなことしませんって……! それに、お子さんいる前でそんなことできるわけないじゃないですか」「んあー、それもそっか。というわけで遥花、こいつのこと、パシリだと思って自由に使っていいから」「パ、パシリって……香澄、そんな……」遥花は遠慮がちに言ったが、「報酬はポケカの最新パック3つでどう?」「やります。やらせてください。遥花さん、焼きそばパンでも何でも買ってきますんで、何なりとお申しつけください」「……ね? こういうやつだから大丈夫」忠誠心に満ちた奥野を前に、遥花も、「あ、あはは……焼きそばパンより、チーズバーガーとかの方が良いかなぁ……」などと笑って返していた。 ※さて、あっという間に午後。私は中野にある雑居ビルに出向いた。エントランスにはいくつかの会社や事務所の名と共に、「T探偵事務所」の表札がある。「Googleマップで見た通り、ボロそうなビルだけど……ここの連中が私たちを脅迫したのかしら」「さぁな。あくまで仲介しただけということも考えられるが、ナメてかからない方が良いだろう」隣に立つのは、私よりも頭2つ分ほど身長差のある大男――熊谷将司だ。「まぁそうね。だからこそあなたに付き添ってもらってるんだけど、『bear』」と、ハッカーネー
last updateLast Updated : 2025-11-05
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第32章:突然の来訪者*香澄

「えっ」脅迫状を見た田中が、急に青ざめた。「何と書いてある?」「え、あ、あの……」「ん? 日本語が読めないのか? 何と書いてあるかと聞いてるんだ」bearが詰め寄ると、田中はゴクリと唾を飲み、読み上げた。「その……“道仲遥花の居場所を調べたのはお前か”……と、書かれておりますが」「ンッ、ンッ!」と2回咳払い。それを合図に、bearが立ち上がり、大きな体で田中を見下ろす。「……もう気づいてるようだな。その手紙は、お前への質問だ。どうなんだ? 答えは?」「あ、あの……お二人は、遥花さんのお友達か何かでしょうか……」「質問しているのは俺だ! 貴様か、ネットで大金を餌に他人の住所を釣るようなフザけた真似をしたのは!?」「ネ、ネットで……!? ご、ごめんなさい! 確かにその案件はうちが抱えておりました……しかしネットで釣るなんて……あっ、吉田っ! あの馬鹿……」吉田。新たな登場人物だ。「誰だそれは」「あ、アシスタントです……先ほど、今日は不在にしていると申し上げた……あいつ、学生上がりで、常識が無いもので……」「ほう、責任を押し付ける気か。従業員のコンプライアンス違反だの、SNSに悪質行動を上げるバイトだの、最近はそういうのが流行っているみたいだが、粗悪な人材を見抜くのも経営者の努めじゃないのか」「も、申し訳ございません……すべて私の責任です……」「……で、誰の指図なの? さっきの反応を見てる限り、脅迫者とは関係ない様子だけど」私もサングラスを外して立ち上がる。田中は私の顔を見、再び目を丸くした。「あ、あなたは……香澄さん!?」「ふぅん、私のことは知ってるのね。じゃあやっぱり、うちに来たことはあるってこと? 何が目的で?」「わ、私は、遥花さんの元旦那さんに頼まれて、一目お見せしようとお連れしただけです……」元旦那。また、意外な人物が挙がった。「それはそれで問題ね……今更、未練が出てきたのかしら? ストーカーの手伝いまでするんだ、探偵って」「ご、誤解です! 大道寺様……その、元旦那さんは、単に遥花さんのその後を案じられているだけだとおっしゃっていました。未練などではなく、健やかにお過ごしならそれで良い、と!」必死に弁解する田中。演技をしている様子はない。そもそも、演技なんかやらせたらすぐボロが出るタイプだろう。そんなのが探偵し
last updateLast Updated : 2025-11-06
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第33章:ATMでいい*悠真

「は、初めまして……なんて、丁寧に挨拶される筋合い無いんだけど。あんたね……あんたのせいで、遥花がどれだけ辛い思いをしてると思ってるの!」香澄の感情的な声が、事務所の壁を震わせる。その瞳の奥に揺れるのは、守りたいものへの必死さだ。俺は、ただ頭を下げた。「すまない。すべて俺のせいだ」鼻で笑う香澄。「へえ、全部認めるんだ? カッコいいわね。でも、そんなんで許されると思ってる?」「許されるなんて思っていない」俺も、ゆっくりと顔を上げて言う。「俺は遥花を裏切った。百合子に騙され、遥花を傷つけ、離婚を突きつけた。双子が生まれたことすら知らなかった……全部、俺の罪だ」香澄は沈黙した。隣の大男も、静かに腕を組んで見守っている。俺は続けた。「先ほどの田中と君たちのやり取りは、外で聞いていた。入るタイミングを伺ってたんだ。この事務所に来客なんて珍しいからな……」香澄が眉を吊り上げる。「立ち聞きしてたの? キモッ!」「それは……アポなしで急にいらっしゃった大道寺様が悪いのでは……」田中までもが小声で追い討ちをかけ、返す言葉がなくなる。香澄はため息をついた。「で? 急に入ってきて、あなたは私に何の用があるわけ?」「遥花と双子が脅迫を受けていることを知った。俺は、守りたいんだ。双子は俺の子なんだろう?」香澄の目が、鋭く光る。「遥花を突き放したクセに、親権を主張する気? 離婚が成立した後で生まれた子に、そんなことができるわけ?」田中が恐る恐る口を開く。「実は……日本の法律では、離婚後300日以内に産まれた子供は、元夫の子供として扱われるようになっています……遥花さんが再婚なされてなければ、ですが……」香澄がみるみる鬼の形相に変わっていく。何か怒鳴り出しそうな雰囲気を感じ、「ま、待ってくれ!」と、俺は慌てて手を振る。「親権を主張する気なんて、もちろん無い。親権は遥花にある。むしろ、養育費が必要なら、今後すべて俺が出す」香澄は俺を見ている。まだ怒りを鎮めた様子ではない。慎重に言葉を選びながら続けた。「遥花は……あんな性格だ、きっと俺にも内緒で生んで、一人で育てる気だったんだろう。それには俺も敬意を表する。だけど……いや、だからこそ、今後、遥花と双子には辛い思いをしてほしくない。俺は、心を入れ替えた」「心を入れ替えたって……申し訳ないけれど、あなた
last updateLast Updated : 2025-11-07
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第34章:見えない導き*悠真

12月の風は冷たく、街路樹の葉がカサカサと音を立てて落ちる。連休の昼下がり。白金高輪の裏通り、俺は黒のコートを羽織ったまま、カフェ『L’Âme』のガラスドアを押した。店内は暖房が効きすぎていて、コーヒーとバターの香りが濃厚に漂う。奥の窓際に、末継阿左美はすでにいた。前回のお見合いの和装とは打って変わって、体のラインがほのかに浮かぶ白のタートルニット。長い黒髪をゆるく巻いて、耳元にだけ小さなパールのピアス。まるでファッション誌から飛び出してきたような都会的なシルエットだ。落ち合う約束は昼の13時。ほぼ時間通りに着いたが、彼女はそれよりもだいぶ早く来ていたのだろう。わずかなパンの粉しか残らない皿や、残り1/3ほどの量になったコーヒーから、それが見て取れた。さらに、その場に広げられたノートと教科書。ノートは丁寧にまとめられて、重要そうな箇所にマーカーやアンダーラインが引かれている。「君は……学生だったのか」阿左美は顔を上げ、ニコリと笑う。「あら、前会った時にはそれすら話さなかったんでしたっけ。余裕なさそうでしたもんね、悠真さん」反論の余地はない。店員が注文を取りに来て、アメリカンコーヒーを注文する。「フードは頼まないんですか。ここ、クロワッサンがおいしいのに」阿左美に言われ、クロワッサンを追加注文する。店員が去ったあとで、改めて阿左美の手元にある教科書とノートを見た。「その科目は……“アボリジニのボーンポインティング”、“アフリカのブードゥー人形”……って、オカルトか何かか?」「嫌だなぁ、文化人類学です。れっきとした科目ですよ」「そ、そうか……」文化人類学。確か俺も単位のために履修したが、内容はまったく記憶にない。テストは教科書持ち込み可能だったので、適当な場所を書き写せばそれで単位が取れたのを覚えているくらいだ。「ノートの取り方が丁寧だな。最近の学生は板書をスマホで撮るとか聞いたが、君はちゃんとアナログなのか」「意外と真面目でしょう。こう見えて私、成績優秀なんですよ」「こう見えてって……別に、君に対して不真面目そうな印象は持ってないが」「でも、不思議ちゃんだと思ってるでしょう? “霊感がある”とか言って」「それは……そうだが」「そのクセに今日は、私の霊感に頼って来た。違いますか?」何でもお見通しと言わんばかりだ。
last updateLast Updated : 2025-11-09
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第35章:夕暮れの再訪*悠真

中野の事務所。空気は埃っぽく、古いソファは所々破け、綿がはみ出している。壁の時計はカチカチと鳴り貴重な休日をジワジワと切り刻み続けていく。「大道寺様。今日はどうして、アポなしでいらっしゃったんですか?」「それは――」答えようとしたが、言葉に詰まった。どう説明すればいい。霊感のある女に呼ばれて出向いたら、ここに行けと指示されたとでも語ればいいのか。そんな馬鹿正直に語っても、田中なら「なるほど、そうでしたか!」などと返すかもしれない。ただ内心、「やれやれ次はオカルトか」と呆れるだろう。ただでさえ俺は、遥花の住まいを探させたことでストーカー呼ばわりされてしまっているのだ。「まぁ、たまたま近くを通ったものでな……うちの甥っ子が、ちゃんと仕事しているか見に来たんだ」咄嗟に言う。誤魔化し方としては悪くないだろう。「はぁ……吉田ですと、百合子さん探しの件で外回りですが」「ほう。何か、成果は上がってきたか?」「それが、彼女のご両親の元まで赴いたそうですが、特に顔は見せていないと。ちょっと旅に出たいという旨の手紙だけ送られてきたそうです」「手紙……それは自筆か?」「あ、いや……少なくとも手書きではあったようですが……えっ、逆に、それで自筆じゃないことってあるんでしょうか?」「バカか、それを調べるのが探偵の役目だろうが! もう一度、幸太郎に調べさせろ。なんなら、その手紙のコピーでも取ってこい」「は、はい、わかりました……!」まったく、これでも探偵事務所か。よほど俺の方が探偵に向いている気がした。そりゃ、今どきでも手書きの手紙を両親に送ることはあるだろう。特に「旅に出たい」なんてメッセージを伝えるには、LINEなんかじゃ味気ないと考えるかもしれない。しかし、普段のやり取りは活字のはずだ。もはやデジタルが主流の時代で、娘の筆跡なんて親ですら覚えているものだろうか。もし第三者が――それこそ“組織”の人間なんかがそれをやろうとすれば、いくらでも捏造し放題じゃないだろうか。“組織”……そもそも、それが何なのかすらわかっていないのに、買いかぶり過ぎなんじゃないかとも思う。百合子を調べるよりもまず、“組織”というものの存在の有無について調べる方が先である気がしていた。ただ、例の“隆一”という男の所在もいまだつかめないようなこの事務所に、それは荷が重
last updateLast Updated : 2025-11-11
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第36章:運命の黒い糸*香澄

狭いエレベーターを降り、私とbearは再び雑居ビルの入口まで戻ってきた。「目的達成……とまではいかないけど、とりあえず私たちの住所を調べ上げた連中がどういうやつかはわかったわ。まさか、遥花の元旦那まで関わってくるとは思わなかったけど……」「元からナメられるような感じではなかったが、俺がいて良かったな。まさかsophilaの暴走を止める役回りをさせられるとは思わなかったぞ」冷静な声でbearは言う。恐らく私をとがめるつもりではなく、和ませようとして言っているつもりなのだろう。「それについてはありがとう……変なカミングアウトまでしちゃったし、bearがいなけりゃ、私、あの元旦那のこと殴ってたかも」「暴力は良くないな。大人の世界じゃ、先に手を出した方が負けだ。ただ、感情的な気持ちになるのもわかる。それが人間の本分だ」「感情? ふぅん、いつも冷静なあなたがそんなこと言うの珍しい気がするけど……」と、隣に立つbearの呼吸がいつもより少し荒くなっていることに気づく。そうか……もう“アレ”がほしくてたまらなくなってるんだ。私はbearの腕をつかむ。再び、恋人同士のように。「bear……あなたも感情が抑えきれなくなってるのね。じゃあ、行きましょうか? 二人の楽園へ……」「おう、そうだな。もう、欲しくてたまらない」遥花にちょっとばかりの罪悪感を感じながら、私はbearの手を引く。冬の風が吹く中野の街を、二人で歩んでいった。※「……どう、bear?」「ああ、sophila……いい、いいぞっ……!」「ああん、そんなに慌てなくてもいいのに……」「仕方ないじゃないか……好きで、好きでたまらないんだから……」「ふふ、私も大好きよ……」「いくっ! いくぞ!」「すごい、ワイルドなんだから……」微笑みながら言う。目の前のbearが、普段の彼とは違って……可愛くてたまらないのだ。なんて彼は、こうも美味しそうにシロノワールを頬張るんだろう。中野の駅南口、マルイの中にある『コメダ珈琲店』に私たちはいた。遥花には少し申し訳なく思う。きっと彼女も「食べたかった!」と頬を膨らませるに違いない。「でもそんなに好きならbear、彼氏と一緒に来ればいいじゃない。いるんでしょ?」ふと尋ねる。何年か前にカミングアウトしてくれたが、bearはゲイなのだ。「ああ、いるが……彼は
last updateLast Updated : 2025-11-12
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第37章:甘い夜の警告*香澄

「俺が女と付き合ったのは、大学の頃の話だ」中野の『コメダ珈琲店』。夕方5時頃だろうか、外の景色も暗くなってきている。暖房が効いた店内に漂うシロノワールの甘い香りも、bearの真剣な声で忘れてしまいそうだ。単に鼻が慣れてきたのもあるだろうが。私はコーヒーカップを手に取り、あまり真剣になり過ぎないようにbearの告白を聴いていた。そうしなければ、bearの放つ異様な空気で、まるでこの世界に彼と二人きりになってしまうような不安と恐怖があった。「村上春樹の『ノルウェイの森』を知っているか」bearの口から唐突に、小説のタイトルが告げられる。「聞いたことあるような……あ、なんか映画で見たかも」内容はほとんど覚えていないが、とても陰鬱で救いのない話だった印象だ。bearは続けた。「まあ、映画版も原作も本筋はだいたい一緒だ。あの物語に出てくる直子とキズキは、仲睦まじい恋人同士だった」直子、キズキ。確か直子はヒロインキャラだったが、キズキは思い出せなかった。直子と仲睦まじい恋人同士だったと言うなら、恐らく序盤だけ出てきた、ヒロインの元彼だろう。「しかし彼らは性交渉がうまくできなかったんだ。惹かれ合い過ぎるがゆえに、関係がうまくいかなくなることもある。たかが性交渉と思うかもしれないが、深い恋愛関係にある者同士では重大な問題だ。その結果キズキがどうなったか、覚えているか?」「えっと……何で別れたんだっけ」「自殺した」「えっ」そんな展開だったっけ。本当に、何も覚えていない。辛うじてイケメン俳優の高良健吾が演じていたことだけは、うっすら思い出してきたところだったが。「なぜ死ぬことになったのか、真の理由は物語の中では明かされない。完全に受け手に委ねられているが、俺が思うに、“直子と出会ってしまったから”死ぬしかなかったんじゃないかと思う」とりあえず、うなずきながらコーヒーをすする。何せ5年も前の映画だ。それでなくても、何だかよくわからない映画という印象しか抱けなかったわけだが。「ただキズキは、決して絶望で死んだんじゃない。直子と恋仲になることで、きっと満たされた。そして将来、それ以上の幸福は得られないと悟ったんだ。だから彼は、幸福のままに死んでいった」「何それ、勝手すぎない?」と、フィクションなのに思わず怒りを露わにして言ってしまう。それに対し、珍しくbe
last updateLast Updated : 2025-11-14
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第38章:朝の戦争と忍び寄る影*遥花

平日の朝は戦争だ。蓮の「うわあああ!」という泣き声が、菖蒲の「きゃあきゃあ!」というハモりを引き連れてリビングに響く。まだ薄暗い部屋、小さな手をバタバタ振ってベビーベッドの柵に当たる様子は、まるで兵士の士気を向上させるために太鼓を叩くかのようだ。時計は午前6時15分。昨夜の寝かしつけが遅かったせいで、私の目も腫れぼったい。香澄はキッチンでミルクを温めながら、「はいはい、蓮隊員、菖蒲隊員、朝のミサイル発射準備よー!」と、いつものハイテンションで叫んでいる。彼女の声が号砲だ。私はベッドから這い出し、蓮を抱き上げる。温かい体が私の胸にぴったりと寄り添い、泣き声が少しだけ小さくなる。菖蒲は香澄の腕の中で、哺乳瓶をくわえながら、満足げに目を細めている。オムツ替え、ミルク、着替え……いつものように、この一連の流れを香澄と二人で手分けしてこなす。彼女がいなかったら、私はきっと途中で倒れていただろう。「遥花、蓮のオムツ、私がやるよ。遥花は菖蒲のミルクを続けて」笑顔で言う香澄と、双子を交換する。香澄の栗色の髪が朝の光に輝いて、まるで天使みたい。でも一昨日の脅迫状のことが頭をよぎって、心が少し重くなる。あの脅迫状は昨日、香澄が警察に届けてくれたばかりで、進展があるのはまだ少し先になりそうだ。香澄は「大丈夫、私が守るから」と強がっていたけど、私だって怖い。双子を守れるのか、不安で胸が締め付けられる。朝食は簡単なトーストとヨーグルト。蓮と菖蒲はベビーベッドに戻し、もう少しだけ大人しく過ごしてもらうことにする。香澄は時計をチラチラ見ながらスーツに着替え、言った。「今日は早く帰るから。夕方くらいかな。奥野にも、昨日はありがとうってお礼しておくね」彼女は私の負担を減らそうと必死だ。昨日、助っ人に来てくれた奥野さんも手料理を作り置きしてくれた。身がプリプリのチキンソテーだ。「うん、わかった。気をつけてね」私が香澄の頰にキスをすると、彼女も優しく私の頬にキスを返してくる。恋人同士の、純愛のキス。毎朝こんなに甘いなんて、夢みたいだ。香澄が出勤すると、部屋は急に静かになる。双子はミルクを飲んで満足げに眠りについた。今日は私一人で双子と過ごす。洗濯物を干しながら、昨夜の香澄の言葉を思い出す。「犯人はきっと、大道寺悠真の周りに関係ある人間よ。警察にも任せてはいるけど、私もできる
last updateLast Updated : 2025-11-15
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第39章:都市伝説と失われた聖夜*悠真

【2015年12月24日(木)】日没から間もない東京は、イルミネーションで煌めいていた。六本木のけやき坂を彩る白い光と、赤い東京タワーのコントラスト。車窓から見える街は、まるで別世界だ。秘書の佐伯敏夫がハンドルを握る黒いセダンで外回りの最中で、いつものドライバーは、今日と明日は休暇を取っている。クリスマスを共に過ごす恋人や家族がいるようには思えなかったが、確かクリスチャンだと言っていたような気がする。通年通りということもあり、許可した。「例のクライアントは何と言ってる?」俺は後部座席から尋ねる。佐伯はバックミラー越しに、機械的な声で答えた。「我が社と契約する意向を固めたようです。彼らは東南アジアの交易に強みがありますから。我々の基盤づくりに大いに貢献してくれることでしょう」「それは、親父にも良い知らせができそうだな」「良かったです、悠真様。例の"女狐”とお付き合いなさっていた頃は、総帥とも険悪な印象でしたから。きっと今回の件で、悠真様のこともお認めになりますよ」佐伯は言う。普段通りの冷たい口調なのに、心なしか少しトーン高めで、喜んでいるようにも聞こえた。別に俺自身は、親父の評価など気にしない。ただ例の取り巻きたちから乱暴な仕打ちを受けることは勘弁だ。それよりも、"女狐”――百合子。佐伯は何も知らないし、深く考えずに言ったのだろうが、そのワードは俺にとって地雷だ。阿左美は、百合子はもう死んでいると言った。つまり"組織”に殺されたのだろうか。本当だとすると、いよいよ"組織”というものが恐ろしく思えてくる。もちろん、百合子が死体となって出てきたなんて話は聞かないし、まだニュースにもなっていない。そんな話、いよいよ信じられるか? 信じたくないという気持ちの方も大きい。しかし否定すればそれですべて丸く収まるという話でもない。何か大がかりなドッキリが仕掛けられているような気もする。そうであれば、どれほど救われるだろうか。しかしそう思うたび、阿左美がかつて俺に言った言葉が心をむしばむ。"あなたは、自分の運命がまだ見えていないようね。フラフラした性格のせいで、間違った方向に傾いている”目的のためには人の命まで容易に奪う存在、そういうものがこの日本に実在している。そんなものが野放しにされているということ自体が俺にとって、いやこの国にとって恐ろしいことだ。そし
last updateLast Updated : 2025-11-16
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第40章:チャラ甥と犯人特定*香澄

【2015年12月25日(金) 朝】クリスマスの朝も、蓮と菖蒲の大合唱から始まった。いつものようにミルクの準備と、オムツ交換。もう慣れたもの……なんて言えれば良いのだが。今朝は「さあ、綺麗なオムツでスッキリ過ごそうね……」と蓮に新しいオムツを履かせようとしていると、蓮の下半身から、勢いよくぴゅーっと……。「ウッ……やられたッ……」「香澄っ、大丈夫!?」母乳をあげている最中の菖蒲を片手で抱えながら、遥花がタオルを持ってきてくれた。「ありがと……育児マンガとかで読んでことあるけど、まさかガチでやられるとは……」顔を拭きながら礼を言う。下半身丸出しで手足をバタつかせている蓮。遥花は、その下のオムツを確認しながら言った。「新しいのも濡れちゃってる……また別のを出そうか?」「そうだね……紙おむつも安くないけど。やっぱり布おむつも買って併用した方が良いかも」「布おむつ……クリスマスプレゼントはそれになっちゃう……?」「いやっ、そんなわけないでしょっ! ちゃんと双子が喜びそうなもの、後で買ってくるから」だけどケーキもまだ食べられないし、おもちゃは、まだ手で持つことすらできない。何をあげたら良いんだろう。ともあれ、今夜は予定していたパーティだ。奥野も来て、私のお目当てのローストビーフも焼いてくれるらしい。クリスマスツリーの飾り付けも昨日買い込んだ。今日も幸せな朝……。ただ、胸の奥にちらつくのは、先日届いた脅迫状だ。「香澄、例の探偵事務所は、朝のうちに行くの?」遥花が心配そうに聞き、私は頷く。「うん。仲間と一緒にね。もう一回確認しなきゃいけないことがあって」今日は会社も休みを取っているが、パーティよりも先に、その用事を片付けなきゃならない。すぐ戻るからねと遥花に言ってキスをする。「本当に……早く帰ってきてね」うるうる目で言う遥花は、今日も可愛い。胸に抱えている菖蒲ごと、ぎゅーっと抱きしめたくなるのを我慢し、8時半、マンションを出る。外は冬の陽射しが眩しい。近所には、電飾いっぱいのクリスマスツリーを飾っている家もある。電車に乗り、中野へ。雑居ビルにたどり着くと、すでにbearはその前で待っていた。強面の角刈り頭に、黒のコート。行きかう人々も彼のことをチラチラと見ながら通り過ぎていく。朝からヤバい人が待機していると思われているのかもしれない。
last updateLast Updated : 2025-11-17
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