椎名司(しいな つかさ)がこの世を去ってから三年、瀬戸汐梨(せと しおり)はまだ彼を心から消し去ることができずにいる。再び、彼女は別荘の暗室に身を潜めた。ここは二人が初めて出会った場所。ここにいるときだけ、三年間ずっと続いていた胸の締め付けるような痛みを、和らげることができる。汐梨が手のひらのプロポーズ指輪をこすって輝かせ、涙が情けなくもまたあふれてきた。「司くん、いつ帰ってくるの?来月には結婚式なのに……」扉の隙間から嬌声が忍び込んできた。その声は、まるで毒を仕込んだ針のように、予期せぬ瞬間に耳を刺した。汐梨は全身が硬直し、血の気が一瞬で凍りついたかのような感覚に襲われた。彼女は壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。暗室の細い隙間から、外の様子を覗き込む。家政婦の娘、青木美雪(あおき みゆき)がソファにもたれかかりながら電話をしている。指先で電話のコードをくるくると巻き取り、笑顔を隠そうとしても、楽しげな表情が自然と浮かんでしまう。「結婚式、本当にCホテルでやるの?もし汐梨に知られたら、怒鳴り込まれたらどうしよう……」電話の向こうが一瞬静まり返ったかと思うと、次の瞬間、その声が響き始めた。低くかすれた、少し無頓着な優しさを帯びた声は、汐梨が十三年間も聞き続け、骨の髄まで刻み込んだものだった。「大丈夫、『記憶喪失になった』って言うから」――バタッ。汐梨の視界が一気に暗転し、背中が壁に強くぶつかった。胸の奥は痛くて、見えない手が心臓を掴んで激しく捻り潰すようで、彼女は口を大きく開けても、空気を一口も吸い込むことができない。壁について長い時間をかけて呼吸を整えたが、指先は震え、扉を掴むことすらままならない。再び隙間から覗くと、美雪が受話器に向かって甘え声を洩らしている。「でも私、堂々とあなたのお嫁さんになりたいの……」「なるさ」男の声は甘やかで絡みつき、細かな針のように耳を刺した。彼女の瞳が潤み始める。「お前は俺が一番愛する女だから、当然最高のものを与える」一番愛する女?汐梨はふっと笑った。けれど、涙の方が先に頬を伝った。十歳のあの日の光景が、唐突に脳裏に押し寄せる。彼女がこの暗室に飛び込んだとき、司は背を向けて荒い息をつき、手にしたナイフからはまだ血が滴っていた。汐梨は刃につ
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