Home / BL / 君と風のリズム / Chapter 71 - Chapter 72

All Chapters of 君と風のリズム: Chapter 71 - Chapter 72

72 Chapters

12ー8

「スノーケルピー! 大丈夫だよ、落ち着いて……!」 「まったく……。ちょっとまともに走ったかと思えばこれだからな」 やって来たのは、案の定、デクスター・リーさんだ。彼は急に暴れ出したハーヴィーを見て、鼻で笑った。彼の態度は、自分の愛馬に対してのそれとはとても思えない。僕は苛立ったが、ここで自分まで感情的になってもどうしようもないことは理解していた。込み上げてくる苛立ちを必死にこらえる。今は堪えなければ。まだ――と。「暴れ馬は健在ということか」 「……さっきまでは大人しかったんですが、おかしいですね」 ぼそり、と。そう言ったのはライルさんだった。僕は彼の言葉に、皮肉が隠されているのを感じる。「そうか。相当な気分屋なのだろうな。あるいは私への嫌がらせか」 「デクスター、この馬はそんなことはしないよ。とても立派な馬だ。それに、さっきのレースを見ただろう? 点数を見てくれ。ほぼ満点だ!」 「もちろん。スノーケルピーには価値がある。おかげで気持ちが決まったよ」 ふと見ると、リーさんのそばには一人の見知らぬ男性が立っている。その男性の姿を見た途端、僕はたちまち不安を感じ、胸はざわざわと騒いだ。おそらく、その場にいた誰もがその嫌な胸騒ぎを感じただろう。「……彼は?」 「ブランドン・エバンス。私の友人だ。申し訳ないが、スノーケルピーは今後、彼の手に任せようと思っている」 「えぇ……っ!」 裏返った声で驚いたのはトーマスさんだった。僕はあまりのことに声が出ない。「来週末に、迎えを出すよ。彼はウェールズで農場をやっていてね、経験も豊富だし、自分の農場で面倒を見れるということだから、安心だ」 「じゃあ、来週には……」 「君らには迷惑ばかりかけてしまったが、これで安心だ。万事、丸く収まる」 「そんな……、デクスター……! この前と話が違うじゃないか。君は今回の大会の結果次第で、スノーケルピーのことは考え直すと、そう言ってただろ?」 「考え直したさ。だからこんな辺境の地まで、わざわざ時間を割いて、足を運んだんじゃないか。これは考え直した結果の答えだよ。今日、あの馬はやはり価値があるとわかった。だが今後、私にとってよりふさわしく、従順な馬にしていくためには、より厳しい調教をさせなければならない」 「だが……、だがな…
last updateLast Updated : 2025-10-21
Read more

12ー9

「彼は繊細なんだ。気を付けてくれよ」 リーさんはそう言って、その場を去ろうとする。僕は隣にいるハーヴィーの瞳を見つめる。彼の目は伏せられ、とても――悲しげだった。僕はその瞳を見て、初めて彼と出会ったときのことを思い出す。 ハーヴィー……。『オリバー、君は優しくしてくれる?』 彼が初めて、僕の心に訊ねたあの日と、今の彼の瞳は、表情は、あの日と同じだ。僕はごくり、と唾を飲む。それから、拳を握り、気を奮い立たせて駆け出した。「リーさん……っ、リーさん!」 ここで引き下がるわけにはいかない。ハーヴィーを守ると、もう何度も心に誓った。僕はそれだけでここまで来たのだ。襲い来る恐怖と不安を断ち切り、懸命にリーさんを追いかける。「リーさん! 待ってください!」「……なんだね」「あの、僕は……、この数ヶ月間、ずっと彼と……、スノーケルピーと一緒に過ごしてきました。彼の世話をして、家族以上に密に、接してきました。僕は彼が好きだし、彼も僕を好いてくれているんです。たぶん……、この乗馬クラブの誰よりも、です……」「ほう」「これは自慢とか、あなたへの当てつけじゃない。本当のことなんです。僕たちはすごく相性がよくて、今や彼は僕にとって、なくてはならない存在になりました。パートナーなんです。だから、その……」「だから?」「スノーケルピーを、僕に譲っていただけないでしょうか……!」「君に?」「お金なら払います! お願いします! 必ず、必ず彼を幸せにするので……」 リーさんは目をぱちくりさせたあと、今度はその目をゆっくりと細めた。そうして、訊ねる。「オリバーくんといったかな。君の月収はいくらだね」「千……五百ポンド、くらいです……」「そうか。この馬の値段はね、五万ポンドだ」「五万ポンド……」 五万ポンド。それは僕の月収どころではない。年収をはるかに超える額だった。僕は息を呑む。「私と君が値段交渉をするということになれば、それ以上にはなるだろう。そして馬は生きている。生涯かかる金はその何十倍、いや……何百倍にもなる」「はい……」「わかったかな? 残念だが、そういうことだ」 そう言って、リーさんは去っていく。その細い背中を、僕は見つめた。あまり
last updateLast Updated : 2025-10-22
Read more
PREV
1
...
345678
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status