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All Chapters of 君と風のリズム: Chapter 61 - Chapter 70

72 Chapters

11ー8

「痛くない?」 ――あぁ……っ、い、痛くない、けど……、これ……、あぁ……、あん……。 恥部を好きな男に晒して、舐められたあと、その内側を優しく、丁寧にいじられ、ほぐされる。それがこんなにも気持ちいいなんて、僕は想像もしていなかった。ハーヴィーは僕を見つめては、時折、唇を塞ぎ、「かわいいよ……。ぼくのオリバー……」と耳元で囁く。すると、全身は徐々に脱力して、恍惚としてしまって、なにも考えられなくなっていった。ただ、ハーヴィーの愛撫に身を委ねて、感じるだけ。快楽に溺れるだけ。 しかし、やがて彼の指は、僕の蕾の内側の、ひときわ敏感な場所へやってきて、より刺激的な快感を与えた。僕はビクビク……っと体を震わせて、身を反らす。 ――ああ……、あ……、待っ……!「ここがいい……? すごくドクドクしてるね……。オリバー、わかる……?」 ――やあぁ……、あぁっ、そこ、だめ……っ、ハーヴィー……っ!「どうして? 君の体は悦んでる。ほら……、もうこんなに柔らかくなって……」 くちゅ、くちゅ……と卑猥な水音が、規則的に響く。蕾の内側で、脈打つ場所を執拗に撫でられて、僕はもう気が狂ってしまいそうだった。そそり立ったままの肉棒の先端からは、相変わらず体液が溢れ、茎を伝って垂れている。いじられているのは尻の方なのに、肉棒がまるでよだれを垂らしているかのように震えている。やがて、腹の奥からなにか込み上げてくるような感覚を覚えて、僕は仰向けになったまま、たまらずに腰を振った。 ――でも……、あぁっ、あ……、もう……でちゃいそ……だからぁ……っ。 そう訴えると、ハーヴィーはやっと指を抜いて、穿いているズボンと一緒に、下着を脱いだ。それからぎゅっと僕を抱きしめる。彼のパンパンに膨らんだ股の間のそれが、僕の体に擦られるようにして当たっている。まるで、今すぐに君が欲しいのだ、と、そう言われているような気がした。だが、僕はもうぐったりとしてしまって、彼を抱きしめて返すこともできない。「先に気持ちよくさせてあげようと思ってたけど……。ぼく、もう我慢の限界だ……」 ――限界……?「オリバーのせ
last updateLast Updated : 2025-10-09
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11ー9

「あぁ……、オリバー……」 ハーヴィーは深く息を吐きながら、僕の名前を呼んでくれる。僕とハーヴィーの息遣いは荒く、古いベッドは、ぎし、ぎし……ときしんで、静かな部屋の中に音を立てた。尻の蕾に挿し込まれているハーヴィーの肉棒は、出し入れを繰り返しながら、僕に強い快楽を感じさせる。 ――あぁ……っ、ん……。 これは昨夜、互いの肉棒を擦り合わせただけの行為とは、とても比べものにならない。これまでにない強い快感に、波打つように襲われて、仰向けになっているのに眩暈を起こしそうになる。擦られている蕾の奥は熱で灼けて、ただれてしまいそうだ。ただ、男同士の行為はもっと激しい痛みがともなうものだと想像していたが、思っていたよりも痛みはなく、つらさもない。ただ、苦しかった。ハーヴィーが愛おしくて、こんなに深く繋がってひとつになっても、彼を欲する気持ちは溢れて止まらない。「オリバー……っ、愛してるよ……」 ハーヴィーも同じ気持ちなのだろうか。彼は快感に顔を歪めながら、ゆっくり、ゆっくり腰を振って、こんなに強く抱き合って、愛し合って、それでも足りない――と、僕を求めてくれる。 ――ハーヴィー……、僕も愛してる……。君をこんなに……。 心の中で何度も呟く。この苦しいほどの想いが、ハーヴィーに届くように。すると、ハーヴィーは僕の首すじに唇を押しつけ、肌を甘く噛んだ。そこには鈍い痛みを感じるが、それすら快感に変わる。ハーヴィーに求められて、愛されるというだけで、こんなにも嬉しくて、心地いい。 ――あぁ……っ、あ……っ。「あぁ、オリバー……、すごい……。そんな、吸いついて……あぁ……っ」 次第に繋がっている部分は滑りを増して、ぐちゅ、ぐちゅ……と、卑猥な水音を立て始めた。尻のあたりが、シーツが、恐らく濡れている。これがハーヴィーの体液なのか。それとも自分の体から出ているものなのか、わからない。もうそんなことはどうでもよかった。ただ、ハーヴィーとひとつになる感覚が途方もなく気持ちよくて、快感がもっと欲しくなる。尻の奥や腹の内側を擦られ、僕はひたすらに喘ぎ、ハーヴィーもまた次第に腰を速めていく。 ――あぁっ、あぁ……っ、ハーヴィー……っ。「ごめ……、で
last updateLast Updated : 2025-10-10
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11ー10

 だんだんと呼吸が落ち着いてきても、僕たちは互いに体を離そうとはしなかった。果てたあとの余韻に、こうして抱き合ったままで浸るのは途方もなく心地がよかったのだ。だが、やがて汗は引き、体は窓から吹き込む夜風にあたって徐々に冷えてくる。ふたり揃って風邪でもひいたらよくないので、僕はハーヴィーと一緒にシャワーを浴びた。 狭いシャワールームの中でじゃれ合うのは楽しくて、ついはしゃいでしまう。それからタオルで互いの髪を拭き合って、生乾きのまま、服も着ずにベッドに潜り込んだ。ハーヴィーは昨夜と同じように、僕に腕まくらをしてくれて、まだ少し濡れた髪を、指先で梳くようにしながら額にキスをくれた。「君が愛おしいよ……」 蒼と琥珀色の瞳でうっとりと僕を見つめながら、ハーヴィーが言った。僕はふふ、と微笑み、答える。 ――僕も。君とセックスしてるとき、苦しくて、おかしくなるかと思った。「苦しかった?」 ――そう。ハーヴィーのこと、好きすぎて……。 そう彼に伝えて、ちゅ、と唇にキスをする。ハーヴィーは「あぁ……」とため息を吐き、僕をきつく抱きしめてくれる。そうして、「君は本当に、かわいい人だね」と囁いた。 それから、僕とハーヴィーは抱き合ったまま、もうなにも話さなかった。僕はハーヴィーの腕に抱かれながら、うっとりとして彼の温もりの中で目を瞑る。だんだんと、互いの呼吸の音が重なっていく。 ねぇ、ハーヴィー……。僕たち、本当にひとつになってるみたい……。 心の中で呟く。だが、ハーヴィーはもう眠ってしまったのか、なにも答えなかった。聞こえているのは、穏やかな呼吸の音だけ。僕は彼を起こさないように、そっと握った手の甲にキスをする。真夜中の静けさの中でそうしていると、まるで世界にふたりぼっちになってしまったかのように錯覚させられる。だが、少しも寂しくない。ずっとこのままふたりで眠っていられるような、そんな夜なら永遠に続けばいいのにと、僕は眠りに落ちるまで、何度も思った。*** 翌日。僕は夜明け前に目を覚まし、以前、ハーヴィーと一緒にこの部屋で眠った日と同じように、おはようのキスで彼を起こした。それから、急ぎ身支度をする。みんなが起き出してくる前に、ハーヴィーを馬房まで送
last updateLast Updated : 2025-10-11
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12 風のリズム

 ハーヴィーと深く結ばれた夜から、約一ヶ月。僕は毎日のようにハーヴィーに乗って、クロスカントリーの特訓を続けていた。ギャロップで丘や水辺を走ったり、木々の間をすり抜けるように林の中を走ったり。障害の練習ではだんだんと難易度を上げて、一番高いポールの位置まで跳べるようになるまで、何度も練習した。 ハーヴィーはどんな障害にも決して怯むことも驚くこともなく、まるで羽が生えたペガサスのように走り、飛んだ。それに驚いたのはトーマスさんや、ライルさんたちだ。彼らは、ハーヴィーを「完璧で美しい馬」と呼び、僕を優秀な騎手だと褒めてくれた。それから、このペアはやはり、最高の相性だと口々にそう言ってくれた。 その陰で、僕とハーヴィーは秘密の関係を続けている。僕は毎晩、夕食をさっさと食べ終えると、馬房へハーヴィーを迎えに行った。そうして、日が沈んでしまうまでは、ハーヴィーと馬房の中で過ごし、日が沈んだのを見計らって、宿舎の部屋へこっそり、ふたりで戻る。その後は一緒にシャワーを浴びて、じゃれ合いながら互いの体をバスタオルで拭き合って、ベッドになだれ込み、愛し合った。「ぼくの愛しいオリバー、君とずっと一緒にいられますように」 ハーヴィーはいつからか、おまじないのようにそんな言葉を口にするようになった。だから僕も、必ず彼に返している。願いが叶うように、心を込めて、唱えるのだ。「僕の愛しいハーヴィー、君のそばにずっといられますように」 僕らの気持ちは同じ。心はひとつだ。僕とハーヴィーは互いに、毎日のようにそう伝え合った。そうして、時はあっという間に過ぎていった。***「それじゃ、会場で。無理して後ろにつかなくていいから、安全運転でな」「はい。トーマスさんも」「ありがとう」 大会の前日。トーマスさんは輸送車にハーヴィーとロリポップを乗せて、トラウトベックへ向けてウィンダミア乗馬クラブを出発した。もちろん、ロリポップは大会には出場しないが、馬は本来群れで生きる動物であるため、決して一頭での移動はしないのだそうで、ハーヴィーの馬房の隣にいるロリポップは、彼の付き添いとして選ばれ、今回、トラウトベックまで同行することになったのである。といっても、実際のところ、ハーヴィーにとってのみ、それは余計な気遣いだった――かも
last updateLast Updated : 2025-10-13
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12ー2

 トラウトベックに到着するころ、時刻は午後三時を過ぎていた。ストーク伯爵の屋敷の庭は広大で、それが庭だとはとても思えない。ウィンダミア乗馬クラブも敷地は広いが、ここはその何倍もありそうだ。「これが庭なんですか。すごいところ……」「そうとも、立派だろう?」 トーマスさんはまるで自分の家を自慢するかのように言う。ただし、この人のこういうところは、僕は好きだ。「ここのコースはアマチュア大会の中でも、群を抜いて素晴らしいんだ。なにしろ広いし、貸し馬房に、放牧エリアに……競技用の馬場までついてる」「へえ……」 要するにとにかく広く、馬術の大会を行うのに、ここはなにひとつとして不備はないようだった。 すでに庭にはクロスカントリーのコースが出来上がっていて、美しい芝の絨毯の上には、いかにも難易度の高そうな障害が設置されている。古い屋敷の近辺には、真っ白なテントがずらりと並んでいた。テントに掲げられた看板を見る限り、馬のグッズや、軽食の店など、どれも観戦客のために設置された出店であるようだ。 僕はハーヴィーを引き、首のあたりを撫でながら「思っていたよりもすごい大会みたいだね」と、こっそり耳打ちした。 その日、ハーヴィーは獣医師による馬体のチェックを行ってから、貸し馬房に入れられた。そのあと、夕飯を食べさせれば、あとは明日の試合に備えて休むだけだ。ただし、僕たちは今夜、近隣のホテルに部屋を取っているので、ハーヴィーとは分かれて休むことになる。「トーマスさん。スノーケルピー、知らないところにひとりぼっちで……大丈夫でしょうか?」「大丈夫さ。緊張はしてるかもしれないけど、隣にはローリィもいるしね。彼は孤独じゃないよ」「はい……」 僕は貸し馬房で、ハーヴィーの体を撫でながら返事をする。ハーヴィーが本当に普通のサラブレッドなら、心配はない。だが、彼はそうではないのだ。「でも、ホテルは近くだし……。僕、夜にでも一度、様子を見に――」「いやいや。それはよくない。馬房にはよその馬もたくさんいるし、あまり騒がしくするとみんなを驚かせてしまうよ」「そうですよね……」「なあに、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。明日のために、今夜はゆっくり休もう」 トーマスさんにぽん、と
last updateLast Updated : 2025-10-14
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12ー3

 仕方なく僕は体を起こす。それから、ナイトランプを点け、サイドテーブルに置かれている一枚のパンフレットを手に取り、目を通した。トーマスさんから渡された大会のパンフレットだ。そこには簡素ではあるが、明日のコースが描かれている。 明日、僕はこのコースをハーヴィーと一緒に走る。ひとつになって走って、上位五位以内に入るんだ……。 トーマスさんたちと何度も確認した、全長六キロのコース。思っていたよりも、うんとその距離は長い。当然だが、ウィンダミア乗馬クラブに即席で作られたコースとはまるで比較にならなかった。このコースを走り、上位五位以内入賞。初心者の僕に、そんなことが本当にできるのだろうか。「頑張らなくっちゃ……」 もし、できなければ、ハーヴィーは輸送車に乗せられて、途方もなく遠くへ行ってしまう。たぶん、もう二度と会えなくなるだろう。誰か知らない人のものになるか、最悪の場合はどこか遠い外国へ売られて、肉にされてしまうかもしれない。皮は剥がされて鞄や財布に加工され、あの美しい毛は高級なブラシにされる。それを想像すると、途端に身震いがした。 だめだ。弱気になってる場合じゃない……。絶対に勝たなくちゃ……。ハーヴィーのことは僕が守るって、誓ったんだから。 再び、ベッドに潜り込む。それから深く息を吐いて目を閉じ、ハーヴィーの心臓の鼓動を思い出した。彼の温もりと、とくん、とくん――と鳴る心地よいリズム。時折、額に落とされる優しいキス。耳と体に沁み込んでいるその記憶に浸り、自分の呼吸をゆっくりと合わせていく。 おやすみ、僕のハーヴィー……。 そう心の中で呟く。すると、僕の意識は次第に遠くなり、穏やかな眠りの底へすとん、と落ちていった。*** 翌日の朝。僕たちは朝四時には目を覚まし、会場であるストーク伯爵の屋敷へ向かった。会場内ではすでにコースチェックが始まっていて、真っ白なテントが連なる出店にも貸し馬房にも、多くの人が出入りしているのが見えた。まだ観戦客は入れない時間帯なのにもかかわらず、これだけの人間がいるところを見れば、この大会がアマチュアとはいえ、どれほどのファンに愛されているかを知ることができる。ひとまず、僕は逸る気持ちで、トーマスさんたちと馬房へ向かった。「スノーケルピー、おはよう
last updateLast Updated : 2025-10-15
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12ー4

 僕はホッとして、再び常歩を指示し、放牧地の中をラウンドする。柵の外で見守っているライルさんも、親指をぐっと立てて見せている。きっとこの安定感が彼の目にも見えているのだ。僕は彼に返すように、親指を立てて、手を挙げた。しかし、その時だ。「やぁ! しばらくだね、ライル君」 ひとりの男がライルさんに近づき、声をかけているのが視界の端に見えた。聞き覚えのある声にビクッと体が震える。全身から冷や汗が滲み出る。この低い声は間違いない。あの男だ。 デクスター・リー……。 動揺しながらも、その名前を思い浮かべる。手綱を握る手もじっとりと汗ばんでいく。すると、常歩でゆったりと歩いていたハーヴィーが突如、駆歩を出した。僕は驚いて、慌てて手綱を引く。だが、彼は首を振って、まるで言うことを聞かない。「スノーケルピー、待って……! 落ち着いて……!」 ――嫌だ。あの人が来てるよ。「大丈夫だよ、あの人は君になにもしないさ。僕が一緒にいるんだから、大丈夫」 ――嫌だ。会いたくない。あの人の顔なんか見たくもないよ。「ハーヴィー……っ」 ――わかるだろ、オリバー。あの人は、ぼくたちを引き裂こうとしてるんだ。 彼は足を止めず、放牧地の端まで一気に駆けていく。まるで、リーさんから逃げるかのように。もうライルさんもリーさんも、とても小さくなって、声は当然聞こえない。そこでようやく、ハーヴィーは止まった。「ハーヴィー、だめだよ。僕たちは特別の相性なんだってところを、彼に見せなくちゃ。そうすれば大丈夫だって、そう話していたのは君じゃないか」 ――もちろん、わかってるよ。でも、今は本当に会いたくないんだ。せっかく、いい気分だったのに、ここであの人に会ったりなんかしたら全部台無しにされる。 ごもっともだった。僕だってあの男には会いたくない。しかし、騎手としては馬主が来ているのに、挨拶をしないわけにもいかないのだ。「でも……、挨拶しなくちゃ」 僕はそう言って、首のあたりを撫でる。すると、そこへ。不意に一頭の人馬が近づいてきて、騎手が僕に声をかけた。「こんにちは」「あ――……。こ、こんにちは……」「いい馬ね。とても賢そう。それに綺麗
last updateLast Updated : 2025-10-16
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12ー5

「リーさんのことは好きじゃないけど、あなたたちのことは好きだから、応援するわ」 「ありがとう。僕も君たちの健闘を祈ってるよ」 「ありがとう。お互い頑張りましょ。じゃあね」 そう言って、マーサとウェンズデイは去っていく。僕は彼女たちを見送り、ハーヴィーに言った。「あの子、僕よりずっと年下みたいだった。あんな子も試合に出るんだね」 ――彼女はたぶん、実力者だよ。ウェンズデイが言ってた。「ウェンズデイ? あの馬と話したの?」 ――うん。今日の優勝を飾るのは間違いなく彼女だってさ。悪いけど、格が違うって。 ハーヴィーは面白くなさそうにそう言った。どうやらあのウェンズデイという馬は、かなり気の強い馬だったようだ。もっともマーサも同様ではあった。パートナーという関係性ゆえか、彼女たちはきっと似た者同士なのだろう。「ハーヴィー、気にしないんだよ。僕たちは僕たちのできる限りのことをすればいいんだから」 ――わかってるさ。 首のあたりをぽんぽん、と撫でてやって――ふと、ライルさんのいる方に目をやる。いつの間にか、リーさんはいなくなっていて、そこには代わりにトーマスさんの姿があった。しかし、彼は別の男性と話している。そこにマーサが近づいていく。どうやら、トーマスさんに挨拶をしているようだ。「トーマスさん、あの子を知ってるのかな」 ――さあね。 僕は眉を上げる。ハーヴィーはあのマーサという子の乗るウェンズデイに挑戦的な態度を取られたので、少し拗ねている。仕方なく、僕はハーヴィーに再び駆歩を出すように指示を出して、ウォームアップを再開し、三十分ほどでハーヴィーとともに、ライルさんたちのそばへ戻った。「やぁ、お疲れ様。調子はよさそうだね」 「はい。トーマスさん、さっき挨拶してた女の子、知ってる子ですか?」 「あぁ、彼女は友人の娘さんだよ」 「ご友人の……」 「友人はグラスミアの方で牧場をやってるんだ。引退した競走馬の面倒を見たり、羊を飼ってる。大牧場でね、あの子はそこの娘さんなんだよ。オリバー、彼女を知ってるのかい?」 「あぁ、いえ……。ちょっとさっき話をしたので……」 グラスミアは、ウィンダミアの近くにある湖の名前であり、そこに隣接する村の名前でもあった。ウィンダミア湖よりは少し小さい湖
last updateLast Updated : 2025-10-17
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12ー6

 きっと気のせいだろう。祖父母とは、大会の直前まで手紙でやり取りをし、電話でも話をしている。だが、彼らは応援に来るとは話していなかった。ロンドンからだと、トラウトベックはかなり距離があるので控えたのかもしれない。老齢のふたりにとって、遠方への旅は酷だ。それをわかっている僕も、彼らに見にきてほしいとは言わなかったし、手紙で「頑張れ」と書かれているだけで、本当に十分だった。 きっと、おじいちゃんとおばあちゃんは、ロンドンで祈っててくれる。天国の父さんや、母さんや、弟のエリオットも……。 次の瞬間――。ピーッ! と音が鳴る。僕はハッとして手綱を強く握った。 ――ハーヴィー、行こう! スタートの笛だ。僕は心の中でハーヴィーに呼びかける。直後、ハーヴィーはそれに応えるように芝を蹴り、勢いよく駆け出した。出だしは悪くない。「いい感じだ!」 始めは平坦な芝のコースが続く。ハーヴィーは全速力で駆け、まず、植木で作られた障害を越えた。さらにその先の丸太の障害を越え、次の障害へ走る。どうということはない。これくらいの障害はもう散々、練習してきたのだ。道の先は林の中へ続いていく。「ハーヴィー、道が細くなってる……」 昨夜のミーティングで、記憶したコースの全貌を思い出す。僕とハーヴィーが行くのはダイレクトルートだ。林の先は一本道。しかし、その先は想像よりもはるかに、とても細くなっている。しかも、その先にも当然のごとく障害が設置されているのかと思うと、このまま全速力で駆けていくのには不安になった。ところが、不意にハーヴィーの声が脳内に響く。 ――オリバー、このまま行こう! ぼくを信じて! ドキドキしながら手綱を握り、しっかりと頷いた。ハーヴィーはスピードを落とさずに、そのまま林の中へ入っていく。歓声は遠のいていき、人の姿はまばらになった。 木々の間をすり抜け、ただ前だけを見て、僕とハーヴィーは林の中を駆ける。荒いハーヴィーの呼吸が聞こえて、僕は自然とそのリズムに自分の呼吸を合わせていく。ふと前方を見れば、障害が見えた。脇へ避けるすき間はあるが、僕とハーヴィーにある選択肢はひとつだ。「ハーヴィー!」 ハーヴィーの名前を呼ぶ。それが合図だと、彼には自然と伝わる。僕にはそれがわかっている。さっきよりも明ら
last updateLast Updated : 2025-10-19
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12ー7

 爽やかな風を受け、ハーヴィーは心の中で感嘆の声を上げていた。僕はハーヴィーが下り坂を走りやすいように、重心をやや後方へ下げ、体を安定させる。ハーヴィーは下りの勢いを殺さず、そのまま平地に入り、駆けていく。彼の荒い呼吸の音は僕のそれと重なり、リズムを刻む。ドクドクと高鳴る心臓の鼓動、地を蹴る四つの蹄の音がそこに混じっていく。 ハーヴィーと僕、本当に風になってるみたいだ……。 この感覚は、いつかふたりでボウネスに行った、あの夜のようだった。僕とハーヴィーは今、ひとつになり、風となって飛ぶように草原を駆けていた。 ゴール地点はもう、すぐそこにある。僕は体を浮かし、ハーヴィーにすべてを委ねて目を閉じた。体は自分自身の力でのみ支え、彼に負担のないように立ち上がる。すると、ハーヴィーはさらにスピードを上げる。 行って……、ハーヴィー!「よおし!」 不意にトーマスさんの声が聞こえて、僕はハッとして目を開けた。周囲には大勢の観客がいて、拍手を送ってくれている。ハーヴィーは徐々にスピードを落としながら、芝の上をゆったりと走っていく。僕はハーヴィーに方向を変えさせ、トーマスさんたちの姿を探した。「トーマスさん! ライルさん!」 大勢の観戦客の中から、やっとの思いで彼らを探し出し、声をかける。トーマスさんとライルさんはガッツポーズをしたり、拍手をしたり、人差し指を天へ掲げたり、忙しく駆け寄ってきた。「君たちは最高だ! ベストパートナーだ! いやぁ、実に素晴らしかった!」「ありがとうございます!」「点数を見たかい?」「いえ、まだ――」「あれをごらんよ!」 そう言って、トーマスさんは運営係や審査員たちがいるテントを指差している。そこへ目を向けると、そこには電光掲示板があって、その一番上に僕の番号と名前が光っていた。「一位だ……」「すごいぞ、オリバー!」 ハーヴィーの背から降りると、すぐにライルさんが僕を抱きしめ、トーマスさんもそこに加わった。僕たちは三人で団子のようになって、互いに抱きしめ合った。「よくやった、本当によくやったよ!」 もちろん、現段階での一位。つまり暫定に過ぎず、このあとの出走者の点数次第では、僕の順位は下がってしまう可能性もある。だが、二位、三位との点数の開きは大きかった。まだ何十人と出走者は残ってい
last updateLast Updated : 2025-10-20
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