(あのとき孤児院で見たのは誰だったのかしら……) 侍女たちがいるあいだは思いに沈まないよう努力することはできたけれど、こうして寝室で一人きりになると、そのことばかりを考えてしまう。 窓の外では風が梢をゆらして葉の音だけがさやさやと響く、静かな夜だ。そんな中でも孤児院で見た覆面の青年の姿だけは鮮やかに浮かび上がって消えない。 マリッサは寝台に座り、冴え冴えと輝く星を見つめてため息をつく。 孤児院にいた男性が本当にハロルドだったなら、彼が寄付を続ける理由を尋ねることができる。 彼の気持ち次第では互いに手を取り合うことだって可能だ。 好意にすがるしかない慈善事業を国の枠組みの中に取り入れるというのは、ここしばらくマリッサが考えてきたことでもあった。 王太子妃マリッサ一人では無理でも、王太子ハロルドと一緒ならきっと国を動かせる。(彼がハロルドだったらいいのに……) だけど「彼が本当にハロルドなのか知りたい」気持ちは、それだけではないとマリッサは気づいている。 マリッサはハロルドが優しい人物なのだと信じたい。 冷酷で、打算に満ち、他者に無関心な人だとは考えたくないのだ。 確かめたい。けれど、確かめることが怖い。 孤児院で見たあの男性がハロルドでなかったのなら、マリッサの考えはすべて泡となって消えてしまうから。 加えてもう一つ。 あれが本当にハロルドだったとしたら、どうして何も言わずに帰ってしまったのかが分からない。 自分だったらどういうときに黙って去るだろうかと考えたとき、マリッサが思い出すのは王宮で貴婦人たちと出くわしたときだ。 彼女たちのおしゃべりや詮索に付き合いたくないから、きっとマリッサは貴婦人たちに気づかれないように行動するだろう。 孤児院にいたハロルドも、マリッサを見て同じように考えたのではないか? だとすればマリッサがハロルドに孤児院の件を切り出すのは、彼にとって都合が悪いのかもしれない。 もしもハロルドが夜に来たのなら、思い切って聞いてみようとマリッサは思った。 しかしその日はハロルドの侍従が「来られない」旨を伝えに来ただけで、ハロルド自身は姿を見せなかった。 あの、『花見の宴』のあとからは、ほとんどがそうだ。 以前ならばハロルドは夜に現れ、マリッサと寝室を共に出来ない何らかの言い訳をして去って行った。だがこのと
Last Updated : 2025-10-13 Read more