マリッサは知っていた。 この言葉を口にすれば、彼の中で自分はクレアの影として終わる。 けれど彼が前を向けるのであれば、それでいい。 マリッサは、静かに夜を待った。 この夜がすべての始まりで、終わりになる。** 寝室の窓には夕闇がすっかり降りている。 それは試練の合図のように思える。今日は特に。 カーテンをそっと開き、向こうに星々を眺めながらマリッサはきゅっと唇を噛む。 時間がもう少し進めば夜空の星々が冴え冴えとした輝きを増す。 その頃に、この扉は密やかに叩かれるだろう。 現れるのはハロルド。 この寝室はマリッサの部屋側と、廊下側に扉がある。 廊下側の扉の鍵を持っているのは、マリッサとハロルドだけ。 だから廊下側から訪問するのはいつもハロルドだ。 彼がこの寝室に来るときはたいてい、昼間と変わらぬ服装だった。 夜着姿でないのは、彼が最初からマリッサと「夜を共にしない」と決めていたからだ。 それでもマリッサはずっと「もしかしたら」という気持ちが捨てきれなくて、夜着で彼を迎えた。 考えてみれば滑稽な話だ。 マリッサはグリージアに嫁いできてすぐ、ハロルドと一つの契約を交わしている。 それはこの結婚を続けるのは、あくまで国と国のつながりを考えるためだけのものだということ。 王太子ハロルドには好きな人がいた。 だから彼はマリッサに指一本触れることなく、「君に好きな人が出来たのなら、心のままに動くといい、離縁を申し出ても構わない」とまで言ったのだ。 その通りにして半年以上が過ぎた。 だが、もう無理だった。 どこまで行ってもマリッサはこの国にとって、もちろんハロルドにとっても、「あの女性の影」でしかなかった。それを思い知ってしまったから。 これ以上どれだけ待っても彼はマリッサを見ないだろう。マリッサはハロルドには愛されなかった。努力はすべて無駄になった。自分はもう疲れてしまったのだ。 ――と、マリッサは己に言い聞かせる。 だから今宵はいつもの習慣をやめた。 浴室で身を清めはしたが、香油は使わなかった。 夜着を整えることもせず、今も身につけているのは昼と同じドレス。 それはまるで、ハロルドが毎夜現れる時の姿をそのままなぞるかのようだった。「あなたが昼の姿のままなら、わたしも昼の姿のままでいい」 冷ややかに輝く星を見な
Last Updated : 2025-10-23 Read more