少し考えてから、烈生は名刺を一枚取り出し、君江に差し出した。「これ、俺の名刺です。もし今後、今日の件で伊集院に何か困らされることがあったら、いつでも連絡してください。俺が対処します」君江は慌てて名刺を受け取り、笑顔で言った。「ありがとうございます、秦社長。でも、私は全然あの人なんて怖くないですし、それに……」それに、北斗はもうすぐ自分のことで手一杯になるはずだ。私を困らせている余裕なんて、あるわけがない。けれど、そのことは烈生には言わなかった。さっき助けてもらったことには感謝している。でも、だからといって何もかも話すわけにはいかない。言葉を濁した彼女に、烈生もそれ以上は追及せず、ただ軽く頷いただけだった。そして、少し迷うようにしてから、再び口を開く。「水戸社長も海市に来ているんですよね?彼女は……」「あ、奈穂ちゃんは私と一緒には泊まってません」君江は彼が何を聞きたいのかすぐ察して答えた。「その……婚約者さんと一緒にいます」そう言いながら、君江は烈生にほんの少し同情した。どうやら彼は、本気で奈穂のことが好きらしい。でも、奈穂はもう正修と仲直りしている。烈生がどれだけ想っても、どうにもならない。変に希望を持たせるより、最初から本当のことを伝えたほうがいい。そのほうが、早く諦められるだろうし、奈穂の恋愛に余計な波風も立てずに済む。もちろん、烈生はそんなことをする人には見えなかったけれど。それでも、はっきりさせておくに越したことはない。「……そうですか」烈生は静かに頷いた。彼の表情に特別な変化は見えなかった。君江は心の中で思う。もしかしたら、さっきの北斗の言葉に自分が勝手に影響されただけかもしれない。烈生は、別に奈穂のことを好きなわけじゃないのかもしれない、と。それ以上何も言わず、烈生は腕時計をちらりと確認すると、君江に別れを告げ、その場を後にした。振り向いたときの表情は最後まで普段通りだった。けれど彼が背を向けた瞬間――その瞳の光が、すっと暗く沈んだことに、君江は気づかなかった。烈生が去ったあと、君江はしばらくその場に立っていた。さっき思いきり北斗を二発も平手打ちしたことを思い出し、胸がすっとする。この爽快感を、今すぐ奈穂に話したい。簡単にメッセージを二通送って事情を伝えた
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