時田清子(ときた きよこ)は姉の失明した元カレを丸三年間も献身的に世話してきた。だが彼が視力を取り戻して真っ先にしたことは、彼女を海外へ追いやることだった。「十日後のA国行きの航空券だ。今回は海外に出たら、二度と戻ってくるな!」オフィスで、黒木文夫(くろき ふみお)は椅子にもたれかかり、細長い指で航空券を清子の前に差し出した。清子はそれを受け取ると、指先がわずかに震えた。つい数日前まで、目の前のこの男は、彼女を強く抱きしめ、髪を口づけながら約束していた。「三年間も俺の面倒を見てくれた。もし俺の目が治ったら、きっと失ったものを全て取り返し、君を豪族で一番幸せな女性にして見せる」しかし今、彼は彼女に万里を跨ぐ片道の切符を一枚突きつけただけで、余計な言葉もかけようとしなかった。しばらく沈黙した後、清子は航空券を手に取ると、詰まらせた声で言った。「安心して、二度と戻らないから」文夫は彼女の赤く染まった目尻を見つめ、なんとなく胸がざわつくのを感じた。視線をそらし、口調をわざと硬くして言った。「清子、その哀れっぽい様子はやめろ。余計な感情を抱かなければ、ここまで落ちぶれることもなかっただろうに」清子はそれを聞き、指にさらに力を込めた。文夫は彼女の恩人で、姉の元カレでもあった。十六歳のとき、彼女と双子の姉・時田雨子(ときた あめこ)は交通事故で両親を亡くした。黒木家の御曹司である文夫は、孤児となった彼女たち姉妹を見かね、自ら支援の手を差し伸べた。清子は、彼と初めて出会ったあの光景を今も忘れられない。その男は濃い色のスーツを纏い、端麗な風貌に気品が漂っていた。だが、彼が彼女たちに向けた眼差しには、富豪の息子にありがちな傲慢さは微塵もなかった。彼は小切手を差し出し、程よく優しい声で言った。「これからは、君たちが大学を卒業するまで、一切の費用を俺が負担しよう」まる七年間、清子は文夫の支援で陰鬱な気分から抜け出し、名門大学に合格した。そして姉の雨子も、この長い時間の中で文夫と次第に感情が芽生え、彼に大切にされる恋人となった。手を濡らすことすらなかった富家の令息が、自ら進んでエプロンを纏い、台所に立って彼女のために料理を作ってあげたのだ。黒木家が貧しい家の娘との結婚に反対したため、文夫は仏壇の前に跪いて断食するまで
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