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第7話

作者: 甘い餅
清子はその言葉を聞いて、強い羞恥心に襲われた。

彼女は声を震わせながら尋ねた。「どうしてここに……」

文夫は椅子にもたれて、冷淡な口調で言った。「君の元彼がこれを撮影してネットに投稿した。俺が見つけて、削除させた」

「……」

「清子、誰かを好きになること自体は怖くない」文夫の手にはいつの間にかライターを取り出して、炎が指先でちらついた。「本当に怖いのは、好きになってはいけない人を好きになることだ」

次の瞬間、ラブレターに火がついた。

文夫はゆっくりと燃えたラブレターを足元の鉄のバケツに投げ入れ、続けて二通目、三通目を手に取った。

狭い部屋の中には、たちまち焦げた匂いが立ち込めた。ラブレターを燃やし終えると、彼はさらに、彼女が自らの手で彼のために彫った木彫りや、刺繍したハンカチに火をつけ始めた。

それらはすべて、彼女が徹夜で作り上げたものだった。

文夫が一つ一つ、彼女の青春の思い出を焼き捨てていくのを見つめながら、清子の目には涙がにじんでいたが、彼女はそれを止めようとはしなかった。

彼女にはわかっていた――これらのものは、本来あってはならないものだったのだと。

彼女が勝手に文夫を好きになり、姉の名を借りて三年間彼の世話をしてきた。

すべては自分の蒔いた種だった。

すべてが燃え尽きたとき、文夫の手にあった炎もまた静かに消えた。

彼は立ち上がり、その大きな体が地面に長く影を落とした。

「清子、もし時を戻せるなら……」彼は一瞬言葉を止め、そして氷のように冷たく硬い声で続けた。「あの時、君を援助しなければよかったと、心から思うよ」

ドアが閉まった瞬間、清子の涙がついに溢れ出した。

今では、彼女が文夫を愛していた証はすべて消し去られてしまった。

彼女もようやく過去の記憶から解き放たれ、心軽く前を向けるようになった。

……

翌日、清子は痛む体を引きずりながら部屋を簡単に掃除し、下のコンビニへ食べ物を買いに出かけた。

ところが、買い物を終えた直後、1台の車が彼女の前に停まった。

窓が下がり、文夫のアシスタントの顔が現れた。

「時田さん、出国手続きに少し問題が生じまして、黒木社長の指示でお迎えにあがりました」

三日後には出国を控えていたため、清子は迷うことなく車に乗り込んだ。

しかし、彼女の予想に反して、車は最終的に留置所の前で停まった。アシスタントはこの時ようやく真実を口にした。「奥様は昨日、例の男に尾行されて動揺していて、運転中に誤って人を轢いてしまったんです……」

「どういう意味?」清子は眉をひそめた。「文夫はまさか、私に代わりに拘留されろって言ってるの?」

アシスタントはうなずいた。

清子は信じられない表情で、慌てて携帯を取り出し文夫に電話をかけた。

すぐに電話がつながった。

「黒木さん!私がもうすぐ海外に行くって知ってるくせに、なんでこんな時に……」

電話の向こうで文夫が彼女の言葉をさえぎった。「君はお姉さんをなりすますのが得意だったじゃないか?」

「……」

「たった三日間だけだ。出国には影響しない」文夫の口調は、まるでどうでもいいことを話しているかのように落ち着いていた。「中でしっかり反省して、出てきたら、もう二度とバカなことをするな」

そう言い残して、彼は電話を切った。

清子が反応する間もなく、二人の制服男が彼女を無理やり留置所へ連れて行った。

彼女は小さな暗い部屋に押し込まれ、椅子に座るよう強制された。

その時、聞き覚えのあるハイヒールの音を響かせながら、一人の女性がゆっくりと彼女の前に姿を現した。

雨子の姿を見た清子は、心の奥に溜め込んでいた怒りが一気に爆発し、大声で問い詰めた。「もう離れると約束したでしょ!なぜそこまで執拗に私を追詰めるの!」

雨子はその言葉に冷ややかな笑みを浮かべて答えた。「本当はあなたを苦しめるつもりなんてなかった。でも、あの日わざと文夫に胃薬を渡して、彼に疑念を抱かせたんでしょ?

あなたが正直になれないのなら、私もあなたが海外で悪事を覚えたイメージを、はっきりと世間に植え付けるしかないわ」

清子は歯を食いしばって言った。「私が話すつもりなら、とっくに話してる。疑ってばかりで、後ろめたいのはあんたの方でしょ!」

「それって、私への脅し?」雨子はその言葉に反応し、急所を突かれたように目つきを鋭くした。「清子、あなたはまだ自分の立場がわかってないみたいね」

そう言って、彼女は身をかがめて耳元に顔を近づけ、冷たい声でささやいた。「実は、わざと事故を起こしたのよ。そうすれば、あなたをここに引きずり込んで、完全に口を塞げるから。

あの三年間の秘密を、永遠に腹の中にしまっておけ」

……

清子は留置所の部屋に押し込まれた。

ドアが閉まった瞬間、コップや弁当箱が容赦なく彼女に投げつけられた。

嘲りの声が次々と飛ぶ。

「おやおや、自分の姉の旦那を誘惑したビッチじゃない?」

「今、トレンドはあんたの名前で埋まってるよ!」

「もう清子なんて名乗らずに、『時田のクズ女』に改名したら?ハハハ……」

丸三日間、彼女は雨子に買収されたルームメイトたちから、あらゆる方法で虐め抜かれた。

彼女の頭をトイレに押しつけ、「頭の中の汚れをきれいに洗ってやる」と言い放った。

タバコの火で彼女の体に「ビッチ」と焼きつけ、「自分のした汚いことを一生忘れないように」と言いながら嘲笑った。

最後には彼女の服をすべて剥ぎ取り、隠し持っていた携帯で無数の屈辱的な写真を撮り、それを雨子に送りつけて彼女を脅す材料にした。三日後、文夫のアシスタントが清子を迎えに来た。

彼女が全身をしっかりと覆い、マスクをつけ、どこか上の空の様子を見て、アシスタントは眉をひそめた。「時田さん、お顔が……」

「大丈夫」清子はそう言ってさらにうつむいた。「早く空港へ行こう」

アシスタントはそれ以上何も聞けなかった。

車に乗ると、清子の携帯が震え、ニュースの通知が表示された。

タイトルにはこうあった。【黒木財閥の御曹司、失明の3年間を支えた恋人がついに結ばれる】

彼女は思わず記事を開き、この三日間で文夫が雨子とさまざまな場所を訪れていたことを知った。

二人は手をつないで花畑を歩き、観覧車の頂上でキスを交わし、山頂では肩を寄せ合いながら星空を見上げていた……

どこもかしこも、文夫がかつて、視力を取り戻したら彼女を連れて行くと約束していた場所だった。

けれど今、それらの場所を雨子と巡っていた。

清子はニュースを閉じ、震える指先で文夫に最後のメッセージを送った。

【黒木さん、七年間のご支援、一生忘れません。これからの人生が穏やかで、願いが叶いますように】

メッセージを送ってから、清子は携帯の電源を切り、SIMカードを折った。

十年にわたる愛も、この瞬間に幕を下ろした。
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