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第5話

作者: 甘い餅
清子は文夫に路肩に停めてあった黒いセダンへと無理やりに押し込まれた。

「どこへ連れて行くの?」

文夫は何も答えず、ハンドルを握ったまま前方をじっと見つめている。車内には重苦しい沈黙が続いた。

車はしばらく走った後、ついに蔦の絡みついた廃墟の教会の前に止まった。

清子は色あせた十字架のかかった扉を見つめ、胸が締めつけられるような思いに襲われた。

そこは、かつて雨子が文夫に思いを打ち明けた場所だった。

当時、彼女は姉も文夫に恋心を抱いていたことを知り、長年の片想いを胸の奥にしまい込んで、姉と一緒にこの場所の飾り付けを手伝い、その告白の場に立ち入ったのだった。

明るい性格の雨子が、満開のバラを文夫の腕に抱えさせて、明るく「好きです」と告げるのを清子は見ていた。

文夫が感動的な眼差しで雨子をぎゅっと抱きしめるのも見ていた。

その瞬間、清子の心にはぽっかりと穴が開いたような感覚を覚えた。

彼女はこっそり涙を拭い、長年彼のために折った千個の思いを載せた星形の折り紙を文夫に渡し、声を詰まらせながら言った。「これは願いを込めた星です。黒木さんとお姉さんがずっと幸せでありますように」

それから彼女は何度も思い返した。

あの時、雨子のようにもう少し勇気を出して、自分の気持ちを素直に伝えていたら、結果は違っていたのだろうか?

ふと我に返ると、文夫はすでに彼女を車から降ろし、教会へと歩き出していた。

彼はかつて立ったその場所に再び立ち、冷たい声で問いかけた。「君はここで、俺と雨子が幸せになることを願うって、はっきりと言ったよね。覚えているか?」

その時になって初めて、清子は文夫が自分をここに連れてきた目的をようやく理解した。

彼は彼女の中にある「良心」を目覚めさせ、罪悪感を抱かせたかった。

彼女は口を開いたが、どう返すべきかまだ分からないうちに、文夫の携帯が突然鳴った。

彼は電話を取り、少し言葉を交わしただけで冷たい口調で言った。「わかった、すぐに行く」

電話を切ると、彼は振り向くと、清子にこう言い放った。「ここで過去のことをじっくり反省しろ。君がここ数年でどれほど変わってしまったか、そして今後何をするべきで、何をすべきではないのか、よく考えてみろ」

少し間を置いて、さらに一言付け加えた。「ちょっと用事がある。あとで自分でタクシーを拾って帰ってくれ」

男は迷いなくその場を去った。清子は、ここがあまりにも人里離れていて、タクシーなど捕まえられないことを彼に伝える間もなかった。

さらに運が悪いことに、文夫が立ち去った直後、まるで空が意地悪をしているかのように、激しい雨が降り出した。

秋の雨は身を切るような冷たさだった。

清子は薄着のまま、腕を抱えて教会の中にしゃがみ込み、震えながら寒さに耐えていた。

どれくらい時間が経ったのか分からないが、清子の携帯電話が鳴った。表示された名前は、なんと文夫だった。

彼女は電話に出た。

相手はいきなり冷たい声で言った。「清子、今すぐ城南警察署に来い」

清子は外の土砂降りを見つめながら答えた。「黒木さん、私はまだ教会にいて、ここではタクシーが見つかりません」

「タクシーが無理なら歩いて来い。一時間やる。それまでに来なければ、海外に行かなくてもいい」

文夫はそう言い放ち、電話を切った。清子はその場に立ち尽くし、文夫の言葉の意味が理解できなかった。

それでも、迷うことなく雨の中へと駆け出した。

幸い、道中で親切な運転手に出会い、途中まで車に乗せてもらえた。

清子が警察署に到着した頃には、雨はほとんど止んでいた。

彼女が警察署に入ると、椅子に座り、文夫の上着を羽織った雨子の姿が目に飛び込んできた。

雨子の顔は青ざめ、ひどく怯えていた。隣にいる文夫は彼女の手をしっかりと握り、その目には深い不安が浮かんでいた。

清子の姿を見た瞬間、文夫の目にあった優しさは一気に消え去った。

彼は隣で手錠をかけられている男を指さし、「この男を見覚えがあるか?」と尋ねた。

清子は男を一目見て、首を横に振った。

「しかし彼の主張では、君が海外で雨子の名前を悪用して詐欺行為を行い、彼の感情だけでなく金銭も騙し取ったと言ってるよ」文夫は一歩一歩清子に近づき、周囲に刃物のような冷たい気配を漂わせていた。

「彼が今回帰国したのは、君に清算するためだった。ところが雨子が君の代わりに濡れ衣を着せられ、彼に尾行された挙句、危うく連れ去られそうになったんだ」

彼の瞳は氷のように冷たかった。「清子、そこまでしてお姉さんをなりすましたいのか!?」
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