SIDE雨宮真昼 車のハンドルを握る真昼の心はざわめいていた。スマートフォンの画面に映る、右京の秘密のやり取り......同棲期間から数年、彼が誰かと通話する姿など見たことがなかった。友人といえば、PlayStationの仮想世界で深夜にチャットする勇者たちだけ。真昼が笑い声で目を覚ますと、右京はヘッドセットをつけ、レアアイテムの話を熱く語り合っていた。「あれって何かの合図だよね......」と、心の中で呟いた。二回発信音を鳴らして切る、そしてすぐに折り返す着信音......朝早くのこの時間に、のんびり電話するような普通のサラリーマンではないことは確かだった。セミダブルベッドの冷たい距離感、毛玉だらけのスウェット姿の右京、結婚前の輝きは消え、代わりに白檀の香りと磨かれた革靴が不穏な影を落としていた。駐車場の冷たいアスファルトにパンプスの音が響き、エンジンをかける手が震えた。彼女は右京の「二回コール」の意味を、心の奥で確信しつつあった。(あんな笑顔、見たことがない......)同棲を経て夫婦という形に収まったものの、最近ではスキンシップは全くない。まともな会話すら成り立たず、右京は現世から切り離された、大人になれない子供のようだった。執拗に誘わなければ外出せず、彼の定位置はリビングに鎮座する大画面テレビの前。毛玉だらけのスウェット、穴の開いた靴下、ボサボサの髪......披露宴でピンクの薔薇のヘッドドレスを輝かせたあの時の右京の面影は消えていた。「何のための結婚......右京くんはどう思っているんだろう」真昼は日々悩んだ。セミダブルベッドを隔てるナイトテーブル、金曜夜の白檀の香り、ストライプのシャツの不審な匂い、すべてが結婚の空虚さを突きつけた。真昼だけがこの問いに苛まれている気がした。「子供でもいたらまた違うのかな......」と、ふと思う。義両親の「孫はまだか」という圧力は重く、セックスレスの夫婦に赤ん坊が授かるはずもない。とうとう義母に不妊症を疑われ、右京の腕を引っ張り、半ば強制的にマタニティクリニックへ連れて行った。検査室の冷たい蛍光灯の下、右京は気のない顔で書類を埋め、真昼の心は孤独に締め付けられた。
Last Updated : 2025-10-30 Read more