さらに湊さんは、少し語調を変えて続けた。今までの淡々とした口調から、今度は明るさの感じられる声になる。「しかし我々は、この出来事を、ただの不幸な事件で終わらせるつもりはありません。今回の件を教訓とし、インペリアル・クラウン・ホテルズは本日、これまでの基準を遥かに上回る、世界で最も厳格な新しい品質管理体制を導入することを、ここに宣言いたします」 彼はスクリーンに新しい品質管理システムの、具体的なフローチャートを映し出す。「我々を陥れようとした悪意は、皮肉にも我々をより強く、より誠実な企業へと、進化させてくれました。今後も我々は、お客様に最高の安心と、最高の品質をお届けすることをお約束します」 記者たちから感嘆の声が上がる。 完璧な逆転劇だった。湊さんはこの危機を好機に変えてしまったのだ。 私は隣に立つ彼の横顔を、ただ呆然と見上げていた。◇ 会見が質疑応答に移ると、案の定、最前列にいた腕利きの男性ジャーナリストが、鋭く手を挙げた。「黒瀬副社長にお伺いします。今回、御社を『被害者』にした、その悪意の主についてです。状況証拠から考えて、競合相手であるグラン・レジス東京の、佐藤専務が関与している疑いが濃厚だと思われますが、その点についてはいかがお考えでしょうか」 会場の空気が一瞬で張り詰める。全ての視線が湊さんに注がれた。 しかし彼は、その直球の質問にも一切表情を変えない。「ご質問、ありがとうございます。ですがその点に関しましては、『現在、調査中です』とだけ、お答えさせていただきます」 湊さんはきっぱりと言った。「もちろん我々も、今回の偽装工作の背後関係については、徹底的に調査を進めております。しかしこの公の場で、憶測に基づいて特定の企業や個人の名前を挙げることは、いたずらに混乱を招くだけです。それは、我々の本意ではありません」 彼は一度、会場全体を見渡した。「今我々が為すべきは、犯人探しに興じることではありません。失われた信頼を取り戻し、お客様に最高の空間をお届けすること。ただそれだけです」
Last Updated : 2025-11-11 Read more