湊さんは書類を、テーブルの上に置いた。 佐藤が提示したであろう、金銭と法律で職人たちを縛り上げるための、分厚い契約書の束とはまるで思想が違う。 たった数枚の、上質な紙に印刷された提案書だった。「これは、今回のプロジェクトだけの話ではありません。インペリアル・クラウン・ホテルズは、皆さんと『未来への契約』を結びたい」 彼は職人一人ひとりの顔を見つめて、言葉を続けた。「グラン・レジスが提示したのは、金銭でしょう。ですが我々がご提案するのは、皆さんの技術とその未来そのものです」 提案書には、『専属アーティザン契約のご提案』と書かれていた。「この契約を結んでくださった工房を、インペリアル・クラウン・ホテルズは『インペリアル・マイスター』として認定します。今後、我々が国内外で手掛ける全ての新規プロジェクトにおいて、皆さんの工房を最優先で起用することをお約束します」「なんだって」 驚く親方たちに、湊さんは落ち着いた声で続ける。「もちろん報酬は、今回のプロジェクトと同等、あるいはそれ以上をお約束します。ですがそれだけではない。皆さんが後継者を育成するための費用も、我々が全面的にバックアップします。皆さんの持つ日本の宝とも言えるその技術を、我々が責任を持って、百年先、二百年先の未来まで、繋いでいきたいのです」 佐藤が提示した目先の金銭ではない。 彼らの技術と伝統をインペリアル・クラウン・ホテルグループが守り育てていくという、約束である。 職人としての彼らの誇りを深く理解した上でなければ出てこない、誠実な提案だった。◇ 高村さんが親方衆の顔を見回す。3人は頷いて、グラン・レジスの契約書を破り捨てた。 ビリビリ……と、紙が破ける音が部屋に響く。「面白い。あんたたちの、その心意気に乗った」 高村さんはにやりと笑った。 その一言を合図として、張り詰めていた工房の空気が一気に熱を帯びる。「やれやれ、面倒な話に巻き込みやがって」
Last Updated : 2025-11-01 Read more