湊さんの動きがぴたりと止まった。 その瞳に一瞬だけ深い悲しみの色が浮かんだのを、私は気づいた。気づいてしまった。 けれど湊さんはすぐにいつもの優しい表情に戻ると、私を抱きしめる腕の力を緩めて言った。「すみません。少し、焦りすぎましたね」 暖炉の炎の明かりが、彼の長いまつ毛に陰影を落としていた。「夏帆さんが、本当に僕を受け入れてもいいと思えるようになるまで、僕もがんばりますから。……ずっと、待っています」 その優しい言葉が、逆に私の胸を締め付けた。「ごめんなさい……。もう、寝ますね」 私は立ち上がる。もうそれ以上ここに居られなくて、寝室へ戻った。 ドア一枚を隔てた場所に彼がいるのに、私は触れることができない。(どうして……) どうしてあの夜、あんなにも幸せな思い出を作ってしまったのだろう。 どうして私は、恋を諦めると決めたのに、こんなに心を残しているのだろう。「うぐ……」 涙がこぼれた。嗚咽(おえつ)が漏れそうになって、枕に顔を埋めてこらえる。 遠く聞こえる潮騒が、夜の暗闇が、私を包み込んでくれた。◇【湊視点】 逃げ去ってしまった夏帆さんの部屋のドアを見つめて、僕は小さくため息をついた。(焦ってしまったか。傷ついていないといいが……) この2日間、夏帆さんと過ごした2人きりの時間は、僕にとって何よりも幸せなものだった。 食事を作ったり、海辺を散歩したり。そんな何気ない時間がこれほど温かいとは、知らなかったのだ。 穏やかに過ごすことで、彼女も心を開いてくれたように思う。自然な笑顔が増えて、嬉しかった。 やはり疲れはかなり溜まっていたようで、ふとすると眠ってしまっている。 彼女の寝顔は無防備で、いっそあどけなくて、いつもの誇り高いデザイナーとのギャップが
Last Updated : 2025-11-06 Read more