All Chapters of 王子様系御曹司の独占欲に火をつけてしまったようです: Chapter 91 - Chapter 100

181 Chapters

91

 湊さんの動きがぴたりと止まった。 その瞳に一瞬だけ深い悲しみの色が浮かんだのを、私は気づいた。気づいてしまった。 けれど湊さんはすぐにいつもの優しい表情に戻ると、私を抱きしめる腕の力を緩めて言った。「すみません。少し、焦りすぎましたね」 暖炉の炎の明かりが、彼の長いまつ毛に陰影を落としていた。「夏帆さんが、本当に僕を受け入れてもいいと思えるようになるまで、僕もがんばりますから。……ずっと、待っています」 その優しい言葉が、逆に私の胸を締め付けた。「ごめんなさい……。もう、寝ますね」 私は立ち上がる。もうそれ以上ここに居られなくて、寝室へ戻った。 ドア一枚を隔てた場所に彼がいるのに、私は触れることができない。(どうして……) どうしてあの夜、あんなにも幸せな思い出を作ってしまったのだろう。 どうして私は、恋を諦めると決めたのに、こんなに心を残しているのだろう。「うぐ……」 涙がこぼれた。嗚咽(おえつ)が漏れそうになって、枕に顔を埋めてこらえる。 遠く聞こえる潮騒が、夜の暗闇が、私を包み込んでくれた。◇【湊視点】 逃げ去ってしまった夏帆さんの部屋のドアを見つめて、僕は小さくため息をついた。(焦ってしまったか。傷ついていないといいが……) この2日間、夏帆さんと過ごした2人きりの時間は、僕にとって何よりも幸せなものだった。 食事を作ったり、海辺を散歩したり。そんな何気ない時間がこれほど温かいとは、知らなかったのだ。 穏やかに過ごすことで、彼女も心を開いてくれたように思う。自然な笑顔が増えて、嬉しかった。 やはり疲れはかなり溜まっていたようで、ふとすると眠ってしまっている。 彼女の寝顔は無防備で、いっそあどけなくて、いつもの誇り高いデザイナーとのギャップが
last updateLast Updated : 2025-11-06
Read more

92

 守ってあげたい。彼女を傷つける全てのものから。 元夫の男はケリをつけた。もうつきまといの心配はない。 だが今は、仕事上のトラブルが彼女を痛めつけている。 グラン・レジスの佐藤は、いずれ徹底的に追い落とす必要があるだろう。夏帆さんに恨みを残したまま、野放しにするのは危険だ。 でも、今は――。 わずらわしい全てを忘れて、僕と2人きりで過ごしてほしかった。 柔らかい笑みを見せる彼女に、僕の心は明るくなった。まるでたくさんの花が咲いたようだ。 近くに彼女がいて、とうとう我慢できずに触れてしまった。 抱きしめ返してもらった時は、どれほど嬉しかったことか。 あの夜以来の体温に、つい気が逸った。 もう一度彼女を感じたくて、キスをしようとして。 拒まれてしまった。 ショックでなかったと言えば嘘になる。 でもそれ以上に、彼女の心がまだ傷ついているのだと実感した。 彼女が欲しい。心から求めている。 だが、傷つけるのはだめだ。 もっと慎重に、彼女の気持ちが癒えるのを待ちながら、その時には決して逃げられないように。外堀を埋めて、逃げ道を塞いで、罠を張り巡らせておこう。 そうして最後には必ず、彼女の全てを手に入れる。「夏帆さん。待っていてくださいね。僕は必ず、あなたを振り向かせてみせる」 僕と彼女を隔てる一枚のドアが、今は恨めしい。 でも焦りは禁物だ。 じっくりと囲い込んでいこう。 テーブルに置いたままになっていた、ワイングラスを傾ける。 暖炉の明かりを眺めながら、僕は彼女の心を手に入れるための計画を練っていた。◇【夏帆視点】 3日間の夢のような休日が終わった。 東京へと向かう帰りの車の中、私は窓の外を流れる景色を、ただ黙って見つめていた。 別荘を出て海沿いの道を離れると、景色は少しずつ見慣れた無機質なものへと変わっていく。 増えていく車の数、高速道路の標識、灰色のアスフ
last updateLast Updated : 2025-11-07
Read more

93:再びの査問会

 プロジェクトが順調に進んでいた、ある日の午後のこと。 アトリエ・ブルームの事務所に、環境保護団体を名乗る組織から一通の内容証明郵便が届いた。「内容証明? 物騒ね」 所長が不審の表情で封を開けて、文面に目を通す。「そん、な……」 彼女の顔から、さっと血の気が引いた。「インペリアル・クラウンの新スイートに、違法伐採木材の使用疑惑? 調査を要求する、ですって……?」 所長から文書を受け取って、私も読んでみる。『貴社がデザインを担当するインペリアル・クラウン・ホテルの新スイートに、違法伐採された木材が使用されている疑いがある。公式調査を要求します』 と、紙面には厳しい調子で書かれていた。 所長は青い顔をして、椅子にへたり込みそうになっている。 私はショックを受けながらも、必死に思考を巡らせた。「所長、落ち着いてください。そんなはずはありません」 私は、すぐにプロジェクトのファイルが保管されているキャビネットへ向かった。 中から問題となっている木材を納品した業者との、契約書類一式を取り出す。「これを見てください」 テーブルの上に広げたのは、木材の正規の産地証明書と品質保証書だった。 産地証明書には、その木材が環境保護の規定に則って、正しく管理された森林から伐採されたものであることが、政府機関の印章付きで明記されている。 品質保証書には、シックハウス症候群の原因となる化学物質を含まない、最高ランクの品質『F☆☆☆☆(エフ・フォースター)』をクリアしていることが、写真付きで詳細に記載されていた。「これだけの証明書が揃っています。何かの間違いです」 書類上は何の問題もない。完璧なはずだった。 私の冷静な言葉に、所長も少しだけ落ち着きを取り戻す。「そう、よね。何かの間違いよ、ね……?」 けれど彼女の声には、まだ不安の色が濃く残っていた。(身に覚
last updateLast Updated : 2025-11-07
Read more

94

 私はすぐさま、インペリアル・クラウン・ホテルの役員会議室に向かった。 既に役員たちは揃っているとのことだ。 部屋に足を踏み入れる。そこは、以前のように私個人を断罪する雰囲気ではない。 役員たちの顔には、「またしても、グラン・レジスに仕掛けられたのか」という警戒心と、「万が一本当に不正があった場合、どう対処するべきか」という、企業としての危機管理の緊張感が漂っている。 黒瀬社長は怒りを抑えた、低い声で私に問うた。「相沢さん。我々は必ずしも君を疑っているわけではない。前回のことがあるからな。だが事実として、外部から指摘があった。君はデザイナーとして、この素材が本物であると、100%保証できるか?」 柳専務も厳しい表情で続ける。「もしこれが佐藤の仕掛けた罠で、証明書自体が偽造されたものだったとしたら? 君の選定プロセスに一点の曇りもなかったと、断言できるかね?」 彼らの言は私個人への糾弾ではない。 けれどデザイナーとしての選定眼、さらには危機管理能力。私のプロフェッショナルとしての根幹を問う、重い質問だった。 私は自分の仕事の全責任を、今この場で背負っていることを、改めて痛感させられた。◇ 部屋の空気が一気に重くなった。 財務担当の神経質そうな役員が、手元の資料に目を落としながら口火を切った。「社長。今回の告発は、すでに一部の経済メディアが嗅ぎつけています。明日にも記事が出れば、我々の株価への影響は避けられないでしょう」 続いて、マーケティング担当の役員が、苦々しい表情で言葉を継ぐ。「問題は、我々が今回のプロジェクトで、『サステナビリティ』と『最高品質』を大々的に謳っていたことです。もし、これが事実であれば、我々は自ら自分たちのブランドに泥を塗ったことになる」 サステナビリティとは、自然環境や社会、健康、経済などが将来にわたって、現在の価値を失うことなく続くことを目指す考え方。 現代の環境破壊と変化の中にあって、自然環境に負担をかけ過ぎずに社会と経済の発展を目指すこと、だ。
last updateLast Updated : 2025-11-08
Read more

95

 佐藤の攻撃は、インペリアル・クラウンに企業としてダメージを与え、私自身のデザイナーとしての誇りを傷つけるのだから。それはつまり、湊さんに二重の痛みを与えることになる。 役員の誰もが、私を責めているわけではなかった。 彼らはただ、会社が直面している危機について、それぞれの立場から事実を述べているだけだ。 でもその一つひとつの言葉が、全ての原因が私にあると告げているようだった。 やがて黒瀬社長の隣に座る恰幅のいい役員が、結論を出した。「こうなっては、事が大きくなる前に迅速に手を打つしかあるまい。原因はあくまでデザイナー個人の選定プロセスにおける、遺憾ながらのミスであった、と。我々は監督責任を認め、彼女を即刻担当から外し、プロジェクトを白紙に戻す。この形で謝罪会見を開き、一刻も早く、火消しに走るべきです」 役員たちの多くが頷く。(そういう結論になるのね) 私はぐっと奥歯を噛んだ。悔しい。何か言い返さなければ。 ところが、その空気をさえぎるように、湊さんが口を開いた。「お待ちください。彼女を罰するのは、まだ早い」 彼は立ち上がると、役員たちに向かって断言する。「これは、彼女のミスではない。我々を陥れるために、極めて巧妙に仕組まれた罠です」「そうだとしても、証明できなければ同じ結果になる」 黒瀬社長が苦々しい口調で答えた。「これを見てください」 湊さんは手元のタブレット端末を操作して、その画面を会議室の巨大なスクリーンに映し出した。「皆さんは相沢さんが選定した、この木材納入業者のことを、ご存知ないでしょうからご説明します」 スクリーンに映し出されたのは、その業者が過去5年間に受賞した、国内外の林業・建材に関する賞のリストだった。その中には、業界で最も権威があるとされる、国際サステナブル建築資材大賞の金賞も含まれている。「彼らが納入している他のクライアントのリストもご覧ください」 画面が切り替わる。そこには誰もが知るヨーロッパの超高級家具ブランドや、王室御用達のヨット
last updateLast Updated : 2025-11-08
Read more

96

「相沢さんの選定眼は、完璧だった。彼女は、数あるサプライヤーの中から、実績、品質、そして信頼性において、これ以上ない、最高のパートナーを選び出したのです。問題は、その完璧な選定プロセスの裏で、何者かが暗躍したことにある」 湊さんは私に笑いかけた。「心配いりません。僕があなたの潔白を証明します」 力強い宣言だった。◇ 会議の直後、湊さんは私を伴って自身の執務室へと移動した。 彼はすぐに、秘書と弁護士を呼び出した。「問題の素材を複数の、全く繋がりのない第三者機関に送れ。成分分析を、至急で」 秘書が頷いたので、次に弁護士へ向き直る。「同時に、素材を納品した業者と、その関連会社の金の流れを、徹底的に洗え。佐藤が背後にいることは、間違いないだろうから」 淀みない指示は、彼がすでにこの事態を予測して、対策を練っていたことを示していた。私が報告した時点で、あるいはもっと前から、こんな状況を想定していたのかもしれない。 湊さんの姿は、とても頼もしい。 プロジェクトのため、私のために戦ってくれている。(感謝するべきだ。それは分かっている。でも……) 彼の姿を見ていると、追い詰められるのを感じた。 ――そもそも私が、あの夜、あんな過ちを犯さなければ。 私が圭介と結婚さえしなければ。 そうすればこの人が、こんな戦いに身を投じる必要もなかったのに。 感謝の念を抱きながらも、私の心はどうしようもない罪悪感で満たされていく。 その時。湊さんが私に、こんなことを言った。「相沢さん。今回の我々の調査の様子を全て、ドキュメンタリー番組として記録させませんか?」「え?」 予想外の提案に、私は目を丸くする。「ただ潔白を証明するだけでは、一度失った信用は完全には戻らない。ならば我々が、いかに誠実にこの問題と向き合い、真実を追求するか。その過程を、世間にお見せするんです」 絶体絶命の危機を、最
last updateLast Updated : 2025-11-09
Read more

97:調査と逆転

 湊さんの提案を受け入れて、ドキュメンタリーの撮影に同意した、2日後の朝。 インペリアル・クラウン・ホテルの普段は使われていない一室が、臨時の調査本部としてしつらえられていた。 部屋には、すでに湊さんの部下である弁護士や調査チームのメンバーが集まっている。壁にはホワイトボードが設置され、慌ただしい空気が流れていた。 時間きっかりに、部屋のチャイムが鳴った。 湊さんの秘書がドアを開けると、何人かの人が入室してくる。 ディレクターらしき眼鏡をかけた知的な女性と、大きなカメラを肩に担いだカメラマン、それから音声スタッフの3人だ。「おはようございます。『インサイト・トゥデイ』の鈴木です。この度は貴重な機会をいただき、ありがとうございます」 ディレクターはまず湊さんに、次に私に頭を下げた。 彼女の目はジャーナリスト特有の、全てを見透かすような鋭い光を宿している。 カメラマンが無言で、カメラのレンズを私に向けた。 ずしりとした、物理的な重さを持った視線。(緊張する) あの無機質なレンズ越しに見つめられていると、私自身が人間ではなくただの観察対象になってしまった気がする。居心地が悪い。 無意識にぎゅっと拳を握りしめていた。「こちらこそ、よろしくお願いします」 湊さんも挨拶を返した。「我々は、この問題を隠蔽しません。真実がどのようなものであれ、そのすべてを、皆様の前に明らかにすることをお約束します。ただし」 彼は一度、言葉を切る。「この取材の主役は、あくまで『真実の追求』です。デザイナーである相沢さんの、個人的な心情を、興味本位で掘り下げるようなことは、決して許しません。よろしいですね?」 その一言で、その場の空気が完全に湊さんのものに変わった。 ディレクターは一瞬だけ、気圧されたような表情を見せす。すぐにプロの顔に戻り「もちろんです」と、頷いた。 私は自分の潔白を証明するため、何よりも私を信じてくれた隣に立つこの人のために、戦う覚悟を決めた。 カメラの赤く光る小さなラ
last updateLast Updated : 2025-11-09
Read more

98

 調査開始から、数日後。 事態は大きく動いた。 一人の男性がレポートを手に私たちの前に立った。湊さんが招集した科学調査チームのリーダーである人だ。「結論が出ました」 彼は手元のタブレットを操作して、内容を壁のスクリーンに映し出す。 画面には複雑なDNAの塩基配列の図と、グラフが表示されていた。「ホテルに納品された木材のDNAを、証明書に記載されている産地のものと比較鑑定しました。結果は、完全に不一致。納品された木材は、証明書にある国産の檜ではなく、東南アジア原産のアカシア系の、安価な木材であることが特定されました」 部屋の誰もが絶句して、難しい顔でスクリーンを眺めている。 リーダーは淡々と続けた。「さらに、成分分析の結果、シックハウス症候群の原因となる、微量のホルムアルデヒドが検出されました。これは、最高品質を示す『F☆☆☆☆』の基準値を、わずかにですが明確に上回る数値です」 素材が巧妙にすり替えられた偽物であること。 しかもただ安価なだけでなく、人の健康を害する可能性のある粗悪品だったこと。 その事実が今、科学によって裏付けられたのだ。 ほぼ同時に、金の流れを追っていた調査チームのリーダーが、湊さんに一枚の資料を差し出した。「黒瀬副社長。例の納品業者ですが、やはり。数ヶ月前、佐藤専務の親族が役員を務める、海外のダミー会社によって、その株の一部が秘密裏に買い占められていました」 それを聞いた湊さんの眉がわずかに動く。「……どういうことですか?」 私が尋ねると、湊さんは調査リーダーに目配せをした。リーダーは私にも分かるように、説明を始めた。「相沢さん。佐藤専務は、納品業者を直接買収したわけではありません。もっと、巧妙な手口です」 彼は資料の一点を指し示した。「佐藤専務は海外にある、実態のない会社……いわゆるダミー会社を使って、数ヶ月前からあの納品業者の株を、少しずつ秘密裏に買い占めていたんです。ダミー会社の役員に
last updateLast Updated : 2025-11-10
Read more

99

「その力を使って業者に圧力をかけ、我々に納品する素材を、証明書とは違う安価な偽物へとすり替えさせた。もし断れば会社を潰すとでも、脅したのでしょう。全ては佐藤専務の影を我々に悟らせないための、用意周到な偽装工作です」 佐藤はダミー会社を隠れみのにしながら、私たちを攻撃していた。そういうことか。(ひどい。私を攻撃するだけじゃなく、業者を乗っ取るなんて。乗っ取られた業者は、巻き添えで信用を傷つけられた) あの業者は、一流の顧客を多く抱えていた。信用問題は大きなダメージになるだろう。 私は心が痛むのを感じた。「これで相沢さんの潔白は証明されました」 湊さんが頷く。「良かった。でも、湊さん。乗っ取られた業者が気の毒です」「それは……やむを得ないでしょう。株の買い占めにあったとは言え、脅しに屈したのは彼ら自身の選択ですから」「……」 湊さんは柔らかな表情ながらも、きっぱりと言った。 私は言い返せない。 私は、自分の潔白が証明されたことに安堵する。 でも、それだけではなかった。 佐藤のやり方は、これまでの妨害とは質が違っていた。 私が正しい手続きで、正しい判断で選んだ業者と信頼そのものを、私を陥れるための罠に変えてしまったのだ。 正しく仕事をすればするほど、その正しさが自分を追い詰める凶器になる。 用意周到で卑怯で、巧妙な罠。 そんなやり方が、何よりも恐ろしかった。◇ その日の午後、ホテルで緊急記者会見が開かれた。 私もデザイナーとして、その場に同席する。 会場には無数のフラッシュが焚かれて、熱気が渦巻いていた。テーブルに並んだおびただしい数のマイク。私に向けられる、無数の探るような視線。 私はただ、固く口元を引き結ぶことしかできない。 時間になると、湊さんが私の隣の席に着いた。 彼は私にだけ一度安心させるように小さく頷くと、まっすぐに前を向いた
last updateLast Updated : 2025-11-10
Read more

100

 最初に映し出されたのは、環境保護団体から送られてきた厳しい文面の告発状。 次に私が業者から受け取った正規の証明書を提示し、選定プロセスに問題がなかったことを説明する姿。 そして場面は、白衣を着た研究者が立つ研究所へと切り替わる。『――結論として、ホテルに納品された木材のDNAは、証明書に記載された国産の檜とは、完全に不一致です。また、人体に有害な化学物質が、基準値を上回って検出されました』 科学的な分析結果が、淡々と決定的な事実として、突きつけられる。 会場の記者たちから、どよめきが起こった。 湊さんは映像を止めると、立ち上がった。「ご覧いただいた通り、我々もまた、悪質な偽装工作の被害者でした。そしてデザイナーである相沢夏帆氏の選定プロセスに、一切の瑕疵(かし)がなかったことも、ご理解いただけたかと存じます」 彼はそこで一度、言葉を切った。「一つ申し添えておくと、この業者も圧力を受けてこのような行為に走ったと推測されます。というのも、この業者の株が不自然な形で買い占められているからです。偽装工作は許されることではありません。ただし、その裏に何者かの存在があったのです。情状酌量の余地はあるでしょう。この業者が自ら傷つけた信用を取り戻せるよう願っています」 湊さんは、業者への配慮も織り込んでくれた。 私はほっとする。たとえ彼の言動が佐藤をより追い詰めるためのものだとしても、あの業者をただ見捨てるよりよほどいい。 でも同時に、少し背筋に冷たいものを感じた。 私の心や業者への配慮を見せる一方で、佐藤への圧力も強める。湊さんはどこまでもしたたかな人だ、と。 記者たちがざわめく。「黒瀬副社長! 裏にいた何者かとは誰でしょうか!?」 記者の一人が声を上げる。 湊さんはいつもの柔らかな表情のままで答えた。「今の段階ではっきりと申し上げることはできません。ただ、不自然な金の流れがあったというだけです」 ダミー会社の役員は、佐藤の親族だった。それだけでは佐藤の陰謀だと証明するには弱い。 だから湊
last updateLast Updated : 2025-11-11
Read more
PREV
1
...
89101112
...
19
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status