速達の差出人の欄には、千代田区の区章と共に『建築指導課』という文字が印字されていた。 所長が訝しげな表情でそれを受け取り、封を切る。中の書類の束に目を通す彼女の顔から、みるみるうちに血の気が失われていった。「……どうしたんですか?」 私が尋ねても、所長は答えない。ただ紙を持つ彼女の手が、かすかに震えているのが見えた。 やがて彼女はそこに書かれた文章を、硬い声で読み上げた。「……建築基準法違反の、疑い……インペリアル・クラウン・ホテル新スイートルームに対する、一時的な、業務停止命令……ですって」 事務所の空気が凍り付いた。先ほどまでの騒がしさが嘘のように、キーボードを叩く音ひとつしない。 私は所長の手から奪うように書類を受け取って、自分の目で文面を追った。竣工を目前にした、あまりにも異例な「特別査察」の文字。 佐藤の顔が脳裏をよぎる。 これまでの妨害とは、その質がまったく違っていた。公権力という個人の悪意とは比べ物にならない圧力に、息が詰まった。◇ インペリアル・クラウン・ホテルズ、湊の副社長室。夜の部屋は、静まり返っていた。 湊さんはすでに秘書からの報告で、事態を把握していた。私が差し出した命令書の写しに一度視線を落としただけで、すぐに顔を上げる。「またしても、あなたにご迷惑を……」 私の声は、自分でも分かるほど弱々しかった。罪悪感で、彼の顔をまっすぐに見ることができない。「あなたが謝ることではありません」 湊さんの声は静かだった。その表情も、いつもと変わらない穏やかなものに見える。 だが、違った。 彼の表情はいつもと変わらない穏やかなものに見えた。だが違った。その瞳からいつもの柔らかな光が消えて、温度のない硬質な何かに変わっている。「随分と、古風な手口を使ってくれたものですね」 まるで他人事のように、彼は呟い
最終更新日 : 2025-11-16 続きを読む