【夏帆視点】 痛みと絶望の中、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。森の奥から、茂みをかき分ける音が近づいてきた。「夏帆さん! どこです! 夏帆さん!」 聞いたこともないほど切羽詰まった、湊さんの声だった。 やがて木々の間から、息を切らした彼が姿を現す。いつも整えられている髪は汗で濡れて乱れ、上質なジャケットの袖は枝に引っかけたのか、無残に裂けている。王子様にはとても見えない。 彼はうずくまる私を見つけた瞬間、息をのんで立ち尽くした。 黄昏時の森の中、両の瞳が揺れている。 強い安堵と、同じくらい強い恐怖。 私を逃した恐ろしさと、再び見つけた安心が、同時に彼の中に見えた。(見つかってしまった) 痛む足をかばいながら、私は奥歯を噛む。 あんなに準備を重ねてようやく抜け出したのに、こんなところで失敗するとは。 もう一度連れ戻されてしまえば、今度こそ脱出の隙はなくなる。私とまだ見ぬ我が子の未来が、あの狭い場所に閉じ込められてしまう。「よかった……よかった、ここにいたんですね……」 彼はもつれる足で私のそばまで駆け寄ると、私の前に膝をついた。瞳は赤く充血し、頬には涙の筋が泥と混じって黒く汚れている。「夏帆さん、体は大丈夫ですか? あなたの怪我と、お腹の子は」 途切れ途切れのかすれた声で言って、まるで壊れ物でも確かめるように、私の肩や腕に触れてくる。私を抱きかかえ、立ち上がろうとした。「さあ、帰りましょう。あそこなら、もう大丈夫ですから。安全な場所です。もう二度と、あなたのことを一人にはしません」 その言葉。私を再び鳥かごへ戻そうとする腕。それが、私の最後の覚悟に火をつけた。 私は彼の手を振り払った。支えを失った足が激しく痛んだけれど、歯を食いしばって耐える。「夏帆さん?」 驚きに不可解な顔をする湊さんを、正面からキッとにらみつけた。「湊さん。聞いて」 私は彼から視線を
Last Updated : 2025-12-08 Read more