「家柄や体面ばかりを気にして、肝心のあの子の心が、これほどまでにあなたを求めていることを見ようとしていなかった。今のあなたの隣で、本当に幸せそうにしているあの子の顔を見て、ようやく目が覚めました」 黒瀬夫人は私に向かって、初めて心からの微笑みを浮かべた。「息子の、あの愚かでどうしようもなく純粋な心を救ってくださったのは、あなたなのですね。どうかこれからも、湊のことを、よろしくお願いいたします」 彼女は椅子から立ち上がる。私のそばまで歩み寄ると、その場で深々と頭を下げた。 予期せぬ心からの謝罪と、祝福の言葉。張り詰めていた心の糸が、ぷつりと切れる。私の目から、涙がこぼれた。「そんな……私の方こそ、至らないことばかりで。どうか頭を上げてください。こちらこそ未熟者ですが、湊さんと共に歩ませていただければと思います」「ありがとう、夏帆さん。私たちを許してくれて」 隣で湊さんが立ち上がる気配がした。彼の大きな手で、私の肩をしっかりと抱き寄せる。「もう大丈夫だよ」 湊さんの声が頭の上で聞こえた。 ご両親との雪解けは、私の心に大きな温かさを与えてくれた。またあの「査問」になったらどうしようと、自分で思っていた以上に張り詰めていたのだ。 また、黒瀬社長は私をプロフェッショナルだと認めてくれた。単なる息子のパートナーとして以上に、私という人間を見てくれた。 同時に黒瀬夫人の心も聞けた。冷たいように見えた彼女も、息子を案じる一人の母だったのだ。 私は彼らに受け入れてもらえた。ずっと一人だった私が湊さんに出会って、それでもなかなか心を開けなくて。 すれ違いの末に彼は理性をすり減らしてしまった。 でも、もう一度。湊さんは心を取り戻し、こうしてご両親に迎え入れてもらった。 私はようやく一人ではなくなったのだ。 涙が止まらなくなりそうになる。でも、ご両親に心配をかけるわけにはいかない。 少しだけこぼれた涙をぬぐって、私は微笑んでみせた。「これからどうか、よろしくお願いいたします」
Last Updated : 2025-12-18 Read more