湊さんのペントハウスに戻った私を、彼は一つの部屋に案内してくれた。 そこは彼の仕事場である書斎からも一番遠い、角部屋の静かなゲストルームだった。 部屋は白と柔らかなベージュを基調とした、落ち着いたインテリアで整えられている。大きな窓からは公園の緑が見下ろせた。 ドアの内側には、ごく普通の鍵がついていた。いつでも私自身の意思で、この部屋を施錠できる。 その一つひとつの選択に、今の彼の私に対する最大限の配慮と尊重の意志を感じた。 クローゼットを開ける。中に入っているのは、監禁中に着せられていた人形のようなドレスではない。私が元のアパートに置いてきた見慣れた仕事用のジャケットや、着心地の良い普段着がきちんと並べられている。 デスクの上には、私のスケッチブックと愛用しているメーカーの製図用ペン。本棚には彼の美術書の隣に私の専門書が数冊。 ベッドサイドのテーブルには、私が一番好きだと話したフリージアの花が、小さな一輪挿しに生けられていた。 かつて湊さんのペントハウスは、モデルルームのように無機質だった。でも今は、私の「暮らし」が少しずつ、根を下ろし始めている。◇ その日の午後、私はリビングのソファに座り、新しいデザインのアイデアをスケッチブックに描いていた。湊さんは、少し離れたデスクで静かにノートパソコンに向かっている。 お互いの存在を心地よく感じながらも、それぞれの時間に干渉しない。そんな穏やかな空気が、私たちの間に流れていた。 湊さんが仕事の手を止めて、尋ねる。「夏帆さん、何か飲むかい? ハーブティーでも淹れようか」「ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」 何かをする前に必ず私の意志を確認する。それが私たちの新しい日常になっていた。 彼がキッチンに立っている間、私は意を決して、中断していたプロジェクトについて切り出した。「あのね、湊さん。来週から、私も現場に復帰したいと思ってるの。もちろん、体に無理のない範囲で。最終的な仕上げは、やっぱり自分の目で確かめたいから」 ハーブティーを差
Last Updated : 2025-12-13 Read more