エレベーターの事故で、私は病院に運び込まれた。怪我の処置をする際に、一通りの検査をしたはずだ。 私は湊さんの常軌を逸した過保護さを思い出す。 彼は死にかけた私を心配するあまり、少しおかしくなってしまったのだと思っていた。 でも、それだけではないとしたら? 彼は私の妊娠を知っていて、子供ごと囲い込もうとしている……? 私はおそるおそる、自分のお腹に手を当てた。少し張ったお腹はわずかに膨らんでいる、ような気がする。 胎動とか、そういった実感はまだ感じられない。(私に新しい命が宿っている……) 本当なら喜ぶべきなのに。 この鳥かごの中で、正気を失ってしまった彼の子を産む。その想像は、私を絶望に突き落とした。◇ 絶望の中で、私は無意識に自分のお腹に手を当てていた。よく確かめなければ分からない程度の、かすかな膨らみ。そこに自分以外の命が宿っているという事実は、私の中で確信となっている。 最初に私を襲ったのは新たな恐怖だった。 この鳥かごの中で、狂気に囚われた男の腕の中で、子供を産み育てる? そんな未来をこの子に強いるというのか。(冗談じゃない) その思いが、心の奥底で小さな火種のように生まれた。それは瞬く間に燃え広がり、私の中の諦めに似た絶望を焼き尽くしてくれた。 これはもう、私一人のための脱出ではない。この子の未来を守るための戦いだ。そして――愛するがゆえに壊れてしまった湊さんを、正気に戻すための戦いでもある。 そう悟った瞬間、霧がかっていた視界がはっきりと開けた。(この子を、こんな場所で産むわけにはいかない) 私はお腹に当てていた手に、そっと力を込める。気力を失っていた体に、一本の硬い芯が通るような感覚があった。 デザイナーとして責任をもって仕事に取り組んでいた頃の気持ち。それが鋭い光となって目の奥に灯るのが、自分でも分かった。 まずは、湊さんと話し合わなければならない。
Last Updated : 2025-12-03 Read more