看護師は優しく微笑んだまま答える。「ご心配には及びません。黒瀬様が、関係各所には全て、よしなに計らってくださっております。相沢様は、何もご心配なさる必要はないのですよ」 その瞬間、私は悟った。この穏やかな笑みの下に、決して乗り越えることのできない分厚い壁が存在すると。 そして彼女の背後には、湊さんがいる。◇ 看護師が退出した後、部屋には再び静寂が戻った。私は痛む頭をこらえながら、ゆっくりとベッドから身を起こす。包帯で固定された左足に体重をかけないよう、右足だけで床に降り立った。足首に激痛が走り、思わず壁に手をついてしまった。 壁を伝い、窓際に置かれた椅子を支えにしながら、一歩ずつ窓へと向かう。たった数メートルの距離が、果てしなく遠い。 ようやくたどり着いて、窓を開く。ここは三階だった。地面まではそれなりに距離がある高さだ。 その窓の外に広がっていたのは、見渡す限りの緑の海だった。どこまでも続く深い森。遠くには、夕暮れの光を浴びて紫色に霞む山々の稜線が見える。(そんな。ここは……) 私は必死に、人の営みの痕跡を探した。一本の電線もアスファルトの道も、隣家の屋根も、何も見えない。聞こえるのは、風が木々を揺らす音だけ。 視線を足元に戻すと、そこにはよく手入れされた美しい庭が広がっていた。だがその庭の境界線に沿って、あるものを見つけてしまう。木々の合間に見え隠れする、高さ三メートルはあろうかという滑らかな石造りの塀。塀は窓から見える限り、隙間なく張り巡らされていた。 それは侵入者を拒むためのだけのものではない。中にいる者を、決して外に出さないための壁だ。 優しい看護師と、外界から隔絶されたこの場所。動かない体に、取り上げられた携帯電話。そして高い壁。 ばらばらだった事実が、一つの恐ろしい答えを結ぶ。 私はここから出られない。 この美しい部屋は金色の鳥かごなのだと、悟った。◇ 窓の前で状況を悟った後、どうやってベッドに戻ったのか、あまり覚
Last Updated : 2025-11-27 Read more