All Chapters of 王子様系御曹司の独占欲に火をつけてしまったようです: Chapter 31 - Chapter 40

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31:甘い毒

 二人きりになった会議室は、しんと静まり返っていた。 湊さんのすべてを見透かすような瞳から、逃げることはできない。「いえ、私の問題ですから、大丈夫です」 この期に及んで、私は虚勢を張った。 これ以上、彼に個人的な問題で迷惑をかけたくない。 その一心で抵抗を試みた。我ながら弱々しくて情けない姿だったと思う。 しかし彼は静かに首を振る。「大丈夫ではありません。あなたが悩んでいると、僕も仕事に集中できない。それはプロジェクト全体の損失に繋がります」 まただ。 彼は巧みに「業務」を盾に、私の心の壁をこじ開けようとする。 そして不意に、その声色が個人的な響きを帯びた。「それに、僕はただ、あなたが苦しんでいるのを見ているのが、耐えられないだけです」 湊さんのまっすぐ言葉に、私が必死で築いていた防御はあっけなく決壊した。 この人は本当にずるい。 仕事のパートナーの口実で私の警戒を解いて、隙間から優しさを注ぎ込んでくる。 私は観念して、圭介からの執拗な連絡についてぽつりぽつりと話し始めた。◇ 私の話を聞き終えた湊さんの表情から、いつもの穏やかさが消えていた。 その瞳には静かだが、燃えるような怒りの色が宿っている。「分かりました。その問題は、僕が解決します」 彼は言い切った。「でも、これは私の問題で」 私がためらうと、湊さんは選択を迫った。「あなたがご自身で解決できると言うなら、僕は信じます。ですが、もしこれ以上あなたが消耗するようなら、僕は僕のやり方で、あなたの『問題』を排除するしかなくなる。それでもいいですか?」 彼が本当に私の安全を願っているのは伝わった。 けれどそれは、同時に私の人生に強く介入するということでもある。 湊さんに任せれば、迅速な解決が望めるだろう。(でも、それでいいの?) これは私と圭介の問題のはずだった。本来ならば私が自分で解決するべ
last updateLast Updated : 2025-10-05
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 翌日の昼休み。  気分転換に外の空気を吸おうと、一人で事務所のビルを出た時。  圭介が鬼のような形相で、私の前に立ちはだかった。「夏帆! 昨日の男は誰なんだ!」 昨日よりもさらに苛立って攻撃的になっている。  彼が私の腕を掴もうとした、その瞬間。 圭介の両脇を、いつの間にか現れたスーツ姿の屈強な男性二人が、音もなく固めた。「相沢圭介さんですね。黒瀬様からの伝言です。我々と少し、お話願えませんか」「なっ、なんだお前ら!」 圭介は抵抗しようとするが、屈強な男たちに敵うはずもない。  半ば引きずられるように、なすすべなく近くに停まっていた黒塗りの車へと連行されていく。  その車の前には、スーツを着込んだ細身の男性が立っている。「相沢夏帆様ですね。黒瀬様から全て伺っております。私は弁護士です。後のことは上手く取り計らいますので、どうぞご安心を」 それだけ言って、彼も車に乗り込んで去っていく。  あっという間の出来事に、私は呆然と立ち尽くすしかなかった。 ◇  事務所に戻ると、湊さんから一件のメッセージが届いていた。  ただ一言、こう書かれていた。『もう大丈夫ですよ。全て片付きました』 その短い言葉が、私の心の奥深くまでじんわりと染み渡っていく。  圭介という過去の呪縛。その呪いが、完全に解かれたのだ。 涙があふれそうになる。  心の底からの深い安堵感を覚えた。  でも安堵と同時に、私は背筋が凍るような感覚を覚えていた。 湊さんはいとも容易く人の人生に介入して、物事をコントロールできてしまう。  圧倒的な力を私は改めて見せつけられたのだ。(この安心感は、なんて甘いんだろう……) これは毒だ。  気づかないうちに私を――私の心をダメにしてしまう。甘い、甘い、毒薬。 湊さんへの感謝と、彼に支配されていくことへの恐怖がないまぜになる。
last updateLast Updated : 2025-10-05
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33:元夫のその後

「さて、本題に入りましょう」 弁護士は圭介の言葉を遮って、二通の書類を彼の膝の上に置いた。「こちらは、未払い分の慰謝料全額を、明日正午までに指定口座へ振り込むことをお約束いただく念書。そしてこちらが、今後一切、夏帆様の半径500メートル以内に近づかないこと、いかなる手段を用いても連絡を取らないことを誓約いただく、接近禁止命令の受諾書です」 圭介は目の前の書類と、弁護士の顔を交互に見た。「ふ、ふざけるな! なんで俺がそんなものにサインしなきゃならないんだ!」「もちろん、サインを強制はいたしません」 弁護士は初めて、かすかに口の端を上げた。笑みというにはあまりにも冷たい形だった。「ですが、もしサインをいただけない場合、我々はただちに警察へ被害届を提出します。そうなれば、あなたにはストーカーとしての前科がつく。同時に黒瀬グループの顧問弁護団が、あなたの勤務先、ご実家、考えうる全ての社会的繋がりに対して、今回の件が『円満に解決しなかった』という事実を、然るべき形でご報告することになります」 それは、ある意味で正当な脅迫だった。  彼の社会生命を根こそぎ絶つという宣告である。  圭介の顔からさっと血の気が引いた。目の前の男がただの弁護士ではないこと、その背後にある力が自分ごときが抗えるものではないことを、ようやく理解したのだ。「……っ」 圭介は震える手でペンを握った。  プライドも怒りも言い訳も、すべてが巨大な力の前に粉々に砕け散った。  彼はただ言われるがままに、二通の書類に自分の名前を書きなぐった。「ご協力、感謝します」 弁護士はサイン済みの書類を無感情に回収すると、車のドアを開けるよう隣の男に目配せした。「ああ、それからもう一つ。黒瀬様からの伝言です」 車から突き落とされるように降ろされた圭介の背中に、最後の――最も残酷な言葉が突き刺さった。「『彼女はもう二度と、あなたのフレンチトーストを作ることはない』。……とのことです」 ◇
last updateLast Updated : 2025-10-06
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 彼女のキーキーと甲高い声が、圭介の疲れ切った頭に突き刺さる。圭介は助けを求めるように彼女を見るが、彼女は馬鹿にしきった表情で応えた。「ちょっと待って。慰謝料払ったら、あんたの給料、ほとんど残らないじゃん。ってことは、来月の旅行も、新しいバッグも、全部ナシってこと? ふざけないでよ!」「……すまない」「謝って済む問題!? だいたい前の奥さんといた時の方が、よっぽどいい暮らししてたじゃない! あんた、結局、あの人のおかげでいい生活ができてただけで、一人じゃ何もできない甲斐性なしだったってわけね!」 図星だった。圭介は夫婦で折半する約束の生活費さえケチり、自分の小遣いにして浮気相手に貢いでいたのだ。  ろくに金を出さずに暮らしていける。家事は全て夏帆がやってくれる。それがどれだけ恵まれていたか、今更ながらに圭介は思い知った。 彼女は立ち上がると、散らかった部屋から自分のブランド物のバッグや服をかき集め始めた。「もういい。あんたみたいな価値のない男といても、時間の無駄。もっとマシな男、いくらでもいるから」「ま、待ってくれ! 俺を見捨てるのか!?」「見捨てる? あんたが自分の甲斐性のなさを棚に上げて、前の奥さんを捨てたんでしょ。あたしは、あんたの汚い部屋を掃除して、フレンチトーストを焼いてくれる、都合のいい母親じゃないのよ」 最後に圭介を睨みつけた彼女の顔は、憎しみと侮蔑に歪んでいた。  ドアが荒々しく閉められる。  圭介は一人、ゴミが散乱した薄暗いリビングに、立ち尽くした。  彼が「真実の愛」と信じた関係は、こうして、あっけなく終わりを告げたのだった。 ◇  圭介に下された罰は、ドラマチックなものではない。  ただ自分の選択の結果と向き合い、その責任を一人で背負い続けるという、どこにでもある厳しい現実だ。  また、不倫をしていたことが周囲にバレて、友人はおろか親からも縁を切られた。「どうしてあんないい子を裏切ったの! 情けない!」 夏帆のことをよく知る圭介の母は、息子
last updateLast Updated : 2025-10-06
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35:望まぬ栄光

 圭介との一件から少しの時間が過ぎた。 湊さんの介入以来、あれほどしつこかった圭介からの連絡は、ぱったりと途絶えた。最初から存在しなかったみたいに。 私は久しぶりに、心の底から平穏な日々を取り戻していた。「光の心臓」を始めとするスイートルーム改装プロジェクトは、順調そのものだった。 革新的なコンセプトと一切の妥協を許さないクオリティは、早くもデザイン業界の内部で噂となり、注目を集め始めていた。「相沢さんのおかげで、最近うちの事務所の評判がうなぎ登りよ」 打ち合わせの席で、所長が満足そうに言う。「『インペリアル・クラウンの新しいスイートは、相沢夏帆っていうすごいデザイナーが手がけてるらしい』って、この間、取引先が話してましたよ!」 同僚が興奮気味に言葉を続けた。 自分の仕事が認められている。その事実は私の誇りを満たして、疲れた心を癒やしてくれた。 仕事への情熱がもう一度、燃え上がっていくのを感じる。◇ その日の午後、所長が「ちょっといいかしら」と、私を所長室に手招きした。「見て、相沢さん!」 所長は興奮を隠しきれない様子で、一通のメールを私に見せた。 差出人は『モダン・デザイン』編集部。(モダン・デザイン!) ただのデザイン雑誌ではない。 創刊から40年以上、日本のインテリアデザイン界の頂点に君臨し続ける、絶対的な権威である。 美しい写真だけを並べた他の雑誌とは一線を画して、デザイナーの哲学や空間が持つ物語性を深く掘り下げる、硬派で知的な誌面づくりで知られている。 ここに単独で特集されることは、デザイナーにとって最高の栄誉であり、一流であることの証明だった。「モダン・デザインから、あなたの単独インタビューのオファーが来たの!」 それは若手デザイナーなら誰もが夢見るような、この上ない名誉だった。 事務所にとってもこれ以上ない宣伝になる。 でも、メールの文面を読んだ私の顔から、さっと血の気が引いていくのが分か
last updateLast Updated : 2025-10-07
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 一番に頭をよぎるのは、圭介やその家族、かつての共通の友人たちの顔だった。 私の活躍が彼らの目に触れることで、また面倒な事態に巻き込まれるのではないか。 何より、記者にプライベートを詮索されるのが怖かった。 離婚したことそのものは、ある程度割り切った。圭介が浮気していたのも、もう傷ついたりしない。 でも、この前の圭介の付きまといは怖かった。 それに――湊さんとの関係も。 離婚そのものと、離婚後のトラブル。それらを興味本位で掘り返され、面白おかしく書きたてられるかもしれない。(インタビューなんて……無理よ) 今の私は、そんな華やかな場所に立てるような人間じゃない。 ただ静かに暮らしたいだけなのに。◇ その夜、仮住まいのビジネスホテルの一室で、私はノートパソコンを開いていた。『この度は大変光栄なお話をいただき、誠にありがとうございます。しかしながら、一身上の都合により……』 丁重な断りのメールを書いた。あとは「送信」のボタンを押すだけ。 なのに私の指は鉛のように重く、動かなかった。(押せない……) 押してしまえば、楽になれる。 圭介たちの目に触れるかもしれないという恐怖や、プライベートを詮索されるかもしれないという不安から、解放される。 今の私が何より欲しい、平穏な日常を守ることができる。 でも――。 送信ボタンを押すことは、私を信じてくれた人たちを裏切ることになるだろう。 手放しで喜んでくれた所長や同僚たちの笑顔が目に浮かぶ。このインタビューが、事務所にとってどれほど大きなチャンスになることか。 そして何よりも、湊さんの顔が浮かんだ。 私のデザインと情熱を誰よりも深く信じて、支えてくれた人。このプロジェクトの成功は彼の成功でもある。そのための絶好の機会を、私の個人的な事情で一方的につぶしてしまっていいのだろうか。 自分の心を守
last updateLast Updated : 2025-10-07
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37:王子様の条件

 電話の向こうで、湊さんは黙って私の言葉を聞いていた。 その沈黙が肯定なのか否定なのか、それとも呆れているのか、分からなくて怖い。 私は観念して、全てを打ち明けることにした。 圭介とのことや離婚にまつわるトラブルが、世間の目に晒されることへの恐怖。プライベートを詮索されることへの不安。何より、ただ静かに暮らしたいという私の切実な願いを伝えた。 ひとしきり話し終えても、彼はしばらく何も言わなかった。(ああ、やっぱり) プロ失格だと呆れられてしまったのかもしれない。 個人的な問題で大きなチャンスを棒に振ろうとしている、愚かで面倒な女だと。 私が新たな不安に押し潰されそうになった、その時。「お気持ちは、分かりました」 ようやく聞こえてきた彼の声は、いつも通り落ち着いていた。◇「では、こうしましょう」 湊さんは、私の予想とはまったく違う提案を口にした。「インタビューは、僕があなたに代わって、条件交渉をします」「え?」「あなたが不安に思う要素は、僕がすべて排除します。取材内容は、デザインに関することのみ。プライベートな質問は一切禁止。インタビュー当日、僕もクライアントとして同席し、あなたが不快な思いをしないよう、最後まで責任を持つ」 私の恐怖の根源を全て取り除いてくれる、パーフェクトな提案だった。 あまりに都合が良すぎて、逆に現実のこととは思えない。「この条件なら、いかがですか?」「その条件であれば、大丈夫です。でもそれだと、私にばかり都合が良すぎます。黒瀬さんにご迷惑をかけてしまうのでは」「いいえ? 何度でも言いますが、あなたがベストな状態でいられるように場を整えるのが、僕の仕事です。それに、『モダン・デザイン』にはちょっとしたコネがありますから。この程度であれば問題なく要望を通せますよ」 もう何も言えない。私はただ頷くことしかできなかった。◇ 翌日。私は湊さんの
last updateLast Updated : 2025-10-08
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「なんて失礼な! あの『モダン・デザイン』に、そんな条件を突きつけたら、話自体がなくなるに決まっているわ!」「ですが、これはクライアントである黒瀬様のご意向でもあります」「それは黒瀬様が、あなたに気を遣って言っているだけでしょう! デザイナー個人のわがままで、会社全体のチャンスを潰すなんて、絶対に許さないわ!」「それは……」 所長は聞く耳を持ってくれなかった。 私たちの意見は平行線を辿り、室内の空気はみるみるうちに険悪になっていく。 私は所長の言い分も分かるだけに、少しばかり弱腰になってしまった。湊さんが私のためにそこまで骨を折ってくれると、どこかで信じられていなかったせいもある。 と、その時。 所長のデスクの電話が鳴り響いた。「はい、アトリエ・ブルームです」 苛立った様子で受話器を取った所長の顔が、みるみるうちに青ざめていく。「はい。……はい、承知いたしました」 電話の相手は、湊さんの秘書だったらしい。 受話器を置いた所長は、幽霊でも見たように呆然と私を見ていた。「今、黒瀬様の秘書の方から……」 彼女の声は、かすかに震えていた。「『モダン・デザイン』の編集長と、直接お話をつけて、先ほどの条件をすべて快諾させたと……」(いつの間に!) 私がここで身内相手に必死に言い合いをしている間に、彼は全てを終わらせていたんだ。 ほっと息をつくのと同時に、私は背筋が凍るような感覚を覚えていた。 手際が良すぎる。それに、業界最大手のモダン・デザイン相手に要望を押し通すなんて。大手ホテルの副社長の立場は、私が思った以上に強い影響力を持つらしい。 ◇  インタビュー当日がやってきた。 会場となったインペリアル・クラウン・ホテルのスイートルームは、すでに撮影機材のセッティングが進んで
last updateLast Updated : 2025-10-08
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39:優しい支配者

 インタビューが始まると、不思議と緊張は消えていた。 編集者が質問を投げかける。「今回のデザインで、最も大切にされたことは何ですか?」 私はごく自然に言葉を紡ぎ始めていた。「私が目指したのは、『記憶に残る空間』です」 自分のデザインについて語り始めると、言葉に熱がこもっていく。「ホテルの一室というのは、お客様にとって非日常の空間ですが、同時に、旅の疲れを癒す最もプライベートな場所でもあります。だからこそ、ただ新しいだけの無機質な豪華さではいけない、と。私が作りたかったのは、お客様の心に、温かい記憶として残る空間なんです」(ああ、だめだ。仕事の話になると、つい夢中になってしまう) でも、言葉は止まらなかった。「例えば、各部屋に一つだけ置かせていただく、アンティークチェア。あの椅子は、それ自体が百年という時間を旅してきた、物語のかたまりです。お客様がそこに腰掛けた時、その長い時間の流れにそっと触れるような、不思議な安心感に包まれてほしいんです」 編集者が相槌を打ちながらメモを取っている。「『光の心臓』と名付けたあの照明も同じです。あの光は、何かをはっきりと照らし出すための明るさではありません。人と空間を優しく包み込み、一番美しく見せるための光です。旅の疲れを癒し、大切な人と過ごす時間を、かけがえのないものにするための……」 デザイナーとしての喜びと情熱が、自然と私の表情を輝かせているのが、自分でも分かった。 編集者の瞳も、好奇心にきらきらと輝いている。 少し離れたソファに座る湊さんが、私を見つめている。どこまでも優しくて誇らしげな眼差しで。「素晴らしい哲学ですね」 私の話に熱心に耳を傾けていた編集者が、何気なく質問の角度を変えてきた。「そこまで『心に寄り添うデザイン』にこだわられるのは、何か、相沢さんご自身のプライベートな経験が影響しているのでしょうか?」(……!) 私の最も触れられたくない部分を探る、巧みな誘導尋問だった
last updateLast Updated : 2025-10-09
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 その時。 それまで沈黙を守っていた湊さんが、穏やかな態度のまま会話に割って入った。「素晴らしいご質問ですね。ですがその答えは、彼女がデザインしたこの空間そのものです。それ以外は不要でしょう」 湊さんは静かに立ち上がり、私の隣に立った。清潔感のある髪がさらりと揺れる。 彼の態度はあくまで静かだったが、どこか逆らい難い迫力があった。編集者が気圧されているのが分かる。 湊さんは続けた。「彼女のデザインは、特定の個人の経験から生まれるものではありません。このホテルを訪れる、すべてのお客様の心に寄り添うために存在する。だからこそ、普遍的な価値がある。そうですよね、相沢さん?」 個人的な質問を、より高い次元のデザイン哲学へと見事にすり替えてみせた。そうして私に同意を求める形で、自然に会話の流れを戻してくれる。「ええ、そうです。改めてここのコンセプトは――」 私は湊さんの助け舟に乗って、話題を戻した。 編集者はそこまで言われてしまえば、もうそれ以上踏み込むことはできなかった。 編集者は少しばかり残念そうな顔をした後、気分を切り替えたようだ。 それ以降はデザインの話から逸れることはなく、インタビューは順調に続いて予定通りに終わった。◇ インタビューが無事に終わり、私は湊さんと二人で最上階のラウンジにいた。 眼下に広がる町の風景を眺めながら、私は心の底から彼に感謝を伝えた。「ありがとうございました。湊さんがいなければ、私はきっと、逃げ出してしまっていました」「約束ですから」 彼はいつものように優しく微笑む。「僕は、あなたを守ると言ったはずです」 彼は紅茶のカップを置くと、まっすぐに私の瞳を見つめた。「世界が知るべきなのは、デザイナー・相沢夏帆の才能だけです。あなたの過去も、あなたの涙も……僕以外の者が、知る必要はない」 それは、独占欲のにじむ庇護の言葉。 同時に私の全てを自分だけ
last updateLast Updated : 2025-10-09
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