All Chapters of 王子様系御曹司の独占欲に火をつけてしまったようです: Chapter 41 - Chapter 50

94 Chapters

41:招かれざる食事会

 雑誌のインタビュー記事が掲載されてから、事務所の空気は一変した。 私の名前と顔は業界内で一躍注目の的となって、ひっきりなしに問い合わせの電話が鳴る。 プロジェクトはこれまで以上に円滑に進んだ。 でもそれらの名声と引き換えに、私は違和感に苛まれるようになっていた。 事務所内や取引先の担当者から向けられる、含みを持たせた視線。 聞こえよがしな、ひそひそ話。(気のせい? 最近みんなの態度が、少しおかしいような……) 特に所長の態度の変化は大きかった。 これまで私の最大の理解者であったはずの彼女が、どこか歯切れの悪いよそよそしい態度を取るようになったのだ。「この件ですが、デザイン案はこちらで進めてもよろしいでしょうか」 私がプロジェクトに関する相談をしても、所長は目を逸らしてこう答える。「それは、黒瀬様のご意向なのよね?」 その言葉には、隠しているけれど皮肉がにじんでいる。 事務所全体に漂う不穏な空気に、私は不安を感じていた。◇ その日の午後、私は所長室に呼ばれた。「相沢さん、座ってちょうだい」 彼女は苦々しい表情で、一冊の週刊誌をテーブルに置いた。ゴシップ記事を専門に扱う悪趣味な雑誌だった。「……何ですか、これ」「業界内で、あなたに関する良くない噂が流れているわ。しかも厄介なことに、この噂の発信源が、どうもあのライバルホテルの佐藤さんがいる辺りかららしいのよ」 所長の言葉に、私の脳裏にあの料亭での出来事が鮮明に蘇る。湊さんとテキスタイル工房へ視察に行った、あの日のことだ。 私のあからさまな引き抜きを行い、湊さんの前で屈辱的な形で退散させられた、あの男の顔。佐藤。そう、そんな名前だった。 所長が指差したページには、小さな見出しが躍っている。『新進デザイナーA、御曹司を寝取り大抜擢か』 記事には私のイニシャルと、インペリアル・クラウン・ホテ
last updateLast Updated : 2025-10-10
Read more

42

 そして――「枕営業」の一言が私を打ちのめした。こればかりは事実無根ではない。 そんなつもりはなくとも、結果的に同じことになってしまった。 あの一夜の出来事は、私自身はもちろんのこと、湊さんまで貶める行為になってしまったのだ。(どうしよう。私はなんて軽率なことを) 改めて深い罪悪感が襲ってくる。私は言葉を失い、その場に立ち尽くした。「問題はね」 所長は、追い打ちをかけるように告げた。「その噂が、黒瀬副社長のお父様……インペリアル・クラウン・ホテルズの黒瀬社長の耳にも、入ってしまったことよ」 黒瀬社長。 一代でホテルを世界的なグループに成長させた、業界の伝説的な権力者だ。「そして、社長から……あなたに、黒瀬家主催の食事会への『ご招待』があったわ」 それは事実上の「査問会」への召喚状だった。 湊さんのパートナーとして、私が相応しい人間か社長自らが見定める、と。◇ その夜、私は仮住まいの部屋で一人、うつむいていた。 私のせいで湊さんの立場や、会社の名誉まで傷つけてしまった。 責任を感じる。プロジェクトから身を引くべきかもしれない。 そんな考えまで頭をよぎった。 覚悟を決めて湊さんに電話をかける。 事情を説明し、「私のせいで、申し訳ありません」と、かろうじて声を絞り出した。「あの夜のことがあったから……ライバルに付け入れられる隙を与えてしまいました。全て私の責任です」 電話の向こうで、彼は黙って私の話を聞いていた。 その沈黙が彼の失望を表しているようで、私は奥歯を噛みしめた。 だがしばらくして聞こえてきた彼の声は、私の予想を完全に裏切るものだった。 その声は静かだったが、私には分かる。今までにないほどの底なしの怒りに燃えている。「夏帆さんが謝る必要は、一切ない」 私は目を上げる。こんなことにな
last updateLast Updated : 2025-10-10
Read more

43:冷たい食卓

 黒瀬家の食事会、当日。 私は仮住まいのホテルのクローゼットの前で、途方に暮れていた。 何を着ていけばいいのか、まったく分からない。 今日の会食は「戦い」だ。戦う以上はふさわしい鎧を身に着けないといけない。 でも私にとって、こんな機会は初めてだった。手持ちの服をベッドの上に投げ出しては、どれも違うような気がして頭を抱える。 そのタイミングを見計らったように、部屋のチャイムが鳴った。 ドアを開けると、ホテルのスタッフが大きなドレスボックスを抱えて立っている。「相沢様。こちら、黒瀬様という方からのお届け物です」 湊さんからの贈り物だった。 ビジネスホテルの狭い部屋には、大きなドレスボックスは入らない。 先に中身を出してもらって、私は部屋に戻った。 中には、シンプルながらも極上の仕立てであることが一目でわかる、上品なネイビーのワンピース。さらにワンピースに合わせた小ぶりのパールアクセサリーが入っていた。 添えられたカードには、短い文章が書かれている。『これを着てください。僕の隣に立つ、あなたに相応しいドレスです』 湊さんの優しさに感謝する一方で、私はまるでこれから舞台に上がる人形のように、彼の筋書き通りに動かされているような感覚を覚えていた。◇ 夕方、湊さんが迎えに来てくれた。 完璧なエスコートで、私を車へと促す。 彼が贈ってくれたワンピースを纏った私を見て、「とても美しい」と心からの賛辞をくれた。 その声にほんの少しだけ、心が救われるような気がした。 滑るように走り出した車の中で、私は窓の外を流れる景色を黙って見つめていた。 隣に座る彼の存在がやけに大きく感じられて、息が詰まりそうだった。「この辺りは僕が子供の頃、よく散歩した場所なんです」 沈黙を破ったのは、湊さんだった。 彼の視線の先には、古くからの屋敷が立ち並ぶ緑豊かな街並みが広がっている。 時刻は夕暮れ。夕焼けの赤い光が辺りを照らしていた
last updateLast Updated : 2025-10-11
Read more

44

 彼は私に語りかけるというよりは、遠い昔を懐かしむように静かに言葉を紡いでいた。「子供の頃は、その意味がよく分からなかった。ただホテルという場所が、何か特別な、選ばれた人たちだけのもののように感じられて……少し、息苦しかったんです」 私は思わず彼の横顔を見た。 いつも完璧で自信に満ちあふれているように見える彼が初めて見せた、どこか儚げな表情。「私も同じです」 気づけば、私は口を開いていた。「デザインの世界も似ているかもしれません。本当に良いものは、ごく一部の価値が分かる人にだけ届けばいい、というような風潮がありますから。でも、私はそうは思いたくないんです」「と、言いますと?」「本当に良いデザインは、人の心を分け隔てなく豊かにする力がある、と信じています。特別な人だけじゃなく、ホテルを訪れた全てのお客様が、心から安らげるような……そんな空間を作りたいんです」 彼は驚いたように、少しだけ目を見開いた。 次の瞬間、ふっとこれまで見たこともないような、柔らかな笑みを浮かべた。私はどきりとする。「祖父が聞いたら、きっと喜ぶでしょうね。僕も同じことを考えていましたから」◇ 車が着いたのは、都心の一等地に佇む重厚な門構えの日本家屋だった。 黒い瓦屋根と白漆喰の壁。庭には手入れの行き届いた松が植えられている。 ここが、黒瀬家の本邸。 高い格式と歴史の重みに、私は息をのんだ。 ここが湊さんが育った世界。 私とはあまりにもかけ離れた場所なのだと、改めて思い知らされる。 門の前で緊張に立ち尽くす私の手を、湊さんがそっと握った。「大丈夫。僕がついています。あなたは、あなたのままでいればいい」 その手の温もりに、私はほんの少しだけ勇気をもらった。◇ 長い廊下を抜けて案内されたのは、庭園に面した広大なダイニングルームだった。 中央に置かれた
last updateLast Updated : 2025-10-11
Read more

45

「はじめまして。相沢夏帆と申します。この度はお招きいただき、誠にありがとうございます」 しんと静まり返った部屋で、私の声だけが空しく響いた気がした。 お父様……黒瀬社長は値踏みするような鋭い目で、私を頭のてっぺんから爪先まで一瞥しただけ。挨拶の言葉すらない。 お母様は整った笑みを唇に浮かべているけれど、その瞳は一切笑っていなかった。「どうぞおかけになって。さあ、湊も」 その声は優しげで美しいのに、温かみが欠けている。「相沢さんは、こちらの席にどうぞ」 私は湊さんに促されるまま、彼の隣の席に腰を下ろした。 この空気に呑まれて背筋が凍りつく思いだった。 食事が始まっても、会話は主に湊さんと社長の間で交わされるビジネスの話ばかりである。 私は存在しないもののように、その会話から完全に疎外されていた。 時折お母様が「相沢さんは、ご出身はどちらなの?」「ご両親は、どのようなお仕事を?」などと、当たり障りのない口調で、私の家柄や経歴を探るような質問を投げかけてくる。 その一つひとつが、私という人間を査定するためだけの質問のように感じられた。◇ 食事が終盤に差し掛かり、湊さんと社長のビジネスに関する会話が、ふと途切れた。 それまで私の存在をないものとして扱っていた黒瀬社長が、初めて私に視線を向けた。 そして、本題を切り出した。「湊から、君の仕事ぶりは聞いている。実に優秀なデザイナーだそうだな」 切り出しとしては静かな言葉。 けれど次の瞬間、その言葉は鋭い刃となって私に向けられた。「だが、我々のような立場にある者は、仕事の能力だけでは務まらない。特に、今回のプロジェクトは世間の注目度も高い。その顔となる人間には、清廉潔白であることが求められる」 彼は氷のように冷たい目で、私を射抜いた。「相沢さん。君はその重責を全うできるだけの、正しい経歴の持ち主かね?」 そうか。これが今回の食事会の本当の議題だった
last updateLast Updated : 2025-10-12
Read more

46:僕が選んだ人

 何か言わなければ。 でも、どんな言葉が正解だというのだろう。 ここで必死に否定すれば、「言い訳」と取られるだろう。かといって黙っていれば、噂を認めたことになる。 どちらに転んでも私に逃げ道はなかった。 部屋の中に重苦しい沈黙が落ちる。それを破ったのは湊さんだった。「父さん。その質問は、無意味です」 声そのものは穏やかだった。だがその一言で、部屋の空気がぴんと張り詰めたのが分かる。 黒瀬社長は息子に鋭い視線を向ける。「無意味だと? インペリアル・クラウン・ホテルズの名誉に関わる問題だぞ、湊」「ホテルの名誉は、お客様に最高の体験を提供することで築かれるものです。それは、卓越したデザインとサービスによってもたらされる。担当デザイナーのプライベートとは、何の関係もありません。……違いますか?」 湊さんは父親の視線を正面から受け止めて、言い切った。 そして言葉を失って固まっている私に、安心させるような温かい視線を一瞬だけ送ってくれた。 ◇「感傷でビジネスはできない。醜聞は、我々が築き上げてきた歴史と伝統の全てを汚す」 黒瀬社長は冷ややかに言った。 その言葉を聞いて、湊さんは席を立つ。 私の椅子の後ろに回ると、肩にそっと手を乗せた。 その手のひらから伝わる温かさと、決して離さないというような圧力を感じる。「では、はっきり申し上げます」 湊さんは、父と母の顔を順に見つめた。 感情を抑えた平坦な声だった。ただそれだけで、社長は次の言葉を失っている。 「相沢夏帆さんは、僕が選んだデザイナーです。彼女の才能は本物で、その情熱に嘘はない。彼女でなければ、このプロジェクトは成功しない」 私の肩の上の彼の手が、かすかに力を帯びる。「これは僕のプロジェクトであり、僕の責任です。万が一、根も葉もない噂がホテルの名誉を傷つけるようなことがあれば、その責めは、すべて僕一人が負います。僕のパー
last updateLast Updated : 2025-10-12
Read more

47

 私の肩に置かれた、彼の手のひらの熱。 私を守るために実の父親と対峙する、彼の真剣な眼差し。 その全てが「パートナー」という言葉に集約されている……気がする。 それは私を「僕のものだ」と、宣言しているようだった。◇ 食事会はそれ以上一言の会話もなく、終わりを告げた。 湊さんの宣言に、黒瀬社長もお母様もただ黙り込むしかなかったのだ。 デザートは誰も手を付けず、重苦しい沈黙だけがテーブルの上を支配していた。 やがて湊さんが立ち上がり、私の椅子の後ろに回る。それが退出の合図だった。「ごちそうさまでした」 私と湊さんが頭を下げても、社長もお母様もこちらを見ようともしない。 挨拶の言葉すらなかった。 私たちは存在しないかのように扱われたまま、広大なダイニングルームを後にした。 長い廊下を歩いていく。 磨き上げられた木の床に、私と彼の足音だけがやけに大きく響いた。 玄関では年配の家政婦さんが、無言で私たちの靴を用意してくれていた。 外に出ると、ひやりとした夜の空気が火照った頬に心地よかった。 門の前には、彼が乗ってきた黒の高級車が静かに停まっている。 運転手が音もなく後部座席のドアを開けた。 車に乗り込んで重厚なドアが閉められた時、私はようやく詰めていた息を細く吐き出した。 外の世界から完全に遮断された、静かな空間。 滑るように走り出した車の中で、聞こえるのはかすかなエンジン音だけだった。 さっきまでの出来事が、頭の中で何度も繰り返される。 社長負債の冷たい視線。湊さんが見せた、固い覚悟。 感謝と申し訳なさで、胸がいっぱいだった。 何か言わなければ。お礼も、謝罪も。でも、どんな言葉を選べばいいのか分からない。 しばらくためらった後、私はようやく口を開いた。「ありがとうございました。私のために、あんなふうに庇ってくださって」 言葉が続かない。
last updateLast Updated : 2025-10-13
Read more

48

 湊さんに送り届けられて部屋に戻った私は、彼の言葉を何度も、何度も頭の中で繰り返していた。 彼の強い庇護。自分を丸ごと肯定してくれる、温かさ。 心臓がどきどきと高鳴る。 もう彼に惹かれていることを、否定することはできなかった。 でも、だからこそ、だめなのだ。(あの人は、私を家族からだって守ってくれる。私の全てを受け入れてくれる。でも) 彼の力に甘えて寄りかかかってしまったら、私は私でいられなくなる。 彼が信じて守ってくれた『デザイナー・相沢夏帆』でいるためにも、私は彼に頼らずに、自分の足で立っていなければならない。 湊さんの固い覚悟は、皮肉にも私の中に、彼から「自立する」という、もう一つの覚悟を育ててしまっていた。 彼への想いが深まるのと同じくらい、あるいはそれ以上の速度で、私の心の壁は高く厚くなっていく。 ◇  圭介との一件がすっかり片付いたので、私は本格的に新しい部屋探しを始めた。 いつまでもビジネスホテルでは不便だし、宿泊代も馬鹿にならない。 昼休み、事務所のデスクで賃貸情報サイトを眺める。 新しい場所でもう一度、ちゃんと自分の人生を始めたい。そう思って、いくつもの物件情報に目を通した。 そうして見つけたのだ。 日当たりが良くセキュリティのしっかりした、一人で暮らすには十分な広さの1DKのマンション。家賃も予算の無理のない範囲。「この部屋、いいわね」 私はさっそく不動産屋に連絡を取って、内見をした。 高級ではないけれど清潔で温かみのある、私の理想にぴったりの物件だった。 契約書に自分の名前を書き込んだ時、何だかとても嬉しくなってしまった。 ここが私の新しい城。誰にも邪魔されない、私だけの場所になるのだ。◇ 引っ越し当日。 休日のその日、私はTシャツにデニムというラフな格好で、たくさんの段ボールと格闘していた。 引っ越しそのものは業者に
last updateLast Updated : 2025-10-13
Read more

49:夏帆の引っ越し

 実家は遠方なので、頼むとしたら友人になる。「まあいいか。頑張って片付けちゃおう」 私が呟いた時、ピンポーン、と軽快なチャイムが鳴る。 配達業者かと思い、玄関のドアを開ける。するとそこには、ラフなカジュアルウェア(ただし高級ブランド)に身を包んだ湊さんが立っていた。「こ、こんにちは。どうしたんですか」 この前のことがある。私はおどおどとした態度になってしまった。「秘書から今日がお引越しだと伺いましたので。少しでも、お手伝いできればと」 当たり前のように言う彼に、私は慌てて断ろうとする。「いえ、そんな、お気遣いなく! 一人で大丈夫ですから!」「これもクライアントの安全管理の一環です。あなたが新しい環境で、安心して仕事に集中できるようにするのも、僕の務めですよ」「はぁ……。またそれですか」 いつも同じようにやり込められてしまう。そろそろ反論する言葉を用意しておきたいところだ。 全く帰る気配がないので、私は仕方なく湊さんに上がってもらった。 初めて見るごく普通のマンションに、彼は興味深そうにきょろきょろとあたりを見回していた。「正面玄関から入ったのですが、エントランスにコンシェルジュはいないのですか?」「普通はいませんよ」 どんな高級マンションを想定していたのだろうか。いや、彼にとっては「普通の」マンションかな。 私が思わず笑いながら答えると、彼は少し驚いたような顔をした。 リビング兼用のダイニングキッチンと小さな寝室という間取りを見て、さらに不思議そうに首を傾げている。きれいな髪がさらりと揺れた。「これだけ、ですか……? 住宅ですよね? うちのホテルのスイートルームより、狭いのでは……」 悪気のない素直な呟きに、私はとうとう堪えきれずに声を上げて笑ってしまった。「ふふっ……湊さん、面白いです」「え?」「自分で稼い
last updateLast Updated : 2025-10-14
Read more

50

 お給料での暮らし。私の言葉の意味を、彼は頭の中で一生懸命に考えているようだった。 やがて戸惑いの表情がゆっくりと理解に変わっていく。「すみません。僕はどうにも世間に疎くて」 湊さんは照れ笑いをした。そんな表情をする彼は、ちょっと新鮮だ。つい私も微笑んでしまう。「決して馬鹿にするつもりはありませんでした。ただ、夏帆さんがこの部屋を「ちょうどいい」と言った時の様子が、誇らしげに見えて不思議だったのです」 彼はささやかな部屋の中を見渡した。「あなたは自分の力で立って、暮らしていくことに誇りを持っているのですね。気高い心です……」 私に視線を戻した湊さんが、熱っぽい瞳でうっとりと言ったので、私は慌てて言い返した。「そんな大げさなものではないですよ。ほとんどの人はそうしているわけですし」「そうかもしれません。でも、僕の周りにいた女性たちはそうではなかったものですから。もっともっとと欲しがるばかりで、自分の力で何かをしたり、ましてや他人に分け与えるなどしようとしませんでした」 そう言った彼は、どこか寂しそうな目をしていた。「……」 湊さんほどの財力と影響力があれば、群がる女性も多いだろう。財産目当てというやつか。 そういえば最初に出会った夜、彼はそんなことを言っていた気がする。人の心が分からなくなってしまったと。 そんな人ばかりではないだろうに、高い立場が逆に彼に壁を作ってしまっていた。 ふと見れば、彼の口元に優しい微笑みが浮かんでいる。 今までよりもより深く、尊敬と愛おしさの込められた笑みが私に向けられていた。 そんな彼を見ていられなくて、私は目を逸らした。「すみませんが、その段ボールを隣の部屋に運んでいただけませんか」「お安い御用です」 湊さんはぎこちない手つきで段ボールを運んだ後、慣れない工具を片手に本棚の組み立てを手伝ってくれた。 その姿はいつもの完璧な御曹司とは、まるで別人だった。彼の新しい側面を見
last updateLast Updated : 2025-10-14
Read more
PREV
1
...
34567
...
10
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status