「もちろん大丈夫ですよ。どうぞ行ってください」紬としては、一刻も早く今日の作業を終えて、ホテルに戻りたかった。シーツと布団を替えて、今度こそゆっくり眠りたい。病院側の責任者が立ち去ると、そばにいた2人の同僚が小声で話し始めた。「こんなボロい病院によりによって今、上の人が視察に来るなんて、タイミングよすぎない?」「だよな。俺たちの在庫確認に付き合いたくなくて、適当な理由をつけて逃げたんじゃないのか?」紬は何も言わず、手にしたペンを止めた。目の奥が重く、ひどく乾いている。口を開くのも億劫だった。とにかく早く薬品の確認を終わらせてしまいたい。それだけを考えながら、黙々と作業を続ける。すると、廊下の奥から慌ただしい足音と、誰かが挨拶を交わす声が聞こえてきた。どうやら、本当に視察の一行が来たらしい。紬が顔を上げると、白衣を着た職員たちが、何人かの白シャツ姿の男性を囲むようにして、管理棟のほうへ歩いていくのが見えた。なかなか物々しい一行だ。「おい、本当に来たみたいだぞ」同僚が意外そうに呟く。紬はそれにも答えず、すぐに視線を手元へ戻した。それから1時間半ほどで、ようやく在庫の確認が一通り終わった。一行はそのまま宿へ戻り、休憩することになった。ところが、病院を出ようとしたところで、1人の白シャツ姿の男が紬のもとへ歩み寄ってきた。「ヤクモヘルスグループから来た松本さんですよね?」紬は足を止め、振り返った。「はい」「あなたの友人だと言って、会いたいという方がいらっしゃいます」紬は数秒、きょとんとした。そして、少し離れたところで待っていた同僚を見る。「先にホテルへ戻っててください。私のことは待たなくて大丈夫です」「分かりました」同僚は頷き、ほかのメンバーと一緒にその場を離れていった。ほどなくして、紬は白シャツの男に案内され、病院の駐車場へ向かった。そこには1台の車が停まっている。後部座席の窓は半分ほど開いていて、薄暗い車内に人の横顔が浮かんでいる。紬が状況を飲み込めずにいると、その男がゆっくりと顔を向けた。そして、紬の目の下に浮かぶ青黒いクマに気づく。「昨日、よく眠れなかったんですか?」紬はその場から動かず、質問にも答えなかった。ただ、驚いたように尋ねる。「白石さん?どうしてここに?」倫也は少し間を置いて
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