深夜近く、二十代半ばの青年は、ようやく仕事を終えた。全身から力が抜け落ちたような疲労感が体を支配し、アパートへ向かう足取りは重い。まぶたは鉛のように重く、こじ開ける気力すら湧かないまま、寝室へ直行する。ベッドに身を投げ出すと、うつ伏せのまま、意識は急速に遠のいていった──まるで深い水底へと沈み込むかのように。 しかし、次に彼が目を開けたとき、そこは馴染みのアパートではなかった。視界に飛び込んできたのは、木造の小屋と見紛うばかりの広々とした部屋だ。壁は重厚な石のブロックで築かれ、見慣れたものは何一つ存在しない。「……今、寝たばかりだったよな……もう目覚めたのか? もう……朝なのか? はぁ……仕事に、行かないと……。ツラいが……起きないと……」 まだ夢の続きを見ているのだろうか。そう思いながら、彼はゆっくりと周囲を見回す。部屋全体から漂うのは、中世を思わせる古めかしい雰囲気。埃っぽい匂いが鼻腔をくすぐり、湿気を含んだ空気が肌にまとわりつく。ベッドの他には、空っぽの棚がぽつんと置かれているだけだった。 困惑が胸に広がる中、ベッドから降りようと足を床に伸ばす──だが、足は届かない。「……え?」 視線を下げると、そこには見慣れない小さな手が二つ。腕も、体全体も……まるで幼い子供のようだ。驚きと混乱が入り混じった感情が、胸の奥で渦巻く。「なんだこれ……夢なのか? ……夢、だよな? 寝たばかりのハズだし……」 半信半疑のまま外へ出てみると、そこは深い山の中だった。見渡す限り、果てしなく広がる鬱蒼とした森林と、威容を誇る大きな山々。鳥の声だけが木々の間で響き渡り、人の気配は、どこを探しても見当たらない。 頬を撫でる穏やかな風は、春か秋のような心地よさをもたらす。寒すぎず、暑すぎず、まさしく過ごしやすい気候だ。木々の葉擦れの音が耳に心地よく響き、土の匂いがふわりと香る。ふと近くを見ると、ちょうど腰を下ろすのに都合の良さそうな倒木が目に留まった。 そよ風が頬を撫でるように触れ、土と草の香りと降り注ぐ太陽の日差しの眩しさに温かさを五感に感じる、この感覚が妙に現実味を帯びて生々しい。 深い溜息を一つ吐き、彼はそこに腰を下ろす。混乱しきった頭で、状況を整理しようと試みた。 まず、ここは一体どこなのだろうか。 薄汚れた鏡で自分の姿を確認したときから薄々気づいてい
Last Updated : 2025-09-24 Read more