All Chapters of ポンコツ悪役令嬢の観察記録 ~腹黒執事は、最高のショーを所望する~: Chapter 91 - Chapter 100

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第91話 殻破れ、先陣切るは乙女の軍団

 暴走した学生たちの乱入で、戦況は一変。 矛先は、騎士たちだけでなく、逃げ遅れた令嬢たち……かつて、わたくしと笑い合っていた、あの子たちにも向けられている。 ルチアは、別の魔獣と交戦中で、手が離せない。ジャンジャック様も、エミール様も、手一杯。(誰も、他にいない――っ!) ああ、まただわ。いつだって……そうよ。 たいして力もないくせに、わたくしは、こう思ってしまうのだわ。「このまま守られているだけでいいの?」って。後悔したくないって。 上手くいくかなんて、わからないのに。「――お嬢様」 不意に、背中を支えていたイヅルの手が、ふわりと離れた。見上げれば、どこか誇らしげに、力強く微笑んでいる。「行ってらっしゃいませ。貴女様が、信じる道へ」 その言葉が、凍り付いた足を、前に踏み出させる。 ……こんな時でも、そうなのね。あなたって。「はあ……もうっ、主人を危険に導く執事が、どこの世界にいますのよ? ……ならば、あなたも、あなたが為すべきことを為しなさい!」 わたくしは、イヅルに別れを告げたわ。 隠し持っていた『|ディスツプリーン《おしおきステッキ》』を握りしめ、戦場の只中へと走り出す!「そこまでですわっ!」 魔獣の前に立ちはだかり、電撃纏うステッキで一閃! パシィィィンッ! と、小気味よい音が響き、魔獣の鼻先を弾く。「ベ、ベアトリーチェ様!?」「さあ、お立ちなさい! シャーデフロイの友人とあろう者が、こんなところで膝をつくなんて、許しませんわよ!」 震える手を強引に取り、無理やり立たせる。 そのまま、わたくしは庇うように、扇を広げて魔獣と対峙。「どうして、貴女が……?」「なぜ、私たちのことをお助けに!? 私たちは、貴女様を!」 彼女たちの瞳に浮かぶのは、驚きと、戸惑
last updateLast Updated : 2025-12-28
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第92話 天翔ける女傑、戦乙女たちのルーツ(前半)

 そんな渦中で、ツェツィーリア様はある違和感に気付いた。「待って! この状況……おかしいわ! なぜ、バージル殿下の姿が見えないの!?」 「言われてみれば……?」 見渡せば、陛下や、お父様の姿も、遥か上段のバルコニーに見える。でも、肝心の王太子殿下の姿が、どこにもない。ローラント殿の姿も、だ。「あの責任感の塊のようなお二人ならば、この状況を解決しようとするはずじゃなくて? ――まさか!?」 ツェツィーリア様の顔色が、さっと変わる。何かを確信したように、わたくしの腕を掴んだ。「ベアトリーチェ! あんた、行きなさい!」 「えっ? どこへ?」 「とにかく殿下の元へよ! これは……きっと陽動だわ! 敵の本当の狙いは、この騒ぎに乗じて、手薄になった殿下を暗殺することに違いないわ!」 そう言われても、殿下がどこにいるのかすら、わたくしにはわからないわ。「きっと、無茶をしてるわよ! ここは、あたしたちがなんとかする!」 「でも……」 「……お願い。きっと、あんたが一番、上手くやれるはずだわ」 ぐっとこらえるように、切なそうな眼差しでそう言われた。本当は、ツェツィーリア様自身が助けに行きたい、そんな気持ちが痛いほど伝わってくる。  わたくしが、助けられるかなんて、そんな自信はまったくないけれど。(まったく、殿下も罪な男ですわね。ツェツィーリア様という幼馴染を、もっと大事にすべきですわ) この提案に込められたものは、信頼と友情。応えられなかったら、女が廃るわ。「もし負けたら、貴方様の無様な姿を、最前列で笑ってあげますわよ」 「なによ! そっちこそ覚悟したらいいわ!」 いつかの台詞を引用して、わたくしたちは不敵に笑みを交わし合うと、互いに別々の方向へと動き出す。  背後で、乙女たちの詠唱が、高らかに響き渡った。「さあ、あんたたち! 泣き言を言わずに、死守するわよ! 王国貴族の誇りにかけて!」 ベアトリーチェが戦場を去ると、ツェツィーリア侯爵令嬢の怒号が轟いた。  その杖から放たれる氷の礫は、もはや雨あられ。的確に、容赦なく、暴走する生徒たちの動きを封じていく。「いいこと、みんな! 陣形を崩さないで! あたしたちが恐れたら、前衛の男子たちがやられちゃうわ!」 華やかだったドレスは煤け、丁寧にセットした髪も乱れている。だが、瞳に宿る意志は、今
last updateLast Updated : 2025-12-29
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第93話 天翔ける女傑、戦乙女たちのルーツ(後半)

「暫く見ぬ前に、王都も随分と賑やかなことになっているじゃないか」 黄金の翼と獅子の身体を持つ、幻獣――グリフィン! そして、背に悠然と跨るのは、白銀の甲冑に身を包んだ、一人の女性。 年齢を感じさせない、彫刻のように美しい顔立ち。燃えるような赤髪。どんな猛獣よりも鋭利で、覇気に満ちた瞳。「……まったく、どいつもこいつも、だらしないことだ」 女が片手で軽々と、巨大な|槍斧《ハルバード》を振るえば――怪物たちが、木の葉のように吹き飛ぶ。 その光景を見た途端、三人の重鎮たちは、安堵ではなく。揃いも揃って顔面蒼白になった。「ば、馬鹿な……! まさか、あの御方が!?」「うげぇっ!? マティルデ殿だと!? なぜ、領地からここへ!?」「ひぃぃぃっ! 妻が! 妻が来てしまったぁぁぁっ!」 国王は床に転がり落ちそうになり、宰相は震え上がり、夫であるはずのウェルギリ伯爵が、頭を抱えて悲鳴を上げた!「え……?」「うそ……あの紋章は……?」 あまりの暴れっぷりに、必死に戦っていた生徒たちも、騎士たちも、怪物たちすら動きが止まる。 掲げられているのは、シャーデフロイ家の『翼ある蛇』。 さらに隣には、かつての敵、聖王国に連なる名家『赤き猟犬』の紋章が、誇らしげに刻まれていた。「ふははははっ、随分と散らかしてくれたものだな。……獣どもめッ!」 そう、この雄たけびをあげながら暴れまわる彼女こそが、シャーデフロイ伯爵夫人。 聖王国の宝と謳われ、シュタウフェン王国軍を幾度も退けた、伝説の聖騎士。マティルデ・ファン・シャーデフロイ、その人だったのだ! そこに空気も読まず、能天気な声を掛けられるのはただ一人、ルチアだけ。「ああっ、お師匠さまだ♪ わーい、ルチアはここです~!」 ふっと、マティルデは、表情を緩めて一瞥。すかさず、手を振ると合
last updateLast Updated : 2025-12-30
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第94話 鏡の回廊、砕け散る虚像

 かつ、かつ、かつ。 ヒールの音が反響する。 わたくしが駆け込んだ先は、王宮の奥深くにある『鏡の回廊』。王宮の裏口や、重要区画へと通じる動脈。(バージル殿下が逃げるとしたら、あるいは連れ去られるとしたら、このルートを使うはずよ) そう、踏んだのだけれど。 ふと横を見れば、そこには無数の“わたくし”がいた。 壁一面を覆う鏡が作り出す、終わりのない合わせ鏡の迷宮。 わたくしが一歩踏み出せば、鏡の中の何百人ものわたくしも、一斉に動く。(増殖する、虚像のわたくし) なぜか、嫌悪感が走る。 深紅と緑の斑入り大理石の柱。その柱頭から見下ろす、勝利の女神。頭上のフレスコ画から見下ろす、歴代の王たちの影。 あらゆる絢爛さが、鏡の中で歪み、増殖し、現実の境界を曖昧にしていく。(怖い。まるで、過去の亡霊たちが、姿を借りてこちらを覗いているみたい) 普段は、煌びやかなはずのこの場所が、今は、ただひたすらに不気味。 わたくしは、この震える体を抱きしめながら、前に進んだの。 そして、そこで目にしたのは――。「ぐあっ!?」「くそっ、こいつら、強すぎるっ!」 殿下の護衛騎士たちが、次々に薙ぎ倒されていく光景だった。 立っていたのは、ヒュプシュ卿と、あの鉄拳カールと呼ばれていた巨躯の騎士。 (ヒュプシュ卿!? それに、あの騎士まで!?) わたくしの思考は、瞬時に結論を出した。「この二人こそが、この事態を招いた裏切り者なのだわ! ヒュプシュ卿が、温室で捕らえられたのは、誤解ではなかったのね!」 宰相家の嫡男と、騎士団きっての武闘派。そんな二人が、殿下の護衛騎士たちを攻撃している。もはや、疑いようのない真実に見えた。 わたくしは、とっさに柱の陰に身を隠す。だけど、戦いを終え、騎士たちが動かなくなったのを確認すると、二人はゆっくりと近づいてくる。「――そこにいるのは、誰だ?」「おい、若。…&he
last updateLast Updated : 2025-12-31
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第95話 愚かな道化が視た、聖女の幻(前半)

 血まみれのローラント殿が、こちらへ歩み寄ってくる。 逃げなければ。そう思うのに、足がすくむ。「さあ、参りましょう。その献身を、我が王が忘れることはないはずです」 優しい微笑み。彼の手が、わたくしに触れようとした、その刹那!「――させんッ!」 横合いから、雷鳴のような怒号と共に、青白い閃光が迸った。鏡の迷宮に、裂帛の気合いが響き渡る。 ガギィィィンッ! だが、ローラント殿は、その奇襲を弾く。 ――仕掛けたのは、息切らす、バージル殿下。「殿下っ!?」「遅くなって、すまない! 無事か、ベアトリーチェ!」 黄金の髪を振り乱し、ドレスシャツを汗と血で汚した――我が婚約者! かつて感じた冷淡さは微塵もない。ただ真っ直ぐに、わたくしを案じる。「おや、殿下。もうお戻りになるとは、ああ、やはり殿下は、本当に正義感のある、素晴らしいお方だ」「皮肉か、貴様ッ」「いいえ、本心ですよ。ベアトリーチェ様を、苦しませずに済みました」 ローラント殿は、悪びれる様子もなく称賛する。宿る、一点の曇りもない、主君への敬愛。 だからこそ、不気味だった。「下がりたまえ、バージル殿下。私が、せっかく逃がしてやったと言うのに、戻って来るとはどういう了見だね?」 背後から、よろよろと立ち上がったヒュプシュ卿が悪態をつく。 彼は、血まみれの剣を構え、ローラント殿を挟み撃ちにする形をとった。「ヒュプシュ! 生きていたか!」「あいにく、死にぞこなったところだが。ここから先は保証せんよ。さっさと、ベアトリーチェ嬢を連れて逃げるんだな」「ならば、加勢しろ! 可能ならば、ここでローラントを抑えるっ!」「チッ、間抜け王子。こんな時でも、頭の堅さは変わらずか」 バージル殿下とヒュプシュ卿。かつての敵対者同士が、今、並び立って剣を構える。 しかし、ローラント殿は、その二人の剣圧を前にしても、余裕を崩さない。「国を憂う若きお二人が、手を取り合う。感無量です。ですが
last updateLast Updated : 2026-01-01
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第96話 愚かな道化が視た、聖女の幻(後半)

「確かに、私は|剣聖《マギステル》に至らぬ身ではございますが……この程度で籠城可能と思われては、悲しく思います」「わかっているとも。……お前の実力がどれほどか、は」「そうでしたか。まるで、聞き分けのない迷子を、捜しに来た気分でしたよ。なぜよりによって、このような袋小路に?」 だが、バージル殿下は問いには答えなかった。諦念の混じるため息を吐きながら返す。そこに恐怖心はなかった。「はあ。そなたこそ、“なぜ”だ、ローラント。そなたは、この私の剣ではなかったのか?」「ええ、その通りです。私は、殿下の剣であり、盾です。だからこそ……殿下を“あるべき場所”へとお導きせねばならない」「そなたが言うところの、王とやらの元に?」「ええ、そうです。我が主君、ハンノキの王の御許へと」 霧がかる、暗き森。主の御許。 綺麗な花も咲いて、黄金の衣装もございます。 歌や踊りを、平和な世界で楽しみましょう。 「さあ、敬愛する殿下よ、聡明なる殿下よ、私と一緒においでください。素晴らしい遊びをいたしましょう」 嫌がるならば、力づくでもお連れしますよ。 敬愛する殿下よ、聡明なる殿下よ。 口ずさむように、ローラント殿は一歩ずつ迫る。「嘘……嘘よ、ローラント殿! 貴方ほどの騎士が、こんな……こんな酷いことをするなんて!」 わたくしは、思わず語り掛けた。未だに、この現実が信じられなかったから。 すると、ローラント殿は目を細める。「酷い、ですか? ふぅ、貴女様にはそう見えますか。……ああ、さては目的は時間稼ぎですね? ふふ、まあ良いでしょう」 奇妙な納得の仕方をする、ローラント殿。なにかがすれ違っている。「結局、最後まで立ちはだかるのは、貴女様でしたね」「立ちはだかる? …&hel
last updateLast Updated : 2026-01-02
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第97話 幕間劇 ~ 若獅子と渡り鴉、不快なる共演(前半)

 ――時は、少し遡る。 華やかな夜会の裏側。 賑わいが、最高潮に達しようとしていた、その裏側で。「……なんだと? ヒュプシュが逃げ出した?」 バージルは、耳打ちされた報告に、露骨に顔をしかめた。 報告者は、腹心の騎士ローラント。「はい。どうやら、あてがわれた部屋を抜け出したようでして」「やれやれ。あの男も、大人しく謹慎していれば良いものを」 バージルは、やれやれと呆れる。だが、同情もした。 不自由はさせていないとはいえ、軟禁状態で夜会の音楽を聞かされるのは、あの気位の高い男には耐え難かったのだろう、と。 それでも、嫌疑の晴れていないヒュプシュ卿が、逃亡劇を繰り広げているとなれば、無視するわけにはいかない。「まったく。世話の焼ける男だ。……行こうか、ローラント」 ――どうせ、今宵のエスコートすべきだったはずの『|燃える薔薇《フォイアローゼ》』は、別の男たちに向けて咲いているのだ。 バージルは、どうにも切ない気分になりつつ、人目を避けて会場を出た。「捜索隊を出すぞ。大ごとにせず、速やかに連れ戻すのだ」 自らが統率する、警護騎士団を招集。 しかし、人気のない廊下を進むにつれ、バージルは奇妙な違和感に襲われた。 集まった護衛騎士たちの様子がおかしい。 呼吸は乱れ、瞳は昏い。まるで、見えぬ糸で操られるマリオネットのように、力なく歩を進めてくる。「そなたら、どうしたというのだ?」 不審に思い、声をかけた途端。 騎士たちが、一斉に抜剣し、バージルへと襲い掛かってきた!「なっ、乱心したかッ!」 とっさに剣を抜き、応戦するバージル。しかし、多勢に無勢。「殿下。どうか抵抗は、なさらないでいただきたい」 さらに陰から、数名の護衛騎士たちが現れる。皆、剣を抜き、切っ先を向けて来る。「ローラント、これはどういうことだ!? 彼らは…&hellip
last updateLast Updated : 2026-01-03
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第98話 幕間劇 ~ 若獅子と渡り鴉、不快なる共演(後半)

「貴様は……ベアトリーチェの、執事か!?」 確か、名前はイヅル・キクチ。 常に婚約者ベアトリーチェに纏わりつく、下賤な男。そう、実はバージルはこの男が、一目見た時から、不愉快だった。 ……婚約者の身でありながら、ベアトリーチェが一人の男を四六時中侍らせているその有様が。遥か東の地より来たという、この得体の知れない毛色が。「執事がなぜ、ここにいる?」「フム。あえて言うならば、“すべて、我らの手のひらの上だったから”と言ったところでしょうか」 怪訝に思ったバージルが、その意味を問おうとした時、そこにとうとう雪崩れ込んできたのは、武装した兵たち。 「ようやく見つけたぞ! ハンノキの王の贄となれ!」と叫びながら、侵入して来るが。「静粛に。今は、“我”がこやつと話しているのだ。……三下如きが口を挟むな」 イヅルは、襲い掛かる刺客へと、苦無で牽制したかと思えば、流れるように関節を極め、骨を砕き、意識を刈り取っていく。(この者は……ただの執事ではない!?) 倒れ伏した兵たちの姿。思い返すは、『図書館事件』の夜。街で見つかった、謎の戦闘痕跡。「まさか、あれは貴様がやったことだったのか?」「バージル殿下。感心している時間はございませんよ」 背を向けたまま、淡々と告げるイヅル。「現在、マティルデ・ファン・シャーデフロイ夫人が、王都近隣に『空挺部隊』を率いて潜んでおります」「はあ? マティルデ夫人だと? それも空挺部隊など、バカを言うな。一介の貴婦人が私兵を率い、王都の空を制圧するなど、正気の沙汰ではない。それはもはや反逆罪にも問われうる行為だぞ!」「この状況で何を言うやら。合図を送れば、直ちに介入が行われ、この混乱は鎮圧されるでしょう。ですが、それには今少し、準備が必要なのです」 どう聞いても、正気ではない。 仮に、かつて我が国が戦ったという仇敵。あの&l
last updateLast Updated : 2026-01-04
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第99話 包囲決壊、死闘の合図

 天文塔の屋上。巨大半球状のドームが、ゴゴゴ、とさらに重々しい音を立てて開かれていく。 すると、満天の星空を埋め尽くす、グリフィン空挺部隊の影。 塔の外壁からは、イヅル配下のキクチ勢『鴉天狗衆』が、蜘蛛のように這い上がり、包囲網を完成させていくわ。「シャーデフロイの、私設空挺騎士団……!」 ヒュプシュ卿が、呆然と呟いた。 グリフィンに騎乗した精鋭たちが、旋回し、今にも降下せんと見下ろす。「……お母様」 わたくしは、この戦力を誰が率いているのか、直感的に察した。パパが王都に来ている以上、その権限がある人物は、他にいないもの。 イヅルが、わたくしの隣へ駆け寄って、そっと腰を抱く。「ビーチェお嬢様。為すべきことをなさられたようで」「あなたもね、イヅル。……わたくしを、助けに来てくれたのね」「お嬢様の危機に駆けつけるのが、この専属執事たるイヅルの務めにございます。ましてや――」 こちらを流し目で見つめて来る、イヅル。「このクライマックスを見逃すほど、節穴ではありませんので」 するとバージル殿下が、キッと睨みつけて来る。「おい、貴様! 我が婚約者にべたべた触れるな! 不敬だぞ」「その婚約者をないがしろになさった、御方が何をおっしゃるか。ましてや、ダンスの順番すらも、待たずに去られたのに」「アレはッ、その、急ぎの知らせが来たから、席を外したまで……で。そもそも、婚約者を後回しにして、ダンスを踊る方がどうかしてるぞ!」 もうっ、そういう口喧嘩をする場面じゃなくってよ、お二人とも。 呆れの溜息を吐きながらも、わたくしはローラント殿へ宣告したわ。「もはや、逃げ場はないわ。誰の目にも明らかな、チェックメイトよ。ローラント殿」 だけれど。 血まみれの剣を下げたまま……ローラント殿は、静かに優しく、微笑んでいた。「――素晴ら
last updateLast Updated : 2026-01-05
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第100話 茨の冠、情と虚無、化物の歌(前半)

 空からの魔術の雨、鴉天狗衆の技、ありとあらゆる攻撃が、ローラント殿に殺到する。同士討ちを恐れないほどの波状攻撃。 だが、なおも――ローラント殿には届かない。 剣は、正確無比で慈悲がなく。あらゆる攻撃を最小限の動きで捌き、カウンターの一撃で、確実に急所を狙ってくる――それも、天を断つほどの斬撃がっ! 今までの戦いが、お遊びレベルだったのだと、思い知らされるほどの、絶望的な実力差。「ぐあっ!」「しまっ――!?」 次々と落ちていく騎士、吹き飛ぶ鴉天狗衆。バージル殿下とヒュプシュ卿も、防戦一方だ。 そこに唯一、正面から食らいついていくのは、ただ一人。わたくしの執事イヅル・キクチのみ。「ほう? やはり、ただの執事ではなかったようだ」「クッ、興味深いですね。いつから、この私めの……否、“我”の力量に気付いていたと?」「最初からですよ。そう、一目見た時から、です」 顔半分を茨で覆われたまま、ローラント殿は視線を走らせる。「執事殿。貴方は、常に裏で我々を追っていた。いいや、バージル殿下とベアトリーチェ様の婚約以前から、この国で暗躍していた。違いますか?」 だが、イヅルは答えない。二刀の短剣で、猛攻をしのぎ肉薄する。 ヒュプシュ卿は、絶叫した。「魔王の――ハンノキの王から授かった異能で、戦うことがそんなに誇らしいか、貴様っ!」 だが、ローラント殿は冷ややかだ。「それは違いますよ、ヒュプシュ卿。これこそが、真の実力です」「なんだとっ?!」「かの王が下さったのは――『情を断つ』力。情に惑わされない“真の己”になれるというだけの力です」 意味を理解するまでに、数瞬を要したわ。「つまり。今までの、私の剣術自体が――無意識に手加減をしていた、ということですよ」 繰り出された剣閃は、石畳を砕き、空を走り、兵を蹴散らす。これが、純粋な剣術によるものだというの? 信じられないわ! でも、だか
last updateLast Updated : 2026-01-06
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