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危険だらけの初仕事⑪

作者: 当麻月菜
last update 最終更新日: 2025-11-03 20:56:06

「私は、魔力のないもの……人でも物でも、どんなものにでも魔力を付与できる特技があるの。あの人たちはそれを知ってた。どうして知ったのかはわからないけど、あの人たちは”私”だけを狙って誘拐した。それは間違いない」

 恍惚とした声で「これであのお方も喜んでくださる」と言った刺青の男が、脳裏によみがえる。

 誘拐され、怪し薬を飲まされた恐怖を思い出して、ツグミは震えが止まらず、ツグミは更に強く自分の手を握り合わせる。

 その姿はよほど痛々しかったのだろう。エルベルトは、ツグミの肩にそっと触れる。

「……カナ、もういい」

「良くない!まだ途中なのっ」

 肩に乗せられた手を振り払って、ツグミは息を整える。

 今、全部伝えなきゃ、もう二度と口にする勇気は持てないだろう。

「あの刺青の人たち、おかしいの。私は人から忘れられやすい体質だって言ったでしょ?でも、刺青の人は何日も経っているのに……私のことを忘れてなかった」

 毎日顔を合わせているルインもリビナも、執事のダンデだって、ツグミを何度も忘れかけては思い出している。

 それなのにたった一度、わずかな時間しか接していない刺青の男が、ツグミを忘れないなんておかしい。

「あの人たちは、きっと魔法を無効化出来る方法を知ってる。あのねエルベルトさん、私はね……」

 ツグミの声が、次第に弱くなっていく。

 続きの言葉を紡ぐのが怖くて、心臓が鋭く痛む。

「い、一年……前まで、ね……わ、たしは……」

 震えは最高潮に達し、嫌な汗までかき始めてしまった。

 手の甲で額の汗を握って、ツグミは最後の言葉を紡ぐ。

「聖──」

「やめろ」

 遮られると同時に両手を掴まれ、エルベルトの顔が近づく。

 あっと思った時には、もうエルベルトから口づけをされていた。

「……それ以上は言わなくていい。お前はもう、薄汚い世界に踏み入れなくていい……」

 喘ぐようなエルベルトの呟きは、ツグミが聖女だったことを知っていなければ口にできないものだった。

 しかしツグミは、それどころじゃなかった。

(ちょ、待って。待って!今、キスされた?うん。キス……されたぁーーーーーーー!!)

 これは口移しで薬を飲ませてもらった系じゃない。完全に、キスだ。チューである。

「な、なんで!?」

 顔を真っ赤にしてアタフタするツグミに、エルベルトは冷めた視線を向ける。

「口づけをする
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