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危険だらけの初仕事⑧

作者: 当麻月菜
last update 最終更新日: 2025-10-20 22:12:04

 口に薬を含んだまま、なかなか飲み込めないツグミを、エルベルトは警戒していると思ったのだろう。

 横たわるツグミをひょいと抱き上げ、自分の膝に座らせた。

「安心しろ、ただの毒消しだ。飲み込めば、すぐに楽になる」

 怖がらせぬようぎこちない笑みを浮かべてくれるエルベルトには申し訳ないが、ツグミはただ度を越えた不味さで飲み込めないだけだ。

 しかし、そう伝えたくてもちょっとでも口を開いたら薬がこぼれる。取り敢えず「そうじゃなくってさー」という意思表示で首を横に振ったら、エルベルトの眉間に皺が寄った。

「早く飲み込めっ。死にたいのか!!」

 怒鳴られてビクッと身体が竦みあがったのが功を成し、ツグミはごっくんと勢い良く薬を飲み込んだ。

 しかし自分の意思に反して飲んだせいで、気管に入り咽てしまった。せき込む度に喉と肺が痛み、うまく息が吸えない。

 まるで陸で溺れてしまったみたいだ。

「すまない。俺が急かしてしまったせいで……」

 どこまでも勘違いするエルベルトは、ツグミの呼吸が楽になるよう、ゆっくりと背中をさすってくれる。

 服越しに彼の手の温もりが伝わり、咳がおさまったツグミは痺れている腕を何とか動かして、太い首に絡ませる。

 怖かった。すごく、怖かった。

「遅くなって悪かった」

 ギュッと抱きしめてくれたエルベルトの腕の中は、ムスクの香りに包まれてとても居心地がいい。たくましい胸は、自分を抱えていてもまだまだ余裕がある。

「大丈夫。もう、大丈夫だ……」

 エルベルトは何度も同じ言葉を繰り返しながら、ツグミの髪を撫でてくれる。その手つきは、心から愛している恋人に触れているみたいだ。

(これは、まずい)

 ものすごく、まずい。口の中に残った薬の味ではなく、自分の心が。

 これ以上踏み込んだら二度と戻れない場所に行ってしまいそうな予感がして、ツグミはわざと場違いな発言をした。

「あ……れ……すご……苦かっ……た。あと、め……ちゃ……不味…かっ……た」

 うへぇ、と顔を歪めたツグミに、エルベルトは呆れたような、それでいて心底安堵したような息を吐いた。

「開口一番、それか。だがそこまで気が回らなくって悪かった」

「あ……い、い……いえ……」

 まさか謝られるとは思わなかったツグミは、居心地が悪すぎてそっと目を逸らした。でもすぐに、ひっと小さく悲鳴を上げた。

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