放課後、響は音楽棟の練習室にいた。使い慣れたピアノの前に座り、鍵盤に指を置く。窓の外では、夕陽が紅葉した木々を黄金色に染めている。晴真との約束の時間まで、まだ少しある。一人で作曲に没頭することで、乱れた心を落ち着けようとしていた。 防音室の静寂の中、響は新しい旋律を紡いでいく。短調の、どこか物悲しいメロディー。それは秋の寂しさと、今の自分の心情を映し出しているようだった。高音部では晴真への想いを、低音部では社会からの圧力を表現している。それぞれの旋律が絡み合い、時には調和しながらも、時には不協和音となって響く。まるで、色づいた葉が風に舞い散るように、音符が宙を漂う。 ドアが勢いよく開いた。 防音扉が壁にぶつかる鈍い音が、静寂を破る。「響!」 晴真が息を切らせて入ってきた。髪は乱れ、額には汗が光っている。秋の涼しさの中でも、走ってきたのだろう。その表情は、いつもの太陽のような明るさとは違う、嵐の前の空のような苛立ちを帯びていた。「どうしたの?」 響は振り返り、晴真の異変に気づいて立ち上がった。「鷲尾が、また来た」 晴真の言葉に、響は息を呑んだ。手にしていた楽譜が、音もなく床に落ちる。秋の枯れ葉のように、ひらりと舞いながら。あの時の嫌な記憶——プロデューサーの冷たい視線、容赦ない言葉――が蘇る。「今度は何を?」「正式にプロデュースの契約を持ちかけてきた。条件付きで」 晴真は拳を握りしめた。関節が白くなるほどの力で、震えている。「『前にもいったが、君の歌う曲を変える必要がある』って。お前の曲は『商品として成立しない』『暗すぎて売れない』『素人の自己満足』だと」 一つひとつの言葉が、響の心を抉っていく。前回会った時も似たようなことをいわれたが、今回はより直接的で、残酷な否定だった。自分が心を込めて作った曲が、ただの商品として値踏みされ、価値なしと判断される。その屈辱と悲しさで、目の前が歪んだ。「それに……」 晴真の顔が苦痛に歪む。次の言葉を口にすることさえ、苦痛の
最終更新日 : 2025-10-21 続きを読む