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All Chapters of 響きあうカデンツァ: Chapter 41 - Chapter 50

56 Chapters

11-5

 翌朝、響は晴真の腕の中で目を覚ました。 カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでくる。昨夜の激しい愛の痕跡が、体のあちこちに残っていた。晴真の腕の中は、世界で一番安全な場所のようだった。「起きた?」 晴真の声がした。朝の光を浴びた声は、夜とは違う柔らかさを持っている。「うん」「もう少し、このままでいよう」 晴真が響を抱きしめる力を強めた。「今日は何も予定ないんだろ?」「……そうだけど」「じゃあ、ゆっくりしよう」 響は晴真の胸に頭を預けた。規則正しい心臓の音が聞こえる。この音も、一種の音楽かもしれない。生命のリズム。二人の鼓動が重なり合い、新しいハーモニーを作り出している。「なあ、響」「ん?」「昨日のライブ、録音してあるんだ」 晴真が少し照れたようにいった。「一緒に聴かない?」「……恥ずかしい」「何で? 最高の音楽じゃん」「だって、晴真があんなこといってるところも入ってるんでしょ?」「それの何が悪い?」 晴真が身を起こし、響を見下ろした。朝の光を浴びた晴真は、昨夜のステージの姿とはまた違う美しさを見せていた。まるで神話に描かれる太陽神のように、まぶしい光を纏っているようだった。「俺は何度でもいうぞ。愛してるって」「……もう」「響もいえよ」「え?」「愛してるって」 晴真が子供のように拗ねた顔をした。「愛してる」 小さく、でもはっきりといった。晴真の顔が輝いた。「もう一回」「愛してる、晴真」「もう一回」「しつこい!」 響が枕を投げつけると、晴真は大げさに倒れこんだ。そしてすぐに起き上がり、響に覆いかぶさった。「じゃあ、体で表現してもらおうか」
last updateLast Updated : 2025-11-10
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第十二章 響きあう未来

 三月の半ば、春の息吹が街を包み始めた頃。大学の音楽室で、響はピアノに向かっていた。 窓から差し込む柔らかな午後の光が、白い鍵盤を優しく照らしている。黒鍵と白鍵のコントラストが、自分の心の中にある光と影のように感じられる、と響は思った。外では早咲きの桜が、まだ肌寒い風にその花びらを震わせている。薄紅色の花びらが舞い散る様子を眺めながら、響は新しいメロディーを紡いでいく。季節は確実に巡り、新しい始まりを告げようとしている。 響の指が鍵盤をなぞり、新しい曲の断片を探っていく。あの冬のライブから三か月が経った今も、観客の熱い拍手と涙、そして晴真の魂を震わせる歌声は、響の創作の源泉として心の奥深くに息づいていた。音符の一つひとつに、あの夜の感動が込められていく。同時に、これから始まる新しい季節への期待も、旋律の中に織り込まれていった。 ふと手を止めて、響は窓の外を見つめた。キャンパスを行き交う学生たちの姿が、春の陽光の中で輝いて見える。新学期を前に、誰もが希望に満ちた表情をしている。かつての自分なら、その光景を遠くから眺めるだけだった。でも今は違う。自分もその輪の中にいて、音楽を通じて世界と繋がっている――そんな実感が、胸の奥で温かく脈打っていた。 ピアノの上には、冬のライブの写真が置かれている。ステージで歌う晴真、演奏する仲間たち、そして客席で涙を流す人々。あの日を境に、確実に何かが変わり始めている。自分の音楽が、人の心に届くという確信。それが今、新たな扉を開こうとしている。「響」 聞き慣れた声に振り返ると、晴真が立っていた。いつもの明るい笑顔の奥に、どこか真剣な光が宿っている。春の陽ざしを背に受けた彼の姿は、まるで希望そのものを体現しているようだった。髪が風に揺れ、その一本一本が金色に輝いている。「話があるんだ」 晴真の声には、普段とは違う緊張感が滲んでいた。響は鍵盤から手を離し、晴真の方へ体を向けた。「どうした?」「鷲尾さんのこと」 晴真が響の隣に腰を下ろした。ピアノの椅子が小さく軋む音が、静寂の中に響く。二人の間に、春風のような柔らかな沈黙が流れた。晴真の温もりをすぐそばに感じ、響の心は
last updateLast Updated : 2025-11-11
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12-2

 四月の第一週、桜が満開を迎えた頃。都内のカフェで鷲尾との面談が行われた。 選ばれたのは、緑豊かな公園に面した落ち着いた店。大きな窓からは満開の桜が見え、時折花びらが風に舞っている。店内にはジャズが静かに流れ、春の午後の穏やかな空気が漂っていた。ビル・エヴァンスのピアノが、まるでこの瞬間のBGMのように優しく響いている。 響と晴真は、約束の時間より十分早く店に着いていた。響は緊張して手が震えていたが、晴真がそっと励ました。「大丈夫。響の音楽は本物だよ」 その言葉に、響は小さく頷いた。窓際の席に座り、外の景色を眺めながら鷲尾を待つ。公園では、家族連れが花見を楽しんでいる。笑い声が風に乗って、かすかに聞こえてくる。平和な光景が、響の緊張を少しだけ和らげてくれた 桜の木の下で、小さな子供が両親と手を繋いで歩いている。その幸せそうな姿を見て、響は思った。自分の音楽も、誰かの幸せの一部になれるだろうか。誰かの人生の大切な瞬間に、BGMとして流れることがあるだろうか。「来てくれて嬉しいよ」 鷲尾は定刻通りに現れた。以前とは違う表情を見せていた。冬の日に見せたビジネスライクな冷たさは消え、代わりに音楽への純粋な情熱が瞳に宿っている。まるで春の訪れと共に、彼自身も新しい季節を迎えたかのようだった。スーツも冬の黒から、春らしい明るいグレーに変わっている。「まず、コーヒーでも飲みながら話そう」 鷲尾が店員を呼び、三人分のコーヒーを注文した。運ばれてきたカップからは、香ばしい湯気が立ち上る。響はカップを両手で包み込み、その温もりで震えを抑えようとした。コーヒーの香りが、不思議と心を落ち着かせてくれる。「単刀直入にいおう。君たちの音楽に、私は賭けたい」 鷲尾の言葉は、響の予想を超えていた。賭ける――それは単なるビジネスではなく、信念を込めた決断だということが伝わってくる。 テーブルの上に、契約書が静かに置かれた。白い紙の束が、春の光を受けてかすかに輝いている。響は緊張で震えそうになる指を押さえながら、慎重にページをめくる。晴真が横から覗き込み、二人の視線が同じ文字を追っていく。この瞬間、二人の未
last updateLast Updated : 2025-11-12
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12-3

 契約を終えて、カフェを出た二人は、公園を歩いていた。 四月の柔らかな陽ざしが、満開の桜を透かして降り注いでいる。花びらが風に舞い、まるで祝福の紙吹雪のように二人の周りを踊っていた。公園は花見を楽しむ人々で賑わっているが、響と晴真は静かな小道を選んで歩いている。 足元には、散った花びらが薄紅色の絨毯を作っていた。歩くたびに、花びらが舞い上がり、春の香りが鼻をくすぐる。どこかから子供たちの笑い声が聞こえ、ギターの音色が風に乗って流れてくる。誰かが路上ライブをしているようだ。その光景を見て、響は自分たちの原点を思い出した。「なんか、まだ実感がわかない」 響が呟いた。手には契約書のコピーが入った封筒がある。薄い紙の束に過ぎないが、その重みは計り知れない。それは新しい人生の始まりを告げる、春の便りのようなものだった。「俺もだ」 晴真が笑った。頬に舞い降りた花びらを払いながら。「でも、これで響は正式にプロの作曲家だ」「晴真だってプロのアーティストだろ」「そうだな。俺たち、プロになったんだ」 二人は顔を見合わせて、同時に吹き出した。まだ学生なのに、プロという肩書きがついた違和感。でもそれ以上に、春の訪れのような新鮮な喜びと期待が胸を満たしていく。 桜の木の下のベンチに座り、二人は並んで春の景色を眺めた。池の水面に散った花びらが、ゆらゆらと漂っている。鴨が花びらの間を泳いでいく様子が、のどかで美しい。時折、春風が吹いて、新たな花びらのシャワーが降り注ぐ。「なあ、響」「ん?」「これからが本番だぞ。プロの世界は決して甘くない」「わかってる」「プレッシャーもあるだろうし、批判されることもあるだろう」「うん」 晴真が響の肩を抱き寄せた。春風が二人の髪を優しく撫でていく。晴真の体温が、薄手のシャツ越しに伝わってくる。「でも、俺がいるし、北川たちもいる。佐伯さんもいる。みんなで支え合おう」 響は晴真にもたれかかった。西日に照らされた晴真の横顔が、神々しく見えた。逆光の中で
last updateLast Updated : 2025-11-13
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12-4

 深夜、みんなが帰った後、響と晴真は二人きりになった。 部屋には、さっきまでの賑やかさの余韻が漂っている。テーブルの上の空き缶、床に落ちた桜の花びら、まだかすかに残る仲間たちの笑い声の記憶。食べ物の匂い、ビールの香り、そして音楽の残響。すべてが混ざり合って、幸せな空気を作っていた。 響は窓辺に立ち、夜空を見上げた。春の月が雲の間から顔を覗かせている。その優しい光が、新しい始まりを祝福しているようだった。「楽しかったな」 晴真が後ろから近づいてきた。「うん。みんなの期待が嬉しくて、でも少し怖い」 響は正直な気持ちを口にした。「怖くて当然だよ」と、晴真が優しくいった。「新しいことを始めるのは、いつだって怖い。でも、だからこそ価値がある」 晴真は響の隣に立ち、一緒に夜空を見上げた。「なあ、響。俺たちの音楽が、日本中に届くんだぜ。想像できるか?」「まだ実感がわかない」「俺もだ。でも、きっと素晴らしいことが起こる」 響は晴真を見た。月光に照らされた彼の横顔は、希望に満ちていた。「晴真は、後悔してない? プロになるって決めたこと」「後悔? するわけないだろ」 晴真は響の方を向いた。「響と一緒に音楽ができる。それ以上の幸せはない」 響の胸が熱くなった。晴真の言葉はいつも真っすぐで、心に直接響いてくる。「俺も、晴真と一緒でよかった」二人は見つめ合い、そっと手を繋いだ。春の夜の静寂の中で、二人の心臓の音だけが聞こえる。それは新しい始まりを告げる、希望のリズムだった。 *  翌朝、響は早起きして作曲を始めた。 窓から差し込む朝日が、部屋を黄金色に染めている。新しい一日の始まり。そして、プロとしての第一歩を踏み出す朝だった。 ピアノに向かい、昨日から頭の中で響いていたメロディーを形にしていく。『新しい朝』――それは響と晴真の物語であり、同時に誰もが共感で
last updateLast Updated : 2025-11-14
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【続編】響きあうカデンツァ ――世界という名の試練――

 第一章 三年目の調べ  春の陽射しが、都内のマンション最上階に差し込んでいた。  篠原響は、リビングの大きな窓から東京の街並みを見下ろしながら、手にしたコーヒーカップの温もりを感じていた。眼下には無数のビルが林立し、その間を縫うように走る車の流れが、まるで都市の血管を巡る血液のように脈打っている。桜の季節は終わりを告げ、新緑が街のあちこちに芽吹き始めていた。風に揺れる若葉が、朝の光を受けてきらきらと輝いている。  二十四歳になった今、三年前の自分からは想像もできない場所に立っている。  あの頃は、大学の薄暗い音楽室で一人、誰にも聴かせることのない曲を書き続けていた。古いピアノの鍵盤に向かい、自分が同性を愛するしかないことを「気持ち悪い」と思い込んでいた。その感情を音符に閉じ込めることでしか、響は心の叫びを表現できなかった。孤独は響にとって唯一の友だちであり、沈黙は最も信頼できる聴衆だった。  高校時代のトラウマ――初めて勇気を出して告白した相手から「気持ち悪い」と吐き捨てられた記憶が、今でも時折、胸の奥でうずく。あの日から、響は自分の本当の姿を隠すようになった。音楽だけが、唯一素直になれる場所だった。  それが今では――。 「響、コーヒーおかわりは?」  キッチンから晴真の声が聞こえてきた。振り返ると、藤堂晴真が愛用のマグカップを手に、いつもの人懐っこい笑顔を向けている。朝の光を浴びた晴真の茶髪が、金色に輝いて見えた。二十五歳になった晴真は、デビュー当時よりも少し大人びた雰囲気を纏うようになったが、響を見つめる瞳の温かさは変わらない。むしろ、年月を重ねるごとに、その眼差しは深みを増している気がする。 「うん……ありがとう」  響がカップを差し出すと、晴真は慣れた手つきでコーヒーを注いだ。立
last updateLast Updated : 2025-11-15
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【続編】1-2

 会議が終わり、響と晴真は事務所を出た。春風が二人の頬を優しく撫でていく。街路樹の若葉は陽の光を受けて眩しく輝いていた。花の香りもほんのりと漂う。「世界か……」 響が呟くと、晴真が自然に腕を組んできた。その温もりが、響の緊張を解きほぐす。「不安?」「正直、少しね。俺、英語も苦手だし……」「大丈夫だよ。俺がついてる。それに北川たちもいるし」 晴真の言葉に、響は安心感を覚えた。そうだ、晴真がいる限り、仲間がいる限り、何も怖くない。この三年間、いつもそうだった。 二人は帰路についた。マンションまでの道のりを、ゆっくりと歩く。行き交う人々は、まさか隣を歩いているのが人気バンドのメンバーだとは気づかない。「でも、三か月も日本を離れるんだな」 晴真がいった。その声には、わずかな寂しさが滲んでいる。「うん。結構長いよね」「向こうでも、ちゃんと一緒にいられるよな?」 響は晴真の不安そうな顔を見て、自然と微笑みがこぼれた。「当たり前じゃないか。離れるわけないよ」「……よかった」 晴真が安堵の表情を見せた。その素直な反応が愛おしくて、響は晴真の手を握った。人目を気にしながらも、この瞬間だけは触れていたい。 マンションに戻ると、二人はソファに身を沈めた。革の感触が、体を優しく包み込む。「一か月後か……準備すること、たくさんあるね」 響がいうと、晴真が頷いた。「パスポートの確認とか、荷物の整理とか。北川たちも準備で大変だろうな」「楽曲の準備も必要だな。向こうでどんな曲を求められるか分からないし……」 響は立ち上がり、作曲用のノートパソコンを取り出した。画面には、制作途中の楽曲ファイルがずらりと並んでいる。「今まで書き溜めた曲のストックも見直さないと。英語詞に合うメロディーラインも考えておかないと」「でも、響の曲ならきっと大丈夫だよ」 晴真の無条件の信頼が、響の胸を温かくする。でも同時に、プレッシャーも感じる
last updateLast Updated : 2025-11-16
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【続編】1-3

 それから一か月が、まるで早送りのように過ぎた。 準備に追われる日々。楽譜の整理、英語の勉強、荷造り。バンドメンバー全員で集まって打ち合わせをする日も増えた。 北川は「俺の英語力が試される時が来た」と張り切り、オンライン英会話を始めた。田中は「アメリカのドラマーと知り合いたい」と、SNSで現地のミュージシャンと交流を始めた。山本は黙々と英語の音楽理論書を読み漁っていた。 響も英語の勉強に励んだ。作詞の参考にと、洋楽の歌詞を分析し、韻の踏み方やリズムの作り方を研究した。晴真は発音練習に熱心で、毎日のように英語の歌を歌っていた。 出発前日の夜、響と晴真は荷造りを終えて、リビングでワインを飲んでいた。赤ワインが月光を受けて、グラスの中で宝石のように輝いている。「明日にはもう、ロサンゼルスか」 晴真がグラスを傾けながらいった。「準備は万全?」「多分ね。でも、向こうで足りないものがあったら買えばいいし」 響も同意した。必要最低限の荷物と、いくつかの楽譜、そして晴真がいれば、他には何もいらない。「ねえ、響」 晴真が真剣な表情になった。普段の明るい表情とは違う、真摯な眼差しだった。「もし向こうで、俺たちの音楽を否定されたらどうする?」 意外な質問だった。いつも前向きな晴真が、そんな不安を口にするなんて。「もし向こうで俺たちの音楽が否定されたら、日本に帰ればいいさ」と響は穏やかに答えた。「たとえ世界で認められなくても、日本にはRESONANCEを応援してくれるファンがいる。それだけでも十分だろう?」 晴真は驚いたような顔をした後、笑い出した。「響がそんなに楽観的だなんて、珍しいな」「晴真が弱気なのも珍しいけどね」 二人は顔を見合わせて笑った。ワインの酔いも手伝って、緊張がほぐれていく。「でも、本音をいえば……」 響はグラスを置いて、晴真を見つめた。「俺は世界に、俺たちの音楽を認めさせたい。晴真の歌声を、もっと多くの人に聴いてもらい
last updateLast Updated : 2025-11-17
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【続編】第二章 誘惑のフォルテ

 ロサンゼルス国際空港に降り立った瞬間、乾いた風が、響たちをやさしく迎え入れた。三月の東京とは違う、カリフォルニアの陽射しは、肌を刺すほどに眩しかった。空港の外に出ると、ヤシの木が立ち並ぶ光景が広がっていた。排気ガスと海風が混ざり合った独特の匂いが鼻をつき、アスファルトから立ち上る陽炎が視界を歪ませる。日本とはまったく異なる景色に、響は異国に来たことを実感した。空の青さも違う。東京の春の空とは違って、ここの空は限りなく高く、雲一つない完璧な青だった。その広大さに、響は自分がちっぽけな存在になったような錯覚を覚える。 到着ロビーには、グローバル・ミュージック・エンタープライズのスタッフが待っていた。「RESONANCE」と書かれたボードを持った若い女性が、真っ白な歯を見せて手を振っている。ブロンドの髪を後ろで束ね、パンツスーツを着こなしたその姿は、いかにもアメリカのビジネスウーマンといった風情だった。「ようこそ、ロサンゼルスへ! 私はジェニファー、皆さんのコーディネーターです」 流暢な日本語で挨拶された時、響たちは安堵の息を漏らした。少なくとも、言葉の壁で完全に孤立することはなさそうだ。しかし、その安堵も束の間だった。空港内のアナウンス、行き交う人々の会話、すべてが英語の洪水のように、響の耳に押し寄せてきた。さまざまな人種の人々が行き交い、さまざまな言語が飛び交う中で、響は自分が異邦人であることを痛感した。 ジェニファーの案内で大型のバンに乗り込むと、革張りのシートが肌に張り付く感触があった。エアコンが効きすぎた車内は、外の暑さとは対照的に寒いくらいだった。窓から見える景色は、映画で見たままのアメリカだった。片側六車線もある広い道路を猛スピードで走る大型車、果てしなく続く青い空と、時折目に入る豪邸の列。すべてが日本とはスケールが違う。響は窓に顔を近づけ、流れていく景色を食い入るように見つめた。道路沿いには巨大な看板が立ち並び、有名アーティストの新作アルバムの広告が目につく。その中には、響たちが日本で憧れていたアーティストの顔もあった。「ホテルまでは約一時間です。今日はゆっくり休んで、時差ボケを解消してください。明後日、スタジオ見学をして、その後プロデューサーとの顔合わ
last updateLast Updated : 2025-11-18
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【続編】2-2

 三日後、メンバー全員でスタジオ見学に向かった。グローバル・ミュージック・エンタープライズのレコーディングスタジオは、想像を超える規模だった。ガラス張りの巨大なビルがそびえ立ち、その中に最新鋭の機材が並ぶスタジオが何部屋もある。壁一面に並ぶゴールドディスクとプラチナディスクが、ここで生まれた数々のヒット曲を物語っている。マイケル・ジャクソン、マドンナ、ブルーノ・マーズ……。世界的なスターたちの名前が、金色に輝いている。「すげぇ……」 北川が感嘆の声を上げた。田中も山本も、目を輝かせて機材を見回している。プロでも愛用する高性能なミキシングコンソールや、昔から人気のあるドイツ製のマイク、そして最新のレコーディング用ソフトウェアといった機材が揃っていた。音楽を作る者にとっては、まさに聖地ともいえる場所だった。響も、創作意欲が湧き上がってくるのを感じた。これだけの設備があれば、今まで以上の音楽が作れるはずだ。 作曲用スタジオには、スタインウェイのグランドピアノが置かれていた。響は、そっと鍵盤に触れてみた。完璧に調律された音が、空間に響き渡る。日本のスタジオとは、音の響きそのものが違っていた。天井が高く、音響設計が完璧になされた空間では、ピアノの音色がより豊かに、より深く響いた。思わず、簡単なメロディーを弾いてみる。その音を聴いて、晴真が微笑んだ。「いい音だな」 晴真の言葉に、響も頷いた。ここで、新しい音楽が生まれる予感がした。 翌日、いよいよマイケル・ジョンソンとの顔合わせの日が来た。会議室で待っていると、ドアが開き、一人の男性が入ってきた。その瞬間、室内の空気が変わった。金髪に碧眼、彫刻のように整った顔立ちの青年は、まるでハリウッド映画から抜け出してきたような容姿だった。身長は晴真よりも高く、おそらく百八十五センチはあるだろう。スラリとした体型を包むのは、一見カジュアルなシャツとデザイナーズジーンズだが、その着こなしには計算された洗練さがあった。高級ブランドの香水の香りが、かすかに漂ってくる。その香りは、官能的でありながら品があった。「初めまして、マイケル・ジョンソンです。皆さんのプロデュースを担当させていただきます」 マイケルは完璧な笑顔
last updateLast Updated : 2025-11-19
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