一週間のプリプロダクションが終わり、いよいよ本格的なレコーディングが始まることになった。最初の週は、リズムセクションの録音から始まった。田中のドラムと山本のベースを録音していく間、響は引き続き作曲作業を続け、晴真はマイケルとのボーカルトレーニングを受けていた。スタジオの空気は、日を追うごとに重くなっていった。マイケルの晴真への執着が、誰の目にも明らかになってきたからだ。休憩時間には、マイケルは常に晴真の隣にいて、他のメンバーが近づくと、さりげなく晴真を独占しようとする。その様子は、まるで恋人のような振る舞いだった。 ある日の午後、マイケルが晴真に提案した。「今夜、時間がある? 僕の知り合いのボーカルトレーナーを紹介したいんだ」 晴真の顔が曇った。「今夜ですか?」 晴真の声には、明らかな戸惑いが滲んでいた。「ああ、彼女は元オペラ歌手で、今はポップスのトレーニングもしている。君の声域を広げるのに、きっと役立つはずだ」 マイケルは説明したが、その目は晴真から離れない。晴真が響を見た時、その目は助けを求めているようだった。「響も一緒に……」「いや、これはボーカリストのための特別なセッションだから」 マイケルが遮った。その口調は穏やかだが、有無をいわせない強さがあった。「響には、明日のレコーディングに向けて、アレンジを仕上げてもらいたい。それぞれが、自分の役割に集中すべきだ」 正論だった。響は何もいえない。プロデューサーの指示に従うのは当然のことだ。しかし、胸の奥で警鐘が鳴り響いていた。 その夜、響は一人でホテルの部屋にいた。ルームサービスで頼んだハンバーガーも、半分しか食べられなかった。冷えたフライドポテトが、皿の上で油を吸っている。その光景が、自分の心境を表しているようで、響は苦笑した。テレビをつけても、英語のニュースやドラマが理解できず、すぐに消してしまった。窓の外では、ロサンゼルスの夜景が煌めいている。無数の光が、まるで地上の星のようだ。でも、その美しさも響の心を慰めてはくれない。東京の夜景とは違う、異国の光。その一つひとつが、自分には関係のない他人の生活
Last Updated : 2025-11-20 Read more