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響きあうカデンツァ のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

56 チャプター

9-3

 晴真が響をベッドに座らせた。ベッドは少し軋んだ音を立てる。そして自分も隣に腰を下ろす。夕方の光が窓から差し込み、二人を柔らかく照らしていた。「なあ、響」「ん?」「もう一度聞かせてくれ。本当に、俺と一緒にいてくれるのか?」 晴真の不安そうな声に、響は晴真の顔を両手で包んだ。頬はまだ涙の跡が残っていて、響はそっと親指で拭った。「何度でもいうよ。俺は晴真と一緒にいる。もう離れない」「でも、大変だぞ。周りの目とか、家族の反対とか。就職だって難しくなるかもしれない」 晴真の現実的な心配に、響は優しく微笑んだ。「分かってる」 響は晴真の額に自分の額を合わせた。お互いの呼吸が混ざり合う。「でも、晴真となら乗り越えられる。一人じゃないから」「響……」「それに」 響は少し照れたように笑った。「俺、晴真のためじゃなきゃ曲が書けない」「は?」 晴真が目を丸くした。「晴真の歌声を思い浮かべないと、曲が書けなくなっちゃった。メロディーは浮かぶんだけど、晴真の声で歌われることを想像しないと、完成しない」 その告白に、晴真は息を呑んだ。「本当?」「うん。晴真と離れてた間、なにも書けなかった。頭の中で晴真の声が聞こえてきて、でも晴真はもういないんだって思うと、音が消えていく」 響の目に涙が浮かんだ。「怖かった。もう二度と曲が書けないんじゃないかって」「俺も」 晴真が響の手を強く握った。「響の曲じゃなきゃ歌えない。他の曲を歌おうとしても、声が出ないんだ。カラオケで適当に歌おうとしても、喉が締め付けられるように」「困ったね」 響が涙混じりに笑った。「ああ、困った」 晴真も笑った。「完全に依存症だ」 二人は顔を見合わせて、そして笑い出した。涙でぐちゃぐちゃの顔で、それでも心から笑っ
last update最終更新日 : 2025-10-31
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9-4

 翌朝、響は晴真の寝顔をじっと見つめていた。 朝の光が窓から差し込み、晴真の顔を柔らかく照らしている。穏やかな表情。もう苦しんでいない、安らかな顔。長いまつげが頬に影を作り、少し開いた唇からは静かな寝息が漏れている。それを見ているだけで、響の心も安らいだ。 こんな朝を、これから何度も迎えるのだろうか。晴真の寝顔を見ながら、新しい一日を始めるのだろうか。その想像が、響を幸せな気持ちにした。 その気配に気づき、晴真は目を閉じたまま「見てる?」といった。 声に笑みが含まれている。「起きてたの?」「さっき目が覚めた。でも、響が見てるから、寝たふりしてた」 晴真は目を開けて、響を見つめた。朝の光で、瞳が普段より明るく見える。「おはよう」「おはよう」 朝のキスを交わす。朝の息の匂いも、今は愛おしかった。二人は起き上がり、身支度を整えた。 階下では、晴真の母が朝食を用意してくれていた。美味しそうな匂いが漂っている。「おはよう。よく眠れた?」「はい」 響は恥ずかしそうに答えた。きっと二人で一つのベッドで寝たことは分かっているだろう。「ありがとうございます」「いいのよ。さあ、食べて。今日は学校でしょう?」 三人で朝食を食べながら、他愛ない話をした。天気のこと、大学のこと、音楽のこと。まるで本当の家族のように、自然で温かい時間。響は、こんな朝食の時間を持ったことがなかった。一人暮らしを始めてから、朝食はいつも一人だった。「そろそろ大学に行かないと」 晴真が時計を見ていった。「そうだね」 響も頷いた。「今日は講義があるし、提出物もある」「二人とも、気をつけて」 晴真の母は二人を玄関まで見送った。「また来てね、響くん」「はい」 響は深く頭を下げた。「本当に、ありがとうございました」「こちらこそ。晴真に笑顔を取り戻してくれて、あり
last update最終更新日 : 2025-11-01
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第十章 新しい楽章

 月曜日の朝、響と晴真は並んで大学の門をくぐった。 秋の陽射しが柔らかく、色づき始めた銀杏の葉が風に舞っている。黄金色の葉が、まるで天から降り注ぐ祝福の雨のように、二人の頭上に舞い降りていく。金木犀の甘い香りが、朝露に濡れた草の匂いと混じり合って漂ってくる。その香りは、どこか懐かしく、新しい始まりを予感させるものだった。響は深く息を吸い込んだ。肺の奥まで清涼な空気が満ちていく。身体の隅々まで、新鮮な酸素が行き渡るような感覚。 周囲の視線が二人に集まった。石畳を歩く度に、あちこちから好奇の眼差しが向けられる。まるで無数の針が、響の皮膚を刺すような感覚だった。ひそひそと囁き合う声も、風に乗って耳に届く。「あの二人、また一緒だ」「どういう関係なんだろう」といった言葉の断片が、秋風に混じって流れてくる。 以前なら、それらの声や視線がすべて鋭い刃となり、響の心を切り裂いていただろう。身体を縮め、亀のように首を引っ込めて、逃げるように歩いていたはずだ。他人の視線は、響にとって最も恐ろしい武器だった。その恐怖は、高校時代から変わらず、ずっと響の心に巣食っていた。 でも今は違った。 晴真が隣にいる。その存在が、まるで見えない盾のように響を守ってくれている気がした。晴真の体温が、秋の朝の冷たい空気の中で、確かなぬくもりとして響の隣にある。時折腕が触れ合う度に、響は安心感に包まれた。それは、暗闇の中で見つけた一筋の光のような、確かな希望だった。 響は真っすぐ前を向いて歩いた。朝の光が眩しくて、少し目を細める。晴真もその隣を堂々と歩いていた。その歩き方には、何者をも恐れない強さがあった。時折、響の方を見て、大丈夫かと確認するような優しい眼差しを向けてくる。その瞳の奥には、響への深い愛情と、守りたいという強い意志が宿っていた。その度に、響は小さくうなずいて応えた。言葉はなくても、二人の間には確かな絆が結ばれている。それは、どんな偏見や噂よりも強い、本物のつながりだった。 音楽棟に近づくにつれ、響の足取りは軽くなっていった。ここは自分の居場所だ。音楽がある場所。そして、自分を理解してくれる人たちがいる場所。建物の古びた煉瓦の壁が、朝日を受けて温かい橙色に染まっている。まるで、建物全体が優しい
last update最終更新日 : 2025-11-02
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10-2

 その日の午後、響は音楽室に籠った。 新しい曲。今度こそ、本当の意味での自分と晴真の曲を作る――そう決意して、五線譜に向かった。真っ白な紙が、無限の可能性を秘めて響を待っている。それは、まだ誰も踏み入れたことのない雪原のように、純粋で、神聖で、少し恐ろしくもあった。 机の上には、使い込まれた鉛筆と消しゴム、そして愛用の万年筆が並んでいる。万年筆は、高校の卒業祝いに母からもらったものだ。「あなたの音楽が、多くの人に届きますように」そういって渡してくれた。母は、響の本当の姿を知らない。知ったら、きっと悲しむだろう。そう思うと、胸が痛んだ。 ペンを手に取った瞬間、指先が微かに震えた。期待と不安が入り混じった、創作前の独特な緊張感だった。それは、深い海に飛び込む前の、あの一瞬の躊躇に似ていた。 音楽室の空気は、午後の光に満ちていて静謐だった。窓から差し込む陽光が、空気中の微細な塵を金色に輝かせている。まるで、無数の妖精が踊っているかのような、幻想的な光景だった。壁に掛けられた歴代の作曲家たちの肖像画が、優しく見守ってくれているような気がする。ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシー。彼らも、きっとこんな風に白い紙を前に悩んだことがあるのだろう。 でも、最初は何も浮かばなかった。 ペンを持つ手が宙に浮いたまま止まり、白い紙を見つめるだけ。まるで、音楽の神様が急に姿を隠してしまったかのように、頭の中は静寂に包まれていた。いつもなら、心の奥底から自然に湧き上がってくる旋律が、今日は沈黙している。それは、枯れた井戸のように、どんなに汲み上げようとしても、何も出てこなかった。 何を書けばいいのか。どんな音を紡げばいいのか。 響は焦りを感じ始めた。額に汗が滲む。今まで、音楽は自然に湧き出てくるものだった。孤独な夜も、辛い朝も、音楽だけは響を裏切らなかった。でも今は、泉が枯れてしまったかのように、何も出てこない。もしかしたら、幸せになったことで、創作の源を失ってしまったのではないか。苦しみや孤独こそが、自分の音楽の原動力だったのかもしれない、と不安がよぎった。そんな不安が、蛇のように響の心を締め付ける。 窓の外から、誰かが練習するピアノの音が
last update最終更新日 : 2025-11-03
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10-3

 翌日から、響は本格的に作曲に取り組んだ。 朝早く音楽室に来て、夜遅くまで楽譜と向き合う日々が続いた。一つひとつの音符に魂を込め、フレーズごとに想いを託していった。それは、人生そのものを音楽に映し出す作業だった。苦しいこともあれば、喜びに満ちる瞬間もある、まさに創造の連続だった。 美咲も積極的に協力してくれた。ピアノのアレンジを一緒に考え、和音の構成も何度も練り直す。彼女の技術と感性は、響の曲をさらに豊かにしていった。美咲は時には厳しく、時には優しく、真剣に響の音楽と向き合ってくれた。 ある日の午後、二人は音楽室で楽譜を広げていた。窓から射し込む光が五線譜に複雑な影をつくる。机の上には消しゴムのかすが広がり、何度も書き直した跡がはっきりと残っていた。それは、二人の不断の試行錯誤の証だった。「ここ、もう少し明るい音を入れたらどう?」 美咲が、楽譜の一部を指差しながら提案した。彼女の指は細く、でもピアニストらしい力強さがある。爪は短く切り揃えられ、指先には薄くペンだこができている。長年の練習の証だった。「そうだね。希望を感じさせたい」 響はうなずきながら、新しい音符を書き加えた。変ロ長調の明るい響きが、曲に新しい色を与える。まるで、灰色の空に虹がかかったような、鮮やかな変化だった。「でも、全体的に明るくしすぎないで」 美咲は楽譜全体を見渡しながらいった。その表情は真剣で、プロの音楽家のような鋭さがあった。「篠原くんの曲の良さは、光と影のコントラストにあるから」「うん、分かってる」 響は楽譜に書き込みをしながら答えた。ペン先から、新たな音が紡ぎ出されていく。「苦しみがあるから、喜びが際立つ」「そうそう」 美咲は優しく微笑んだ。その笑顔には、深い理解が込められている。「人生と同じだね」 その言葉に、響は手を止めた。確かに、美咲のいう通りだった。苦しみを知らなければ、本当の幸せは分からない。孤独を知らなければ、愛の価値は理解できない。響はあらためて、自分が経験してきたすべての出来事に意味があったのだと感
last update最終更新日 : 2025-11-04
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10-4

 作曲を始めてから二週間が経った。 曲は順調に形になっていった。響の持つすべての感情、経験、想いが音符となって楽譜に刻まれていく。それは、人生そのものを音楽に変える、壮大な作業だった。 ある夜、響は一人で音楽室に残っていた。最後の仕上げをしているところだった。 窓の外では、満月が静かに輝いている。その光が、楽譜を青白く照らしていた。まるで、音符たちが月光の中で踊っているかのように見える。音楽室には、ピアノの弦が月光を受けて微かに光っていた。 コーダの部分。曲の締めくくりをどうするか、響は悩んでいた。 静かに終わるか、壮大に終わるか。希望を強調するのか、余韻を残すのか。どんな終わり方にするかによって、曲全体の印象が大きく変わってしまう。だからこそ、さまざまな可能性を慎重に考えなければならない。 響は何度もピアノを弾きなおしたが、どうしてもしっくりこない。何かが足りない。最後のピースが、まだ見つからない。まるで、ジグソーパズルの最後の一片を探しているような感覚だった。「まだやってるのか」 晴真が入ってきた。心配そうな顔で、響を見つめている。手には、温かいコーヒーが二つ持たれていた。湯気が立ち昇り、コーヒーの香ばしい香りが音楽室に広がる。 それから数日後、晴真は歌詞を書き上げた。響がその紙を受け取って目を通した瞬間、涙が溢れそうになった。孤独、出会い、恐れ、愛、別れ、そして再会――二人が経験したすべてが、美しい言葉として綴られていた。それは詩的でありながら、心に直接届く言葉たちだった。「もう日付変わってるぞ」「あと少しなんだ」 響は楽譜を見つめた。そこには、二週間の努力の結晶が詰まっている。インクの染みや消しゴムの跡が、苦闘の痕跡を物語っていた。「でも、最後が決まらない」「聴かせてみせて」 晴真が言うので、響は最初から弾き始めた。 静かな序奏から始まり、徐々に盛り上がっていく。孤独、出会い、喜び、苦悩、別れ、そして再会。すべてのドラマが、音となって紡がれていく。響の指が鍵盤の上を流れるように動き、複雑な感情を音に変
last update最終更新日 : 2025-11-05
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第十一章 ステージの光

 十一月の終わり、初冬の冷たい空気が街を包む頃、晴真のバンドのライブの日がやってきた。 朝、響は緊張で早く目が覚めた。カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋の中を淡い銀色に染めている。時計を見ると、まだ午前六時だった。いつもならまだ深い眠りについている時間だが、今日は違った。胸の奥で小さな嵐が渦巻いて、とても眠っていられなかった。 ベッドから起き上がり、窓を開ける。十一月の朝の空気が、針のように鋭く頬を刺した。吐く息が白く煙る。街路樹の銀杏はすっかり葉を落とし、裸の枝が朝日に照らされて銀色に光っていた。今日という日が、自分にとってどれほど重要な一日になるか——響は深呼吸をして、震える手を見つめた。 シャワーを浴び、コーヒーを淹れる。いつもの朝のルーティンをこなしながらも、頭の中には今夜演奏される曲がずっと流れていた。「響き合うカデンツァ」――自分の全てを込めて書き上げた楽曲。それを晴真が、大勢の観客の前で歌う。 机の上には、昨夜完成したばかりの新しい楽譜があった。まだタイトルはつけていない。でも、これも晴真に渡すつもりだった。暗闇を抜けた後の、希望の歌。二人で歩いていく未来への賛歌。 楽譜を見つめながら、響は思い返していた。初めて晴真と出会った日のこと。音楽室でひとり作曲していた自分に、晴真が飛び込んできた瞬間。あの時は、まさかこんな日が来るとは思わなかった。自分の音楽を「気持ち悪い」と否定され続けてきた響にとって、晴真の存在は奇跡のようなものだった。 スマートフォンが震えた。晴真からのメッセージだった。『おはよう。今日は会場で会おう。客席から見ててくれ。愛してる』 短い文面に、晴真の決意が込められているような気がした。響は返信を打った。『うん。頑張って。昨日仕上げた新曲、ポストに入れとくね。俺も愛してる』 送信ボタンを押す指が、少し震えた。「愛してる」という言葉をメッセージで送るのは、まだ照れくさい。でも、今日という特別な日には、素直な気持ちを伝えたかった。  会場は都内のライブハウス「MELODY」。キャパシティは三百人程度の、決して
last update最終更新日 : 2025-11-06
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11-2

 開場のアナウンスが流れ、観客が続々と入っていく。響も美咲と一緒に、指定された席についた。前から五列目の中央——ステージがよく見える特等席だ。晴真が響のために確保してくれた席だった。 周りを見渡すと、思った以上に多様な観客が集まっていた。晴真のファンと思われる若い女性たちはもちろん、音楽関係者らしきプロフェッショナルな雰囲気の人々、そして意外なことに、自分と同年代と思われる男性のカップルの姿も、いくつか見かけた。  会場はすぐに満席になった。立ち見も出ている。人の熱気が、冬の冷たさを忘れさせる。期待感が見えない圧力となって響の肩にのしかかる。晴真のバンドの人気を改めて実感する。ざわめきの中に、期待と興奮が渦巻いていた。「すごい人」 美咲が囁いた。「うん」「藤堂くんたち、人気あるんだね」 響は頷きながら、手のひらの汗を拭った。これだけの人々の前で、自分の曲が演奏される。その事実に、改めて緊張が押し寄せた。握った拳にじんわりと汗が滲んだ。  やがて照明が落とされ、場内が暗転した。観客のざわめきが、まるで波が引いていくように、期待に満ちた静寂へと変わっていく。暗闇の中で、響の心臓だけが大きく脈打っていた。まるで全身が一つの太鼓になったかのように、鼓動が響き渡る。 ステージに影が現れた。 最初に入ってきたのは北川だった。愛用のギターを肩にかけ、慣れた手つきでアンプに接続する。ギターの弦を軽く弾いて音を確かめる仕草は、まるで戦士が剣を点検するような凛々しさがあった。続いてベースの山田、ドラムの鈴木がそれぞれの位置についた。三人とも黒を基調とした衣装で統一されていて、プロフェッショナルな雰囲気を醸し出している。 そして最後に――。 スポットライトが、ステージ中央を照らし出した。 そこに立つ晴真の姿に、響は息を呑んだ。 白いシャツに黒いパンツ。シンプルな衣装だが、スポットライトを浴びた彼は、まるで光そのもののように輝いて見えた。茶色い髪が柔らかく揺れ、彫刻のような顔立ちに陰影を作る。その姿は、暗
last update最終更新日 : 2025-11-07
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11-3

 ライブはさらに続いた。 響の心は、まだ最初の一曲の余韻に包まれていた。晴真の歌声は、まるで冬の夜空に瞬く星のように、冷たい空気の中でいっそう澄んで響いた。激しいロックナンバーが始まっても、響の耳には『響き合うカデンツァ』の旋律が流れ続けている。それは心の奥深くに刻まれた傷跡に、優しく温かい光を当てるような感覚だった。 ステージの上の晴真は、まるで別の生き物のように輝いて見えた。汗が光を反射してダイヤモンドの粒のように煌めき、その一挙手一投足が音楽と完全に同期している。響は思った――これが晴真の本当の姿なのかもしれない。音楽と一体となり、魂を解放している姿。そんな晴真が、自分の曲を選んでくれた。その事実が、響の胸を熱くさせた。 MCタイムになると、晴真がマイクを取った。「今日は本当に特別な夜です。実は、『響きあうカデンツァ』を作ってくれた篠原響は、俺にとって……」 晴真が一瞬言葉を切った。観客が固唾を呑んで見守る。「……かけがえのない存在なんです」 歓声が上がった。女性ファンたちの反応は複雑だったが、多くは温かい拍手を送っていた。 やがてアンコールの声が上がった。響の心臓は、まるで冬の湖面に投げ込まれた石が作る波紋のように、静かに、しかし確実に震えていた。晴真が再びステージに現れると、会場の熱気は頂点に達した。「今日は本当にありがとうございました。最後にもう一曲、歌わせてください」 晴真がマイクを握り直した。「これも、篠原響が俺のために書いてくれた曲です。まだタイトルはありません。でも俺にとっては、世界で一番大切な歌です」 北川が新しいメロディーを奏で始めた。ニ長調の、希望に満ちた旋律。それは昨夜完成したばかりの曲だった。響は驚きと共に、晴真たちがどれほどの時間を練習に費やしたのかを思った。その献身に、目頭が熱くなる。『新しい朝が来る 君と迎える この瞬間 昨日までの涙も 全て意味があったと思える』 明るく前向きな歌詞だった。でも響にはわ
last update最終更新日 : 2025-11-08
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11-4

 晴真とともに響のアパートに戻ると、玄関のドアを閉めた瞬間、晴真が響を壁に押し付けた。「やっと二人きりになれた……」 熱い吐息が響の首筋にかかる。まだライブの興奮が体を巡っているのか、晴真の体温が普段より高い。「晴真……」「我慢してたんだ、ずっと」 晴真の唇が響の唇に重なった。情熱的で深いキスだった。舌が絡み合い、呼吸も重なっていく。魂が溶け合うような感覚の中で、響は長い間閉ざされていた感情が晴真のぬくもりで溶けていくのを感じた。「今日のお前、最高にかっこよかったよ」 響が晴真のシャツをつかんだ。汗の匂いと晴真特有の甘い香りが重なり合い、響の理性をぼやかしていく。「でもステージで、あんなこというなんて」「後悔してない」 晴真が響の耳元で囁いた。その声は、ステージでの力強さとは違う、甘い響きを帯びている。「世界中に知ってほしい。俺がどれだけお前を愛してるか」 その言葉に、響の中で最後の壁が崩れた。まるで冬の終わりに氷が割れ、その下から清流が流れ出すように――自分から晴真にキスをし、ベッドへと導いた。  部屋に入ると、晴真が響を優しくベッドに押し倒した。月明かりが窓から差し込み、晴真の輪郭を銀色に縁取っている。まるで神話の中の神のような、神々しい美しさだった。「響……今日、お前の曲を歌いながら思ったんだ」 晴真が響のシャツのボタンを一つずつ外しながらいった。その手つきは丁寧で、まるで宝物を扱うような優しさがあった。「俺たちが出会ったのは、運命だったんだって」 響の胸が露わになると、晴真はそっと手のひらを当てた。心臓の鼓動を確かめるように。「お前の心臓の音……聞こえる」 晴真が響の胸に顔を埋めて耳を当てた。「この音も、音楽みたいだ」 響は晴真の髪を優しく撫でた。ステージで汗をかいた髪は、少し湿っていて
last update最終更新日 : 2025-11-09
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