All Chapters of 彼の跡継ぎを連れ去って: Chapter 1 - Chapter 8

弁護士から、私・藤崎詩織（ふじさき しおり）と八年間連れ添った夫・神崎恭介（かんざき きょうすけ）が、一年前にはすでに私と離婚していた――法的には、彼がすでに他人の夫であるという事実を知らされた時、私はその場に久しく立ち尽くした。この結果を、どうしても信じたくなかった。スマホが「ピン」と鳴る。恭介から送られてきたメッセージだった。【ハニー、今日帰国するよ。新作のバッグを買ってきたからね。会社でちょっとした用事があるから、それが終わったらすぐに家に帰って君と一緒に過ごすよ】このメッセージを見て、私の心は嘘によって深く、深く突き刺された。もし以前の私なら、この知らせを見てきっと大喜びしていただろう。恭介は、出張から帰ってくるたびに、いつも私にプレゼントを買ってきてくれたから。しかし、今の私は、空港のロビーに立っていた。本来なら、彼を驚かせようと思っていたのだ。それなのに、まさか、サプライズが恐怖に変わるなんて。遠くに、見慣れた姿が出口から出てくるのが見えた。男は背が高く、黒いスーツがその堂々とした体格を完璧に引き立てている。しかし、彼は隣にいる女性を細心の注意を払って支え、その瞳は優しさに満ちていた。そして、その女性は、大きなお腹を抱え、幸せそうな顔をしていた。まさしく、桜庭歩美（さくらば あゆみ）だ。私の心は締め付けられるように痛み、全身が震えた。私と彼は、幼馴染として共に育った。二十八年間、一度も離れたことはなかった。あの頃、私たちの間の感情は、誰にも負けないものだと思っていた。しかし今となっては、このいわゆる深い愛情も、ただの砂糖でコーティングされた毒薬に過ぎなかったのだ。そういえば、一年前、恭介から何らかの手続きに必要だと言って、たくさんの書類の束にサインを求められたことがある。あの時、深く考えずにサインしたけれど、今思えば、あの束の中に離婚届が紛れ込んでいたのだろう……そう考えた途端、私の心は針で刺されたように痛んだ。私は彼のために用意した花束を強く握りしめ、爪が手のひらに食い込むほどだった。私は彼を深く、深く見つめ、そして背を向けてその場を去り、花束をゴミ箱に捨てた。家に帰ると、全身から力が抜け、まるで魂を抜き取られたかのようだった。私はバスルームに入り、何か

幸い歩美の怪我はひどくなく、医師が簡単な検査を終えると、恭介は彼女を病室へ送り返した。私は入り口に立ち、恭介が甲斐甲斐しく歩美の世話を焼くのを見ていた。まるで、私が二人の仲に割り込んだ邪魔者のようだ。「恭介、藤崎さんを中に入れてあげて」歩美の声が、弱々しく聞こえてきた。恭介は私を一瞥したが、視線を彷徨わせ、目を合わせようとはしなかった。私は深呼吸をして、病室へ入った。「藤崎さん、恭介のことを責めないでください」歩美はベッドに身を起こし、顔は青白かった。「私が、あなたを呼んでもらうよう、彼にお願いしたんです。話しておかなければいけないことがあると思って」私は唇をきつく結び、何も言わなかった。恭介は私の隣に座り、私の手を握った。彼の顔には微かな罪悪感が浮かび、唇がもごもごと動き、何かを言いかけてはやめる。「詩織、はっきりさせておきたいことがあるんだ」彼は一拍置いて、続けた。「俺と歩美は、接待の飲み会で再会したんだ。あの時、取引先の男が、彼女に無理やり酒を飲ませようとしていて、見ていられなくて、俺が彼女を庇った。まさか、二人ともあんなに酔ってしまうなんて思わなかった。それで、あんなことが起きてしまったんだ。この子は、その時にできた子だ」そこまで言うと、彼はおずおずと私の様子を窺った。その瞳には、後悔と懺悔の色が満ちている。私の手を握る力も、さらに強くなった。「誓うよ。俺の心の中にいるのは、最初から最後まで、君一人だけだ。この件で、君が辛い思いをしているのは分かってる。でも、子供に罪はない。あの子は、俺の血を分けた子供なんだ。放っておくことはできない。安心してくれ。子供が生まれたら、君の子として籍に入れる。君に、あの子の母親になってほしい。君に、俺を理解してほしいんだ」言い終えると、彼は深く私を見つめ、その目は期待に満ちていた。私は俯き、涙が目の縁に溜まる。そういうこと。これが、彼の選択。彼は、歩美と、彼らの子供を選んだのだ。私が悲しくて辛いのは、彼の裏切りだ。どうして、もっと早く教えてくれなかったの？どうして、こっそり私と離婚して、偽の婚姻関係でこの過ちを隠そうとしたの？その様子を見て、歩美も目を赤くした。「藤崎さん、本当に、あなたたちの仲を裂こう

私が、去った。恭介は、乱れた。病院で歩美の世話をしている間、恭介はずっと心ここにあらずだった。彼の脳裏には、昨夜の私の、あの失望しきった眼差しがずっと浮かんでいた。あんな目は、今まで一度も見たことがなかった。彼の心に突然、不安がこみ上げてくる。何かに導かれるようにスマホを取り出し、私に連絡しようとした。「恭介、りんごが食べたいな。皮を剥いてくれない？」歩美の声が、彼の思考を遮った。彼はスマホと歩美を交互に見て、最終的にはスマホをしまった。「ああ、剥いてやるよ」その夜、恭介は病院で歩美に一晩付き添った。翌朝早く、彼はようやく家に帰った。しかし、家のドアを開けた彼が目にしたのは、がらんとした空っぽの家だった。私の物が、すべてなくなっている。彼は一瞬呆然とし、慌てて家中を探し回った。「詩織！詩織！」彼は大声で私の名前を叫んだが、誰も応えない。すべての部屋を探したが、私の姿はどこにもなかった。彼は焦燥に駆られ、スマホを取り出すと、狂ったように私に連絡し始めた。しかし、私の電話は電源が切れており、メッセージにも返信はなかった。彼は私の親戚や友人にも連絡したが、誰も私の行方を知らなかった。彼はいてもたってもいられなくなり、ヘリコプターまで出動させて、市全域で私の痕跡を探させた。しかし、私はまるで蒸発したかのように、跡形もなく消えていた。「恭介、そんなに焦らないで。藤崎さん、きっとあなたと喧嘩して、わざと隠れてるだけよ。あなたを心配させたいのよ。本当にあなたから離れたりしないわよ。安心して」歩美は彼の焦った様子を見て、しらじらしく慰めた。恭介は何も言わなかったが、心の中の不安はますます大きくなっていった。彼は寝室に戻り、壁にかかっていた私たちの結婚写真もなくなっていることに気づいた。その瞬間、彼は悟った。今回、私は、本気で彼から去ろうとしているのだと。恭介は狂ったように、私の行方を探し続けた。彼は私のすべての親戚友人に連絡したが、誰も私に会っていないと言った。彼はさらに部下を派遣し、あらゆる場所で私の痕跡を探させた。しかし、そのすべては徒労に終わった。私はすでにすべての資産を売却し、国を出ていた。私は完全にこの街を、そして恭介のもとを去ったのだ

スイスに来てから、私はすべてを吹っ切った。恭介のことも、過去のことも、もう考えない。私は体の静養に専念しながら、観光も楽しんだ。ここの景色は美しく、空気は澄んでいて、心が晴れやかになった。アルプスを訪れ、雪山の壮大さに息をのんだ。ルツェルン湖のほとりを散策し、その静けさを味わった。チューリッヒにも足を運び、都会の賑わいに触れた。この旅を通して、私は世界の美しさを知り、生きることの意味を理解した。私の人生は恭介だけじゃなかった。もっと広い世界が広がっていたんだ。今までの私の人生は、なんてちっぽけだったんだろう。ある日、私はある小さな町にやって来た。偶然、その町ではクリスマスパレードが開かれていた。街は色とりどりのイルミネーションで飾られ、大変な賑わいを見せていた。人々はクリスマスの衣装に身を包み、笑い、踊っていた。この楽しげな雰囲気に誘われて、私もパレードの列に加わった。パレードの列の中に、一組の老夫婦がいた。二人は腕を組み、幸せそうな笑みを浮かべていた。その仲睦まじい姿に、胸がいっぱいになる。私と恭介の間に、あの嘘と裏切りがなければ、私たちもこうして共に老いていけたのかもしれない。けれど、現実に「もしも」は存在しない。老夫婦は私が一人なのに気づき、私に話しかけてきた。私が一人で子供を産み、育てるつもりだと知ると、二人はとても心を痛めているようだった。「お嬢さん、大変だったわね」老婦人が言った。「でも、あなたはとても勇敢で、強い人だわ」「ありがとうございます」私は微笑んだ。「この子を、大切に育てます」「さあ、クリスマスツリーの下で願い事をしよう」老紳士が言った。「あの木の下で心から願えば、叶うそうだよ」私は彼らについて、町の中心広場へと向かった。広場の中央には、巨大なクリスマスツリーがそびえ立っていた。木にはたくさんのイルミネーションとプレゼントが飾られ、キラキラと光っていた。私は目を閉じ、両手を合わせ、心から願った。どうか、この子が健やかに生まれてきますように。そして、私がこの子に幸せな未来を与えられますように。願い事を終え、私は振り返り、その場を去ろうとした。しかし、振り返ったその時、ある人物が目に飛び込んできた。