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All Chapters of Cyberlimit: Chapter 1 - Chapter 10

13 Chapters

1話 実験とその成果

周囲は炎に包まれ、その中心で一人の少女が佇《たたず》んでいる。仲間だった彼女の名前はメアリー。 彼女は僕達の作り上げた一つのウィルスーカムニバルによって自我を失っている。カムニバルは人に使う事は出来ない、通常ならば。 ウィスルは全ての機械を支配する効力を持つ、一つの電脳によって、暴走をしてしまった機械達を元に戻す為に作られたものだった。 そのウィルスを人に与えてしまうとどうなるのか、その疑問を解消する為に、周囲を騙してメアリーに嘘を伝えた。 「この薬は君と君の旦那さんを救う特効薬になる。望めばこの世界から自由になれるんだ」 「……doctor姫柊《ひめらぎ》。その話は本当なの?」 「ああ。これは私の研究が結んだ大きな奇跡だ。事実を知っているのは僕と君だけ。皆にはまだ言っていない」 電脳を持つ人間になら体制があるのは研究成果が出ている。しかし純粋な人の肉体のみで作られた体に、どんな作用があるかは未知数だ。今回の実験が一つの可能性を作る、そう感じていた。 「……分かったわ。姫柊の事を信じる。被験者になるわ」 「よく決断したね。絶対に君達を僕が救うから」 彼女の信頼を得る事が出来るのは、今までこの世界を共に歩んできたからだろう。医者と患者と言う立場ではあるが、今となっては関係ない。 僕は彼女の決意が揺らぐ前に注射針にウィルスを注入していく。自分には影響がいかないように防護服を着ていた。簡単に防げるとは思っていない、それでも一つの物質が混ざり合う事で別のものに変貌する。このウィルスの特徴を把握しているから、何の迷いもない。 「ふっ……く」 「大丈夫だ、時期慣れてくる」 速攻性が高いウィルスに改変した事で、メアリーにも何らかの影響を与えているようだ。時間が経つに連れ、顔が青ざめていくのが分かる。 「どうだい?」 僕は彼女に問いかけると、反応するようにプルプルと震え出す。その動きは痙攣のようで、違った。彼女の瞳からは大量のち塩が流れ出ると、グタリと項垂れてしまった。 電脳を縛《しば》る為、支配する為のものを人体で使うのは無理だったのだろうか。落胆してしまう僕がいる。人体で実験を試みたのは今回が初めてだった。彼女以外に被検体として拉致している人物はいるが、彼の場合深刻な心臓病を持っている。 正直、難しいだろうーー 表
last updateLast Updated : 2025-10-02
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2話 かなめは菜園

状況を把握《はあく》出来ないと動こうとも動きようがない。話だけでは明確《めいかく》な情報を手に入れる事は不可能だ。姫柊《ひめらぎ》は思った以上に精神的に追い詰められている。覚悟はしていたようだが、いざ現実を見てしまうと耐えられない様子。 銘刀《めいとう》は彼が引き金を引いた事を知ると、自分の研究支援者に連絡をしていく。資金繰りに関しては力を貸してくれても、この状況を打破《だは》する考えを提示《ていじ》してくれるかは、分からない。 まだこの街には影響が及《およ》んでいない、だが時間が過ぎれば過ぎてゆく程、深刻《しんこく》な自体に変貌していくだろう。 安全だった場所が危険地帯に代わり、電脳システムとリンクさせてしまったチップが原因で体を乗っ取られてしまった被験者《ひけんしゃ》が動き出すのも時間の問題だった。 防《ふせ》げるのなら、どんな手段でも使おう。そう心の中で決意表明《けついひょうめい》をしながら、今の自分に出来る最低限の行動を歩み初めていく。 研究施設に戻れない以上、別の機関《きかん》で対策を立てる必要がある。正直、姫柊《ひめらぎ》が研究に不可欠な機材を守っていたとしても、今更向かっても、手遅れになるだけだ。 「忙しいお時間にすみません。急遽《きゅうきょ》お願いしたい事があるのですがーー」 今は彼女だけが頼りだ。今分かっている状況と情報を簡易的《かんいてき》に伝えると、菜園《さいえん》は「後は任せて」と言い切った。それが何を意味するのか知りたくない銘刀《めいとう》は、無言で電話を切るしか出来ない。「あの機材さえあれば、止めれるかもしれない。しかし……」 模造品《もぞうひん》として埋め込んでしまったチップがどれくらいの効力《こうりょく》を発揮《はっき》するのかが不安だった。 世界を救うなんて大それた事は出来ない。それでも何かしら食い止める事は出来るはずだ。 その為に今までの研究資料が必要になる。ある程度は頭の中に入っているが、完璧《かんぺき》ではない。 銘刀《めいとう》はもう一箇所に連絡を入れる。異常がある時にメッセージを送るようにルールを決めていた。それを今使う事になるとはーー 「……これでいいだろう」 自分の現在地を付点《ふてん》すると、カバンにしまい込み、代わりにタバコを取り出す。近くにある喫煙所まで歩いて一分程度。迎《むか》え
last updateLast Updated : 2025-10-02
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3話 各々が背負う罪

風間《かざま》の声が聞こえた気がした。銘刀《めいとう》は昔の事を思い出しながら、到着するのを待っている。一息つける時間を堪能《たんのう》し終わった。癒しの時間はあっと言う間に過ぎていく。「銘《めい》ちゃん、ずっと一緒だよ」ミナミの声が鮮明《せんめああ》に聞こえてくる。自分が研究者としての道を歩み始めた時に、彼女は彼を支えてくれた。銘刀《めいとう》にとって彼女は誰よりも特別だ。ミナミの代わりは要らない、例え他の人物が名乗りを上げたとしても、彼の心には響かないだろう。「ミナミ、俺は……」言葉に出来ない気持ちを飲み込むと、グッと涙腺《るいせん》が緩《ゆる》んでいく。目の前に現れた最悪なシナリオが待ち受けているのに、今の銘刀《めいとう》には届かない。分かっている。彼女はもういない。電脳を植え付ける為の機器《きき》テストを受けた彼女は、その重圧に耐えきれず、副作用を発症してしまった。一度現れた症状を改善出来る見込みはない。それは今でも同じーー彼女と共に永遠に生きれる命を作る事が出来る。そう信じていたのに、現実は彼の願いを打ち砕《くだ》いた。「どうして俺が成功して、彼女が」こんな銘刀《めいとう》の姿を見る人はいないだろう。なにもない日々の中で過去の鎖《くさり》に囚《とら》われている彼を救える存在などいない。風間とはそれ以来会う事はなかった。あの事故が原因で妹を失ってしまった風間は銘刀を恨んでいる。昔のように親友に戻る事はないだろう。ミナミの犠牲を経験し、彼は全ての電脳に携わる研究を破壊する為に刑事になった。こうやって移動手段を与えてくれる。今はそれだけで充分だった。ブロロロロとエンジンを吹かす音が聞こえてくる。銘刀は自分の存在を彼に見せる為に右手を上げた。徐々に減速していくと、銘刀の前に止まる。窓を開
last updateLast Updated : 2025-10-11
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4話 使い方次第

ミーシャが仕込んだもう一つの悪魔に気づく事が出来ない姫柊《ひめらぎ》は微量《びりょう》な音波により、思考がぐちゃぐちゃと混ざりあっていく。 今の状況を把握《はあく》していたはずなのに、全てが崩れていく。歪《ゆが》んでいく思考を止める方法も分からない。当たり前の感覚を手にしていたはずなのに、人間らしさを手放していった。 「があああ」 両手で頭を抱え込み、呻《うめ》きをあげる姿は人間とは呼べない。メアリーは大きく口を開くと聞いた事のない言葉を口にしていく。何て言っているのか聞き取る事が出来ない。それもそうだろう、彼女の呟きは超音波によって作られた新しい言語なのだからーー ガタガタと全身の骨が砕《くだ》け始める。姫柊《ひめらぎ》は痛みを感じる様子もない。両足が反対方向に折れ曲がっている。自分で屈折《くっせつ》させているように見えた。 口からは涎《よだれ》を垂《た》れ流し、瞳からは大量の血が涙のように溢《あふ》れている。ここまで人の精神と肉体に作用《さよう》を起こす事が明らかになる。その光景をモニター越しで確認する事が出来たミーシャは悦楽《えつらく》の表情を綻《ほころ》ばせ、全身に流れる快楽に身を任せた。 「凄い! こんな効力《こうりょく》があるなんて。なんて……素晴らしいの。想像以上の結果だわ」 はぁはぁと呼吸を乱しながら、興奮が頂点に達する。思う存分楽しむ事が出来た彼女は、嬉しそうに舌なめずりをした。 人間の言葉さえも、自分が人だった事も忘れてしまった姫柊《ひめらぎ》は、モンスターにしか見えない。両足の次は両手が明後日の方向に折れ曲がり始める。獣のように吠え続ける彼を絞《し》める為に、首がぐりんと後ろに折れ曲がった。 元々宗教を広める為に昔作られた脳内チップを参考にしただけ。それが別の方向でも役に立つ事が分かった。それだけで彼女にとっては大きな収穫《しゅうかく》。 「あっ
last updateLast Updated : 2025-10-12
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5話 表面化されていく現実

過去の研究データーを参照していくと、変な動きを確認した。本来の内容を隠すためのダミーが崩《くず》されている事に気づいた。 姫柊《ひめらぎ》は内容を把握《はあく》している。だからこんなコソコソと調べたりしないはず。そうなると関係者ではないのが分かる。彼とは同じ研究室を分けて使用していた。 もしかしたら姫柊《ひめらぎ》に関係する人物の仕業《しわざ》かもしれないーー 「どうした?」 銘刀《めいとう》の様子に異変を感じた風間は何が起きているのかを理解出来ていない。どう説明すれば部外者の彼に分かりやすく伝える事が出来るだろう。 変に作った言葉は必要ない。ただ単純で明確《めいかく》に事実を伝えるのがベストだろう。 銘刀は真剣な表情を見せながら、振り向いた。 「どうやら俺達の邪魔をしようとしている人物がいるみたいだ」 「邪魔?」 「ああ……風間には詳しい内容は言っていなかったな。姫柊《ひめらぎ》から急に電話が掛かってきたんだ、どうやら何らかしらのトラブルに巻き込まれているようだ」 詳《くわ》しい内容までは把握《はあく》出来ていない。あの時の姫柊の様子は異常だ。話し方からして何かがあったのは明白《めいはく》だった。 銘刀は一呼吸置くと、続きの言葉を口にしていく。 「姫柊と俺は同じ研究室を使用している。何度か彼からの要望《ようぼう》で開示《かいじ》されている研究データーを共有《きょうゆう》した事があった。把握している内容を隠れて調べる必要はないだろう。研究者がデーターを閲覧《えつらん》すると、ログが残るようになっているんだ」 「聞き忘れていただけじゃないのか?」 「いや、それはない」 銘刀《めいとう》はそう言い切ると、それ以上
last updateLast Updated : 2025-10-13
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6話 ネズミと化け物

見たくないものを見なくてはいけない。逃れようとしても決して逃げる事のない現実は確実《かくじつ》に菜園《さいえん》の心にダメージを与《あた》えようとしている。警戒《けいかい》しながら進んでいくと、部屋を切り分けるように仕切りが現れた。銘刀《めいとう》が言っていたように、一つの研究室を分散《ぶんさん》して二人で使用していた余韻《よいん》が残っている。考えていた事、感じた事を口に出しやすい。そんな癖《くせ》を持っている菜園は、少しでも気を抜くと声を出してしまいそうになる。最初はそんな癖を持っていなかったのだが、銘刀《めいとう》と関わるようになってこうなってしまった。作業や研究に対しての思考《しこう》を、答えを追求《ついきゅう》する時に、考えを纏《まと》めながら理解する為に言葉に変換《へんかん》していくそんな彼の姿を思い出すと、苦笑《くしょう》してしまう彼女がいる。形上《かたちじょう》は支援者《しえんしゃ》と言う関係性を重視《じゅうし》しているが、元々二人は友人同士。学生時代からの付き合いになる。面倒事《めんどうごと》が起こるとこうやって定期的に菜園《さいえん》を動かすようになっていった。仕切りを超えるともう一つの机が見えてきた。物が殆《ほとん》ど置かれていない代わりに、一冊の大学ノートが顔を出す。引き出しが緩《ゆる》くなっているのか、その存在に気づくきっかけを手に入れる事に成功した菜園は、音を出さないように慎重《しんちょう》にノートを取り出していく。中身を確認するか迷ったが、念の為にパラパラと流し読みをしていく。本来の目的を忘れそうになる菜園《さいえん》。彼女にとっては銘刀《めいとう》からの依頼《いらい》だからしているだけで、個人的に姫柊《ひめらぎ》に興味が全く無い。何度か面識《めんしき》はあったが、正直どうでもよかった。立場上、本音を言う事はないが、彼女にとってはこちらの方が優先《ゆうせん》したい事柄だったのかもしれない。この状況を彼が見たら、言葉を無《な》くすだろう。何も書いていなければ、それはそれでいい。研究室がこんな状況《じょうきょ
last updateLast Updated : 2025-10-14
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7話 人の皮を被った悪魔

死んだはずの姫柊《ひめらぎ》は息を吹《ふ》き返したように動いている。全身折れ曲がったままの状態で、ゆらゆらと揺《ゆ》れていた。そんな彼が待っている事を知らずに菜園《さいえん》はゆっくりとドアを開いていく。異臭《いしゅう》が鼻につき、表情が歪《ゆが》んだ。獣の腐敗臭《ふはいしゅう》と血が入り混じった匂《にお》いで充満《じゅうまん》されている。ダイレクトに吸い込んでしまうと嗚咽《おえつ》を漏《も》らしそうになる。 自分が何故こんな目に合わないといけないのかと疑問《ぎもん》に思う程だ。幻狼《げんろう》と呼ばれる男はスッと姿を晦《くら》まし、菜園《さいえん》だけが残されていた。戦闘《せんとう》があったとは思えない。現実離《ばな》れしている空間《くうかん》を見て、はっきりそう感じていく。 「……姫柊《ひめらぎ》くん? いるの?」 後ろ姿でひっそりと座っている白衣《はくい》を着ている人物を見つけると、急いで確認作業に入った。後ろから見る姫柊《ひめらぎ》は何の異変《いへん》もないように思えた。白衣が彼の姿を隠していたから余計に。首はグリンと揺《ゆ》れている。 生きている人間とは違《ちが》う動きに、足を止めた。ドクンと嫌な可能性が広がると、現実から目を逸らさないように、彼の顔を覗《のぞ》き込《こ》んでいくーー 「……どうなってるの?」 見るからに死体になっている彼は自分の心臓目掛けてガラスを刺し続けていた。両手両足は折れ曲がっているのに、攻撃を続けている。奇妙《きみょう》な光景に言葉を失《な》くしながら、後退《あとずさ》りをし始める。この状態で動いていると言う事は、死んだ状態で動いていると言う事実が目の前で証明《しょうめい》されてしまった。 その姿は人間の姿を捨てたゾンビそのものだった。 菜園《さいえん》の動揺《どうよう》している姿を楽しそうに見ているミーシャはふふふと笑みを零《こぼ》していく。姫柊の固まりかけている血が垂れそうに
last updateLast Updated : 2025-10-15
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8話 禁忌の研究

菜園《さいえん》の連絡を待っている銘刀《めいとう》は中断された攻撃に不信感を抱いていた。自分の情報を守る為に対応に追われていたが、急に動きが止まった。それから過去の研究資料を探りながら定期的に様子を見ていたが、何のアクションもない。指を動かし続けていた銘刀《めいとう》は、考え込む時間を作る為に全ての作業を中断させていく。「終わったのか?」「まだだ……ちょっとな」誤魔化《ごまか》す言葉も思いつかない様子。そんな銘刀を不思議そうに見つめている風間《かざま》は自分用に買っていたブラックコーヒーを彼に差し出した。「少し休んだ方がいい。姫柊《ひめはぎ》の方は菜園《さいえん》が向かったんだろう? 彼女に任せとけば大丈夫」少しでも不安が残らないようにと配慮《はいりょ》を見せてくる風間《かざま》。そんな彼の言葉に反応を示すと、気に入らないよう。バッと缶コーヒーを掠《かす》め取ると、すぐさま飲み干していく。本来ならブラックは飲まない銘刀《めいとう》だが、こんな状況だからこそ贅沢《ぜいたく》は言ってられない。「おいおい。ゆっくり飲めよ。じゃないと休憩《きゅうけい》出来ないだろ、性格上」「俺に休憩を求める事が間違っている。作業している方がいい気分転換になる」何をムキになっているのだろうか。銘刀の機嫌《きげん》を損《そこ》なう言葉なんて言った覚えはない。振《ふ》り絞《しぼ》る記憶を辿《たど》りながら、一つの可能性に辿り着いた。銘刀はさっきの言葉が気に入らないのではないだろうか。菜園《さいえん》の能力を買って言った言葉が違う意味として捉《とら》えられているのではないか。そう考えると、無機質《むきしつ》な雰囲気を醸《かも》し出している銘刀《めいとう》でも改めて人間だと知る。菜園《さいえん》に対しての信頼が深いからこそ、触れられて欲しくなかったのだ。彼女はそれほど銘刀に認められている存在だった。いつもなら菜園《さいえん》から連絡が入ってくる時間だ。姫柊《ひめらぎ》を助け出す事がメインだが、それ以
last updateLast Updated : 2025-10-16
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9話 作られた物語と隠れた真実

銘刀《めいとう》は通話ボタンを押すと、ゆっくりと耳を当て確認する。菜園《さいえん》の名前が表示されているが嫌な予感が走って鼓動が落ち着かない。こんな事は今まで一度もなかった。彼女の元気そうな声を聞けばその考えも消えていくのかもしれない。そう思い込む事で自分の安定を保とうとしている様子だった。 「……もしもし」 「やっと出た、遅かったね」 「菜園か?」 「何よ、私の声も忘れちゃった訳?」 普段と変わらない菜園の声を聞いて胸を撫で下ろしている。くるくると変化する銘刀の表情を隣で見ていた風間は、珍しい事もあると想いながらその様子を観察していた。自分から指名しておいて、そこまで過保護になる必要があるのだろうか。銘刀が何を思い、何を考えているのか分からない。不透明な気配の裏側で銘刀達にとっての闇が襲いかかろうとしている事実に気づく事なく、対話を続けていく。 考える事に集中していた銘刀は、思った以上に疲れていたらしくボンヤリと視界が霞んでいる。彼の瞳と彼女の眼差しが重なりながら、スマホの音が襲い来る恐怖を奏でようとしていたーー 彼女の耳奥から入り込んでいったウィルスに感染している生物が菜園の脳みそを書き換えていく。彼女の基本の行動を一つのデーターに纏めると、意識と精神を肉体から分離させ乗っ取っていく。最初は菜園の意識が強く拒絶し、侵入を止めようとしていた。ウィスル生命体カムニバル。脳科学者ミーシャが銘刀の作り上げた研究を形にする為に生み出してしまった存在。 対象となる少人数の人物にチップとして埋め込む事により数分から数時間で感染してしまう驚異的な兵器だ。ミーシャは自分の身を守る為にシャットダウンと呼ばれるワクチンを装着済み。親には決して攻撃をする事はない。シャットダウンを埋め込んでいる人間の思考命令により、自由自在に扱う事が出来る。
last updateLast Updated : 2025-10-17
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10話 悪意から誕生したもう一人の彼女

銘刀《めいとう》は自分の知らない所で何があったのかを把握出来ない。当然だろう……目の前で起こっていない物事を手にする事など出来ない。操られている菜園に違和感を感じる事が出来ない。まるで彼女自身と話しているような演技を展開していた。ミーシャは彼女の名前を切り刻むと、新しい人生を与えるように名前を渡した。 「貴女の名前は今日からユメ……素敵な名前でしょう?」 どんな意味を取り付けて名前を考えているのだろうか。全くの別人としての人生を手に入れたユメは菜園として銘刀の前に出ていく事を決断していく。本来なら自我は発生しないはずなのに、子供のように笑い続けながら全ての景色を楽しんでいる彼女を見て、不思議な気持ちになっていくミーシャがいる。 「……貴女は特別な存在なのね、きっと。あの男を私へと導いてくれたらご褒美をあげましょう」 ご褒美の言葉が何を意味するのかを理解出来ないユメは無表情に切り替わると首をゆっくりと傾げていく。その様子は子供に返ったように見えた。知識も知恵も何もかもを失った彼女をまるで自分の娘のように抱きしめ、囁いた。ユメにとっては魔法の言葉でも、銘刀にとっては破壊を意味する内容だったのだ。 全てを景色は音のように崩れて地面の一部として吸収されていく。それはまるで夢幻楼《むげんろう》のように儚く美しい。投げられたボールは銘刀へと向けられ、叩きつけられていく。痛みがあるはずなのに、彼は全ての感覚を遮断すると、人としての心を捨てるしか方法を編み出せない。 あの通話がこの環境を作り出した要因でもある。どうして気づく事が、見抜く事が出来なかったのだろうと、過去の自分に言いつけない気持ちが膨れ上がっていく。あそこまで本人の話し方や癖、そして会った時の対応の仕方を完璧にコピーしていたユメだから彼を騙す事が可能だった。 ユメは菜園として彼の信用を安定的なものにすると、怪しい
last updateLast Updated : 2025-10-18
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