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3話 各々が背負う罪

last update 最終更新日: 2025-10-11 08:00:30

風間《かざま》の声が聞こえた気がした。銘刀《めいとう》は昔の事を思い出しながら、到着するのを待っている。一息つける時間を堪能《たんのう》し終わった。癒しの時間はあっと言う間に過ぎていく。

「銘《めい》ちゃん、ずっと一緒だよ」

ミナミの声が鮮明《せんめああ》に聞こえてくる。自分が研究者としての道を歩み始めた時に、彼女は彼を支えてくれた。

銘刀《めいとう》にとって彼女は誰よりも特別だ。ミナミの代わりは要らない、例え他の人物が名乗りを上げたとしても、彼の心には響かないだろう。

「ミナミ、俺は……」

言葉に出来ない気持ちを飲み込むと、グッと涙腺《るいせん》が緩《ゆる》んでいく。目の前に現れた最悪なシナリオが待ち受けているのに、今の銘刀《めいとう》には届かない。

分かっている。彼女はもういない。電脳を植え付ける為の機器《きき》テストを受けた彼女は、その重圧に耐えきれず、副作用を発症してしまった。一度現れた症状を改善出来る見込みはない。

それは今でも同じーー

彼女と共に永遠に生きれる命を作る事が出来る。そう信じていたのに、現実は彼の願いを打ち砕《くだ》いた。

「どうして俺が成功して、彼女が」

こんな銘刀《めいとう》の姿を見る人はいないだろう。なにもない日々の中で過去の鎖《くさり》に囚《とら》われている彼を救える存在などいない。

風間とはそれ以来会う事はなかった。あの事故が原因で妹を失ってしまった風間は銘刀を恨んでいる。

昔のように親友に戻る事はないだろう。ミナミの犠牲を経験し、彼は全ての電脳に携わる研究を破壊する為に刑事になった。

こうやって移動手段を与えてくれる。今はそれだけで充分だった。

ブロロロロとエンジンを吹かす音が聞こえてくる。銘刀は自分の存在を彼に見せる為に右手を上げた。

徐々に減速していくと、銘刀の前に止まる。

窓を開けると、無愛想な風間の瞳と彼の思いが重なっていく。複雑な関係性を受け止めるようにアイコンタクトをすると、避けるように目を逸《そ》らす。

「……久しぶりだな。銘刀《めいとう》」

「そうだな。来てくれて助かるよ」

何事もなかったかのように、すんなり助手席へ潜り込む。風間の無言の圧が彼の自由を縛っていった。

目的地へ向かう為に、カーナビを起動していく。菜園《さいえん》が研究所に向かわせた事を告げると、眉を顰《しか》める。

内心彼女の事を嫌っているのは知っている。しかし銘刀にとっては彼女なしで研究は出来ない。それをお互い理解しているからこそ、無言なのだ。

国道に入ると、これからを予知するかのように、人っ子一人存在を確認する事が出来ない。電脳化を終わらせている銘刀にはその理由を知る事は出来るが、人間の肉体のままで生きている風間には見えていない。

「角崎《つのざき》病院の裏手に名栗《なぐり》研究所がある。一般人には公開されていない施設の一つだ。そこに向かってくれ」

「……ああ」

二人を遮《さえぎ》るものは何もない。人も車も。二人は同じ未来を見つめながら、互いの罪を背負って生きている。

この苦しみは、悲しみは、残酷さは彼らにしか理解出来ないだろう。

□□

ゆっくりと浸透《しんとう》させながら、全ての世界を終わらす土台が作られようとしている。引き金を引いたのは姫柊《ひめらぎ》だ。ミーシャはそんな彼を利用したに過ぎない。その事実に彼はまだ気づいていなかった。

メアリーは姫柊《ひめらぎ》の知らない所である爆薬《ばくやく》を仕込んでいる。それはあっと言う間に対象者の命を脅《おびや》かすもの。

「あああああ」

人とは思えない叫び声をあげるメアリーを見ていると吐きそうになる。うっと喉を抑えた。

メアリーの脳に仕込んでいる二つのチップ。一つは電脳化する為に必要なものだ。姫柊《ひめらぎ》も把握《はあく》している代物《しろもの》。しかしもう一つのデーターが詰まっているチップの存在は認識《にんしき》していない。

「どうしてだ……彼女と連動《れんどう》しているはずなのに、何故承認《しょうにん》されない」

カチカチとパソコンを荒々《あらあら》しく叩きながら呻く。チップを起動出来るのは責任者の姫柊だけなはず。それなのに、アクセス権が出て来ない。

メアリーが近づけば近づく程、機械は狂っていく。人の手から離れたシステムは自我《じか》を持ち、姫柊を追い詰めていった。

「何故だ、何故、何故、何故!」

銘刀《めいとう》の研究を自分の成果《せいか》にする為に改竄《かいざん》しようとしていた事の天罰が下っている。彼には気づかれないように上手く隠してきた。しかし、姫柊の力では、頭脳では、制御《せいぎょ》する事も動かす事も出来ない。

この件に銘刀《めいとう》を引きずり込み、自分の関与《かんよ》していた物事を全て彼のせいにしようと企《たくら》んでいる。目の前に恐怖の対象が存在しているとしても、そこは変わらない。

「上手く行くはずだった」

研究所を包み込んでいる炎から逃れる事は出来ない。最後に銘刀に連絡を最後に、外界《がいかい》から切り離されていく。

苦しみながら崩壊していく姫柊の映像を笑いながら鑑賞しているミーシャは、両手を叩いた。

「メアリーに仕込んだもう一つの闇はね……人間を洗脳《せんのう》させる為のシステムの一つなのよ。一人が取り込めば、超音波《ちょうおんぱ》と同じ周波数《しゅうはすう》で周囲にも影響を与える事が出来るの。こうやって……貴方を廃人《はいじん》にする事も、簡単なのよ」

人間の脳に魅了《みりょう》されたミーシャは新しいシステムとウィルスを融合《ゆうごう》させ、人間に癒着《ゆちゃく》出来るように試作品を繰り返し、実験を成功へと導かせる。

その技は悪魔でもあり、神なのかもしれない。

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