あなたの「愛してる」なんてもういらない のすべてのチャプター: チャプター 41 - チャプター 50

94 チャプター

41話

「それだけ……ですか?」 「ええ。それ以上にありますか?」 私の返答に、小鳥遊さんはため息を零し、テーブルに頬杖をついた。 そしてこちらを探るように口を開く。 「あんなに熱い夜を共にしたのに……?」 「──〜っ」 小鳥遊さんの言葉に、私の顔がカッと熱を持つ。 その事は敢えて話題にしていなかったのに……! 「こんな、所で…その話はやめて下さい…」 それに、と私は言葉を続ける。 「あの夜の事は無かった事に。忘れて下さい。私はお酒に酔っていたし…あなたもお酒を飲んでいたでしょう?」 「俺はそこまで酒に酔ってませんよ。魅力的な藤堂さんを前に我慢できなかったのは確かですが…、俺は、俺の意思であなたを抱きました」 「──っ」 直接的な彼の物言いに、益々私は顔に熱が集まる。 こんな所で。 しかも、まだ日が出ている明るい時間に。 彼から醸し出される淫猥な雰囲気に、私は瞬きも忘れ、彼に一瞬見惚れた。 けど、すぐに私ははっとして頭を横に振って気持ちを切り替える。 「小鳥遊さんの気持ちがどうであろうが…、私は小鳥遊さんに特別な気持ちは抱いていません」 私の言葉に、小鳥遊さんは一瞬目を伏せ、悲しそうに笑う。 けど、その表情はすぐに消え去り、見慣れた笑みを浮かべ、私に向き直る。 「そうですか。…今は、それでいいです」 そう言うと、小鳥遊さんは椅子から立ち上がった。 小鳥遊さんもやっと自分の仕事に戻るのだろう。 彼が立ち去る雰囲気に、私はほっと安堵した。 「けど、俺は藤堂さんが好きです、ずっと前から。……俺はあの夜の出来事は忘れられないですし、忘れたくないです」 「……っ」 「今度は仕事で顔を合わせる事になると思います。その時に、また」 「──あっ、小鳥遊さ……」 彼の口から出た、私を「好き」だと言う言葉。 それに、ずっと前から私を知っていたって何で……。 異性にここまで好意を寄せられた事は初めてだ。 いつも、私が御影さんを追いかけていたから。 小鳥遊さんの気持ちは嬉しいけど、私は小鳥遊さんの気持ちに応えられない。 だからそれを言葉にしようとしたけど、小鳥遊さんは私の返事を聞く前にその場から立ち去ってしまった。 立ち去る前に見えた彼の横顔が、悲しそうに
last update最終更新日 : 2025-10-30
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42話

その後。 私はカフェを出て、虎おじさまのお屋敷に向かって車を走らせた。 頭の中には、さっきの小鳥遊さんの言葉と、彼の悲しそうな顔がずっと残っていて、そわそわと気持ちが落ち着かない。 小鳥遊さんから「好き」と言われた──。 けど、私は御影さんとの婚約を解消した直後だ。 もう、男性なんて懲り懲りだと言う気持ちが強くて、小鳥遊さんの気持ちは有難いし、嬉しいけど気持ちには応えられそうにない。 そんな私の心情を悟ったのだろう。 小鳥遊さんは、私の返事を聞く事なく、素早くその場から立ち去ってしまった。 「次に小鳥遊さんと会ったら……気持ちには応えられないってハッキリと伝えなくちゃ」 頷けないのに、小鳥遊さんの好意を独占していてはいけない。 彼は、小鳥遊家の人。 今は私を好きだと言ってくれているけど、彼の周りには沢山の人が集まる。 その中にはきっと彼を好きな女性だって沢山いるだろう。 彼は、虎おじさま主催のパーティーで私を助けてくれた優しい人だ。 優しくて、温かくて、人を愛する事ができる人。 きっと、これから沢山の素晴らしい縁が彼に集まるだろう。 その時には彼も、私への気持ちはなくなっているだろう。 昔から私の事を知っている、と言っていたけど、それも定かじゃない。 あれほど整った容姿をしているのだから、女性を口説く文句かもしれない。 きっとそうだ。 本気にしては、いけない。 私は1度頭を振って前を見据える。 今は虎おじさまとのお話の事だけを考える。 虎おじさまのお屋敷まで、あと少しだ──。 お屋敷に到着した私は、早速
last update最終更新日 : 2025-10-31
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43話

虎おじさまのお話は、数時間に及んだ。 空が暗くなり始めた頃、虎おじさまははっとして時間の確認をし、私に慌てて頭を下げる。 「すまない、茉莉花ちゃん。こんな時間になってしまった…!」 「あら、本当ですね。お話に夢中で、時間があっという間に過ぎてしまいました」 「こんな時間まですまなかった。この話の続きは、日を改めてにしよう。今日はもう帰りなさい」 虎おじさまが心配してくださっている。 私は素直に頷き、今日の話はここまでだとソファから立ち上がった。 「わかりました、虎おじさま。またお話いたしましょう」 「ああ、見送るよ」 「ありがとうございます」 私は虎おじさまと一緒に玄関まで向かい、そこで数分、話をしてからそこで別れた。 私は虎おじさまの家を出て、真っ直ぐ東堂の家に戻る。 大通りを走っている私の車を、まさか御影さんが見ていたなんて、そして、私の車だと御影さんが気づいていたなんて、ちっとも知らなかった。 ◇ 「──あれは」 御影直寛は、走り去って行く車を見て僅かに目を見開いた。 あの車が走り去る方向は、あの車の持ち主のマンションではない。 「専務?どうなさいました?」 「行き先を変更してくれ」 「…?速水様のご自宅ではなくていいのですか?」 「ああ。自宅に、マンションに戻ってくれ」 「かしこまりました」 運転手の言葉に、御影は軽く頷く。 そして、目を通していた書類を鞄にしまい、窓の外に視線を向ける。 見慣れた通り。 この車が向かう先は、自分のマンション──。 そして、婚約を破棄した相手の住むマンションでもある。 御影は、未だに信じられなかった。 東堂の本家で婚約破棄の書類に署名したはいいものの、まだ茉莉花が自分に縋ってくるのでは。 あの本家でのやり取りも、茉莉花が父親や祖父に一芝居打ってもらっただけなのではないか、と疑っていた。 あれだけ、自分に執着していた茉莉花だ。 茉莉花に愛されていた自覚はある。 何度も好きだ、と言われた事もある。 愛を伝えるあの目は、本当だった。 「……本当に諦めたのか、疑問だな」 「専務、何かおっしゃいましたか?」 「何でもない」 御影は、運転手の言葉に鼻を鳴らし、口元に薄っすらと笑みすら浮かべ
last update最終更新日 : 2025-10-31
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44話

茉莉花の部屋の前に着いた御影は、そっとドアノブに手を伸ばす。 ガチャン、と音が鳴るだけで、ドアが開く事はない。 「何をやっているんだ、俺は……」 さっき、茉莉花は車でこのマンションとは逆方向へ走り去った。 このマンションに先に戻ってきているはずがないし、御影がインターホンを押しても茉莉花が出てくるはずもない。 「……俺は、あれが見間違いだったと確認したかったのか?──はっ、そんな馬鹿な」 茉莉花は、普段家で過ごす事が多い。 御影に関わる事以外では滅多に外出しなかった。 御影は食べもしないのに、茉莉花は毎日御影のために弁当を用意し、会社に持って来ていた。 御影は、茉莉花が作った弁当を一度も食べた事はない。 そもそも御影の会社には社食があるし、社食に行かない時は外で食べる。 時折涼子が会社に来た時は、涼子を伴い昼食に行く。 だから茉莉花が作った手作り弁当など、御影は一度も食べた事がないし、食べたいとも思った事はない。 だが、と御影はふと思い出す。 「田村さんのパーティー以来、茉莉花お嬢さんは俺に弁当を届けに来ていない、か……」 あの日。 涼子が見合いをしてしまうと聞き、パーティー会場から駆け出し、涼子のもとに駆け付けた。 茉莉花を会場に置き去りにした日から、そう言えば茉莉花は会社にも来なくなった。 むしろ、御影自身があの日を境に茉莉花の部屋に行く事が増えたのだ。 「何だ……やっぱり茉莉花お嬢さんの計画か……?」 はっ、と鼻で笑う。 昔から「押してだめなら」と言う言葉がある。 茉莉花の計略にハマってしまった、と御影が考え、部屋前から去ろうとした時。
last update最終更新日 : 2025-11-01
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45話

「な、何だこれ……」 「み、御影様困ります……!」 御影の後ろから、慌てたようにコンシェルジュがやって来て、御影を部屋から退出するように促す。 御影は、後ろ髪を引かれるような気持ちで何度も茉莉花の部屋を振り返りながら外に出た。 廊下に戻った御影は、コンシェルジュに問いただす事にした。 「茉莉花お嬢さん──、藤堂茉莉花さんは、引っ越したのか?」 「それ、は……個人情報ですので」 「俺は、彼女の婚約者だ。……知る権利くらいあるだろう」 婚約など、とうに破棄したと言うのに御影は「婚約者」と言う肩書きを盾に、コンシェルジュに詰め寄る。 そもそも、本当に婚約者なのであれば、茉莉花が引っ越した事など当然知っているはず。 コンシェルジュはそう跳ね除けてしまいたいが、御影はあの御影ホールディングスの御曹司だと言う。 しかも、あの企業の専務取締役だ。 個人情報だから、と頑なに教えずにいて、本当に御影が藤堂の婚約者で、あとで何か言われたら。 と、コンシェルジュは考える。 面倒な事になる事だけは避けておきたい。 引っ越し先などを聞かれている訳ではない。 そもそも、コンシェルジュ自身も引っ越し先などは知らないのだから、答えようもない。 それに、清掃業者が入っているのを見られているのだから引っ越した程度は答えても大丈夫だろう。 コンシェルジュはそう判断し、御影に向き直った。 「藤堂さんは、引っ越されました」 「それは、いつ……?」 「本日です。お部屋の退去連絡を頂きましたので、こうして清掃業者を手配した次第でございます」 「そう、か……」 コンシェルジュの返答に、御影はそれだけを告げると、廊下を戻っていく。 自分の部屋へ歩いて行き、些か呆然としながら部屋に入った。 「本当に、引っ越したのか……」 あれ程、自分に執着していたくせに、と御影は心の中で呟く。 「婚約を破棄したら、俺に挨拶もせずに引っ越しだと……?」 はっと笑い声が漏れる。 御影は何故自分がこんなに苛立っているのか。 どうして茉莉花がいなくなっただけで苛立ちが募るのか分からないまま、リビングのソファにどさりと座った。 本当は涼子の部屋に行く予定だ
last update最終更新日 : 2025-11-01
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46話

◇翌朝。私は戻ってきた実家で、朝を迎えた。小さくのびをして、起き上がり着替えを済まして下に向かう。食堂では、お祖父様とお父様が既に席に座って私を待っていて下さった。「おはよう、茉莉花」「おはようございます、お祖父様、お父様」私が挨拶を返し、席に着くと朝食が運ばれてくる。食事を進めながら、不意にお父様から今日の予定を尋ねられた。「茉莉花は、今日はどんな予定が?」「午前中は会社に向かい、少し部署を見て回りたいと思っています。午後は、お母様の病院にお見舞いに行こうかと……」「そうか、分かった。午前中は会議もないから、私が一緒に回ろう」「ありがとうございます、お父様」社長のお父様自ら会社内を案内してくださる事になり、私は嬉しさに顔を綻ばせる。「朝食を食べて、支度をしたら玄関前のホールで待ち合わせにしよう」「分かりました、お父様」それから、食事を終えた私は会社に向かう準備をするために一旦部屋に戻り、仕事用のスーツに着替える。本部長の肩書きに戻るのだ。急ぎ、仕事内容の把握と社員の名前や所属を覚えないといけない。私は必要な物を鞄に詰め、玄関ホールに向かった。お父様と一緒に会社に向かうと、数年ぶりに私が姿を現した事に顔見知りの社員が挨拶にやってきてくれた。新しい人も随分入っているようだ。「藤堂本部長!」「茉莉花さん!」「皆さん、お久しぶりです」「茉莉花さん、復職なさるんですか!?」「ええ。近々また一緒に働く事になるかと思います。またよろしくお願いしますね」挨拶に来てくれた人達に、私が言葉を返していると、先にエレベーターに向かっていたお父様に呼ばれる。「それでは、皆さんまた」頭を下げ、急いでお父様のもとに向かう。
last update最終更新日 : 2025-11-02
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47話

何で、小鳥遊さんがここにいるのか。 彼はこの会社の社員ではないはずなのに──。 私の疑問が顔に出ていたのだろう。 小鳥遊さんはにこやかな笑みを浮かべたまま、楽しげに教えてくれた。 「先日、お会いした際に事業提携のお話をしたでしょう?今日は、御社と打ち合わせに」 「そう、だったんですね…。まさか、お会いするとは思わずびっくりしてしまいました…。失礼しました」 「これから、頻繁に御社にお邪魔するかと思います。お会いする機会も多いと思うので、よろしくお願いしますね」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 小鳥遊さんの人懐っこい笑みに引っ張られ、私も笑顔で挨拶を返す。 そんな私たちの様子を、お父様は物珍しそうに見ていた。 エレベーターが目的の階に到着し、お父様が先にエレベーターから降りる。 私もそれに倣い、エレベーターから降りようと小鳥遊さんの横を通り過ぎる際、小鳥遊さんが私の指にそっと触れてきた。 「──っ!?」 「では、また」 私が驚いて振り向くと、小鳥遊さんはお父様に顔を向けたあとそう言い、頭を軽く下げた。 お父様は小鳥遊さんの言葉に「ああ、また」と言葉を返してそのまま廊下を歩いて行く。 こんな事をして、お父様に見られていたら。 そう思って私は小鳥遊さんを睨むけど、小鳥遊さんはひょいと肩を竦めただけで、私に笑みを返す。 「藤堂さん、社長が行かれてしまいましたよ。大丈夫ですか?」 「……こんな事、もうやめてください」 「私は藤堂さんの事が好きですから、少しでも触れたくて。不快でしたらすみません、もう二度と触れないようにします」 「不快とかじゃなくて……」 「ああ、ほら藤堂さん。社長が待っておられますよ?」 「──〜っああ、もうっ」 私は、ひらりと手を振る小鳥遊さんにくるりと背を向けてお父様の後を追う。 廊下の少し先で私を待っていてくれていたお父様は、私と小鳥遊さんのやりとりを興味深そうに見ていた。 「茉莉花は、小鳥遊家の三男といつの間にあれ程砕けて話すように?」 「は、話が聞こえてましたか?」 「いや、内容までは聞こえないが、茉莉花の顔を見ていれば分かる」 「……先日、カフェで偶然お会いして、少しお話する機会があったので」 「そうか。今後、彼とは仕
last update最終更新日 : 2025-11-02
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48話

会社内を一通りお父様に案内していただき、各部署の社員への挨拶も終えた私たちは、一旦会長室にやって来た。 会長室は元々お祖父様が仕事で使っていた部屋。 けど、現会長のお祖父様はお年のせいもあり、体調を崩す事が多くなったから殆ど引退している。 だから、今は会長室と会長が行っていた仕事を社長であるお父様が引き継いでいる。 お父様は秘書にお茶を用意してもらうと、ソファに座り今後の仕事内容を説明してくれた。 「茉莉花は、先日田村のところで聞いてはいると思うが、田村家と小鳥遊家、そして藤堂家。3つの企業が協力し、新規事業を興す事になった」 「はい。虎おじさまにお聞きしております。それに、カフェで小鳥遊さんが仕事の打ち合わせをしに来た、と言っていたので…飲食店を新たに?」 「そうだ。国内の既存のカフェと提携し、新しいコンセプトのカフェを全国展開する」 「チェーン展開、するのですか?」 私の質問に、お父様はこくりと頷いた。 「……私たちの国は、日本庭園がある。そして、日本庭園はとても美しいだろう」 「……お母様が、とてもお好きでしたね」 「ああ」 日本庭園。 お母様は、藤堂家に嫁いでくる前、実家の縁側で日本庭園を眺めるのが好きだった。 藤堂に嫁いで、洋風な家に日本庭園はなく、お父様はお母様のためだけに本家の敷地内に別邸の日本家屋を作り、日本庭園を造った。 お母様は、事故に遭ってしまうまで毎日別邸の日本庭園を眺める事が日課になっていた。 今は、お母様は病院に入院している。 そのため、あの別邸は綺麗に保たれてはいるものの、日本庭園を眺めるお母様の姿はここ数年間見ていない。 お父様は、お母様と一緒に日本庭園を眺める事が好きだった。 お母様が
last update最終更新日 : 2025-11-03
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49話

その後も、私とお父様は今後の展開について時間が許す限り会長室で話し、気づけばもう午後になっていた。 昼休憩の音楽が流れ、私とお父様ははっと顔を上げる。 「しまった。熱中し過ぎたな。茉莉花は羽累(はる)の見舞いに行くんだったな」 「はい。これからお母様の病院へ行きます」 「私の分もしっかり見舞ってきてくれ」 「ふふ、もちろん。お父様は昼食へ行かれますか?」 「ああ。──そうだ、ちょっと待ってくれ」 お父様はふと思い出したように私にそう告げ、デスクに歩いて行く。 何か、部下に伝える事でもあるのだろうか、と思いつつお父様の姿を追っていると、お父様は内線に手を伸ばして話し始める。 「小鳥遊くんを会長室に呼んでくれ」 「──っ!?」 お茶を一口飲もうと、コップに口をつけていた私に、お茶が変なところに入りそうになってしまう。 なんとか噎せるのは防いだが、私は驚きを隠せずお父様を凝視した。 「小鳥遊くんとは既に挨拶をしているんだろう?今日は私の車で会社に来たから茉莉花の車が無い。病院まで小鳥遊くんに送ってもらってくれ」 「そ、そんな事……!小鳥遊さんに悪いですから……!大丈夫です、タクシーで向かいます!」 お父様の提案に、慌てて私は断ろうとしたけれど、話途中で会長室の扉がノックされた。 「小鳥遊です。お呼びですか」 「ああ、入ってくれ」 お父様の声が返り、すぐに扉が開かれた。 小鳥遊さんは不思議そうな顔をしていたけど、会長室にいる私を見て、ぱあっと嬉しそうに表情が輝いた。 「小鳥遊くん。もし仕事が終わっていたら、良ければ茉莉花を中央病院まで送って行ってもらえないか?」 「中央病院、ですか?」 「ああ。会社に戻る途中に寄ってくれれば有難いんだが」 「もちろん、大丈夫です。藤堂さ──茉莉花さんを病院までお送りしますね」 「ああ、ありがとう。今度家で食事でもどうだろうか?お礼をしたい」 「ぜひ。よろしくお願いします」 小鳥遊さんの仕事がどうか残っていますように、と考えていた私の願いも虚しく、小鳥遊さんは快諾してしまう。 私を他所に、お父様は小鳥遊さんを食事に誘い、上機嫌で「では、頼むよ」と告げて私に「また」と声をかけてから部屋を出て行ってしまった。 私と小鳥遊さんだけが会
last update最終更新日 : 2025-11-03
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50話

会長室を出て、廊下を進み駐車場に向かう。 その道すがら、小鳥遊さんはなんて事ない世間話を振ってくれて、私は幾分か構えていたのだけどすんなりと、意外に彼との会話を楽しんでしまっていた。 話術が巧みで、知識も豊富で引き出しが多い。 専門分野以外の話でも、彼は容易に話を膨らませてくれて、正直話しているのが楽しい。 そうしているうちに、駐車場に到着した。 小鳥遊さんに案内され、車に歩いて行く。 ここで、後部座席に座るのは流石に失礼だろう、と考えていると、小鳥遊さんが助手席のドアを開けてくれた。 「どうぞ、藤堂さん」 「ありがとうございます」 エスコートもスムーズで、そつがない。 私が自然と笑みを浮かべ、彼にお礼を伝えると小鳥遊さんは嬉しそうに笑う。 黙っていると、冷たい印象を抱くけど、こうして笑うと年相応の青年に見える。 小鳥遊さんは、私の1つ年下で、同年代だ。 同年代だからこそ、こうして気軽に会話が続くのだろう。 私が車に乗り込み、シートベルトを締めているとふと小鳥遊さんが緊張した面持ちで口にした。 「……中央病院、ですよね」 「はい。ご迷惑をおかけしてすみません、よろしくお願いします」
last update最終更新日 : 2025-11-04
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