All Chapters of あなたの「愛してる」なんてもういらない: Chapter 181 - Chapter 190

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181話

御影さんと話を終えた私と苓さんは、一旦会場を出る。 出る前にちら、と御影さんと涼子の方へ視線を向けると、涼子はちゃんと御影さんの助けを得たのだろう。 御影さんの隣で、彼の腕に縋り付き震えていたのが見えた。 「──速水さんも、いつまであれを続けるのか……。もう、御影専務には通用しなくなっているんじゃあ……」 「えっ。そうなんですか、苓さん?」 苓さんもちょうど、私と同じ方向を見ていたのだろう。 でも──。 御影さんに通用しなくなっているって……。 苓さんが前に話していた「演技」の事? でも、その事くらいしかなくて。 私がそう思いつつ苓さんを見上げると。 私の視線を受けた苓さんが、肯定するように頷いた。 「少し前から御影専務の彼女に対する態度が……その、盲目的じゃなくなった、と言うか……。正しいものを判断するようになった、と言うか」 「そうなんですか?苓さんは良くしっかりと人を見ていますね」 私は、苓さんに言われないと涼子の演技にも気が付かなかったし、御影さんが涼子の演技に惑わされ?なく?なった事にも気づかなかった。 「駄目ですね、私。役職に就かせてもらっているんだから、ちゃんと色々と周りを見ないと……」 「いえっ!その、彼女の場合は特殊ですから。……長年、時間をかけて信じ込まされていたようなものです。何か、きっかけが無いと自分では中々気づけないですよ」 「ふふ、ありがとうございます苓さん。私ももっと周囲に気を配るようにしますね」 気合いを入れるように私が拳を握って見せると、苓さんが笑みを返してくれる。 「あの手の女性は任せてください。違和感があるので、すぐに気がつけますから」 「頼もしいですね、じゃあこれからも苓さんを頼りにしていますね」 「ええ、任せてください」 そんな事を話しながら歩いていた私たちは、目的のフロア周辺にようやく辿り着いた。 私たちがやってきた事にすぐに気が付いてくれた海堂社長が駆け寄って来てくれた。 「藤堂さん!」 「海堂社長、先程は失礼いたしました」 私は、差し出された海堂社長の手を握る。 そして、海堂社長は私の隣に居る苓さんにも手を差し出してくれて、苓さんも握り返した。 気づけば、私たちの周りには、輪を作るようにパーティーに参加している人たちが集まっていた。
last updateLast Updated : 2026-01-11
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182話

「藤堂さん……?藤堂社長の娘さんか!」 「こう言った場所には数年姿を見せていなかったが──」 「いやはや。こんなに美しくご成長されているとは……」 私たちの周囲に集まった人達が噂話をしているのが聞こえてくる。 私に声をかけた海堂社長は、改めて私に手を差し出す。 それを受けて私も手を握り返した。 「今日はお招きいただきありがとうございます。父からも、贈り物と言葉を預かっております。今後もお互い健康には気をつけ、またゴルフに行こう、と」 「何と……!ありがとうございます、藤堂さん。お父上にもよろしくお伝えください。贈り物もありがとうございます」 「いいえ、とんでもない。直接渡したがっておりました……父を今後ともよろしくお願いいたします」 私たちが和やかに話をしていると、周囲の輪からすすす、と進み出た女性が苓さんに近付くのが視界の端に入る。 周囲にいる人達は、「あっ」という顔をして、あからさまに顔色を悪くしている。 苓さんが私の斜め後ろに立っているから、普通は分かるはず。 彼は、私のパートナーで。 そして、こう言った場所に一緒に参加している以上、私にとって苓さんがどんな存在なのか。 その証拠に、苓さんに歩み寄っている女性のご両親、だろうか──。 ご両親方は真っ青な顔で必死に女性に戻りなさい、とジェスチャーをしているのが見えるけど、女性の目には苓さんしか映っていない。 私も、海堂社長との会話を途中でやめ、苓さんに話しかけるなんて失礼な行動は取れない。 苓さんなら、上手く女性と会話をしてそれとなく戻ってもらうよう対応してくれるだろう。 私はそう判断し、海堂社長との会話に集中した。 ◇ ああ、来るな、と思った。 俺が茉莉花さんの半歩後ろで控えているからだろうか。 話しかけに行く隙は、茉莉花さんと海堂社長が話している今しかない、と判断したのだろう。 俺はちらり、と近付いてくる女性の姿を確認する。 まだ、20そこそこの若い女性。 可哀想に、彼女の両親は真っ青になって必死に女性に戻れ、とジェスチャーを送っているけど、女性はそれに全く気づいていない。 「あ、あの……こんばんは」 か細い声で、女性に話しかけられる。 20そこそこで、若いから、と無礼が許される場では無い。 この場に集まる人達は、皆大企業の経営者や役員、旧華族の家
last updateLast Updated : 2026-01-12
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183話

◇ 「それにしても、小鳥遊部長、聞いておりますよ。あの契約が難しいと言われていた四国の会社と、小鳥遊部長が契約を結んだと!」 「ええ、運良く契約いただきました」 「運が良いなんて!これも小鳥遊社長が四国まで出向き、真摯に対応されたからでしょう。いやあ、あの頑固な社長と契約を結べるのは、あなたくらいでしょうなあ!」 はははっ!と笑う海堂社長。 海堂社長の言葉を聞いた先程の女性はえっと声を漏らした。 「えっ、え……小鳥遊部長……?小鳥遊って、あの大企業の……」 女性は、苓さんが小鳥遊グループの御曹司だと分かったのだろう。 そして、部長と言う事から小鳥遊建設の三男だと言う事も。 その証拠に、女性は顔を真っ青にしてふらふらと後退して行く。 そして、その彼女をご両親が慌てて自分達に引き寄せた。 「藤堂社長も将来娘さんのお相手がこのような素晴らしい男性だと言うのは鼻が高いですな!やはり素敵な女性には素敵な男性がパートナーとなるようだ!」 「ふふふ、ありがとうございます」 「茉莉花さんのような素敵な女性と出会えて、この先の運は全部使い果たしたような気分ですよ」 「ははは!仲の良さに焼かれてしまいそうだ。お二人を独占していると他の方々に睨まれてしまいそうだ。……私は、この辺で失礼しますよ藤堂さん。お父様にぜひよろしくお伝えください」 「ええ、父に伝えておきます」 海堂社長は私たちに軽く頭を下げると、ゆっくりとその場を後にした。 その瞬間、私たちの周りにいた方たちが一斉にわっと近付いてきた。 「藤堂さん!小鳥遊さん!ぜひお話を──」 「いやいや、私と話を──」 沢山の方達に囲まれて、私と苓さんは顔を見合せて苦笑いを浮かべた。 まだまだ、このパーティーからは帰れそうにも無い。 ◇◆◇ パーティー会場の片隅で。 多くの人々に囲まれ、笑っている茉莉花をじっとりとした目で見つめる女がいた。 その女に、へらへらとした男が近付く。 「君、さっき御影専務と一緒にいた子だろ?御影専務はどこに行っちゃったの?俺が一緒に居てあげようか?」 話しかけられたのは、涼子だ。 御影は、今は席を外している。 その隙を狙って男は涼子に接触したのだが、涼子は先程まで御影の前で見せていたか弱い雰囲気など微塵も出していない。 持っていたグラスをぐいーっと煽る
last updateLast Updated : 2026-01-12
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184話

手洗いで、涼子の傍を離れていた御影。 彼は廊下からフロアをちらりと見た。 すると、涼子に近づく男に気づく。 「あの男は……さっきの──」 ふと、好奇心が芽生える。 「茉莉花は、難無く対処していたな……涼子はどうやっていなすんだ?」 御影は、見てみたくなった。 子供の頃から、涼子が泣けば御影は守ってきた。 涼子が茉莉花に嫌がらせをされた、と言われれば慰め、茉莉花に冷たい態度を取った。 涼子が茉莉花に怪我をさせられた、と言われれば同じ事を茉莉花にやり返してやろうと思った。 だが、例えやり返したとしても。 茉莉花は藤堂家の一人娘だ。 御影家の力も大きいが、やはり藤堂に比べれば劣るし、茉莉花が涼子を消せ、と言ったら。 それは本当に実行されてしまう。 だからこそ、御影はじっと耐えた。 茉莉花が涼子に酷い事をしても。涼子を泣かせても。怪我を負わせても。 冷たい態度で茉莉花を遠ざけるだけにしていた。 「──だが、あの記者も、写真も結局は涼子が手配していたと分かった。それに、茉莉花は家柄など関係ない、とはっきりと言い切った」 あの目に、嘘は無い──。 様々な人と関わり、沢山の人と出会い、色々な人を見てきた。 「それなのに、俺はいつも涼子の言う言葉を鵜呑みにして……茉莉花自身を見ていなかった……」 あんなにも気高く、美しく、純粋な心を持っているとは思わなかった。 「そんな女が、姑息な手を使うはずが無い……」 茉莉花を思い出し、うっとりとしていた御影は、そこで先程の茉莉花の姿を思い出す。 茉莉花のドレスに隠れるか、隠れないかの際どい肌の部分。 そこに、くっきりと刻まれた、鬱血痕──。 しかも、いくつもそれは茉莉花の真っ白できめ細やかな肌にまるで花のように散らばっていた。 「小鳥遊、苓──」 茉莉花にあの痕を付けた男は、1人しかいない。 茉莉花の隣に当然のように立ち、柔らかそうな腰に我が物顔で腕を回していた。 「本来であれば、茉莉花の体も、心も、俺の物だったのに……」 柔らかな肌に手を這わすのも。 あのきめ細やかで、真っ白な肌に唇を寄せられるのも。 御影だけのはずだった。 それなのに。 「あの男……本当に邪魔だな」 小鳥遊苓をどうしてくれようか、と御影が悩んでいると、そんな事を考えている間に涼子とあの男がいつの間
last updateLast Updated : 2026-01-13
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185話

「──はっ」 御影は、自分の耳を疑った。 今のは、本当に涼子が口にした言葉なのか。 いつも可憐で、気弱そうな涼子の口から「雑魚」と言う言葉が聞こえた。 「ははっ」 まんまと騙されていたのだ。 御影は、ようやくそれに気づく。 今まで、長年涼子に騙され、茉莉花を憎み、あの極上の女を遠ざけてしまった。 「俺が、あんな女狐に……っ」 なんと愚かで、滑稽なのだろう。 だが──。 「使い道は、まだある。……暫くお前に騙されてやろうじゃないか」 御影は邪悪な笑みを浮かべ、冷徹な光を瞳に宿したまま、涼子に向かって歩き出した。 ◇◆◇ 「茉莉花さん、ある程度挨拶は終わりましたね」 周囲にいた人達の数も少なくなってきた頃。 苓さんが少し疲れた様子を見せつつ、私にそう話しかける。 「ええ、そうですね。……そろそろお暇しても、いい頃かもしれません」 「今日は茉莉花さんも疲れたでしょう?送りますよ」 「ふふ。苓さんはそう言ってくれると思ってました。お言葉に甘えても?」 「ええ、勿論」 にこり、と笑みを浮かべる苓さんに、私はそっと彼の腕に自分の腕を絡め、体を寄せる。 こうして、私たちの仲がいい所を周囲に目撃されれば。 私たちの婚約は、確固たるものになる。 お祖父様を騙し討ちするみたいで、少し心は痛むけれど──。 だけど、私は苓さん以外考えられない。 この人以上に、好きになれる人は、絶対に現れないかは。 私は、そっと苓さんの顔を見上げて話しかける。 「苓さん……」 「ん?どうしました、茉莉花さん」 「今日、苓さんが送ってくれた時。少し、家に寄ってくれませんか……?」 「茉莉花さんの家に?俺は、構いませんが……」 不思議そうにきょとりと目を瞬かせる苓さんに、私はずっと考えていた事を伝える。 「お父様は、まだ戻られていないけど……お祖父様は家に居ます……」 「──まさか」 ごくり、と苓さんの喉が動く。 私はこくり、と頷いて答えた。 「ええ、お祖父様に私たちの事を報告しましょう。……こうして、パーティーでも苓さんをパートナーとして紹介出来ましたし、もう隠したくないです」 堂々と、苓さんとお付き合いをしているって。 将来、彼と結婚したいんだって、お祖父様にお伝えしたい──。 私の気持ちが伝わったのだろう。 苓さんは僅か
last updateLast Updated : 2026-01-13
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186話

パーティー会場を後にした私と苓さん。 私たちは車に乗り込み、私の家に向かった。 苓さんが運転する姿を、横顔をじっと見つめていると、微かに頬を赤くした苓さんが信号が赤になった時にちらり、と横目で私を見た。 「その、茉莉花さん……。じっと見つめられると照れてしまいます……」 「ごめんなさい……運転する苓さん素敵だなって思って」 「え、ええ……もう何度も見ているじゃないですか……。そう言ってもらえるのは嬉しいです、けど……」 「ふふっ、何度見ても素敵だと思うんです」 私がそう言うと、苓さんの頬は益々赤みを帯びて行く。 「……ハンドル操作を誤りそうです。茉莉花さん、前向いていてください」 「残念ですが、分かりました」 くすくすと笑いながら私が前を向くと、苓さんはほっとしたように運転を再開させた。 暫くして。 私の家に到着した。 「茉莉花さん、足元気をつけて」 「ありがとうございます、苓さん」 駐車場に着いて、苓さんが先に降りて助手席側のドアを開けてくれる。 差し出された苓さんの手に私は自分の手を重ね、ぎゅっと苓さんの手を握った。 ここは、もう藤堂の本家──。 今までだったら、苓さんは堂々と私と手を繋いだりはしなかった。 いつも周囲に気を配り、人の目が無い事を確認してから軽く手を繋いだり、隠れるようにキスをしたり。それくらいだった。 だけど、今日はもうお祖父様に苓さんとのお付き合いを報告するから。 だから苓さんも、私と繋いだ手を解く事はせず、そのまま二人並んで玄関へ向かった。 「──ただいま戻りました」 「お邪魔します」 玄関に入り、私と苓さんが声を上げる。 すると、廊下の奥からお祖父様の声が聞こえた。 「茉莉花か?お帰り。それに、その声は小鳥遊の倅か?入りなさい」 「はい。お邪魔します、会長」 苓さんの少し緊張したような、硬い声が響く。 私は苓さんに視線を向け、大丈夫と言うように微笑みを浮かべ、繋いだ手に力を込めた。 私たちはお祖父様がいらっしゃるだろう談話室に向かう。 お祖父様は夕食が終わると、この談話室で新聞を読んだり、読書の時間を楽しんでいらっしゃる。 談話室にはソファがいくつかあって。 その内にお祖父様はゆったりと腰掛けて座っていた。 「お帰り、茉莉花。それに、ようこそ小鳥遊の倅──」 お祖父
last updateLast Updated : 2026-01-14
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187話

お祖父様は、私と苓さんが手を繋いでいる事。 そして、私が今日何をしていたのかを思い出し、ある程度の事を悟ったのだろう。 厳しい顔で、口を開いた。 「茉莉花。今日は、息子の代理でパーティーに参加していた、と聞いているが……もしかしてパートナーに小鳥遊の倅を選んだのか?」 「お祖父様が仰る通りです。今日はお父様の代理で、海堂社長のパーティーに。……パートナーは苓さんにお願いしました。……私が直接苓さんをお誘いし、苓さんから承諾をいただきました。お父様にもこの件はお伝えしています」 「……そうか。茉莉花は、パートナーとして小鳥遊の倅を連れて行く意味を分かっているな?それと、小鳥遊の倅も、意味を分かって了承したのか?」 第一線から退いたとは言え、お祖父様の圧は、現役の頃と然程変わらない。 圧倒的な威圧感に、体がぶるり、と震えた。 私と手を繋いでくれていた苓さんが、私の手をぎゅっと強く握ってくれて、お祖父様に言葉を返す。 「もちろん、全て承知の上で茉莉花さんのパートナーを引き受けました。私は、これから先も茉莉花さんと生涯を共にしたいと思っています」 はっきりと、真っ直ぐお祖父様の目を見て言い切る苓さん。 苓さんの強い意志の籠った瞳を真正面から受けたお祖父様の表情が、僅かに和らいだような気がした。 私も、苓さんに続いてお祖父様に答える。 「私も、もちろん分かった上で、苓さんをお誘いしました。……私は、苓さん以外の男性をパートナーとして誘うつもりはこの先一生ありません」 きっぱりと言い切った私に、お祖父様は驚いたように僅かに表情を変化させた。 そして、私たちの顔を交互に見やったお祖父様は、1度頷いて見せる。 「そうか……」 ただ一言ぽつり、と呟いたお祖父様は、苓さんに顔を向け、口を開いた。 「小鳥遊の倅──いや、今後は苓、とでも呼ぶべきか。……私は、茉莉花可愛さに1度判断を失敗して茉莉花を傷付けている。……そんな私が言えた義理ではないが、もう……茉莉花を傷付けたくはない。茉莉花を傷つけないでくれ」 お祖父様の切実な願いが、その声音と表情から伝わってくる。 苓さんは、しっかりお祖父様の目を見返して、言葉を返した。 「肝に銘じます。……絶対に茉莉花さんを傷付けません」 苓さんの言葉を聞いたお祖父様は、満足そうに目を閉じ、嬉しそうに笑みを
last updateLast Updated : 2026-01-14
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188話

お祖父様に、私たちのお付き合いを認めてもらった──。 その事実が本当に嬉しくて。 私は、お祖父様が目の前にいらっしゃると言うのに、ついつい苓さんに抱き着いてしまった。 「苓さんっ!」 「ま、茉莉花さ……っ」 苓さんは危なげなく私を抱きとめると、慌ててお祖父様に顔を向ける。 あわあわとした苓さんが、何だかとても可愛らしく思えてしまって。 「ふっ、ふふっ慌てる苓さんもとっても珍しいですね」 「ま、茉莉花さんっ、離れないと……!せっかく会長が……っ」 お祖父様の目を気にしているのだろう。 苓さんは困ったような、嬉しいようなとても複雑な顔をしている。 お祖父様は「やれやれ」と呆れたようなお顔をしていて。 だけど、私と苓さんをとても優しく見つめてくれていた。 「苓。茉莉花を送ったあとは帰るだけだったのだろう?明日は予定があるのか?」 「──へ?あ、いえ、特に急ぎの仕事も予定も……」 「ならば、寝酒に付き合ってくれ。また建築の話を聞かせてくれ」 お祖父様からのお誘いに、苓さんは表情を明るくすると「是非!」と嬉しそうに答えた。 ◇ 苓さんとお祖父様が談話室でお酒を飲みつつお話を楽しんでいる間に、私は自分の部屋に戻り着替えを済ませた。 部屋で少しゆっくりして、そろそろお風呂に向かおうか、と私は部屋を出る。 その間、苓さんからは何も連絡が無いからまだお祖父様とお酒を飲んでお話しているのだろう。 お風呂に向かうために廊下を歩いていた私の正面から、見知った姿が歩いて来るのが見えた。 「──苓さん!」 「あ、まつりさん……」 少しだけ千鳥足で、ふらふらと歩いて来る苓さん。 私を見た苓さんは嬉しそうに笑った。 よくよく見てみれば、苓さんの頬は赤く染まっていて。 「ふふ、またお祖父様に付き合って沢山お酒を飲んだんですか?」 「んん……まつりさんのお祖父様……、お酒強いんですよ……」 「ええ、昔からお父様もお祖父様もお酒に強くって……付き合わされる人の身にもなって欲しいですよね?」 くすくすと笑っていると、苓さんが正面から私を緩く抱きしめる。 「じゃあ、まつりさんも……お2人にお付き合いして、お酒を飲む事が?」 「ええ、たまに」 苓さんの舌っ足らずな言葉がとっても可愛らしくて。 ついつい笑みが零れてしまう。 私も苓さんの背
last updateLast Updated : 2026-01-15
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189話

「──えっ、苓さん帰っちゃうんですか?」 「……ぐっ」 明日は休日だし、以前のように泊まっていくのでは、と期待していた私は苓さんの言葉にしゅん、と落ち込んでしまう。 私の言葉を聞いた苓さんは、胸を抑えて呻き声を上げた。 「え、ええ……代行を呼んで……。今日は大人しく帰ろうかと……」 「そう、なんですね……。もう少しお話したかった気持ちはありますが、苓さんにも事情がありますものね」 「本当は、俺も茉莉花さんとまだ一緒に居たいのは山々なんですが……」 そこで言葉を切った苓さんは、1歩私に近付き、そっと頬を指の甲でなぞる。 どこかこそばゆくて、声が鼻から抜けてしまった。 「──んっ」 「……まだ、お祖父様に認めてもらったばかりですし……」 苓さんが、ぐっと背を丸め、私の耳元に唇を寄せる。 「今……、酒が入ってて……自制が効かないかもしれないんです……」 「──え」 「風呂上がりの茉莉花さんを見たら……、我慢できなくなりそうで。めちゃくちゃに抱きたくなりそうです」 「──っ」 耳から直接苓さんの低い声が吹き込まれて。 「だ、抱きっ」 「こんな、認めていただいた当日に……そんな事をしたら駄目でしょう?」 「そ、そう……ですね……っ、さすがに……っ」 真っ赤になりながら私がこくこくと頷く。 すると、そんな私を見た苓さんが困ったように笑った。 「だから、今日は帰ります」 「わ、分かりました……」 「あ、見送りは大丈夫ですよ茉莉花さん」 「え、えっ?」 ならばせめて玄関までお見送りを、と思った私の思考を読んだのか。 先回りして苓さんに断られてしまう。 私が目を白黒させていると、苓さんは私の髪の毛をさらりと掬い、髪の毛に口付けた。 「キスしたくなっちゃいますから、大丈夫です。また、連絡しますね茉莉花さん」 「わ、分かり、ました……」 「おやすみなさい、茉莉花さん」 「おやすみ、なさい」 手を振り、廊下を歩いて行く苓さん。 苓さんの背中が見えなくなるまで私は廊下でぼうっと立ち尽くしていた──。 「じ、自制って……」 もし、苓さんの自制がきかなくなったら。 もし、今日苓さんに無理に泊まってもらっていたら──。 どうなってしまったのだろうか──。 それを考えて、私の顔は一気に真っ赤に染まった。 「は、早くお
last updateLast Updated : 2026-01-15
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190話

お祖父様に、苓さんとの事をお話して、認めていただいた日から、数日。 その日は、久しぶりに苓さんと一緒にお母様のお見舞いに訪れていた。 「中々時間が合わなくて、茉莉花さんのお母様のお見舞いに来れずすみません、茉莉花さん」 「そんな!気にしないでください苓さん。苓さんもお仕事が忙しいんですし、こうしてたまにご一緒出来るだけで嬉しいです」 私たちは駐車場で車を降り、手を繋ぎながら院内を歩く。 お母様の病室は、先日お父様から聞いている。 お父様はやっぱりお母様の安全を考えて、病室を移動していた。 それに、お母様の名前も隠し、偽名を使っている。 その助言をしてくれたのは、他でもない苓さんだ。 私は隣を歩く苓さんを見上げて、お礼を告げた。 「苓さん、以前は病室の移動と、お母様の名前を隠す事を提案してくれてありがとうございます。これで、安心してお母様を病院にお任せできます」 「──、良かったです。これで少しでもお母様が安心して休めると良いですね」 苓さんは一瞬言葉に詰まったように見えたけど、すぐに優しい笑みを浮かべて、私に笑いかけてくれる。 けど、病院内に入った苓さんの雰囲気は、以前とは少し違うようで。 ぴりっとした緊張感を孕む苓さん。 時折、周囲を警戒するように視線を向けているのが見えて。 何か……。私が知らない何かを、苓さんは警戒しているのだろうか。 だけど、苓さんが私にその内容を話してくれないと言う事は、まだ私に話すまでの段階ではないのだろう。 だから、私は苓さんの様子が少しおかしいのには気付いていたけど、それには触れずにお母様の病室に向かった。 病院内、入院患者のフロアに到着した私たちは、渡り廊下を進む。 「──以前の病室から、大分移動したんですね?」 「ええ、そうなんです。この渡り廊下を使用する人は限られていますから。……不審人物がいたら、目立つでしょう?」 「なるほど……、確かにそうですね。藤堂社長はその部分も考えて……」 流石だな、と小さく声を漏らす苓さん。 渡り廊下には今、私たちしかいない。 それを確認した私は、苓さんの手を引いて渡り廊下を渡った先にあるお母様の病室の扉に、手をかけた。 「お母様、お久しぶりです。今日は苓さんも一緒ですよ」 「お久しぶりです」 お母様の病室に入った私たちは、明るい声でお母様
last updateLast Updated : 2026-01-16
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