「勘違いしないでくれ、茉莉花お嬢さん。お付き合いするのは俺があなたを好きなんじゃなくて、祖父が言うから仕方なく交際をするだけだ」「御影さん…」「不用意な接触や無駄な会話はやめてくれ。必要最低限、会おう」そう言うなり、御影さんは私の返事を聞く事なく背中を向けてさっさと去ってしまった。御影直寛(みかげ なおひろ)。御影ホールディングスの専務取締役で、まだ26歳にも関わらず、傾き始めた御影ホールディングスの経営を立て直し、その功績を認められてつい最近専務取締役に就任した。私、藤堂 茉莉花(とうどう まつり)は中学校の頃から彼が好きで、ずっと彼の後を追っていた。彼の1学年下だった私は、学校内で彼を追っている内に、彼の隣にいつも一緒にいる女の子がいる事に気づいた。それが、速水涼子(はやみ りょうこ) だ。御影直寛の2つ下で、私の1つ下の学年の涼子は、彼の幼馴染だった。小・中学校は同じ敷地内にあったため、彼はいつも涼子と一緒に行動していたし、登下校も欠かさず彼女と一緒だった。でも、それでも良かった。たまに、御影さんから笑顔を向けられたり、少しだけ会話をできたりするのがとても嬉しかったから。少しでも、私を知ってもらって、御影さんに近づけたら。少しでも好意を抱いてもらえたら。そう思っていたけど、御影さんの中での最優先は変わらず涼子だった。その事実に打ちのめされて、枕を涙で濡らした日々はどれほどあっただろう。いつか、彼の心を射止める事ができたら。そう思っていたのに──。◇私は、御影ホールディングスの専務専用フロアで、ぽつりと廊下に残されたまま、立ち尽くしていた。手には御影さんのために作ったお弁当が入った袋が所在なさげに残されたまま。「御影さん…」せめて、せめてお弁当だけでも受け取ってもらえたら、と思って彼の後を追う。あれだけの事を言われて、辛くない訳じゃない。今すぐ帰ってくれ、と言う彼の気持ちが伝わっていない訳でもない。けど。彼は今、数日間の体調不良から復帰した直後だ。体に良い物を、消化にいい物を用意してきたお弁当。だから、それだけを渡してすぐに会社を出よう、と思い専務取締役の部屋に向かった私は、扉をノックする寸前に、中から聞こえてきた声に手をピタリと止めた。「直寛、体調はもう大丈夫なの
Last Updated : 2025-10-04 Read more