All Chapters of あなたの「愛してる」なんてもういらない: Chapter 51 - Chapter 60

94 Chapters

51話

お母様が病院に入院して、もう暫く経つ。 最初の頃は辛くて、家族以外にこの事実を話す事が難しかった。 だけど、今はある程度事故の事実を飲み込めているし、お母様だってその内絶対に目を覚ましてくれる。 だから私は以前ほど悲観していないし、それにお父様だってお母様の大好きな日本庭園カフェを造ろうとしている。 お父様だって、ちっとも悲観していない。 私の笑みを見て、小鳥遊さんは安堵したように微笑みを浮かべ、続けた。 「それなら、私も藤堂さんのお母様のお見舞いに行ってもいいですか?」 「えっ、小鳥遊さんが?」 小鳥遊さんの申し出に、私は驚いてしまう。 そんな中、小鳥遊さんは続ける。 「今回、藤堂さんと田村さんの会社と仕事を一緒にしますし…ご挨拶をさせて頂こうかな、と」 「そう、なのですね」 一緒に仕事をするから。 だから小鳥遊さんはわざわざお見舞いに同行を申し出てくれた。 とても真面目な方なのね、と私が感動していると、小鳥遊さんは「それでは出しますね」と告げてアクセルを踏み込んだ。 病院に到着した私と小鳥遊さんは、駐車場に車を停め、受付で手続きを済ませてから病院に入った。 お母様の入院している個室に向かい、廊下を進む。 お母様の入院している病室は、個室だ。 私はお母様の病室の前で足を止め、小鳥遊さんに顔を向けた。 きっと、小鳥遊さんはお母様の意識があると思っているだろう。 だけど、お母様は意識不明状態。 病室に入る前に、彼には説明しておこう、と私は彼に向かって口を開いた。 「小鳥遊さん」 「──はい?」 「その、お母様はお話する事は出来ません」 「え……」 「ずっと、意識不明なんです。だから、会話は出来ないのですが、話しかけてあげてください。きっとお母様も喜ぶと思います」 私の言葉に、小鳥遊さんの目が驚きで見開かれる。 だけど、それもすぐに真剣な表情に変わり、私の言葉にこくりと頷いてくれた。 小鳥遊さんの頷きを確認した私は、病室の扉を開けて声をかける。 「お母様、茉莉花です」 「失礼します」 私の後に、小鳥遊さんが声を掛けてくれる。 「今日は、お仕事を一緒にする事になった小鳥遊さんも一緒なんです。いつもは私だけだから、人が多くて嬉しいでしょう?
last updateLast Updated : 2025-11-04
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52話

最近、あった事。 お父様とお祖父様の様子。 そして、私が会社に復職する事。 ──御影さんとの婚約が破棄になってしまった事だけは、お母様に伝える事はできなかった。 腕を擦りながら、沢山の報告をお母様にした。 小鳥遊さんとの出会いはお母様に報告出来なかったけど、それ以外の事。 一緒に仕事をする事になった経緯は報告した。 だから、必然的にお母様が日本庭園が好きな事も話に上がり、それを隣で聞いていた小鳥遊さんが話す。 「……藤堂さんのお母様は、日本庭園がお好きなんですね」 「ええ、そうなんです」 「だから今回、うちに業務提携のお話を頂いたんですね」 小鳥遊さんの言葉を聞いて、私はどきっとした。 日本庭園カフェをチェーン展開したい、というのはお父様のお母様への気持ちが大きいだろう。 身内のために会社を、様々な人間を巻き込むのか、と思われたかもしれない。 不安に思い、私がこっそりと小鳥遊さんを横手で伺うと、小鳥遊さんはとても優しい目で、口元に笑みさえ浮かべてお母様を見つめていた。 そして、私に顔を向ける。 「とても優しいお方なんですね、藤堂さんのお父様は」 「──っ!?」 まさか、こんな風に言ってくれるなんて。 小鳥遊さんの言葉に私が驚いていると、小鳥遊さんは不思議そうにキョトンと目を瞬かせた。 「どうしたんですか、藤堂さん?」 「いえ……、ありがとうございます」 私が小鳥遊さんから目を逸らし、お母様に視線を戻すと、小鳥遊さんは不思議そうに首を傾げていた。 私は、じわじわと熱を持ってくる頬に手を添え、彼に私の顔が見えてしまわないよう、気づかれないように顔を
last updateLast Updated : 2025-11-05
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53話

小鳥遊さんの気持ちは、迷惑、なのだろうか。 いえ、迷惑だと思った事は無い。 けど──。 「その、戸惑ってしまうんです……」 私は、自分の気持ちを素直に小鳥遊さんに伝えた。 「男性から、こんな風に気持ちを伝えられた事なんて、ないですし……触れ合う事も、なかったので……分からないんです」 私の言葉を、一字一句聞き逃さまいと真剣に聞いていた小鳥遊さんは、私の言葉を聞いて安心したようにほっと息をついた。 「それなら、良かったです。藤堂さんが少しでも迷惑だと思っていたら、嫌だと言われたら……控えようと思っていたんですが……」 「……あっ、ちょっと!」 小鳥遊さんは話しながら、掴んでいた私の腕からそっと手をずらして私の手のひらを握った。 「私も、女性にこんな気持ちを抱いたのは初めてで……やり過ぎたら嫌だって言ってくださいね」 「嫌、だとかは…特に……」 「良かった」 小鳥遊さんは嬉しそうに微笑み、私の手をくいっと引いた。 「そろそろ、戻りますか?」 「そうですね。お母様、また来ますね」 小鳥遊さんの言葉に頷き、私はお母様に向き直る。 私がお母様に声をかけると、小鳥遊さんも私の横に並びお母様に頭を下げた。 「また、来ます。藤堂さんのお母様」 お母様に挨拶をする小鳥遊さんの横顔は、とても真剣で。 私は繋がれた小鳥遊さんの手を無意識に強く握ってしまった。 お母様の病室を出た私たちは、ゆったりと廊下を歩き、駐車場に向かっていた。 小鳥遊さんとの会話は心地よく、会話が全然途切れない。 そして、先程から人の視線を感じていて私は首を傾げていた。 入院しているおじいさんやおばあさん。 果てはお医者さんや看護師さんからの視線も感じていて、何か変な格好をしているだろうか、とか。顔に何か付いているのだろうか、と思ったけど、隣を歩く小鳥遊さんは特に何も言わないのでそんな事はないのだろう。 きっと、小鳥遊さんの背が高く、容姿も整っているから人の視線を集めているのかな、と思っている間に、駐車場に着いた。 「藤堂さん?どうかしましたか?」 「え?」 「何だか、難しい顔をしているので」 私が考え込んでいたからだろうか。 小鳥遊さんが不思議そうに、だけどどこか心配そうな表情で私に話しか
last updateLast Updated : 2025-11-05
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54話

私の質問に、小鳥遊さんはキョトンと目を丸くした後、にっこりと笑う。 「これ、じゃないですかね?」 「──え」 ひょい、と小鳥遊さんが手を上げる。 すると、小鳥遊さんが持ち上げた手につられるように、私の手も上がった。 そこで、気づく。 病室で小鳥遊さんに手を繋がれた後、そのまま私と小鳥遊さんは繋いだ手を離す事はなく、病院内を手を繋いだ状態で歩いていたのだ。 「──あっ!」 「ふっ、ふふっ。傍から見たら、仲のいい恋人?夫婦?に見られていたみたいですよ、俺たち」 「小鳥遊さんっ!!」 気づいていたなら、何で手を離してくれなかったのか。 私は顔を真っ赤にしながら小鳥遊さんと繋いでいた手をぶんっ!と勢いよく離す。 楽しそうに笑う小鳥遊さんが憎たらしくて、じとっとした目を向けていると、小鳥遊さんは笑いを堪えながら助手席のドアを開けてくれた。 くつくつと笑う彼からぷいっと顔を逸らしたまま、私は車に乗り込む。 彼が「可愛い」と呟いた声が聞こえ、私の耳は真っ赤になってしまった。 車に乗り込み、小鳥遊さんの運転で私の家に向かう。 私を送り届けた小鳥遊さんは、そのまま帰ろうとしたのだけど、ちょうど家から出てきたお祖父様が小鳥遊さんに気付いた。 「おや。小鳥遊家の倅か」 「──ご無沙汰しております、会長」 「茉莉花を送ってくれたのか、ありがとう。家でお茶でも飲んで行きなさい」 お祖父様は小鳥遊さんを手招きして家へと招いた。 けど、小鳥遊さんをこれ以上付き合わせてしまうのは、と私が思いお祖父様に言おうとしたところで、小鳥遊さんは私に振り向き、唇に人差し指をあてた。
last updateLast Updated : 2025-11-06
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55話

お手伝いさんにお茶を用意してもらい、お手伝いさんが退出する。 その後に、お祖父様はゆったりとした口調で小鳥遊さんに話しかけた。 「茉莉花と一緒だったと言うことは…もしや、病院に?」 そう言えば、私は今朝、食堂で午前中は会社に。午後はお母様のお見舞いに行く事を話していたのだ。 お祖父様もその事を聞いているので、夕方この時間に私が小鳥遊さんと一緒だった事に驚いているのだろう。 「はい。藤堂さ──茉莉花、さんのお母様が入院されているとお聞きして、私もご挨拶に伺いました」 「そうか、そうか。茉莉花の母もこうして見舞ってくれる人が多くて寂しくないだろう」 お祖父様は、ぽつりと呟いて視線を落とす。 お祖父様も、外から嫁いできたお母様をとても心配してくれている。 お母様はよくお祖父様とお茶や囲碁のお相手を務めていたので、お祖父様も寂しいのだ。 しんみりとした空気になってしまい、私は慌てて口を開いた。 「でも、お祖父様。お母様の顔色がとても良くって…!明日にも普通に目覚めそうなくらい顔色が良かったんですよ」 「──そうか、それは良かった。本当に、近い内に目覚めてくれればいいんだが…」 「きっと、もうすぐ目を覚ましてくれます」 私の言葉に、お祖父様も笑みを浮かべて頷いてくれる。 それからは、空気を変えてお祖父様が仕事の件について話し始めた。 日本庭園カフェに関する事、建築に関する事、そして虎おじさまのお話など、話の内容が流れるように移り変わる。 でも、小鳥遊さんはとても落ち着いていて、お祖父様のお話を聞き、疑問に思った事はすぐに質問し、お祖父様の質問には冷静に返し、この短時間だけでも小鳥遊さんが凄く仕事のできる方なのだ、と分かった。 それはお祖父様も同じようで、段々と瞳を輝かせ、楽しそうに小鳥遊さんとお話を続けている。 けど、時間はあっという間に過ぎてしまう。 日が暮れ、辺りが夕闇に覆われた頃、私はそろそろ話を切り上げた方が良さそう、と判断してお祖父様に話しかける。 「お祖父様、もうこんな時間ですし、小鳥遊さんをお送りしないと……」 「もうそんな時間か……?まだ話し足りないが……」 ううん、と何か悩み出すお祖父様に、私は嫌な予感がして、言葉を続けようとしたけど、私よりお祖父様が話す方が早か
last updateLast Updated : 2025-11-06
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56話

「そうかそうか、それじゃあ茉莉花。彼を客間に案内してあげなさい。食堂の場所や、風呂の場所、家の中も案内してあげたほうがいいだろう」 「分かり、ました……」 なんと言う事だろうか。 一夜を伴にしてしまった相手を、まさか実家に泊める事になるとは。 でも、流石に小鳥遊さんもこれ以上は私に何かアプローチはできないだろう、と考える。 お祖父様もいるし、この後はお父様も帰ってくる。 家の中も、お手伝いさんがいるし、と考えつつ、私は家の中を案内するためにソファから立ち上がった。 「それでは……お部屋に案内しますね、小鳥遊さん」 「ありがとうございます」 にこり、と笑みを浮かべて私の後をついてくる小鳥遊さんを、泊まってもらう部屋に案内する。 廊下を歩いていると、後ろに着いて来ていた小鳥遊さんが不意に楽しげに声を漏らした。 「藤堂さんのお祖父様、本当に楽しそうにお仕事のお話をされるんですね」 「ええ、そうなんです。第一線を退いたとは言え、業界の話にはいつも目を光らせていますよ」 「流石ですね。例え仕事から離れても、最新技術の知識も豊富ですし、それに纏わる知識も豊富だ。今回、我々が業務提携する事だって、最近決まったと言うのに、建築に関する知識もかなりお持ちでした」 「お祖父様も、小鳥遊さんとお話するのが楽しそうでした。私は、建築の知識はこれから勉強させて頂くので……お祖父様とはお話出来ないので、とても助かります」 廊下を歩きながら話していると、小鳥遊さんが泊まる客間に到着した。 「小鳥遊さん。ここが小鳥遊さんが本日泊まるお部屋です。車から荷物を持ってこられますよね?」 だから、準備が出来たらまた声をかけてください。 そう言おうとした私の言葉を遮るように、小鳥遊さんが私の腕を掴んだ。
last updateLast Updated : 2025-11-07
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57話

小鳥遊さんを伴い、私は敷地内にある別邸に向かう。 別邸に向かう間も、庭を通るのだけど、家の庭をひと目見た小鳥遊さんが興味津々、と言ったようにキョロキョロ、と左右に視線を向けていた。 その光景がなんだかおかしくて、私はついつい口元を綻ばせてしまう。 大人びて見える彼だけど、自分が好きな事、興味がある事にはとても積極的で、年相応に表情を輝かせている。 私がくすくすと笑っているのに気づいたのだろう。 小鳥遊さんは照れくさそうに後頭部をかいた後、前を歩く私の手を掴んだ。 「藤堂さん、少し笑いすぎではないですか?」 「…ふっ、ふふ。ごめんなさい小鳥遊さん。何だか可愛らしくて」 「…格好いい、と思ってもらった方が私は嬉しいです。…可愛いのは藤堂さんでしょう」 可愛い、と言われ、私は気恥ずかしい気持ちになったけど、小鳥遊さんの顔を見た瞬間、すぐにその感情は消える。 不服そうに眉を寄せ、唇を尖らせている小鳥遊さんが、本当に可愛らしく見えてしまい、私はこれ以上笑い声が漏れてしまわないように咄嗟に自分の口元を手のひらで覆った。 「藤堂さん…」 「ごめんなさい。なんでもないです、庭園はこっちです」 何か言われる前に、小鳥遊さんの腕を引いて歩いて行く。 「本邸のこっちは、西洋風の庭園なのですが、別邸は和風庭園に合わせているんです」 「では、日本家屋ですか?」 「ええ。お母様は実家の縁側から和風庭園を眺めるのがお好きだったので、お父様が同じように造らせたのです」 「藤堂さんのお父様は、お母様の事が大好きなのですね」 「…ふふ、ええ。恥ずかしいほどです」 「ご両親の仲が良いのは素晴らしい事ですよ。憧れます」 「ありがとうございます」 話しながら歩いていると、別邸の敷地内に着く。 私は別邸に続く門を開けて小鳥遊さんを案内した。 先程よりも日は沈み、辺りは大分薄暗い。 照明はあるけれど、景観を損ねないために極小量だ。 私はここに住み、別邸にも行き慣れているから歩くのには問題ないけど、小鳥遊さんは大丈夫だろうか。 「本邸より明るくないので、足元気をつけてくださいね」 「そう、ですね。大分薄暗い……」 少し歩くペースを落とし、ゆっくりと進んで行く。 小鳥遊さんが怪我をしてしまわないよ
last updateLast Updated : 2025-11-07
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58話

どん、と背中に伝わる衝撃。 そして、私のお腹に小鳥遊さんの太い腕が回り、ぎゅう、と後ろから抱きしめられた。 どくどく、と心臓が早鐘を打つ。 私は、危うく転倒しそうになったところを小鳥遊さんに助けてもらえた安心感から、ほっとして背後の小鳥遊さんに少しもたれかかってしまう。 「す、すみません小鳥遊さん。助かりました……」 「飛び石が多いから、頭を打っていたら大変です…。本当に良かった…」 頭上から、安心した小鳥遊さんの低い声が落ちる。 いつの間にか私を抱きしめる小鳥遊さんの腕は両腕になっていて、背後から抱き込むような体勢に、少し恥ずかしくなってきてしまう。 助けてもらったのに今すぐ離してくれ、とは言い出せず、どうしよう。と私が戸惑っていると。 「茉莉花さん、足は捻っていないですか?」 「大丈夫です、躓いてしまっただけで──」 「いや、心配です。案内してください、縁側で確認しましょう」 「え、あ……っ、きゃあ!」 小鳥遊さんの言葉が終わるやいなや、体がふわりと浮く感覚がして、咄嗟に小鳥遊さんにしがみつく。 「……っ、大丈夫ですか茉莉花さん」 「び、びっくりしました…高いところ、苦手なんです……っ」 ぎゅう、と小鳥遊さんの首に腕を回し、目を瞑る。 小鳥遊さんは背がとても高い。 抱き上げられた事で、普段の私の視界よりも高くなってしまった事と、自分の体が抱き上げられた事で浮いていて、その浮遊感が怖い。 私が必死に目を強く瞑り、小鳥遊さんに強く抱きついていると、頭上からくつくつと笑う声が聞こえる。 「そうやって、俺にぎゅっとしててください。庭園に向かいます」 「案内できなくてごめんなさい……
last updateLast Updated : 2025-11-08
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59話

私が声を漏らしてしまった瞬間、靴を脱がしてくれていた小鳥遊さんの動きがぴたり、と止まった。 「す、すみません…っ、こそばゆくて……」 「いえ……俺こそ、すみません……」 「た、小鳥遊さん…?えっと、下ろしてください……?」 「すみません、ちょっと……少し待っててください」 ぎゅうーっ、と小鳥遊さんに抱き込まれてしまう。 何かを耐えるような小鳥遊さんの表情に、私は首を傾げてしまう。 苦しそうに歯を食いしばる様子が見えて、彼に何があったのか──。 確認したいけど、彼の膝に乗ったまま、ぎゅうぎゅうと抱きしめられている今、確かめる事も出来ない。 何度か深呼吸をしている小鳥遊さん。 私は小鳥遊さんの様子を不思議に思いつつ、抱きしめられたままふと目の前の庭園に顔を向けた。 「おさまれ……おさまれ……」 ぶつぶつ、と呟く小鳥遊さんの声が耳に届くけど、私は久しぶりに見る庭園に意識が持っていかれてしまい、じっと庭園を見つめた。 お母様が好きな、和風庭園。 今でも庭師の手入れが行き届き、素晴らしい景観は維持されている。 お母様は、事故に遭う前に「枯山水を作りたい」と言っていた。 お父様も手配を進めていて、枯山水用の面積も確保されている。だけど、そこは今ぽっかりと穴が空いたようになっていて。 きっとお父様は、お母様の意識が戻って、家に戻ってきた時に再開するつもりなのだろう。 「すみません、茉莉花さん。足は怪我していませんか?」 ふ、と小鳥遊さんの腕の力が緩められ、私の顔を覗き込んで、そう聞いてくれる。 私は小鳥遊さんを見上げつつ、こくりと頷いた。 「ええ、大丈夫そうです。ですので、その……」 もうそろそろ、膝から下ろして欲しい──。 そう言いたいけど、小鳥遊さんが心配そうにしてくれていて、恥ずかしいからと自分の気持ちだけを優先して言ってしまうのは、なんだか憚られた。 不思議そうに首をこてりと傾けた小鳥遊さんだったけど、私が言いにくそうにしている様子を見て、そして自分たちの体勢を思い出して、小鳥遊さんは慌てて自分の口元を手で覆った。 「──すみません茉莉花さん。今、下ろしますね」 「はい、その、心配して下さってありがとうございます」 もごもご、と2人して何だか気恥ずかしい雰囲気に
last updateLast Updated : 2025-11-08
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60話

ほんのりと照明の明かりに照らされ、寂しくも綺麗な庭園を眺めていると、不意に風が吹いた。 夜に差し掛かり、気温も下がってきている。 秋から冬に差し掛かる今の季節、昼間は暖かくても日が落ちてしまえば肌寒く感じる事が多くなってきた。 私がふるり、と体を震わせたのに気づいたのだろう。 小鳥遊さんが自分が着ていたスーツを脱ぎ、私にかけてくれた。 「小鳥遊さん、大丈夫です。小鳥遊さんが風邪をひいてしまいます!」 「俺は…いえ、私は大丈夫なので。茉莉花さんが体調を崩してしまったら大変です。着ててください」 ふわり、と優しく微笑む小鳥遊さんに、申し訳ない気持ちでいっぱいになるけど、彼の優しさを無下にはできず、私は「ありがとうございます」と彼に答えた。 そして、私はさっきから気になっていた事を彼に聞いてみようと思い、思い切って彼に尋ねた。 「その、小鳥遊さん。普段通りの話し方で大丈夫ですよ?」 「──え」 「先程も、ご自分の一人称を言い直してましたけど、私は小鳥遊さんと同年代ですし、硬い口調じゃなくても大丈夫です」 そう──。 時々、小鳥遊さんは焦った時などに自分の事を「俺」と言っていた。 私と話す時は丁寧な言葉使いを心がけてくれていた。けど、無理をして欲しくないし、自然体で小鳥遊さんとお話をしたい、と言う気持ちもある。 だから、私はそう提案したのだ。 私の言葉に、小鳥遊さんは驚いたように目を開き、答える。 「いいん、ですか──?」 「?ええ、はい。自然体でお話して下さった方が、私も嬉しいです」 私の言葉に、小鳥遊さんは嬉しそうに目尻を下げてまるで花が綻ぶように笑った。 「ありがとうございます。……お言葉に甘えて、そ
last updateLast Updated : 2025-11-09
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