穂高さんの背中から手を放すと、急がなければという感じで風呂場に向かう。その優しい心遣いを目の当たりにして、自然と心が癒されてしまった。「ち、千秋……」 リビングの中央で堂々と突っ立っているお父さんが、俺に向かって話しかけてきた。意を決して、躰ごと振り返る。「……なに?」 いつも以上に険しい表情をしているお父さんを前にして、どんな態度で接したらいいのかわからない。俺たちを鏡合わせだと指摘した、穂高さんの言葉をどうしても意識してしまって、顔を俯かせるのがやっとだった。「おまえは今、幸せなのか?」 されるとは思わなかった、幸せについての質問。頭がぶわっと混乱して、すぐには答えられない。「えっと……、その」「問いかけに答えられないということは、幸せじゃないんだな?」 俯きながらどもる俺に、お父さんが苛立った感じで問いかけた。反論すべくしっかり顔をあげて、目の前にある顔をじっと見据える。「違います。お父さんの幸せについての価値観と、俺の考えが違いすぎて、すぐに答えられなかっただけなんです」「どうして違うと言いきれるんだ」 間髪入れずになされるやり取りに、どんどん嫌気がさしていった。それは俺だけじゃなく、お父さんも同じだろう。「俺がこれまで見てきたお父さんが、地位や名誉で人を判断しているからです」(互いに図星を指す会話から、いつもケンカに発展してしまうのがわかっているのに、とめられないなんてバカみたいだ――)「それのどこが悪い。人の持つステータスを、目安のひとつにしているだけであって――」「大切な息子の幸せを願わない親なんて、どこにもいませんからね」 お父さんの言葉をさらった穂高さんが、いつの間にか俺の隣に並んだ。
最終更新日 : 2026-01-22 続きを読む