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残り火 After Stage ―未来への灯火― のすべてのチャプター: チャプター 111 - チャプター 120

148 チャプター

想いを重ねる夜10

穂高さんの背中から手を放すと、急がなければという感じで風呂場に向かう。その優しい心遣いを目の当たりにして、自然と心が癒されてしまった。「ち、千秋……」 リビングの中央で堂々と突っ立っているお父さんが、俺に向かって話しかけてきた。意を決して、躰ごと振り返る。「……なに?」 いつも以上に険しい表情をしているお父さんを前にして、どんな態度で接したらいいのかわからない。俺たちを鏡合わせだと指摘した、穂高さんの言葉をどうしても意識してしまって、顔を俯かせるのがやっとだった。「おまえは今、幸せなのか?」 されるとは思わなかった、幸せについての質問。頭がぶわっと混乱して、すぐには答えられない。「えっと……、その」「問いかけに答えられないということは、幸せじゃないんだな?」 俯きながらどもる俺に、お父さんが苛立った感じで問いかけた。反論すべくしっかり顔をあげて、目の前にある顔をじっと見据える。「違います。お父さんの幸せについての価値観と、俺の考えが違いすぎて、すぐに答えられなかっただけなんです」「どうして違うと言いきれるんだ」 間髪入れずになされるやり取りに、どんどん嫌気がさしていった。それは俺だけじゃなく、お父さんも同じだろう。「俺がこれまで見てきたお父さんが、地位や名誉で人を判断しているからです」(互いに図星を指す会話から、いつもケンカに発展してしまうのがわかっているのに、とめられないなんてバカみたいだ――)「それのどこが悪い。人の持つステータスを、目安のひとつにしているだけであって――」「大切な息子の幸せを願わない親なんて、どこにもいませんからね」 お父さんの言葉をさらった穂高さんが、いつの間にか俺の隣に並んだ。
last update最終更新日 : 2026-01-22
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想いを重ねる夜11

「穂高さん?」 不思議顔をしているであろう俺を見下ろす穂高さんの表情は、どこまでも穏やかで頼もしさを感じるものだった。 目を何度も瞬かせながら見上げる俺に、穂高さんは印象的に映る瞳を細めて、穏やかに語りかける。「まったく。千秋のその態度は、俺が迫ったときと同じだね」(――どうして、そんな昔のことを喋るんだろう?)「ぉ、同じってどこがですか……」「好きなくせに、嫌いな態度をとるところだよ。認めるのが怖いのかい?」「怖くなんてないですけど」「だったら、素直になるといい。君が向かい合っているのは、世界にいる誰よりも君の幸せを願う、大切な親なんだから」 その言葉を聞いた途端に、鋭い視線を穂高さんに投げかけてやった。「なんだい千秋、物言いだけな顔をして」「穂高さんは、俺の幸せを願っていないのかなぁって」「願っているからこそ現在進行形で、千秋に一番近い距離にいるんだが?」 くちゃくちゃと俺の頭を手荒に撫でるなり、さっさと背中を向ける。「すみませんが、今夜中に仕上げなければならない仕事があるので、家を留守にします。俺がいない間に、ぜひとも親子仲良くお過ごしください。千秋、喧嘩をしてはいけないよ」 縋りつく俺の視線を振り切るように、ひらひらと右手を振って、あっさり出て行ってしまった。 穂高さんが出て行ったリビングに、妙な静寂が広がる。居心地のよくないそれを打破せねばと、慌てて声をかけた。「あ、お父さん、お先にお風呂どうぞ。えっと着替えは――」「それくらい持ってきた。必要ない」「え?」(お父さんってば、日帰りをするはずじゃなかったんだ) まじまじと見つめる俺の視線を受けて、お父さんは頬をぽっと染めた。慌ててしゃがみ込み、足元に置いてる鞄を開ける。「なっ、何かあるかもしれないと思って、着替えを持ち歩いていただけだ。深読みするな」「はい……」「まったく。あの男にいいように丸め込まれて。情けない」 鞄から出した着替えを手にしたお父さんが、俺の脇を通り過ぎる。その横顔は言葉とは裏腹に、安堵に満ちて見えるものだった。「お父さん、あのね!」 思いきって、大きな背中に向かって話しかけてみた。「なんだ?」「わざわざここまで足を運んでくださり、ありがとうございます」「仕事のついでに来ただけだ。ついでなんだからな!」 お父さんは言い訳がまし
last update最終更新日 : 2026-01-23
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想いを重ねる夜12

*** カラスの行水と思えるような早さで、さっさと入浴を済ませたお父さんと入れ替わり、俺も風呂に入った。(一応ベッドの下に、お客さん用の布団を敷いておいたけど、すんなり寝てくれてるといいな。もしかしてその布団の上に胡坐をかいて、今か今かと俺を待ち構えていたりして……) 室内で過ごす、お父さんの動向がどうしても気になってしまい、いつものように長風呂ができなかった。水滴がしたたる髪の毛をそのままに、肩にタオルを巻いてリビングに戻ったら、お父さんは隣の部屋に用意していた布団で、すでに横になっていた。「ん?」 煌々と明かりが灯された、リビングの隅に目が留まる。 お風呂あがりで喉が乾くだろうと、テーブルにお茶をあらかじめ用意しておいた。それは空になった状態で置かれていて、お父さんが飲み干したことが分かった。(かなり大きなコップにお茶を用意してたから、てっきり残すと思っていたのにな。だけど、これはこれで嬉しいかも) 空のコップを手にしてキッチンに行き、明日の朝ご飯の準備を終えてから、寝室に移動。暗闇の中でお父さんを踏まないように注意しつつ、足音をたてないようにベッドに潜り込んだ。 真っ暗なので、お父さんが寝ているかは、まったく分からない。下から聞こえるであろう、寝息だけが頼りだった。 布団を肩まで被り、どっちを向いて寝ようか、ぼんやりと考えた刹那――。「……千秋」 不意に名前を呼ばれて、仰向けのまま固まる。「っ、は、はい?」 上擦った声が、困惑を思いっきり表している気がして、目を白黒させた。「おまえはこのまま、あの男とここで暮らすのか?」「そのつもり、です……」 愛する人の幸せを傍で見たい気持ちは、穂高さんと一緒だった。だからこそ、迷うことなく答えることができる。「漁師なんていう、自然を相手にしたキツい仕事はこの先、長くは続けられないだろう。そのときがきたら、ここにいる意味がなくなるんじゃないのか?」 穂高さんが漁師を辞めるそのとき――俺がここにいる意味がなくなる?「俺たちが年をとれば、体の自由が利かなくなるから、そうなることが分かってます。確かに、この島にいる意味はなくなるでしょうが……」 現在進行形で、穂高さんとの今の生活を維持するのがいっぱいいっぱいで、先のことなんか考えてもいなかった。
last update最終更新日 : 2026-01-24
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想いを重ねる夜13

「彼とここで暮らしていくと決めたからには、漁師を辞める理由くらいで、本州に戻るつもりはありません」 静かに――だけどハッキリと、自分の意見を告げた。こんなふうに自分の意見をはっきり言い切ったのは、穂高さんと一緒に実家に顔を出して以来だった。「コンビニはおろか、まともな医療施設もないこの島で、一生を過ごすというのか。今日の宴会場にいた年齢層を考えると、これから一気に過疎が進んで、住みにくくなるのが目に見えるというのに」「お父さんは俺に、帰って来てほしいということなんですか?」 これまでの話の流れを考えた結果をもとに、意を決して発言してみた。本来ならお父さんのいる会社に就職しなければならないのに、この島で生活していること自体、間違いなく望まないものだろう。「……母さんが和解した」 俺の問いかけをスルーして、ぽつりと告げられたひとこと。それは質問の答えになっていないものなれど、表現しがたいなにかが、ぶわっとこみ上げるものだった。『和解』という言葉のお蔭で、胸にあったしこりが溶かされていく気がしてならない。 布団を蹴散らす勢いで起き上がり、暗闇の中で横たわっているお父さんを見下ろした。「ばあやとお母さん、仲直りできたの?」 自宅近くの施設にいるというのに、昔あった苦い思い出のせいで、逢うことを拒んでいたお母さん。それでもばあやは、実の娘のお母さんにいつか逢える日が来ることを願いながら、ずっと待っていた。「お父さん、教えてくださいっ!」 起き上がって目を凝らしても、お父さんの姿は見えない。それでも、声がしたほうに話しかけ続ける。「もしかして、ばあやの体調が命にかかわるくらいに悪くなって、お母さんが慌てて逢いに行ったことで、うまいこと仲直りできたとか?」 ばあやはお母さんに逢いたがっていたけれど、自分からけして動こうとはしなかった。ひとえに、実の娘の気持ちを慮っていた。他にも会社のために、好きでもない相手と結婚させた負い目があったから――。「その読みは当たってる。お義母さんは風邪を引き、そのまま肺炎になってしまって、救急車で病院に緊急搬送された。年齢も年齢だし体力もだいぶ落ちているせいで、もしかしたらこのままという医者の説明を俺が電話でしたら、母さんは泣きながら病院に顔を出した」「そんなことがあったんだ……」 心からよかったと、思わずにはいられ
last update最終更新日 : 2026-01-25
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想いを重ねる夜14

「お義母さんの第一声が『あらまぁ、見ないうちに随分と老け込んだのね』なんて言って、カラカラ笑ってた。高熱の中で酸素マスクをするくらいつらいはずなのに、とても元気そうに大声で笑って、母さんの顔を見ていたよ」「見たかったな、感動の再会……」 俺が生まれる前から逢っていなかったのだから、20年以上ぶりの再会になる。お母さんが老け込むのは当然のことだけど、ばあやだって同じくらいに老け込んでいるはずなんだ。お母さんは何と言って返したんだろう?「おまえもここでの仕事が忙しいだろうが、暇を作って帰ってこい」「はい……」「帰るついでだ、あの男と一緒に」 俺が返事をしたあとに付け加えられた言葉は、明らかに嫌そうな感じに聞こえた。それでも俺ひとりじゃなく、穂高さんを誘ってくれたのはすごく嬉しい。「わかった。かならず穂高さんと一緒に、実家に顔を出すよ!」 弾んだ調子の声を聞いたお父さんは小さな溜息をひとつついてから、布団を退ける音を立てた。いきなり起き上がったっぽいそれを暗闇で聞き、小首を傾げるしかない。「誤解するなよ。あの男と仲良くしようなんて気は、俺にまったくない。とりあえずお義母さんをまじえて、今後の話をするだけだ!」「ばあやは穂高さんとの付き合いに賛成しているけど、それでも話し合いをしなきゃならないんだ?」 疑問を口にした途端に、息を飲む様子が空気で伝わってきた。目が使えない分だけ耳や肌で、お父さんの感情を探ろうと必死になる。「えっ? 賛成してるだと!?」 信じられないという驚きに満ちた声が、寝室に響いた。「はじめてばあやに紹介した時点で、すんなり受け入れられたんだ。事前に話をしていた関係もあっただろうけど」(すべては穂高さんの人当たりのよさや性格、もろもろのお蔭だと思う)「これだから女ってヤツは、いくつになっても男の見た目に騙されて!」「それってどういうこと?」「お義母さんだけじゃない。母さんもアイツと千秋の付き合いについて、いいんじゃないかと言いだしてるんだ」 ばあやだけじゃなく、お母さんまで許している現状に、思わず笑みが浮かんでしまった。俺がこうして微笑んでいるなんて、お父さんにはわからないだろうな。
last update最終更新日 : 2026-01-25
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想いを重ねる夜15

「お父さん、穂高さんが見た目だけの男じゃないこと、もう実感しているでしょう?」「そんなの知らん!」 強い口調で俺の言葉を一掃するその態度は、まんま頑固じじいだと思わされた。このままじゃいけないと考えて、あえてこれまでのことを口にしてみる。「それなりに体重のある、酔いつぶれたお父さんをここまで運んでくれたり、こうやって親子水入らずで話をする機会を作ってくれたりしているじゃないか」「俺はひとことも――」「頼んでないと言いたいんでしょ。でもね、俺にとってこの世でお父さんが大切な人だからこそ、穂高さんも同じ気持ちでいるんだよ」 さっきから子どもみたいな言葉を並べ立てるお父さんに、思いきって自分の気持ちを打ち明けた。穂高さんの想いも一緒に――。うまく伝わるかはわからないけれど、少しでもいいから理解してほしかった。「赤の他人に、息子と同じ気持ちでいられてもな」「血のつながりのない俺だって、お父さんとは赤の他人だよ」「…………」 俺が事実を告げた瞬間、息を飲む感じが伝わった。暗闇だからこそ耳やその他の感覚が、鋭敏になっているせいかもしれない。「まったく血の繋がらない俺を、お父さんが大事に育ててくれたことを知っているから、穂高さんも同じように接してるんだよ。俺から穂高さんに、どうこう育てられたという話はしていない。むしろ、ばあやが教えちゃった感じなんだけどね」「お義母さんから……」「お父さんがお母さんと生きているみたいに、俺もこれから先、穂高さんと生きていきたい。そういう考えでいるから少しでもいい、仲良くしてほしいんだ」「同じことを何度言われても、俺の気は変わらん。もう寝る!」 俺の願いも虚しく、一方的に会話が打ち切られてしまった。「……おやすみなさい、お父さん」 せっかく穂高さん抜きで話ができたというのに、残念な結果のせいで、なかなか寝付くことかできなかったのである。
last update最終更新日 : 2026-01-26
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想いを重ねる夜16

*** 朝目覚めると、穂高さんがいつの間にか帰っていて、台所にて忙しなく働いていた。「おはようございます……」 寝ずに帰って来て、そのまま朝ごはんを作らせていることに、申し訳なさを感じながら、大きな背中に思いきって声をかけた。穂高さんは包丁の動きを止めて振り返り、満面の笑みを頬に浮かべつつ、晴れやかな声で話しかける。「おはよう千秋。昨夜はお父さんと、たくさん話ができただろうか?」 瞳を細めながら訊ねられた言葉に、俺はうっと口ごもるしかない。 せっかく穂高さんが気を利かせて、お父さんとふたりきりにしてくれたというのに、お互いわかり合えぬまま、会話が終了してしまったことについて、非常に告げにくかった。「えっと…たくさんではないけれど、ほどほどに話せた感じだったよ。ばあやの具合が悪くなって、お母さんが駆けつけたことで、うまく仲直りできたこととか」 たどたどしく説明するセリフを聞いて、手に持っていた包丁をまな板の上に置き、手を洗ってからわざわざ拍手をしてくれた。「千秋、お父さんからいい話がきけて、本当によかったじゃないか」「まぁそうなんですけど……」「どうしてそんな、浮かない顔をしているんだい?」 小首を傾げて俺を見る、穂高さんの視線にどうしても耐えられずに、顔を伏せてしまった。「それは――、あのですね」「ケンカなんて、馬鹿なことをしていないのはわかってる。口下手な君のことだ、俺と会話するみたいに、お父さんと話せなかっただけだろう?」 その言葉で思わず、大きな躰に抱きついてしまった。「穂高さん、俺、俺ね」(気持ちが空回りしてしまう、俺の考えを先読みして、欲しい言葉をくれる穂高さんに、甘えっぱなしだな)「なんだい?」「今度は玄関から堂々と、ふたり揃って実家に顔を出したいなって」「そうだね。お母さんからおばあさんの話を、直接聞きに行かなければならないしね」 がたんっ! 背後から聞こえてきた物音に振り返ると、お父さんがきまり悪そうな表情で、その場に突っ立っていた。慌てて躰から手を離す俺を名残惜しそうに見ながら、穂高さんがお父さんに声をかける。「おはようございます、お父さん」 さっきまでしていた、俺との熱い抱擁をまったく感じさせない顔で挨拶する、メンタルの強靭さを、今すぐにでも見習いたい。「……お父さん、おはよ」「ぉ、おは、おは
last update最終更新日 : 2026-01-27
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想いを重ねる夜17

*** 穂高さんの作ってくれた朝ごはんを揃って食べてから、お父さんをフェリー乗り場まで見送るために家を出た。見送ると言った矢先に「そんなのいらん!」と怒りを露にしながら、頑なに抵抗する言葉を発したお父さんを見て、穂高さんはカラカラ笑いだす。「千秋と同じように、強がることを言っているお父さんを見ていると、思わず愛着がわいてしまいます」 なんてサラリと口にしたお蔭で、お父さんは心底嫌そうな表情を浮かべて、むっつり黙り込んでしまった。 これにより口の達者な元ホストには、親子そろって勝てそうにないことが、嫌というほどわかった。「穂高さんってば、怖いもの知らずというか、本当にすごいと思う」 内なる苛立ちを表すように、靴音を立てて前を歩くお父さんを、チラッと見てから指摘すると、形のいい眉をあげる。それは、何を言ってるんだといった顔だった。「どこら辺が、怖いものになるんだろうか?」「俺のお父さんが怖くないの?」「仲良くなりたいと思っているが、怖さはないかな。千秋は俺の父を怖いと思うかい?」「思いません……」 ふと投げかけられた問いかけに、間髪入れずに答える。「それと同じということ。わかったらふたりそろって、仲良くしなければならないね」 穂高さんは小さく笑いかけて、前を見やる。それに導かれるように、俺もお父さんの背中を眺めた。あと少しでフェリー乗り場に着いてしまう距離を目の当たりにして、妙に焦ってしまう。(昨夜はふたりきりで会話したとき、もっと話がしたかったのに、お父さんが心を閉ざしてしまってからは、言葉がまったく出なかったもんな。穂高さんとだったら、自然と会話が弾むのに……)「どうしたんだい、千秋。おかしな顔をしているが」「おかしな顔なんて、してるつもりないのに。穂高さんってば!」 お父さんの背中から隣に視線を移すと、闇色の瞳が俺の心をぎゅっと捕まえる。「あ……」「俺の言いたいこと、わかるだろうか?」 告げながら優しげな瞳が細められただけで、それまで焦っていた気持ちが蒸発するように、消えてなくなってしまった。穂高さんは俺の心が見えないはずなのに、落ち着いたのを見計らって、優しさに満ち溢れた眼差しを、お父さんに向ける。 それがなんだか寂しくて、躰の脇にある空いた左手を、思わず握りしめた。「千秋大胆だね。お父さんの前だというのに」「だっ
last update最終更新日 : 2026-01-28
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想いを重ねる夜18

(仕事の忙しい穂高さんのお父さんに、今度いつ逢えるかなんてわからないし、ましてやイタリアなんだから余計に逢う機会がない。穂高さんが寂しく思うのは当然じゃないか! 俺ってばあのとき、そのことに気づかず、フォローをまったくしていなかった)「穂高さん、俺……」「大丈夫だよ、千秋。今はテレビ電話で顔を見ることができるんだし、貯金して俺たちがイタリアに行けばいいだけのことだろう?」「でも――」「イタリアの前に、千秋の実家に行かなければならないね。おばあさんとお母さんの話を直接聞きたいし、それに」 繋いだ手に力が込められる。穂高さんのぬくもりが伝わってきた瞬間に、波立っていた俺の心が、一気に凪いでしまった。「千秋の実家に前回行ったときよりも、いい雰囲気で馴染みたい。家族になりたいって思うから」「穂高さんが家族になる」「ん……。千秋が大切に想っている人は、俺にとっても同じ気持ちになるからね。当然のことだろう?」 言いながら前を見る穂高さんの視線に促されるように、同じところを見た。前を歩いていたお父さんが、訝しげな顔で俺たちを見つめる。「おまえたち、もうついてこなくていい」 その言葉に反論する前に、繋いだ手が俺を前へと押し出した。そこまで強い力じゃなかったのに、俺の足は確実にお父さんのもとへ歩みを進める。「お父さんは嫌かもしれないけど、俺は見送りたいんです。次に逢えるのがいつかわからないんだし、それに――」「…………」「来てくれたことが嬉しかったから。息子としてその気持ちを込めて、お父さんを見送りたいんです」 素直な心を告げた途端に、お父さんの頬が赤く染まった。「千秋のお父さんがライバルになったら、俺は負けてしまうかもしれないね。やれやれ」「穂高さんってば、なにを言ってるんですか」 さらりと告げられた言葉に照れくささを感じていると、チッという舌打ちが耳に聞こえた。「勝手にしろ。まったく!」 背中を向けたお父さんだったけど、耳まで赤く染まっていて、それがなんだかおかしく見えてしまい、穂高さんと視線を合わせて小さく笑ってしまった。 家を出たときよりも荒い足取りでフェリーに乗り込もうとしたお父さんが、上半身を揺らめかせながら振り返る。心の内の動揺を示すそれを目の当たりにして、首を傾げた瞬間。「おい、おまえ!」 鋭い視線が俺ではなく、穂高さん
last update最終更新日 : 2026-01-29
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想いを重ねる夜19

「いっ……ほっ、あ~~~っ、めんどくさいっ!」 忌々しげに顔を歪ませながら苦悶するお父さんに向かって、穂高さんは朗らかに笑いながら話しかけた。「なにか言いたいことがあるのなら、きちんと名指ししたうえで仰ってください。それ以外ではお受けできません」(うわぁ、ここにきて穂高さんのワガママが炸裂なんて、間を取り持つ俺の気持ちを考えてほしいよ……) 苛立ちや困惑などなど、目に見えないそれぞれの空気が三人に流れたが、お父さんの盛大なため息がそれを無にした。怒鳴られる合図にもなっているそれに、俺は自然と身構えるしかない。「いいか、よぉく聞け! 千秋は大事な息子だ。それは俺だけじゃない、紺野一族にとってもかけがえのない宝だ。泣かしたり傷つけるようなことがあったら、絶対に許さないからな。穂高、肝に銘じておけ!」 予想通りと言わんばかりに怒鳴られながら告げられた言葉で、俺は反射的に隣にいる恋人を見上げた。穂高さんは闇色の瞳を大きく見開き、食い入るように目の前を見つめる。その視線にたじろいだのか、お父さんは居心地が悪そうに俯いた。「穂高さ――」「お父さんっ!」 俺が話しかけた途端に、穂高さんがお父さんを呼んだ。いつも以上に張りのあるその声に、お父さんは俯かせていた顔をあげる。「この命に代えて、千秋をしっかり守っていきます。泣かせることや傷つけることは、絶対にいたしません。肝に銘じます!」 俺の心に響くセリフは、きっとお父さんにも届いただろう。困惑に満ち溢れて揺らめいていた瞳が、穂高さんの言葉を聞いた瞬間に、視線をしっかりと交わし合ったから。「なっ、長ったらしいことを口にする必要はないだろ……。「はい」の一言だけでいい」「はい!」「あのね、お父さん。俺は――」 ふたりの会話に割って入ったが、気持ちの整理はついていなかった。伝えたい言葉がたくさんあって、そこから選ぶだけで一苦労してしまい、口元をぱくぱくしてしまう。 空気を吸う金魚状態の俺の背中を、穂高さんは優しく撫で擦ってくれた。ゆっくり顔を動かし見上げると、黙ったまま頷く。言葉にしなくても、穂高さんの気持ちがわかってしまった。 以心伝心だね、穂高さん――。
last update最終更新日 : 2026-01-30
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