All Chapters of 残り火 After Stage ―未来への灯火―: Chapter 151 - Chapter 160

212 Chapters

ハートに火をつけて(荷物を手にして思ったこと)

 2月14日の午前中まで千秋の家でゆっくり過ごし、別れがたい気持ちを出さぬ様に注意をして、笑顔でアパートを後にした。 それから高速をひたすら北上し、この日はフェリー乗り場の傍にある温泉宿に一泊。明日の夜の仕事を頑張れるようにと温泉で羽を伸ばし、次の日に穏やかな天気の中を、朝一の便でフェリーに乗り込み帰島する。「14日のバレンタインに荷物が届くように送ってくれるなんて、粋なことをしてくれたな千秋」 フェリーから車を降ろして自宅に帰らずに、そのままお隣に向かう。この島では家人が不在だった場合、隣の家に荷物を預けるという暗黙のルールがあるので、直行したのだが――。「もしかして葵さん、パートに出ている時間かもしれないな。一応、確かめてみよう」 お隣さんは女手一つで小学校低学年の男の子を育てている、二人暮らしのご家庭。お仕事の関係で、普段なら夕方にならないと逢えない。 車を家の前に停めて玄関先に向かい、とりあえずインターフォンを押して、ごめんくださいと大きな声をかけてみた。「はーい、少しお待ちくださいね!」 おおっ、ラッキー。仕事が休みだったのか。 ワクワクしながら待つこと暫し、引き戸を開けた葵さんが顔を覗かせる。「おはようございます。あの、荷物が届いていると思いまして」「千秋さんからのですよね? はい、こちらになります」 玄関に置かれていた、段ボールを手渡されたのだが――中身がチョコだけじゃないらしい大きさに驚きつつ、笑顔で受け取った。「井上さん、これもどうぞ。昨日、お渡し出来なかったから」「あ、わざわざスミマセン。ありがとうございます」 手に持っていた段ボールの上に置かれた、手作りチョコらしき小箱。「も、勿論これには深い意味はありませんから、安心して食べて下さいね」 ハッとして頬を染め上げながら説明する葵さんに、分かってますよと声をかける。以前、告白され断った経緯があるからこそ、気を遣わせているな。「葵さんから戴いたチョコのお返しになってしまうのですが、これ地元のお土産です。ヤスヒロと一緒に食べて下さい。それじゃあ仕事の準備があるので、失礼します」 持っていた段ボールの影に隠していた手土産を渡して、さっさと葵さん宅を後にする。何故なら、千秋からの荷物を早く開けたかったから。 脱兎のごとくと表現したらいいだろう。直ぐ様、車に乗り込み
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ハートに火をつけて(遠くにいる大切な君に――)

 本日3月14日、今週末には穂高さんのいる島に引っ越しする予定だった。 家の中が段ボールで溢れ返っている状態で忙しい俺の手に、たった今届けられたばかりの紙袋に入った荷物がある。「穂高さんから荷物が送られてきたのが初めてってだけじゃなく、ホワイトデーに送ってくれるなんて、何気に嬉しいかも!」 紙袋に貼り付けられている、送り状をしげしげと眺める。穂高さんが書いてくれた自分の名前が、何故か誇らしく見えてしまうのはどうしてだろう。「初めて穂高さん宛に手紙を書いた時も、結構ドキドキしたっけ。同じように、ドキドキしてくれたのかなぁ?」 ただ恋人の名前を書くという行為だけで照れてしまって、内容が崩壊したのは情けないにもほどがある。 一か月前のことを思い出しながら紙袋の封を切って、中身を取り出してみた。これは――。「美味しそうなクッキーの詰め合わせと、怪しげな小箱に手紙が一通か……」 俺自身も穂高さんにキ○ィの顔の形のガラスケースを送っているため、それに対抗している気がしたので、怪しげな小箱という表現を使った。 手の中に収まる真っ白い長方形の箱を恐るおそる開けてみたら、キテ○の顔が印刷されているハンディマッサージ機が入っていたのだが――どうしてこれを俺に? 急いで手紙を読んで、疑問を解決するしかないな。どれどれ……『愛しの千秋へ 今頃家の中は、荷物でいっぱいになっているだろうか。相当、窮屈な生活をしいられているだろうね。  疲れた時に、甘い物を食べて癒されるといい。それと引っ越し作業で肩が凝るだろうと考えて、一緒にそれを同封してみた。俺が傍にいなくて寂しいからって、敏感な部分に押し当てたりしたらダメだよ。週末、そっちに行くのを楽しみにしてる  穂高』「なっ、何を考えてるんだ、あの人は!? 俺はそういうことを絶対にしないのが分かってるクセに、わざとこういうの書いてくれちゃって。ハズカシイったらありゃしない」 かくてクッキーは疲れた時の甘味物として戴いたけれど、マッサージ機は絶対に使うことなく、箱に戻してやった。 しかしこれが罠だったというのが、穂高さんが迎えに来たときに分かったのですが、多くは語るまい。読者の皆さんならきっと、どういう風に穂高さんが使うか、想像ついたでしょうね(涙)『あれ? どうして使っていないんだろうか。気に入らなかったのかい? 
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たくさんの好き――(千秋目線)

 穂高さんと付き合ってから、たくさん好きなものが出来た。たくさんありすぎて、どれが一番なんて言えないのだけれど。 ――例えば、穂高さん家のお風呂―― 以前住んでいたマンションと違って、今現在住んでいるところのお風呂場はとてもとても狭いものなんだ。だけどその狭い空間が更に俺たちを密着させてくれるから、実は大好きだったりする。 他にも―― 勢いよく出したシャワーが狭い空間の中に大きな水音をたてているけれど、ふたりの情事の音が外に漏れないように細心の注意をしているのも、ちょっと刺激的だったりする。 だからいつもより大胆になれる自分がいて、穂高さんの首に両手をかけながら思いきって自分からキスをしてみた。 仕掛けたのは自分からだったけど、足りないよと強請るように求めてくる穂高さん。そんな彼に、困り果てるしかない自分。 背中に回されている手が身体のラインをなぞる様に、やわやわと上下していくから、穂高さんを引き寄せている両腕に、自然と力が入ってしまう。 シャワーから自然と与えられる熱気のせいなのか。はたまた彼の肌から、直に感じる熱のせいなのか。 瞬く間に、体温がぶわっと上がっていくよ――。 そんな翻弄されまくりの俺を知ってか、顔の角度をちょっとだけ変えて、押し付けるようにくちびるを合わせてきた。 実はこの角度のキスも、結構好きなんだよな。 すごく傍に感じられるから。まるで離れていた距離を埋めるようなそれに、ドキドキが止まらないんだ。「んっ、……んぅ」 思わず出てしまった甘い声を聞いて、更に追い打ちをかけるように身体をぎゅっと押しつけながら責め立てる穂高さんに、俺はなす術がない。呼吸を乱すような激しいキスに、頭がクラクラしていった。 穂高さんにどんどん溺れていく自分を感じながら、その身を任せたのだった。 穂高目線に続く(・∀・)
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たくさんの好き――(穂高目線)

「そろそろ風呂、入ろうか」 どこかぼんやりしながらテレビを見ていた千秋に唐突に提案すると、意味ありな上目遣いでじっと俺を見てから。「……うん」 ワザとらしく視線を逸らせて、返事をしてきた。 一緒に入りたくない理由が、何かあるんだろうか? 知らぬ間に怒らせるような何かを、俺がやってしまった? などと、いろんな不安に駆られたのも束の間―― 仕掛けてくれたのは千秋から。キスしようと屈みかけた俺の首に両腕を回し、触れるだけのとても優しいキスをしてきた。 その珍しい行為にされるがままでいたのだが、もどかしさが手伝ってしまい、自分から舌を絡めてしまった。(――もしかして、ぼんやりと考え事をしていたのは、このためだったのか!?) 嬉しいハプニングに、否応なしに身体が疼いてしまう。 いつもより大胆な千秋に対し、容赦なく求めるように深くくちびるを押し付けながら、少しだけ顔の角度を変えて、普段責められない場所に刺激を与え続けてやる。「っ……んっ」 千秋から発せられる甘い声をもっと聞きたくて更に身体を引き寄せ、貪るようなキスをしてみた。 ――弱ったな、翻弄するつもりが俺が翻弄されてる……。 こんなに何度も抱き合っていれば、飽きてきてもおかしくないはずのに、見たことのない新しい君を次々と魅せつけられるから、どうしようもなく堪らなくなってしまうんだ。 薄目を開けて、感じているであろう千秋の顔を間近で見る。俺しか見ることの出来ない、愛おしいその顔を胸の中へと焼き付けた。 守りたい人が出来た、寂しかった冬。 そして――ふたり揃って、はじめて過ごしているこの夏を、俺は絶対に忘れない……忘れたくはない。君がいなかった時間は、まるで永遠のように感じられたけど、一緒にいる時間が、ほんの一瞬に感じてしまうから。 だから、たくさんの好きの気持ちを込めて、君に愛を贈ってあげるよ――。
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ドキドキハラハラのハロウィンナイト

 去年のハロウィンは一緒にいられなかったからこそ、今年は何かして喜ばせてみたい。そう思えるのはやっぱり、一緒にいて楽しいからなんだろうなぁ。 いつも穂高さんに驚かされてばかりいるから、俺だって頑張ってみようという勢いで、ハロウィンならではの衣装を、ネットで取り寄せてみる。 穂高さんに内緒にすべく、荷物は職場に届けてもらうように指定したので、絶対にバレないであろう。 職場でのお昼休み、小さなダンボールを手に、誰も使っていない空き部屋に足を踏み入れた。ちょっとだけ埃っぽいけど、荷物を確認するだけで長居をしないから大丈夫かな。 しゃがみ込んで、ダンボールを封印しているテープをばりばり剥がし、わくわくしながら中身を拝見。(あれ? 何だろう、この黒い塊は……) それを手にして、恐るおそる持ち上げる。長さが30センチくらいで艶のある漆黒の、どこからどうみたって女性用のカツラだ。まっすぐなそれをしげしげと眺めてから、前後左右を一応確認し、思いきって被ってみた。 ちょうど肩を少しだけ超えたくらいの髪の長さになったので、興味本位に意味なく首を動かしてみる。さらさらと頬や首元を撫でる髪の毛に、女の人は邪魔じゃないのかなぁと、いらない心配をしてしまった。 しかし、どうしてこんな物が入っているんだろう? 注文したのは、ドラキュラ伯爵の衣装だったのに―― 被っていたカツラを外し、気を取り直して再び箱の中身を確認してみる。箱の隅にあった納品書を手にしながら、何が入っているのかをチェックしたのだけれど。「注文したものが一切入っていないって、どうなっているんだろう?」 納品書と領収書の宛名は、しっかりと俺宛になっているのにな。もしかして業者が、入れ間違いのミスをしてしまったとか!? 返品して同じものを再発注しても、人気のある商品だったドラキュラ伯爵の衣装が、きちんと手に入るかどうかが分からない。時期的に難しいかも……あと3日でなんて、きっと無理だ。 基本、島に届けられる荷物って、五日間はかかってしまうから。 ハロウィンの仮装が女装になるなんて、笑うに笑えないよ。どうしよう。 しかしながら俺には、これ以外の選択の余地はなく、しかも意外と穂高さんが喜ぶんじゃないかという、淡い期待もあったので、渋々自宅に衣装を持ち帰ったのだった。
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ドキドキハラハラのハロウィンナイト②

残された期間は3日。それを使って女性らしい動きを真似しようと、穂高さんがいないときに衣装を身に着けてみた。上から下まで、見た目は女性という感じにはなっているものの――。(うん……自分の期待を裏切らない、ザ・女装といった感じにしか見えない) 化粧をすれば、少しは見られる様になるだろうかと、ネットでやり方を調べてみた。必要な化粧品を全部揃えるとなると、大掛かりなことになってしまいそう。 しかも、その化粧品を手に入れる術を知らない――島にいるおばちゃんたちは、スーパーで化粧水だか乳液なんていう、顔に塗る物を買ってるって、小耳に挟んだ記憶があるけど。 そんなおばちゃんたちの真似をして、俺がスーパーで化粧品を買ったりしたら、間違いなく噂となって広まってしまうだろな。 んもぅ化粧品は諦めて、ここは徹底的に女性らしさを追求してやろうじゃないか! それでカバーするしかない。穂高さんに、すごいねって言われたい!! 化粧品を検索していたサイトを閉じ、女らしさを上げる動作のコツや女性らしい仕草、色気のある仕草など、とにかく好感度を上げるようなものを調べつくし、鏡の前で練習してみた。 ひとえに、穂高さんをドキドキさせる為に――
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ドキドキハラハラのハロウィンナイト③

 頑張って練習したけど結局、元が男なので所々それが出ちゃって、なかなか上手くいかなかった。残りの2日間で、完璧にマスター出来るかどうか不安すぎて昼休みを使い、スーパーに顔を出してしまう始末。 日用品が売っている棚の奥に化粧品類が置いてあったので、そ知らぬ顔でゆっくりと通り過ぎながら、商品をチェックしてみた。(せめて口紅の一本くらい買うことが出来たら、随分と顔の印象が変わる気がするんだけど) 亀並みの速度で通り過ぎながら、口紅を売っている陳列棚に目を走らせて、それに気がついた。 色つきリップなんていう物があるんだ。口紅よりも買いやすそうなパッケージをしているぞ。 立ち止まり、思いきってそれらを手にとって、まじまじと眺めてみる。スーツ姿の俺がそんな物を持っている姿は、傍から見たら奇異に映るかもしれないけれど、そんなことを考えている場合じゃない。 ……なになに、チェリーレッドとピーチピンクの二種類か――どっちが似合うだろう? 想像力のない自分には、これらをつけたところが全然思いつかなくて、ほとほと困り果ててしまった。ハロウィンのことで、昨日からずっと振り回されているから、尚更かもしれないな。(そうだ、衣装のことを考えてみよう。自分の顔じゃなく、衣装に似合いそうな色を選べばいいや!) ダンボールに入っていたのは、不思議の国のアリス風メイド服で、色は淡い水色をしていた。だから真っ赤な色つきリップは、浮いてしまう恐れがあるだろう。 このピーチピンクなら、純白のひらひらエプロンが可愛く見えてしまうかもしれない。 左手に持っていたチェリーレッドの商品を棚に戻し、勢いよく立ち上がった。単品でこれだけ買うのは恥ずかしいから、他に何か買わなきゃ…… 気がつけば、お昼休みがギリギリの時間になっていて、慌ててスーパーを後にしたのだった。
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ドキドキハラハラのハロウィンナイト④

ハロウィン当日は平日だし、穂高さんも漁の仕事が入る可能性があるから、確実にお休みになる30日の日曜日にパーティをすることに決めた。問題は―― いつどこで着替えて、穂高さんをビックリさせるかなんだけど……ふたりきりでいたら、ずーっとベッドでイチャイチャしちゃうから、まずはこれを回避しなければならないという難題が待ち構えている。 穂高さんには悪いけど、俺は一旦職場に逃亡することにしよう。月曜までにやらなきゃならない仕事を置いてきたことにして、家から脱出を謀ってみた。「珍しいね、日曜なのにわざわざ職場に行くなんて」 朝方、漁から帰って来た穂高さんに告げた第一声で、滅茶苦茶不振がられてしまった。 てきぱきと朝ご飯を用意しながら、苦笑いを浮かべて、その場をやり過ごそうと再び口を開く。「月曜の午前中までに、仕上げなきゃならない仕事があって。はじめて受け持った書類だから、時間がかかるのが目に見える上に、間違わないようにちゃんとしたいし、期日も厳守したいし……」「それで前倒しで仕事をしに、これから行きたいんだね?」「ぅ、うん。穂高さんと一緒にいられなくてごめんなさい」 テーブルにお茶を置いたら、太い二の腕がいきなり俺の身体を捕まえて、ぎゅっと包み込んできた。「仕事熱心なのは感心するけど、ほどほどにしないと夜が持たなくなるが、それでいいのかい?」「それって////」「昼間、接触できない分、夜にしっかりと徴収させてもらうから、覚悟しておいてくれ」 爽やかに微笑んでから、くちびるにちゅっとキスしてきた穂高さん。 先にそう宣言されてしまったので、それなりの覚悟を必要とすることになり、困惑を極める事情を自分で作ってしまったことを、後悔するしかなかったのである。
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ドキドキハラハラのハロウィンナイト⑤

前日に自宅横にある物置に、懐中電灯と鏡・カツラ・衣装と色つきリップを隠しておいた。 なので手ぶらで、職場前まで来てしまったのだけれど――お昼ご飯や飲み物が必要だと気がつき、職場を通り過ぎてスーパーまで足を運んだ。 買い物を終えて事務所に入り、いつも使っているデスクにとりあえず腰掛けた。(残された時間を使って、女性らしい仕草をマスターしてやる) 練習している途中に穂高さんから連絡があって、今からここに来るんじゃないかとわたわたした。だけど頑張っている最中だからという俺の言葉に、あっさりと引き下がってくれたんだ。 お陰で思う存分、練習が出来た。 最初の頃よりは、男っぽいところがなくなったんじゃないかと、自画自賛しておく。思い込みって大事だよね、うん…… 今回の女装で改めて分かったのは、女装をしている人ってきっと、俺以上の見えない努力をしているんだろうなってこと。 女装を趣味にしている人が皆、そうじゃないのかもしれないけれど、やっぱり見た目だけじゃなく、中身も女の人になろうと思ったら、仕草や喋り方だってそれなりにしていないと、女装をした意味がないような気がする。 俺の場合、見た目がまんまザ・女装になっちゃうので、そこんとこをしっかりとフォローしなくちゃならないんだ。 しかも今回はイベントで初めて、自分から何かしようと思い立った。驚かせたいし何より、もっと好きになって欲しい//// って求めることに、際限がなくなってしまうな。 楽しみに待っていてね、穂高さんっ!
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ドキドキハラハラのハロウィンナイト⑥

✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ 通常よりも職場から帰る時間をいつもより早めにして自宅に到着し、真っ直ぐに物置へと入り込む。 あらかじめ準備しておいた衣装に着替えてカツラをしっかりと被り、紺色のリボンつきのカチューシャを頭に付けた。 衣装を身に着けるのはこれで3度目だけど、動くたびにふわりと布が揺れるせいで、ニーハイソックスの上がスカスカして、どうにも落ち着かない上に慣れない。スカートって、通気性がよすぎだな……。 スカスカする衣装を我慢しながら片手に鏡を持って、くちびるにピーチピンクのリップを塗った。(あ、顔が一気に明るくなったように見える。ちょっとだけ女っぽくなった?) リップを傍にある棚に置き、長い髪を耳にかける仕草をしてみる。「……最初の頃よりは、見られる容姿になった。と思う」 相変わらず色っぽさは皆無だけど、らしさというか、そこはかとなく何かが醸し出されているような感じが、鏡から見えてきた。 女性の仕草を勉強しているうちに恥ずかしさは消え失せたし、堂々とこの格好でいられるのも、ひとえに大好きな穂高さんを誘惑するため――。(俺の帰りを今か今かと待ちわびている愛しい人のために、すぐに帰ってあげるからね) そんなことを考えながらしずしずと物置の扉を開閉し、しっかりと施錠して自宅の玄関前に向かう。 ここで一旦、深呼吸をしてからドキドキを抑えてっと。 そうして呼吸を整えて、いつもより静かに玄関の扉を開けて中に入り、靴を脱いできちんと並べた。 髪の毛を耳にかけて、ひらひらの真っ白いエプロンの裾を両手で掴み、しわを伸ばしてぴしっとする。まるで、デート前の女の子の気分かも。少しでも可愛いねって言われたいし。「た、ただいま……」 居間に続く扉を開けながら、恥ずかしさを隠しきれない小さな声色で告げてしまった挨拶に、マズいと躊躇した瞬間だった。 いつものように扉の前に佇んでいた穂高さんが、呆然とした表情を浮かべて、一言も声を発することなくその場に立ち尽くす。「ぁ、あのぅ。ただいま、です」「…………」「とっトリックオアトリート! お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうかも!!」 くちびるに人差し指を当てて、ウインクしながら告げてみたのに、ずっと真顔をキープしたまま微動だにせず、ただじ
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