All Chapters of 残り火 After Stage ―未来への灯火―: Chapter 191 - Chapter 200

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はじめて一緒に過ごすお正月!

去年のお正月は地元で一緒に過ごそうと約束していたけれど、天候が悪かったせいでフェリーが出航できず、バラバラでお正月を迎えたんだったよな。 そんなことを考えながら、隣にいる穂高さんの横顔をちらりと見た。 お正月の特番でマグロ漁師のテレビ放送があったから、二人寄り添って仲良く見ていた。傍らには穂高さんが淹れてくれた美味しいコーヒーが、芳醇な香りを漂わせる。 愛しい恋人が片膝をついて真剣な眼差しで凝視する先には、年配の漁師さんが四苦八苦しながら、餌にかかったマグロを仕留めようと、船上の縁でモリを片手に狙っている姿があった。(捕っている魚の種類は違うけど、こういう場面は同じ漁師として手に汗を握るんだろうな) 横目でテレビを眺めつつ、隣にある端正な横顔を見ながら、そう思った矢先だった。「プッ……。ふふっ」 真剣な眼差しが一変、目尻を下げるような笑みを浮かべたのである。 荒れ狂う海の上で捕られまいと暴れる大きなマグロに、疲労のせいかモリを上手く刺すことができない年配の漁師さん。それを見て笑うなんて、穂高さんってば一体、何を考えているんだろう? 俺なら、一発で仕留めるのに……。なぁんて思うような人じゃないのは、恋人として分かっているつもりだけどね。 他に思い当たることは何だろうと考えながら、マグカップに手を伸ばした。 ぼんやりと考え事をしていたせいで、誤って穂高さんのマグカップを持ってしまったのだが――迷うことなく、それを口にする。(うーん、やっぱりブラックコーヒーは苦いなぁ。飲めないわけじゃないんだけど) いつも牛乳と砂糖を入れてカフェオレにしている自分には、ブラックコーヒーは大人の味だった。そして穂高さんの味でもある。「ん……?」 眉根を寄せて固まっていると、不思議そうな表情で眺めてから、テーブルの上にある俺のマグカップを手にした穂高さん。 くいっと一口飲んでマグカップを戻し、音もなく顔を寄せてきたと思ったら、くちびるを強く押し当ててきた。「ぅんっ、ンンっ!」 少しづつ流し込まれる甘いカフェオレが、口の中にあったブラックコーヒーの味を、瞬く間に拭い去った。「やっぱり、千秋のカフェオレは甘いね」 穂高さんが作ったというのに眉根を寄せて、なぜか俺に苦情を告げる。「穂高さんのブラックコーヒーが、苦いせいですよ。いつになったら平気な顔して
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バレンタインに想いを馳せて

 本日、2月14日はバレンタインデー。しかも狙いすましたかのように天候が荒れたせいで、漁の仕事がお休みになった。(これって穂高さんがお祈りでもしたのか!?) はじめて島で過ごすバレンタインデーを驚かせるものにしようと、足取り軽く帰った俺を出迎えてくれた穂高さんが何故だか妙によそよそしくて、正直不安が胸の中に渦巻いてしまった。 ちなみに昨年のバレンタインデーは、初めてふたりきりで過ごした。 酔うとHになる俺を見越して、チョコレートボンボンの入った大きなチョコの詰め合わせをプレゼントしてくれたんだ。 チョコの中にウォッカの入った物があるとは知らず、適当に摘んで食べてしまった後、身悶える姿を見たからだろう。『お酒が入っているのは俺が食べて……というか呑んで、チョコレートだけを千秋にあげようか?』 なんていう有り難い提案をしてくれたので喜んでお願いしたのに、実際は呑んだフリをして、口の中にお酒の入ったチョコレートボンボンを次々と放り込まれてしまった。 結局、酔い始めた俺を見て、ヨダレを垂らした穂高さんの一言が耳の中でこだました。『ち、あきっ、美味しい、ね……もっと食べていいかい?』 荒い呼吸をそのままに俺にのしかかって来て、敏感な部分に舌を這わせる――。「らめって言っても……食べる、クセに。やぁんっ! どこに舌を這わせて……っ、ほらかさ、ぐりぐりしちゃらめらってばぁ」 自分からダメと言いつつ、わざわざ両膝を持ち上げて食べやすい体勢にしたのは、俺だったっけ。 昨年の失敗があったからこそ気合い十分で帰宅したのに、穂高さんの態度で何だか肩透かしを食らってしまった気がした。  そして現在午後9時48分。夕飯を食べ終えてそれぞれお風呂にも入り、明日の仕事の準備を終えた後、だらだらっとテレビを見て過ごしていたら。「千秋、ちょっといいかい?」 なんていう穂高さんの声掛けに、心が躍ってしまったのはここだけの話。10時になったら計画していたことを実行しようと思っていたので、それを自然と促してくれる形になったのはラッキーだった。 テレビを素早く消し、穂高さんが正座して待っているテーブルに向かい合わせで同じように座ってみる。(だけどふたりきりのバレンタインはこれが二度目なのに、お互いどうしてこんなに緊張しちゃうんだろう?)「あの5分ほど、お時間を頂いていい
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バレンタインに想いを馳せて②

俺が苦手としていることをこのタイミングでちゃっかり強請ってくるなんて、本当に知能犯だよ。「それではお飲み物をご用意いたしますので、少々お待ちくださいませ」 したり顔をしながら俺を見る視線から逃れるべく、しっかり頭を下げてから急いで台所に向かう。 食器棚の上のほうにある小さなグラスを二つ手に取った後、冷蔵庫から500mlの缶ビールを取り出して、それぞれをお盆の上に載せてから、ウキウキした様子で待つ穂高さんの前に跪いた。「珍しく冷蔵庫に缶ビールがあると思ったら、これのために準備していたとは」 冷やさなければならなかったので、こればっかりは隠すことができなかったんだ。「はい……。こんなことに使うために、ご用意させていだだきました」 言いながらリングプルを開けてグラスにビールを注ごうとした瞬間、いきなり手首を掴まれてしまった。「ストップだ、可愛いホストさん。その注ぎ方はいただけないな」 ナンバーワンからのいきなりの指導が入り、内心焦りまくる。「そ、注ぎ方……ですか?」「そうだよ。注ぎ方一つで、缶ビールもかなり美味しい飲み物になるんだ。いいかい?」 俺の手から缶ビールを奪い取り、テーブルに置いてあるグラスにかなり高い位置から三分の一くらいの量を一気に注いでいった。パッと見、ほとんど泡しか見えない状態になっている。「千秋も同じように注いでごらん。注いだあと、このまま2分ほど放置しなければいけないから」「2分も放置!?」「この泡が、いい感じに落ち着くんだよ。さぁどうぞ!」 ニコニコしながら手に持っていた缶ビールを俺の手に戻し、同じように注ぐところをじぃっと観察してくれる。そのせいでいらない緊張をしてしまい、手が少しだけ震えてしまった。「俺のものよりも千秋のほうが、いい泡立ちになったね。きっと美味しいビールが呑めそうだ」 壁掛け時計で時間を確認後、再び缶ビールを手にすると、グラスの縁からそっと泡の下に目がけてグラスから一センチくらい泡が盛り上がるように、ゆっくりと注いでいく。「うわっ、すっごく泡がふわふわしてる」「はい、千秋の番だよ。この盛り上がった泡がグラスの縁に下がる前に、もう一度継ぎ足していくから」「は、はい。じゃあ急いで」「いやいや、ゆっくり注がなければ、この泡はできないからね」 そんなやり取りをしながら、自分が注いだグラス
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バレンタインに想いを馳せて③

交換されたグラスを手に取り、どうしたら主導権が自分になるかを必死になって考えてみる。「いいかい、可愛いホストさん。この三度注ぎのビールは完成直後の泡は苦くて、ビールそのものはそれよりも柔らかい苦味があるんだ。しかも時間が経つごとに味が変化するし、この泡のお陰で香りが長く楽しめるというわけ」 頭の中でぐるぐると考えを巡らせた結果、目の前に掲げられたグラスに自分から勢いよくグラスを当ててみた。「ほ、穂鷹、乾杯っ!!」 主導権を奪還すべく、大きな声ではしゃいでみせる。「おやおや、お客様が喋っている最中なのにいきなり乾杯するなんて、随分と無粋なホストさんだな、君は」 う~っ、やりにくいやりにくい。どうしてこんなことを、思いつきでやってしまったんだと思ったところで、後悔先に立たずだったりする。「すみません。いろいろと慣れていなくて」「何なら、手取り足取り丁寧に教えてあげようか?」 グラスを持っていない反対の手に、さりげなく触れてくる。主導権を自分のものにしたかった俺は、慌ててその手を握りしめてみた。「へぇ、積極的なところもあるんだね。次はどんなことをしてくれるんだろうか?」 柔らかい笑みをくちびるに湛えながら美味しそうにビールを口にするのを見て、同じようにビールを呑んでみる。「あ、苦いけど美味しい。口当たりがいつもと違う……」 普段は缶ビールのまま呑むので、明らかに違うことが分かってしまった。「美味しく呑めるのは、心を込めて千秋が俺のためにビールを注いでくれたからかな」「も、勿論、そのつもりですよ」 正直、穂高さんの真似をしただけですが――。「こうして、手を握りしめたまま吞んでいるせいかな。美味しさだけじゃなく重ねられた部分の熱を通して、愛おしいという想いも伝わってきているよ」「あ……えっと、ありがとう、ございます……」 お客様の穂高さんに言われて、思いっきり照れてる場合じゃない。本当なら俺が彼がさっき言ったようなことを、これでもかと言わなきゃならないんだよな。 普段使っているのが嬉しい・楽しい・大好き・もっと等など短い単語ばかりで、穂高さんが言うようなキザな台詞を使っていないゆえに主導権がとれないことが、改めて分かってしまった。
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バレンタインに想いを馳せて④

今回の計画を企てた関係で、ホストが使うであろう言葉を一応勉強してみたんだけど、使うタイミングが分からないせいで、右から左へと頭の中に流れていく。「千秋、俯いたままでいたら、お客様との会話が成り立たないよ。常に視線を合わせておかないと」「は、はいっ。視線を合わせて、それから――」 穂高さんの言葉に自分が俯いていたのを思い知り、慌てて顔を上げたら包み込むような眼差しとぶつかった。「まさか千秋がこうしてホストになって俺に尽くしてくれることをするなんて、夢にも思っていなかった。ありがとう」「穂高さんが以前ここでやってくれたのが嬉しかったですし、この格好でそういうのをしたら喜ぶかなぁと思って、やってみたんですけど」 握りしめていた穂高さんの手を放して、意味なく髪をかき上げて照れ臭さを必死に隠したけれど、きっとバレてるだろうな。「以前、妄想したことがあったんだ。千秋がホストになって、俺を接客している姿をね。初々しさが想像以上で、今直ぐにでも手を出したい気分なんだが」 柔らかく笑ったと思ったら俺のネクタイに手を伸ばし、ぐいっと自分に引き寄せた。 音もなく近づいてくる穂高さんの顔に慌てふためきながら、用意していた物をポケットから取り出して目の前に突き出してみる。「俺のキスをこんな物で遮るとは、かなりの策士だね」 言いながら素早くそれを手にし、マッハの早さで俺に触れるだけのキスをした。「んっ……、穂高さん――」 触れるだけのキスだったのに、俺の身体には簡単に火が点いてしまって、もっと欲しくなってしまったのを、奥歯を噛みしめてやり過ごす。「バレンタインデーのチョコだね。ハート型のホワイトチョコに文字が書いてあるけど、これは千秋が書いたのかい?」「はい。それなりに大きなチョコだったから、文字を書くのは余裕だと思ったのに、いざ書こうとしたら手が震えてしまって……」 ありきたりな言葉になってしまった『穂高サン大スキ』という、ちょっとだけ歪んでしまったメッセージ付きのチョコを、嬉しそうな顔してまじまじと見つめて、それからビールを一気呑みすなり、すっと立ち上がる。「俺も千秋に、チョコを用意しているんだ。ちょっと待っていてくれ」 魅惑的な微笑みを口元に湛えて颯爽と目の前から消えたと思ったら、すぐに後ろからぎゅっと抱きしめてきた。「は、早いっ」「ベッドで渡
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バレンタインに想いを馳せて⑤

開け口を探し当ててフィルムを剝がした瞬間から、鼻に香ってくるコーヒーの匂い。お菓子で使われるコーヒーの香料じゃなく、喫茶店に入ったら嗅ぐことのできる香りと同じだった。「……食べていないのに、何のチョコか分かってしまうなんて、ちょっとすごいかも」 すぐ傍にある穂高さんの顔を横目で見ながら告げると、それは残念だなと呟く。「食べてからその感動を味わってほしかったのに、堂々とネタバレされた気分」「コーヒー味のチョコレートですか?」「ん……。きっと千秋が気に入る味だよ」 その言葉に嬉々として箱を開けると、さっきよりも芳しいコーヒーの香りが箱から漂った。その香りを堪能してから、紙に包まれているチョコをひとかけら手に取る。「穂高さん、いただきますね」「ああ、どうぞ」 すりすりと頬擦りしてから、俺の手元を覗き込んだ。 金色の包み紙をドキドキしながら開けると、ぱっと見はどこにでもありそうな、ミルクチョコレートの色をしていた。表面に描かれている『R』の文字は、メーカーのロゴなのかな? そんなことを考えながら、ぱくっと頬張ってみる。「んんっ!!」 箱を開けたときに感じた芳醇なコーヒーの香りと同じものが、最初に口の中いっぱいに広がっていくんだけど、それに負けないようなチョコレートの味もしっかりあって、そんな不思議なコラボレーションを、舌の上でまんべんなく味わってみた。 このコーヒーの味、とてもよく似ている。それは――「穂高さんが俺のために作ってくれる、カフェオレの味とすっごく似ているね」 後を引く甘さの余韻が、そのまんまって感じだ。「今回、千秋にチョコレートをあげるのに、あちこちからコーヒーのチョコレートを取り寄せてみたんだ。気に入ってもらえて何よりだよ」 ふっと笑ったと思ったら、唐突にくちびるを重ねてくる。口の中にはもうチョコレートがないというのに、しっかりと舌を絡めてくるなんて。「千秋の口の中、コーヒーを飲んだみたいな香りが残ってる。すごく美味しかったよ」「そうですか……って、あれ?」 穂高さんにキスをされたのはほんの数秒の出来事だったのに、気がついたらスーツの上着のボタンが外されているだけじゃなく、ワイシャツのボタンも数個外されていた。「いつの間に――」 呆れた声で言い放った俺の言葉を無視してさっさと上着を脱がせると、後ろ手からネクタ
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バレンタインに想いを馳せて(穂高side)

特別なバレンタインデーにしようとちゃっかり下準備をしていたのに、千秋に先を越されてしまった。 そう思ったのは彼がいつも着ているリクルートスーツで、俺の目の前に現れたときだったりする。しかもホストになって丁寧にもてなされてしまったため、ずっと頬が緩みっぱなしだった。 ゆえに嬉しさに拍車がかかって、ベッドの中でも頑張ってしまったという――。「……何だかまだ、躰にチョコの香りが残っているような気が」「ん? 大丈夫だ、いつもの千秋の香りだよ」 シャワーを浴び終えた千秋の首筋に顔を寄せながらくんくん嗅いでみせると、途端に頬を赤く染めた。「穂高さんがチョコを、あんなコトに使うからですよ。香りが鼻に付いちゃったのかな」「これからチョコを口にするたびに、さっきのコトを思い出すかもね」 可愛いことを言った千秋の頬に、そっとくちづけを落としてあげる。機嫌、少しは良くならないだろうか。「食べ物を道具にして俺を感じさせるなんて、あまり良くない行為ですよ」「でもいつもと滑りが違うから、感度が良かったような? 特にち」 続きを言えなかったのは、千秋が俺の唇を指で摘まんだから。折角、会話を盛り上げようとしたのにな。「んもぅ、そういうことを平然とした顔で、口にしないでくださいよ。聞いてるこっちが、すっごく恥ずかしくなるっていうのに」 反論したくても、きっちりと唇を摘ままれているため、口の中でもごもごと文句を言うしかない。 何とかして唇を開放してもらうべく、両方の頬を膨らませてみた。そんな俺の様子に目を見開き、ぷっと吹き出して声を立てて笑う千秋がものすごく可愛い。(もう一回と言いたいところだが、そろそろ俺も準備した物を出さねば、ね――) ベッドの下にある引き出しに手を伸ばし、音をたてないように開けると、一番上に置いてあるそれを掴んで、ゆっくりと引き出しを閉めた。「ああ、もう午前様になってる。穂高さん早く寝なきゃ」「寝る前にちょっとだけ、俺の話を聞いてくれないか?」 千秋に話かけながら手に持っている物を見せたら、びっくりしたのか目を丸くして、いきなりベッドの上に正座をした。「ほ、穂高さん、これって――」「結婚情報誌についてた付録だよ。ピンクの婚姻届」「どうやってその本を入手……じゃなく、どうして今、これを見せたのでしょうか?」 驚いた表情をそのままに思
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バレンタインに想いを馳せて(穂高side)2

「穂高さん知ってる? 民法において、婚姻が異性カップルにのみ成立すると規定する、条例がないっていうこと」 ふわりと笑って、俺が持っている婚姻届が挟まれたクリップボードを手にした。そして自分たちの名前を書く欄を、ゆっくりとなぞっていく。「全然知らなかった。千秋は物知りだね」「この島で一緒に暮らすようになってから、同性同士の婚姻について、ちょっとだけ調べてみた。だけどね、戸籍法では同性結婚が想定されていないから、婚姻届にあるここの原文を改める必要があるんだって」 言いながらその部分を指差したので、顔を寄せてみた。それは、千秋が最初になぞったところだった。「夫になる人と妻になる人……。確かに同性だと記載するときに、頭を悩ませてしまうね」「あのね、書いてみたいといった張本人に聞くのもなんですけど、この婚姻届に俺たちの名前を書く場合、どっちがどっちだと想定していたんですか?」「勿論、夫になる人は千秋だろ。精神的にも肉体的にも支えられている上に、とても癒されているから」 自信満々で即答したというのに千秋は眉をしかめて、ひどく憂鬱そうな顔をした。やや迷惑げなその表情に首を傾げると、えっとですねと口調を強めて話し出す。「穂高さんが俺のことをそんな風に思うように、俺も同じ気持ちでいます。それに、ここの世帯主は誰ですか?」 そんな分かりきったことを聞くなんてと思いながら、ひょいと自分を指差した。「互いに生活費を折半しているとはいえ、契約しているのは穂高さん自身でしょ。他にもアレだし……」「あれ?」 変なところで言葉を濁したので、疑問に思ったそれを訊ねたというのに、頬を染めた千秋は口をつぐんで、むっつり黙りこんでしまった。「あれって何だろか?」「…………」「千秋、教えてくれないか。本当に分からないんだ」 細い両肩に手を置き、ゆさゆさ揺さぶってみる。躰を揺らされながらも、白い目で俺を見上げてきた。呆れた眼差しなれど、頬が赤いのですごく可愛い。「……アレっていうのはエッチのことで、俺は穂高さんのを受け入れている立場だから、必然的に妻側になるかなって思ったんです」 まくしたてるように早口で告げると、つんとそっぽを向いてしまった。 笑いながら、むくれている頬をつんつんと突ついてみる。これくらいで機嫌が直らないのは分かっているが、目の前でされる可愛らしい仕
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蒼い炎1

***「アキさん、早く帰って来ないかな」「何だよ竜馬、俺とそんなに仕事したくないワケ?」「いやいや。いつも一緒に仕事していたアキさんがいないと、調子が狂うっていうか、違和感ありまくりでさ」 夜のコンビニの店内のそこかしこに、アキさんと過ごした面影があって。あのときはくだらないことを喋って盛り上がったり。またあるときは、俺がありえないミスをしたというのに、カラカラ笑って許してくれたりと、お世話になりまくりで。 夏休みに入ったと同時に友達のいる島でバイトをする彼に、しばらく逢えずにいるせいか、優しいアキさんの顔ばかり思い浮かべてしまった。「アプリでメッセ送っても、既読されるのはいつも夜だし、返事だってなかなか返ってこないし」 島でのバイトがとても忙しいのかもしれないけれど、アプリでの素っ気ない態度は、いつものアキさんらしくないって感じなんだ。「竜馬だけじゃないよ。俺の出したメッセも、返事は決まって夜が多いかも」「ゆっきーもか。良かった……。俺、何かしでかしたせいで、避けられてるのかもって、深読みしちゃった」「あのさ竜馬、変なことを聞くけど、千秋と何かあった?」 レジの前に立つ俺に、棚の整頓をしながら訊ねてきたゆっきー。「別に何もないけどさ。日本語って相手の解釈次第で、色々とれる場合があるでしょ」「まぁね。たまに、面倒くさいことになったりするよね」「誤解されたかなとか、もしかしてキズつけてしまったんじゃないかと、心配しちゃって」「心配、だけなの?」 少しだけ間を置いた質問に、首を傾げるしかない。「それって、どういうこと?」「いや……。なんていうか竜馬が千秋に、執着しているなって思ってさ」「ぷっ! それってゆっきー、ヤキモチ妬いてるとか?」「ちがっ! 絶対にそんなんじゃないって!」 ゆっきーが声を荒げた瞬間、整頓してる棚から、箱物がひとつだけ落ちてきた。寸前のところで上手くそれをキャッチするのが、しっかり者の彼らしい。「危
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蒼い炎2

*** 遠方にいる友達のところでバイトをしていたアキさんが、もうすぐ帰ってくる――。 アプリでメッセを送ったら現在新幹線の中だとすぐに返事が来て、それだけで嬉しさが身体を駆け巡ったのに、大体の到着時間までわざわざ知らせてくれた。「これって、俺に逢いたいから教えてくれたんだよな?」 ほくほくしながら、アキさんの自宅に向かう。到着時間までまだ30分以上はあるのに、じっとなんてしていられなかった。逢いたくてしょうがなくて、心がムダに騒いでしまう。「普段は着ないサマージャケットなんて羽織って、変に思われないかな?」 歩きながら自分の身なりを確認してみた。今頃そんなことをしても、既に遅いのだけれど……。「髪の毛もう少し切って、さっぱりした方が良かったかもな。帰ってくるのが分かっていたのに、少しは努力しておくべきだった」 手串で髪形を整えつつ、アキさんが住んでるアパート前に到着した。傍にある電柱に寄りかかり、ぼんやりと空を眺める。「……アキさんの好み。あんな凄みのあるイケメンには程遠いかもしれないけど、少しでもいいから、カッコイイって思われたいな」 彼への気持ちを自覚してから同性に恋してる自分に、多少なりとも途惑いはあった。だけどその戸惑いを吹き飛ばすくらいの衝動が、日を追う毎にどんどん大きくなっていったんだ。大好きなアキさんが傍にいなかったから、尚更なのかもしれない。「帰ってきたらまずは、お帰りなさいって言ってあげなきゃ。それから……」 好きですなんて、いきなりの告白は出来ない。そこまでに行きつかせる言葉を、きちんと考えておかなきゃいけないぞ。「自然な会話を心がけて……ってどうやって自然にしたらいいか分からないなんて、どうしたらいいんだろ」(――大好きなアキさんに久しぶりに逢える) それだけで妙に舞い上がってる自分を改めて自覚させられたせいで、頭を抱えてしまった。「参ったな。いきなり嫌われることをしちゃったら、どうしよう」 現れたアキさんがすっごく可愛くなっていて、思わずキ――……。「ダメダメっ、絶対にコレは嫌われるって。あー、もう!」 いきなり抱き寄せてキスするなんて、想像するだけでもいけないコトだ。「アキさんはしっかりした人なんだから、そういう軽いのは受け付けないと思う、きっと」 そういうのは、きちんと想いを告げてからしなきゃ。
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