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第27話(24)

「ここでその酒を飲んで、あんたなら気に入ってくれるんじゃないかと思ってな。出してもらったんだ。その様子なら……」「ええ、すごく美味しいです。普段は無難に、日本酒よりワインを選んでしまうんですが、どうやらぼくが、口に合う日本酒を知らなかっただけのようですね」 喉の奥がじんわりと熱くなり、和彦はそっと吐息を洩らす。猪口一杯でこれでは、すぐに酔ってしまいそうだ。 食事が進み、器の大半が空いた頃になって、ようやく守光がこう切り出した。「南郷のことだが――」 和彦は反射的に背筋を伸ばした。「あんたには迷惑をかけた」 守光が頭を下げたため、慌てて制止する。「やめてくださいっ。会長が頭を下げられるなんてっ……」「そういうわけにもいかん。これはケジメだ。〈あれ〉は、わしの子飼いの部下だ。今の地位を与えた責任がある」 激しくうろたえ、困惑した和彦だが、思いきって守光に問いかけた。「……会長は、どこまでご存知なのですか?」 頭を上げた守光が一瞬見せた眼差しの鋭さに、息を呑む。しかし次の瞬間には、守光は穏やかな表情へと戻っていた。猪口を取り上げたので、和彦は酒を注ぐ。「賢吾が把握している程度のことは」「それは――……」 すべてを明け透けに打ち明けるかどうか、守光は自分を試しているのかもしれない。和彦は急にそんな不安に襲われる。同時に、耐え難いほどの羞恥にも。「南郷は今、自宅で謹慎させている。第二遊撃隊も、総本部に詰めさせて、外での活動を禁止している。――処分が決まるまで」「処分?」「処分は今日、あんたと相談して決めるつもりだ」 和彦は絶句して、ただ守光の顔を凝視する。沈黙している間、耳に心地いい水音が室内に響き渡る。窓のすぐ下を川が流れているのだろう。 感情の乱れをようやく抑えて発した言葉は、微かに震えを帯びていた。「……どうして、ぼくが……」「あんたが外部
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第27話(25)

 南郷に対して怒りはあるが、自ら罰を与えようと考えたことはなかった。守光が最善の手段へと導いてくれると、心のどこかで期待をしていた。しかし、これは――。 和彦の返事次第では、二つの組織だけではなく、父子関係の不和すら生みかねないと、言外に仄めかされているようだった。守光は、和彦から欲しい返事をもぎ取ろうとしているのだ。この場にはいない賢吾も。 ぐっと奥歯を噛み締めた和彦は、いまさらながら、自分がどれほど怖い男たちの〈オンナ〉であるのか、痛感していた。大事にしてくれてはいるが、一方で、自分たちが背負う組織のために、どこまでも傲慢で容赦なく振舞う。 それでも和彦は身を委ねるしかないのだ。「――……助言を、いただけないでしょうか。どうすれば、影響を最小限に抑えて、なおかつ、誰にも口出しをさせないほど、きちんとケリをつけられるのか。そんな方法があるのでしょうか?」「簡単だ。南郷を跪かせるといい」 事も無げに告げられ、静かな衝撃が胸に広がる。「ひざま、ずかせる……?」「あの男の土下座は、価値がある。――南郷が小さな組の組長代行を務めていた頃、その土下座で揉めに揉めてな。南郷は、親ともいえる組長の面子を潰した挙げ句、結局総和会が介入する話にまでなった。結果が、今の立場だ」 その今の立場を守るために、南郷は和彦の要求を呑むか否か、試せというのだ。しかし守光には確信があるのだろう。南郷は、和彦に詫びるために跪くと。それで、すべてケリがつくと。 頭が、考えることを放棄したがっていた。南郷にそこまでさせてしまうことで、どういう結果が生まれるのか、想像するのが怖かったのだ。不穏なものを感じながらも、しかし他に手段も思いつかない。 和彦は、守光に頭を下げた。「すべて、お任せします。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」「あんたが頭を下げる必要はない。今回の件は、こちらの不始末だ。それを円満に解決するために、あんたの手を借りる。面倒だと思うかもしれんが、この世界で円滑に物事を進めるには、取り繕うべき形が必要なんだ」「……そのことを
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第27話(26)

 守光とようやく唇を吸い合うようになり、舌先を触れ合わせる。引き出された舌を柔らかく吸われ、軽く歯を立てられた瞬間、和彦の中に無視できない疼きが生まれて、呼吸が弾む。守光の目元が笑みを滲ませた気がするが、何が潜んでいるかわからない両目を覗き込むこともできず、視線を伏せる。それが合図のように、守光の舌が口腔に入り込んできた。 口づけは情熱的で、官能的だった。緩やかに舌を絡めながら、同時に守光の唾液を与えられ、微かに喉を鳴らした和彦は、無意識のうちに鼻にかかった声を洩らす。そんな自分の姿に気づき、燃えそうなほど全身を熱くしたところで、守光に促されるまま布団の上へと移動し、押し倒された。 浴衣の帯を解かれ、下着を脱がされる。湯上がりのせいばかりではない熱を帯びた肌を、守光が両てのひらで撫でてくる。和彦は顔を背け、ゆっくりと深い呼吸を繰り返していた。 守光の片手が両足の間に入り込み、和彦の欲望をそっと握り締める。さらに、首筋には唇が這わされていた。穏やかな愛撫に晒されながら、和彦は目を閉じる。心地いいと思った次の瞬間には、その愛撫を加えているのが守光だという現実にすぐに我に返り、心が揺れる。そんな和彦の反応すら見透かしているかのように、唐突に守光が両膝を掴み、足を思いきり左右に開かされた。「あっ」 動揺した和彦は反射的に目を開け、声を上げる。その拍子に、守光と目が合った。ここでもう、守光の行動すべてを目で追わずにはいられなくなる。 守光は、開いた両足の間に頭を伏せる。さきほどまで、てのひらに包み込まれて扱かれていた和彦の欲望に熱い息遣いがかかった。「んうっ……」 守光の口腔に欲望を含まれた瞬間、強烈な感覚が背筋を駆け抜ける。和彦は布団の上で大きく背を反らし、息を詰める。 守光の愛撫は激しさとは無縁だった。和彦の欲望を優しく吸引し、舌を絡ませながら、じっくりと口腔で育てていくのだ。和彦は速い呼吸を繰り返しながら、次第に下肢から力を抜き、望まれるまま自ら大きく足を開く。 感じやすい先端にくすぐるように舌先が触れ、そのたびに下腹部を震わせる。和彦の欲望は、守光の口腔で熟しきっていた。「――この味が、恋しかったんだ。あ
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第27話(27)

 守光の片手に、すでに精を放った欲望を掴まれる。緩く上下に扱かれただけで、和彦は放埓に声を上げて、守光に貫かれながら奔放に乱れていた。酔いのせいで箍が外れたと言う気はない。体が、守光に馴染み始めたのだ。 両足をしっかりと抱え上げられ、内奥深くまで守光の欲望を挿入される。大きくゆっくりと突き上げられて、和彦は上体を捩って悶える。他の男たちであれば、欲情をぶつけるように激しい律動を繰り返すのに、守光は違う。時間をかけ、責め苦のように快感で和彦を狂わせる。 浴衣を完全に脱がされ、胸元に愛撫の跡を散らされる。胸の突起を吸われて喉を震わせると、何度目かの口づけとともに、日本酒を流し込まれる。さらには今度は、柔らかな膨らみを、思いがけず手荒な手つきで揉みしだかれる。「ひっ……、あっ、あぁっ――」 刺激の強さに腰が跳ねそうになるが、体の奥深くまでしっかりと欲望を埋め込まれているためそれが叶わず、空しく震わせる。そこを容赦なく、守光に腰を揺すられ攻められていた。「よほどここが、いいようだ。あんたの尻が、しゃぶりつくように締まる。〈これ〉を仕込んだ男は、この具合が気に入ったんだろう」 守光の指に弱みをまさぐられ、弄られる。優しいが、残酷でもある手つきは、賢吾とそっくりだった。「うっ、うっ、もう、許し、て、ください……、そこは……」「だが、あんたは悦んでいる」 子供のように首を振る和彦の仕草に心惹かれたように、守光がじっと見下ろしてくる。眼差しの強さに羞恥した和彦だが、追い討ちをかけるように問われた。「ここがいいのか、先生?」 守光の指が妖しく蠢き、和彦の意識は危うく飛びかける。なんとか繋ぎ止めはしたものの、代わりに理性は蕩けきっていた。「は、い……」「もっと弄ってほしいか?」「……お願い、します」 守光の唇が緩み、感嘆するように言葉を洩らした。「賢吾や千尋が、あんたに骨抜きになるはずだ。見た目は品のいい青年が、こうも容易く体を開いて、淫奔ぶりを晒け出す
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第27話(28)

 内奥深くにまで道具を突き込まれ、腰から下が甘く痺れる。自分でもわかるほど必死に、道具を締め付けていた。和彦は呻き声を洩らしながら、道具の蠢きに合わせて、妖しく腰をくねらせる。本当は何かにしがみつきたいが、両手首をしっかりと縛められているためそれができない。もどかしいが、そのもどかしさにすら、感じてしまう。「あっ、あっ、んうっ……、うあっ」「もう少し、武骨な形のオモチャも作らせよう。もう少し太く、もう少し長く――。それを味わうあんたを見てみたい」 ここで一度、内奥から道具が引き抜かれる。和彦は再び仰向けにされるが、両手首の縛めを解かれることはない。体の下に敷き込んだことでより拘束感が増し、和彦は半ば恐れながら守光を見上げる。当の守光は、端整な顔に笑みを浮かべ、上気して汗で濡れた和彦の体を眺めていた。しどけない和彦の姿とは対照的に、守光は浴衣の乱れすらすでに正している。和彦に、快感という責め苦を与える準備ができているということだ。 両足を広げられ、反り返って濡れそぼった欲望の形を確かめられる。先端を指の腹でそっと撫でられただけで、和彦は短く悲鳴を上げて感じていた。「この蜜は、あとでまた味わうとしよう。今は、オモチャ遊びだ」 和彦の欲望を緩く二度、三度と扱いた守光は、箱から鮮やかな朱色の組み紐を取り出した。一目見ただけで、その組み紐を何に使うか、和彦にはわかった。『オモチャ遊び』と守光は言ったが、漆塗りの箱は、さながらオモチャ箱だ。和彦を淫らに攻めるための道具が揃っている。「ふっ……」 興奮して震える欲望に組み紐が幾重にも巻きつき、根元をしっかりと締め上げられる。苦痛のため足掻こうとするが、肝心の両手は拘束されており、体を起こすのもままならない。そんな和彦の体を、守光は愛しげに撫で回し、唇を這わせてくる。「うっ、くうっ――ん」 柔らかな膨らみを片手で揉みしだかれながら、胸の突起を優しく吸い上げられる。和彦は甘い嗚咽を洩らして身悶えていた。これ以上ない痴態を守光に晒していると自覚はあるが、すでにもう自制がきかない。そもそも、和彦がそういう状態になることが、守光の望みだったはずだ。 
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第27話(29)

 南郷のことがあり、じっくりと考える余裕がなかったが、それは言い訳にしか過ぎない。本当は、あえて避けていたのだ。 英俊からの連絡に対して、どう対応すべきかという答えを出すことを。 いくら疎遠になろうが、夢に出てくる佐伯家の光景はいつでも鮮明だ。物心ついたときから感じていた疎外感すら、生々しく心に蘇っている。 もういい大人なのだから、実家と縁を切って生きていくことはできる。実際いままでも、似たようなものだったのだ。それが、こうして不安感に晒されるのは、現在、自分を大事にしてくれている男たちに何かしらの迷惑をかけるのではないかと危惧するからだ。世間からすれば、迷惑を被るのは佐伯家のほうだと、口を揃えて言うだろうが。 やっぱり、あの家のことは考えたくない――。 体を丸くした和彦は小さく呻き声を洩らしてから、再びサイドテーブルに手を伸ばす。携帯電話を取り上げると、救いを求めるように、誰よりも自分に優しい男に電話をかけていた。『――こんな時間にどうかしたのか、先生』 電話越しに聞こえてきたハスキーな声が、鼓膜に溶けていく。その心地よい感触にそっと吐息を洩らして、和彦は応じた。「今、大丈夫か?」『ああ、ちょうど部屋で一人で飲んでいたところだから、気にしないでくれ』「よかった、と言っていいのかな。ぼくのつまらない話につき合わせる気満々なんだが」『俺は、嬉しい。思いがけず、こうして先生の声を聞きながら、酒が飲めるんだから』 自分も、長嶺の男たちのことは言えないと、和彦は笑みをこぼす。三田村から、欲しい返事をもぎ取ったのだ。「……今日は、会長に呼ばれてちょっと遠出したから疲れたんだ。早めに寝たけど、夢見が悪くて、こんな変な時間に起きてしまった」『先生が、総和会の用事で出かけたことは、組にも報告は入っていたが、そうか、会長と……』 三田村の口調はあくまで優しいが、意識して感情を排しているようにも感じられる。「ああ……。何かしら、聞いてはいるだろう。南郷さんのこと」『組を騙す形で連れ出された先生の居
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第27話(30)

 ここで和彦は、この寝室にはまだ盗聴器は仕掛けられているのだろうかと思い至り、布団に頭まで潜り込む。いつでも意識するのは、賢吾の存在だ。「少し引っかかっている。穏便に済ませたいという気持ちは、確かにあるんだ。だけど、当事者のぼくに相談する前に、穏便に済ませるためのお膳立てが、会長と組長の間ですでにできていているようだった。ぼくは、上手く誘導されて頷いただけのようで――違うな。そうじゃない。こういうやり方で回っている世界だと知っているし、理解もしているんだ」 そもそも、自分のことで揉めないでほしいと望んでいたのは、和彦だ。長嶺の男たちの行動は、組織同士の無用な対立を避けるためであるだろうが、和彦の望みも叶えてくれている。それでも釈然としないのは、きっと自分のわがままなのだろう。「組長が何を考えているか、まったくわからない。南郷さんのことで、ぼくのことを迂闊だとか、隙がありすぎるとか、そんなふうに責められてもないんだ。……仕事の一つとして、南郷さんとのことを淡々と処理されたように感じる」 ここまで話したところで三田村は、和彦自身ですら輪郭を掴みかねている気持ちを、しっかりと言葉で掬い上げてくれた。『――先生は、組長の感情的な姿を見たかったんだな』「えっ」『俺の〈オンナ〉に何をしやがる、と言ってほしかったと、今の先生の言葉を聞いていたら、そんな心の声も聞こえてきた。……もしかして俺は、自分が思っているより酔っているのかもしれないから、そんなことと、笑ってくれてもいい』 真っ暗な布団の中で、和彦はゆっくりと目を瞬く。三田村の指摘に、自分でも驚くほど納得していた。「……そう、なんだろうな。ぼくは、自分でも呆れるほど、図太い神経をしているかもしれない。人を脅迫して、職場どころか、普通の生活まで奪った男に、そういうことを望むなんて」『組長は本当は、激情家なんじゃないかと、感じるときがある。背負うものがあって、危険な立場に身を置いているから、常に感情を律しているが。先生に直接意見を求めなかったのは、組長なりに危惧したからじゃないか』「危惧?」『先生が怯
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第28話(1)

 こういう表現は変なのだろうが、南郷の土下座は美しかった。 ダークスーツに包まれた大きな体を畳に擦りつけるように折り曲げ、これ以上なく深く頭を下げるという屈辱的な姿勢を取っていながら、どこか誇らしげにさえ見え、そんな南郷の姿に和彦は、ただ圧倒されていた。 初めて目の当たりにした土下座が、よりにもよってヤクザによるものなのだ。しかも、ただのヤクザではない。十一の組で成り立っている総和会の、その頂点に立つ人物の側近だ。 自分は、そんな男を跪かせてしまったのかと、座布団の上に正座をした和彦は、空恐ろしさに小さく身を震わせる。 あくまで和彦と南郷の間に生じた〈些細な諍い〉は、南郷がこうして土下座をすることで、一応の和解となる。正確には、そう公言できるだけの手順を踏んだということだ。 和彦の気持ちとしては、そもそも事を大げさにするつもりはなかったし、頭を下げている南郷にしても、腹の内は煮えくり返っているかもしれない。それでも、和解は和解だ。「――……もう、頭を上げてもらえませんか? 十分ですから……」 こちらから声をかけなければ、南郷の行為を制止する人間はいない。なんといっても、和解のために用意された和室には、和彦と南郷の二人しかいないのだ。総和会と長嶺組双方からの立会い人の同席を求められたが、和彦自身が断ったためだ。その代わり、部屋の外で待機してもらっている。 本当はそれすら断りたかったが、さすがに二つの組織の面子のためにと言われると、無碍にもできなかった。 守光の居城ともいうべき総和会本部の中にいて、何かあるはずもないのだが――。 ようやく南郷がわずかに頭を上げ、鋭い上目遣いで和彦を見つめてくる。「この場に、俺とあんたの二人しかいないが、これでも立派な手打ち式だ。俺が頭を下げて終わりじゃない。あんたが、終わらせるんだ」「……ぼくに、どうしろと?」「簡単だ。ただ一言、許す、と」 ニヤリと南郷に笑いかけられ、数秒の間を置いて和彦は、敵意を込めた眼差しを向けていた。『許す』という言葉が、どれだけの行為に対してのも
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第28話(2)

 ジャケットのボタンを外しながら移動する和彦に、揶揄するように賢吾が話しかけてくる。和彦は素っ気なく応じた。「そんなひどいことは思わないが、否定はしない」「ふむ。機嫌が悪そうだ」「……あんなものを見せられて、機嫌がいいわけないだろう」「総和会と縁がありながら、南郷の土下座を『あんなもの』呼ばわりできるのは、多分先生ぐらいのものだろうな」 いつもであれば、苦々しく感じながらも受け流せるのであろうが、事実今の和彦は機嫌が悪かった。ついカッとして、脱いだジャケットを賢吾に投げつける。「手打ち式ってなんだ? まるでぼくが、ヤクザになったみたいだ。長嶺の男に大事にされている立場を利用して、大層な詫びを求めたと思われたはずだ」「傲慢なオンナだと思われるのは嫌か?」 澄ました顔で賢吾に問われ、返事に詰まった和彦は、きつい眼差しを向ける。ささやかに持っているプライドや恥というものを嘲笑われた気がしたのだ。「もう、いい……。今日は誰とも話したくない」 賢吾の足元に落ちたジャケットを拾い上げ、傍らを通り過ぎようとする。次の瞬間、腰に賢吾の片腕が回される。何事かと思ったときには和彦の体は浮き上がり、爪先が廊下から離れていた。「おいっ……」 反射的に身を捩ろうとしたが、まるで荷物のように賢吾の肩に担ぎ上げられる。バランスを崩しかけて、咄嗟に賢吾の着ているワイシャツを握り締める。わけがわからないまま、もう一度身を捩ろうとして、賢吾に尻を叩かれた。「おとなしくしてろ。落とすぞ」「だったら下ろしてくれっ。一体なんのつもりだ」 賢吾の背を逆さまに見ているうちに頭に血がのぼり、さらに声を荒らげると、眩暈までしてくる。たまらず和彦は、広い背を拳で殴りつけたが、まったく堪えていないらしく、賢吾の足取りが乱れることはない。 寝室に入ってから、和彦の体はベッドに転がされる。すぐに起き上がって抗議をしようとしたが、素っ気なく賢吾に肩を押され、また仰向けで転がった。「怒りを露わにしている先生は、艶やかだな。この世界の男たち
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第28話(3)

「そうだったな。俺は先生から堅気の生活を奪った。挙げ句が、長嶺の男三人の〈オンナ〉という立場……いや、役目を押し付けている。とっくに腹を刺されていても、不思議じゃない。なのに、こうして俺がピンピンしているのは――どうしてだ?」 賢吾に顔を覗き込まれ、和彦はスッと視線を逸らす。長嶺の男は、いつも和彦から欲しい答えをもぎ取ろうとするのだ。 低く喉を鳴らして笑った賢吾の指に、あごの下をくすぐられる。「先生は俺にとって、大事で可愛い、特別なオンナだ。逃がさないために、何重にも鎖を巻きつけて、この世界に留めておきたくなる。先生にどれだけつらい思いをさせようがな」「まだ……、そこまで、つらい思いはしていない。それどころか、ひどく甘やかされているようだ」「甘い地獄だ。品がよくて優しい一方で、したたかで多淫な先生は、繊細だ。壊さないように大事にしながら、抜け出せないよう深い場所にまで引きずり込む」「……ぼくがそこまで堕ちたら、本性を見せるんだろ」「もう見せているとは、考えないのか?」 返事に詰まった和彦の反応をおもしろがるように、賢吾は目元を和らげ、そして、額に唇を押し当ててきた。 暴発寸前だった怒りが消えてなくなっていくようで、そんな自分の現金さに和彦はうろたえ、視線をさまよわせる。「――ぼくの機嫌を取っているつもりなのか?」 こめかみに唇を這わせる賢吾の息遣いが笑った。「取ってほしいか?」 カッとした和彦は賢吾の肩を押し上げようとしたが、簡単にあしらわれ、強引に唇を塞がれる。喉の奥から呻き声を洩らした和彦は、なんとか賢吾の顔を押しのけようとするが、反対にがっちりと頭を押さえ込まれていた。 食らいつくような勢いで唇を吸われたかと思うと、熱い舌を口腔深くまでねじ込まれ、犯される。あまりの口づけの激しさに息苦しくなり、必死に身を捩ろうとするが、覆い被さっている体はびくともしない。 このまま窒息させられるのではないかと、本気で怯え、動揺した和彦の抵抗をすべて受け止めながら、賢吾は口づけを続ける。 ようやく一度
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