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All Chapters of 血と束縛と: Chapter 1251 - Chapter 1260

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第36話(11)

「……俺の父さんもなかなかのもんだと思っていたけど、佐伯さんのところも、けっこう……」「君のお父さんは、進学については、なんて?」「大学のランクについては、興味ないんですよ。あるのは、俺が大学生という身分を手に入れて、春にこっちに来ることだけ」 何かありそうだなと思ったが、ハンドルを握る綾瀬の部下にすべて聞かれているため、迂闊に探りを入れられない。 ただ、会話を交わしながら、新鮮な感覚を味わっていた。和彦の周囲には、千尋を含めて若者がいることはいるのだが、組と関わりを持つ堅気とは言いがたい若者が大半だ。しかし玲は、父親がヤクザではあるものの、本人は荒んだ様子もなく、ごく普通の高校生だ。こうして進学について話せるだけでも、和彦にとってはある意味、非日常の体験だった。「だったらもう、来るのは確定みたいなものだ」「それでも、多少はハッタリのきくようなところには行きたいですよ。将来、あの父親を、俺が食わせなきゃいけなくなるかもしれませんから」「あー、じゃあ、一人っ子?」「認知されたのは俺だけのようだから、多分、そうです」 和彦が複雑な表情をすると、横目にちらりと見た玲が口元を緩める。「こういう話、多いでしょう。この世界。男の甲斐性とか言って」「――……そうなんですか?」 返事に困った和彦が、ハンドルを握る綾瀬の部下に尋ねると、なぜか玲が噴き出した。「おもしろいですね、佐伯さん」 そうかな、と小声で応じる。 他愛ない会話を交わしているうちに、いくらか車中の空気が和んだ頃に、目的地の近くまでくる。 大学の周囲を歩いてみるかと言ってみたが、それは合格してからの楽しみにしておきますと答えられた。その代わり、次の目的地をリクエストされる。「ちょっと、服を見たいです。なんだったら、俺だけ適当な場所で降ろしてもらえたら、一人で店を回るんで」「いいよ。一緒に行こう。実は買い物好きなんだ」 和彦の言葉に、玲は大まじめな顔で忠告してきた。「値段が高いところはダメっすよ。
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第36話(12)

「まあ、いろいろだよ。しばらく塞ぎ込んで、やっと落ち着いたところに、御堂さんに誘われたんだ。あの人に話を聞いてもらおうかと思って」 適当に誤魔化すこともできたが、向けられる真剣な眼差しに応えなくてはいけない気持ちになり、つい話してしまう。「じゃあ、予定外に登場した俺は、邪魔でしょう」「その口ぶりだと、君を連れて行くと伊勢崎さんが決めたのは、本当に急だったんだな」「どうでしょう。父さんの中ではとっくに決定事項で、ただ、他の人間に伝えたのが急だったのかも。……勢いと衝動で生き抜いているような人だから」 呆れたような口調ではあるが、父親を疎んじている素振りは一切感じられない。きっといい父子関係を築いているのだろうなと、和彦は思った。だからこそ、自分と俊哉の関係について思いを巡らせずにはいられない。 危うくため息をつきそうになったが、玲の視線を意識して、なんとか堪える。声をかけて店を出ると、和彦から促すまでもなく、玲が次の行き先を口にした。「ゲーセンに寄っていいですか?」「……意外だ。そういうところに行くんだ」「たまに、気分転換に。高校生も、ストレス溜まることがあるんですよ」 妙に老成したような物言いに、和彦は声を洩らして笑いながら、玲の腕に手をかけて歩き出す。「近くにある?」「ばっちり、チェック済みです」 玲の案内で、さっそくゲームセンターに向かう。和彦自身は一人でまず立ち寄ることがない施設だが、千尋に何回か連れて行かれたことはあった。 さすがに玲は慣れた様子でまっさきに紙幣を両替し、和彦も倣う。けたたましい音楽が鳴り響く中、きょろきょろと辺りを見回す。当たり前だが、若い客が多いのだが、和彦とそう年齢が変わらない、スーツ姿の男が熱心にクレーンゲームをしていたり、老夫婦がメダルゲームに興じていたりと、案外客層の幅は広い。 玲に誘われていくつかのゲームをやったが、自分のあまりの下手さに笑ってしまう。それでも、カーレースゲームでは、柄にもなく声を上げて興奮したのだ。我に返って冷静さを取り繕ったが、隣で玲が肩を震わせて笑っていた。
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第36話(13)

 玲がさっそくスマートフォンを取り出し、何かを調べ始める。その様子を眺めているうちに、御堂の実家近くまでやってくる。 すでに御堂は戻っているのか、家の前に車が停まっていた。さらに、辺りを警戒するように立っている男たちの姿もある。「あれ――……」 声を洩らしたのは玲だった。和彦と同じ方向を見て、軽く眉をひそめている。「どうかした?」「あっ、いえ、あそこに立っているの、父さんの組の人間です。車も、そうだ……」 つまり、龍造が訪れているということだ。当然、御堂も一緒だろう。 和彦は、預かっていた合鍵をキーケースから取り出す。どうやら今日は使う機会はなかったようだ。「何か聞いてた?」「何も。思いつきで行動するのはいつものことなので、いまさら驚きませんけど。護衛につく組員たちが、いつもぼやいてます。行き先も言わないで、一人でどこかに行ってしまうって」 玲自身も苦労していそうな口ぶりに、和彦は微笑ましさを覚える。 家の前で車から降り立つと、さっそく玲が、龍造の護衛についているという組員たちと会話を交わす。和彦は会釈をしてから先に家に入ると、玄関には二組の革靴が並んでいた。 まっさきにリビングを覗いてみたが御堂と龍造の姿はなく、次にダイニングへと向かう。こちらには、テーブルで茶を飲んだ形跡があった。 御堂の部屋にいるのだろうかと思いながら、廊下に出た和彦は一旦立ち止まって考える。大事な話をしているのなら邪魔をしたくなかったが、戻ってきたことを報告しておきたい気もする。なんといっても和彦は、組長の子息を連れ回していたのだ。 荷物を置きに、使わせてもらっている部屋に向かっていた和彦の視界に、廊下を曲がった玲の姿がちらりと入った。他人の家だからと物怖じする様子のない玲は、まるで我が家のように堂々と歩き回っているようで、その様子に知らず知らずのうちに表情は緩む。 今日は一体どうなるかと身構えていたのだが、玲のおかげでずいぶん楽しめた。あの泰然自若ぶりは、慣れからくるものなのか、生来のものなのかはわからないが、救われたことに変わりはない。 
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第36話(14)

「言えよ、秋慈。俺の息子と、大事な客人が見ている前で」 御堂は怒りをぶつけるように、龍造の一つに束ねられた髪を掴んで引っ張る。ここで龍造が乱暴に腰を突き上げると、御堂が声を上げると同時に、髪を掴んでいた手が落ちる。その拍子に、指が引っかかったのか、髪をまとめていた紐が解けた。「……あなたに、関係ないでしょう」「関係あるだろ。お前は、俺の〈オンナ〉だ。お前を自由にする権利がある」 御堂が何か言いかけたが、龍造が唇を塞いでしまう。切迫した息遣いとともに、御堂が畳を蹴りつけた。その音で我に返った和彦は、咄嗟に玲の腕を掴んでその場を離れる。 慌しく廊下を歩きながら、真っ白になっていた思考が次第に色を取り戻していく。そこで、自分が今一番、何を気にかけなければならないのか思い出した。 立ち止まり、傍らを見る。玲は唇を引き結んではいるものの、非常に落ち着いているように見えた。むしろ和彦のほうが激しく動揺している。「あっ、大、丈夫、か?」 上擦った声で問いかけると、一拍置いて大きく息を吐き出した玲が、短く刈った髪に指を差し込む。「佐伯さんのほうこそ、大丈夫ですか? ……顔、赤いですよ」「ぼくは……平気だ。びっくりしただけで――」 いつの間にか熱くなった頬を撫でた和彦は、御堂の部屋のほうにちらりと視線を向ける。龍造が言った言葉が、しっかりと耳に残っていた。 男の庇護を必要としていない今の御堂を、龍造はまだ自分のオンナ扱いしていると知り、なぜか屈辱感にも似た苦い感情が込み上げてきた。行為の最中の戯言だとしても、御堂には相応しくないと思ったせいだが、そう感じるということは、和彦自身の経験のいくつかを、御堂に投影しているのかもしれない。「――つらそうな顔をするんですね」 ふいに玲に言われ、伏せていた視線を上げる。黒々とした瞳が、じっと和彦を見据えていた。「そうかな……」「自分が辱められたみたいな、そんな感じに見えます。……父さんに、そのつもりはないんですよ。
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第36話(15)

 気をつかわなくていいのにと、柔らかな苦笑を浮かべて窓に歩み寄る。もっとよく庭を眺めようとして、あくびを洩らす。 朝から気を張り詰め、午後からは玲と歩き回っていたので、さすがにもう動くのが億劫だ。今夜は安定剤の力を借りる必要はないだろう。いくら心配事があるにしても、安眠できそうだ。 ふっと表情を引き締めた和彦は、窓に額を押し当てる。オンナである自分を、玲はどんなふうに見ていただろうかと、夕食時の様子を思い出そうとする。しかし、玲はあくまで自然体だった。そう和彦には見えた。 だからこそ、明日は一緒に行動していいものかと悩んでいると、携帯電話が鳴った。相手が誰であるか確信して、文机の上に置いた携帯電話を取り上げる。「……ぼくが連絡を忘れていると思って、かけてきたのか……」 開口一番、ため息交じりに和彦が言うと、電話の向こうから低い笑い声が聞こえてきた。『疲れた先生が、もうウトウトしかけているんじゃないかと思ってな。まだ起きていたか?』「かろうじて。実際、今日は疲れた……」『ご苦労だったな。秋慈や、綾瀬さんからも連絡をもらって、丁寧に礼を言われた。二人とも、先生を褒めていたぞ』 まるで子供扱いだなと思ったが、賢吾や長嶺組の名に泥を塗らなかったというのなら、素直に受け入れておくべきだろう。「綾瀬さんにはずいぶんお世話になったんだ。あとで改めてお礼を言わないと」『その代わり、先生が子守りをしたんだろう』 一体なんのことかと思ったが、すぐに見当がついた。「伊勢崎組長の息子さんのことか。子守りだなんて言ったら、失礼だ。高校三年生なのに。しかも、ずいぶんしっかりしている」『うちの千尋よりもか?』「……答えにくいことを聞かないでくれ」 話しながら和彦は、行儀が悪いと思いつつ布団の上に転がる。こうして賢吾と話していると、自分にとっての日常が戻ってきたような気がする。もちろん和彦にとっての日常とは、鷹津に連れ去られる以前のことを指している。 ささやかな胸の痛みを感じたが、
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第36話(16)

『伊勢崎龍造。俺が会ったのは、ずいぶん昔だったがな。当時からアクの強い男だったが、秋慈の話を聞く限りじゃ、今も変わってないようだ』「御堂さんの――」『前に先生に話したな。秋慈をオンナにしていた男は二人いて、一人は綾瀬さん。もう一人は北陸の連合会の大幹部になっていると。ああ、伊勢崎組長だ』 御堂を抱いている現場を見たので、よくわかっているとは言えない。御堂の心情を慮れば、何もかも報告すればいいとは思えなかった。『北辰連合会は絶えず火種を抱えて、暴発させているような組織で、ここ最近は落ち着いてきたとはいえ、だからといって総和会のようにまとまって、安定しているというわけではない。そんな組織の中核に居座っている男だ。なんの考えもなく、清道会会長の祝いの席に来るとも思えない。思惑がわからねー以上、俺は迂闊に接触したくなかった。だが、興味はある』「……御堂さんや綾瀬さんは、なんて言ってたんだ?」『何も。俺は、長嶺組の組長であると同時に、今の総和会会長の息子だ。清道会が掴んでいる情報をすべて教えろと言うのは、ムシがよすぎるだろう。俺としても、オヤジの利益のために、昔馴染みを利用する気はないしな』 和彦はふと、清道会会長の祝いの席で目にした、伊勢崎父子の姿を思い返す。日頃の父子関係をよく表わしていると感じたし、今賢吾が電話越しに話しているのもまた、独特の父子関係を表しているといえる。 人それぞれに父子関係はあるのだと、いまさらなことを和彦は実感していた。「難しい話は、ぼくには関係ない。少なくとも、伊勢崎組長の息子さんは、いい子だと思った。ぼくにはそれで十分だ。……高校生があんなに可愛いものだと思わなかった」『さっきからベタ褒めだな。千尋が聞いたら妬きそうだ。それに、俺も』 冗談として受け止め、和彦は声を洩らして笑っていた。すると、優しい声音で賢吾が言う。『ようやく、笑い声を聞かせてくれた』 和彦は顔を強張らせる。さらに賢吾は続けた。『〈あの男〉を忘れろとは言わん。だが、いつまでも気持ちを傾けすぎだ。先生が気持ちのバランスを取れるようになるというなら、俺とし
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第36話(17)

**** テーブルに広げた新聞の文字を漫然と目で追っていて、和彦はふと我に返る。さきほどから、内容がまったく頭に入っていないことに気づいたからだ。 ふっと息を吐くと、新聞を畳んで頬杖をつく。なんとなく落ち着かない気分でダイニングを見回す。整然すぎるほどに片付いているこの場にいるのは、今のところ和彦だけだ。 朝食は、御堂と二人でとったのだが、その後、御堂は、ゆっくりお茶でも飲んでいてくれと言い置いて、本人はダイニングを出て行った。 さきほど、ダイニングの前を通りかかった御堂は掃除機を持っていたので、部屋の掃除をしているようだ。和彦も手伝おうとイスから腰を浮かせかけたが、笑顔を浮かべた御堂に、しっかりと首を横に振られてしまった。 強い人だな、と思う。 昨日、不本意な形で龍造との行為を見られたあと、そんな必要はないのに和彦に謝罪してくれた。そのうえで、今朝は何事もなかったように接してくるのだ。もし和彦が当事者であったなら、感情がすべて表に出てしまい、とても落ち着いてはいられない。 経験や、背負った肩書き、精神力の強さまで、何から何まであまりに自分とは違いすぎると、和彦は危うくテーブルに突っ伏しそうになる。どうしても自分を卑下してしまうのは、昨夜の賢吾との電話も起因しているだろう。 和彦の胸の内すら見透かす男は、優しいのか残酷なのか、とんでもない〈冗談〉を言った。 そこまでしても、自分の中から鷹津の存在を追い出してしまいたいのだろうかと、電話を切ってから和彦は、賢吾の胸中を推し量らずにはいられなかった。 いまだに鷹津のことを考えると、胸苦しさに襲われる。こんなことすら、賢吾に対する背信行為に当たるのだろうかと問い質してみたいが、次の瞬間には、大蛇の体で締め上げられる自分の姿を想像する。「――おはようございます」 ふいに傍らから声をかけられ、飛び上がるほど驚く。いつの間にか、Tシャツ姿の玲が立っていた。「寝坊しました。昨夜、目覚ましをセットするの忘れて……」 決まり悪そうな顔でそう言った玲が、壁にかかった時計を見上げる。寝坊と
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第36話(18)

 自分の発言で、思い出した。この家に泊まった日の夜、安定剤でふらふらになった和彦を助けてくれた玲の顔を見て、強烈な既視感に襲われたのだ。過去に玲と出会っている可能性は皆無に近く、単なる錯覚として片付けるべきなのだろうが、何か引っかかる。「そういえば君も、前からぼくを知っている気がすると――」 会話を断ち切るように、低い異音が響いた。何事かと、驚いた和彦が周囲を見回すと、申し訳なさそうに玲が頭を掻いた。「すみません。……俺の腹の音です」 数秒の間を置いて、和彦は声を上げて笑っていた。おかげで、自分が何を質問しようとしたのか、すっかり忘れてしまった。** 御堂に見送られて出発した車内は、昨日とまったく同じ面子が揃っている。和彦と玲、運転手兼護衛である綾瀬の部下の三人だ。おかげで、堅苦しい空気もなく、気楽に会話を交わせる程度には馴染んでいた。 玲の要望を受けて、これから一時間ほどドライブだ。 和彦は、玲がさきほどから触れているスマートフォンの画面を覗き込む。表示されているのは、『お勧め観光スポット』という文字と、さまざまな施設の画像だった。 和彦の視線に気づいた玲が、照れ隠しなのか、ぎこちない笑みを浮かべる。「せっかくだから、〈おのぼりさん〉らしいところに行ってみたいなって」「これ、確かに観光スポットではあるけど、デートスポットも重なってるところがあるよね」「……本当ですか」「いいじゃないか。立ち寄ったついでに、クラスの女の子に何か可愛い小物でも買って帰ったら、喜ばれるんじゃないか。……あれっ、高校生って、そういうことしないのかな?」「すっごくモテる奴は、するかも。残念ながら、俺は――」 玲は芝居がかった仕種で肩を竦め、首を横に振る。その言葉が本当かどうかはともかく、外見が恵まれているというだけではなく、独特の雰囲気を持つ玲は、高校ではさぞかし目立つだろう。ただし、目立つ理由の一つとして、父親の職業も関わっているのかもしれないが。「あっ、いかにも定番な土産も買いたいです。
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第36話(19)

 和彦は辺りをきょろきょろと見回していたが、ふとあることを思い出す。休憩するにはちょうどいい場所が近くにあることを告げると、玲も頷いたので、さっそく移動する。 向かったのは、有料の植物園だった。 春だけではなく、紅葉が始まる秋になると、平日であろうが客でにぎわう場所なのだが、今はまだ時季としては少し早いうえに、有料ということもあり、比較的空いているだろうと読んだのだ。 チケット販売の窓口は、さすがに家族連れや子供たちのグループなどで混み合っていたが、中に入ってしまえば、敷地が広いため、すぐに人は分散して、あまり目につかなくなる。 のんびり過ごすには、ここはいい穴場なのだと、嬉しそうに教えてくれたのは誰だっただろうか――。 ふと懐かしい思い出に浸りかけた和彦だが、高校生の隣にいて、それがとてつもなく不埒なことに思え、慌てて頭から追い払う。「すごいっすね。すぐ目の前を広い道路が通って、車が渋滞しているっていうのに、ここは静かだ」 土と緑の匂いもすると、玲が犬のように鼻を鳴らす。その姿を和彦が眺めていると、気づいた玲が言い訳めいたことを口にした。「言っておきますけど、俺の地元、大自然に囲まれて、子供は野山を駆け回っているとか、そういうところじゃないですからね。そこそこ……、部分的には、都会です」「……何も言ってないよ」「でも今、すごく微笑ましい目をして、俺のこと見てました」「可愛いなと思って」 思わず出た言葉に、和彦は頭を抱えたくなる。いろいろな意味でデリカシーに欠けた発言だったと、謝罪しようとしたが、玲の反応を目の当たりにして、何も言えなくなる。玲は、怒ったように唇をへの字に曲げたが、向けられた横顔が赤くなっていた。 なぜか二人の歩調は速くなる。「ごめん……。君を子供扱いしているとかじゃなくて、高校生との会話ってこんな感じなのかって、すごく新鮮で、気が楽というか……」「――佐伯さん、普段は組の人たちに囲まれて生活してるんですか?」 玲が質問をしてくれたことに内心でほ
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第36話(20)

「最初は、よくわかってなかったんですけど、繰り返し聞かされているうちに、ああ、そういうことか、って。父さん、愛人は何人もいるんです。だけどこれは、特別な人の話で、忘れられない……別れられないんだとわかったら、俺、どんどん興味が湧いてきたんです」「御堂さんのことだね。……会ってみて、どうだった?」「不思議な感じでした。これが、父さんのオンナなのかと、変な話、ちょっと感動すらしました」 生々しい内容のはずなのに、玲の口調があまりに自然なので、和彦のほうも羞恥心や罪悪感を刺激されずに済む。「御堂さんに初めて会ったその日の夜に、廊下で寝ている佐伯さんにも会って、まず最初に、なんとなく似ている二人だなと思ったんです。男の人なのに、ちょっとドキリとするような独特の雰囲気があって。御堂さんは、優しいような、柔らかいような印象を受けたと思ったら、次の瞬間には、鋭くて、ヒヤリとする冷たさを感じました。この人やっぱり、父さんと同じ種類の人だなと思ったんですが、佐伯さんは――」「……ぼくは?」「幽霊かと思いました」 和彦は首を傾げる。玲は、くっくと声を洩らして笑った。「だって、夜中の廊下に、男の人が座ってぐったりしてるんですよ? 俺、ビクビクしながら声かけたんですから」「けっこう平然としているように感じたけど、それは悪かった……」「――俺が想像していたオンナは、御堂さんじゃなく、佐伯さんそのままでした。御堂さんはやっぱり筋者で、俺の想像の中にあるオンナの印象は、そうじゃない。そういうことも関係しているのかもしれません。だから、前から知っている気がする、なんて言ったんです。びっくりして、思わず」 夜、玲に助けられたときに交わした会話はよく覚えている。一方の玲も、それは同じようだった。「佐伯さんも、あのとき言いましたよね。前に俺に会ったことがあるって。それは……、どういう意味ですか?」 まっすぐ見つめられ、密かに和彦はうろたえる。黒々とした玲の瞳は、威圧的というわけではないが、迫力がある。まるで
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