Home / BL / 血と束縛と / 第36話(15)

Share

第36話(15)

Author: 北川とも
last update publish date: 2026-06-21 14:00:15

 気をつかわなくていいのにと、柔らかな苦笑を浮かべて窓に歩み寄る。もっとよく庭を眺めようとして、あくびを洩らす。

 朝から気を張り詰め、午後からは玲と歩き回っていたので、さすがにもう動くのが億劫だ。今夜は安定剤の力を借りる必要はないだろう。いくら心配事があるにしても、安眠できそうだ。

 ふっと表情を引き締めた和彦は、窓に額を押し当てる。オンナである自分を、玲はどんなふうに見ていただろうかと、夕食時の様子を思い出そうとする。しかし、玲はあくまで自然体だった。そう和彦には見えた。

 だからこそ、明日は一緒に行動していいものかと悩んでいると、携帯電話が鳴った。相手が誰であるか確信して、文机の上に置いた携帯電話を取り上げる。

「……ぼくが連絡を忘れていると思って、かけてきたのか……」

 開口一番、ため息交じりに和彦が言うと、電話の向こうから低い笑い声が聞こえてきた。

『疲れた先生が、もうウトウトしかけているんじゃないかと思ってな。まだ起きていたか?』

「かろうじて
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 血と束縛と   第49話(42)

     本宅で笠野に作らせたというサンドイッチを和彦が食べている間に、賢吾はバスタブに湯を張り始めた。普段はあまり使わない入浴剤をいくつか出してきてテーブルに並べると、どれがいいかと和彦に選ばせる。そして、食事を終えたタイミングでバスタブに放り込み、ついでに和彦も放り込まれた。「ゆっくり温まってこい」 そんな言葉とともに。 わけがわからないと呟きながらも、他人が準備してくれた風呂にはありがたく浸からせてもらう。 全身を弛緩させ、ぼんやりと天井を見上げる。発汗作用のある入浴剤だったらしく、いつも以上に汗が噴き出してくるが、それが気持ちいい。 そういえば、ここ何日かはゆっくりと入浴する時間が惜しくて、ほぼシャワーで済ませていた。「不精を見抜かれたか……」 風呂の準備をしてもらったこと以上に、長嶺組組長をたっぷり待たせるという贅沢を味わいながら、和彦は時間をかけて全身を洗う。最後に冷たい水を浴びてさっぱりしてバスルームを出ると、なんと替えの部屋着まで用意されていた。「至れり尽くせりだ」 ダイニングのイスに腰掛けた和彦は、グラスで差し出された水を飲んで吐息を洩らす。賢吾は目の前でニヤニヤしていた。「……やけに今日はサービスがよくて、なんだか怖いんだが……」「俺はいつでも、お前にだけはサービスがいいだろ」「そうだったかなー」「物忘れがひどいのは、まだ疲れているせいだな」 白々しいことを言いながら賢吾はさっとドライヤーを取り出し、和彦の濡れた髪に温風を当て始める。髪を搔き乱していく指の動きが気持ちよくて、ますます体から力が抜けていく。「――……あんたこそ、忙しいんじゃないのか。ぼくが倒れても有能な人材が揃ってるからなんとかなるだろうけど、あんたの場合はそうもいかないだろ。しっかり休んでもらわないと、ぼくが組員たちから恨まれる」「俺が忙しいと、どうして思うんだ」 いつでも忙しそうにしているだろうと返すのは簡単だったが、和彦は自分の言葉を改めて考えてみる。なぜ、今の賢吾は

  • 血と束縛と   第49話(41)

    「本当に、平気なんだ。ただ疲れて横になってただけで……。ああ、昼を食べてないから、ちょっと低血糖かもしれない……けど、間違っても息が止まるようなことはないから」「お前は、放っておくと、勝手に弱ってそうな印象が強すぎる」 さすがにそこまではと言いかけて、まだ賢吾が怖い目を向けてくるので、やめておいた。「心配して、わざわざ来てくれたのか?」「仕事を終えたあとのお前が、いつになく疲れきっていたと報告を受けてな。――ここのところ、忙しすぎたか」 和彦は苦笑いを浮かべて首を横に振る。「その前に、ゆっくり過ごしすぎた。久しぶりの平常運転で、体がまだ慣れてないだけだ」 仕事が忙しくて目を回すなど、社会人の大半は経験しそうなことだ。少し過保護すぎだと思うが、わざわざ駆けつけてくれた賢吾の行動が嬉しくないわけではない。それどころか――。 賢吾がベッドに腰掛け、和彦の肩を抱き寄せてくる。素直に身を任せると、首筋に顔が寄せられた。「シャワーを浴びてないから、汗臭いと思う……」「なら、俺がよく知っている匂いだな」 賢吾の腹に拳を軽く入れてやった。「――……仕事以外で、気にかかることがあるんじゃねーのか」 魅力的なバリトンが耳に注ぎ込まれる。和彦は間近から賢吾の目を覗き込んだ。「南郷から無理難題でも――」「大丈夫。あの人との問題は、たぶん片付いた」 ほお、と賢吾が声を洩らし、両目に冷たい光を宿す。「どんな問題があって、どう片付いたのか、気になるな」「これについては、あんたは知らなくていい」「それは……おもしろくないな。俺のオンナが、俺の気に食わない男と一緒に隠し事をしてるってのは」 やはり南郷のことをそんなふうに思っているのかと、賢吾の声が怖い響きを増していく中、まずそれが気になった。和彦としても、別に南郷の好感度を上げてやろうなどとお人好しなことは考えていない。 賢吾の目を見据えたまま噛み締めるよう

  • 血と束縛と   第49話(40)

    **** クリニックが休みの土曜日、和彦はゆっくりと休養――とはならず、朝から働いていた。 トラブルからの暴力沙汰で怪我をした総和会の構成員二人の抜糸をしたまではよかったが、急患が出たといって別の現場に連行されたのだ。仲間内のケンカの弾みでという説明を受けたが、ベッドに横たわっていたのは見た目は少年と呼べそうな青年で、脇腹の切創でかなり出血していた。 総和会に名を連ねる組の組員とのことで、二十歳だとは言われたがかなり怪しい。ただ、全身に刺青が入った姿は、未成年・成人に関係なく、いかつい。 意識が朦朧とした状態でも、物騒なうわ言を呟き続けているのが、病院に連れて行けない理由なのだろうと、頭の片隅で推測しつつ処置をした。ただ、組員は一時かなり危険な状態だった。電話で様子を聞いたときに輸血パックの手配を頼んでおかなかったらどうなっていたか。紙一重という状態を医者の立場で味わった和彦は、緊張から貧血を起こしかけたぐらいだ。正直、手に余る患者だと言ってもよかった。 もっと経験豊富な医者にも駆けつけてほしいと頼んだ言葉が、お守りのようになっていた。 なんとか容態が持ち直し、駆け付けた他の医者にバトンタッチして外に出たとき、安堵からへたり込んだぐらいだ。このとき、時刻はとっくに昼を過ぎていた。 とにかく休みたいと自宅にマンションに戻る。冷や汗でぐっしょり濡れた服を着替えてから、シャワーを浴びる気力も体力もなく、ベッドに倒れ込む。指先が微かに震えていた。ここ最近、毎日がハードすぎないかと思ったが、こんな生活を選んだのは他でもない和彦自身だ。 さすがに今日はもう、どんな依頼が来ても受けられないし、そもそも外出をしたくない。和彦は手を伸ばし、その辺りに放り出したスマートフォンをたぐり寄せて電源を切る。メッセージの通知音も耳に入れたくなかった。 頭の中で、今日の術技が繰り返される。自分にできる限りのことはしたが、胃が締め上げられるような緊張感を味わうと、次こそ取り返しのつかない失敗をしでかしてしまうのではないかと怖くなるのだ。ここまで、そんな気持ちを一つ一つ踏み潰すようにして進み続けてきたが、きっとこの気持ちがなくなることは

  • 血と束縛と   第49話(39)

     南郷さんに、と付け加えても、三田村は表情は変えない。急に喉を乾きを覚えた和彦は、シードルをグラス半分ほど飲む。リンゴの爽やかな香りとともに、すっきりとした甘さが口腔に残る。飲みやすいが、もう少しアルコール度数が高めのワインを頼んでもよかったなと、少しだけ後悔する。一方の三田村は、車の運転があるため炭酸水だ。 バゲットを千切り、トマト煮のソースをつけてぱくりと頬張る。一通り料理に手をつけてから、和彦はさらりと切り出した。「三田村、後悔してないか?」「何について」「ぼくは……、あんたと初めて会ったときに比べて、ずいぶん変わった。自分で言うのもなんだけど、図太くて、逞しくなった。もともとズルい人間ではあったけど」 三田村は不思議そうに首を傾げる。「先生が変わったとして、どうして俺が後悔することになるんだ」「普通の……恋愛関係でもあるだろう? こんなはずじゃなかった、とか。こんな人間だとは思わなかったとか……」 三田村はため息に似た声を洩らした。「先生と俺は――、最悪な状態で知り合ったと言っていい」「うん……」 本当に最悪だったなと、自然と苦い表情になる。そんな和彦を見て、三田村は目元を和らげる。「そこから二人で、いろんなものを積み上げきた。少なくとも俺にとっては、日々、新しい先生と出会っていると思っている。先生と知り合う以前の俺は、何もない、ただヤクザというだけのつまらない男だった。そこに、特別な先生と知り合ったことで、何もかも変わった。変えてくれた。積み上げることで、変えてきた。そこには、マイナス要素は何もない。俺の世界に先生がいるだけで、十分満たされているし、幸せなんだ」 思いがけず真摯な言葉が返ってきて、瞬く間に和彦の頬は熱くなってくる。もしかして赤くなっているかもしれない。 動揺を抑えるために口元を手で覆う。「……ときどき、あんたは、とんでもなく情熱的なことを言ってくれるな。ぼくは、暗に催促したわけじゃないからな。そういうことを言っ

  • 血と束縛と   第49話(38)

    「――……いろいろあった」 すでに日が落ちた街の景色に目を向けながら、ぽつりと和彦は洩らす。何が、とは三田村は問わず、ただ聞いてくれる。「一昨日、祖父の初七日が終わったんだ。母が向こうにいてくれたから、あまり心配はしていなかったけど、連絡をくれた祖母の声が思ったよりしっかりしてたんだ。こちらが気を使わないようにしてくれたんだと思う。……人生の巡り合わせというのは本当にあるんだな。ずっと疎遠だった祖父母とようやくまた会うことができたのに、交流する間もなく祖父がいなくなってしまった」「でも、会えたことに後悔はなかったんだろう、先生は」「もちろん。再会する前なら、なんの感情も湧かなかったかもしれないし、もしかすると、亡くなったということすら教えてもらわなかったかもしれない」「なら、会えてよかった。先生にとっていい祖父君だと確認できたんだから」 うん、と和彦は子供のように頷く。「きっと、ぼくの現状を知ったときは、びっくりしただろうし、心配もしただろうけど、何も言わないでくれた。世間的には眉をひそめられることなんだろうけど」 三田村に語って聞かせられるほど、正時との思い出はない。車内の空気を湿っぽくしたいわけでもないため、話題は自然と、再開したクリニックのこととなるが、再開して数日では、こちらも語れるほどのエピソードはない。「三田村は、変わったことはないのか?」「俺は……、先生に関わること以外では、話しておもしろいことはないな」 三田村の淡々とした――しすぎた口調に微妙に引っかかるものを感じる。その違和感がずっと気になり、商業ビル内にあるスペイン料理店に入っても消えない。 夕食時ということもあり、広い店内はほぼ満席の状態で、予約がなければすぐには入れなかっただろう。隣の大きなテーブル席は仕事帰りらしい社会人のグループで盛り上がっており、おかげでこちらの会話が聞かれるおそれもないようだ。その様子を一瞥して、三田村と一緒にメニューを覗き込む。 千尋のお勧めだという魚介のパエリアの他に、スペイン風のオムレツ、ミートボールのトマト煮とベーコン

  • 血と束縛と   第49話(37)

     ミーティングを終えたあとは、どうしても気になるというスタッフにクリニック内の飾りつけを任せ、ついでに福利厚生のためのコーヒーやお茶などの買い出しにも行ってもらう。そうしてバタバタしているうちに夕方になり、解散となる。 やるべきことはやったので、あとはもう、平穏にクリニック再開を待つだけだった。**** しばらくは開店休業状態が続くことを覚悟していたが、意外なことにカウンセリング予約が立て続けに入ったり、休業前からの患者が何事もなかったように施術を受けに来てくれたりと、少なくとも暇を持て余すような事態にはなっていない。患者との世間話からそれとなく聞き出してみたが、どうやら秦が、自分の店の従業員を使って声をかけてくれたようだ。 持つべきものは、やり手の青年実業家の悪友だなと、和彦は素直に感謝する。 久しぶりに美容外科医として働く感覚を取り戻すために、細心の注意を払った。ヤクザやその関係者だけに囲まれて生活していると、どうしても人との接し方が雑になってくると、和彦なりに自覚があったのだ。数少ない長所と自負している人当たりの柔らかさを、クリニックのスタッフや患者を相手に遺憾なく発揮しながら、数日が過ぎていた。 接骨院に行くまでもなくあっさりと筋肉痛は治り、代わりに気疲れによる肩こりをなんとなく気にしながら、終業後の人気のなくなったクリニックを見て回る。火元を確認して、防犯システムを作動させる。 やっと今日の仕事は終わりだと、よろよろとした足取りでエレベーターに乗り込む。空腹だが、どこかの店に立ち寄るのは面倒で、連日手軽な弁当を買って帰っているため、そろそろ本宅の台所を取り仕切る笠野の耳に入りそうでもある。いっそ本宅で食べさせもらうというのも手だが、疲労困憊の状態で長嶺の男と相対するのも――。「さらに疲れそうだな……」 本人たちには絶対聞かせられない独り言を呟いてから、和彦は口元に手をやる。悪気はないんだと、心の中で言い訳しておく。 長嶺の男たちは、クリニックを再開したばかりの和彦を気遣ってくれているのか連絡も控えめで、そんな彼らを悪し様に言ってはバチが当たる。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status