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Semua Bab 血と束縛と: Bab 1701 - Bab 1710

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第47話(29)

「あの男、鍛えることに関してはスパルタだ。毎日嫌になるほど地面に転がされた」「体を鍛えて、先生自身に戦ってほしいわけじゃないだろう。いざというとき、動じず、怯まない気持ちを持ってくれたらと願ってたはずだ。結局のところ、いくら取っ組み合いが強かろうが、ヤクザの場合、拳銃を使ったほうが話が早いからな」「……身も蓋もない」「だが、それが俺たちのいる世界だ。――先生も戻ってきてくれた」 そう、自分は戻ってきたのだ。 その事実を改めてかみしめていた和彦の耳に、にぎやかな犬の鳴き声が届く。何かと思って見てみれば、柵で囲った芝生で、犬たちが元気よく駆け回っていた。 ドッグランまであるのかと、ついふらふらとそちらのほうに歩み出そうとして、ハッとして三田村を振り返る。優しい目で頷かれた。「――和泉の家には、猫が何匹もいたんだ。もしかすると、まだ会ってない子がいたかもしれない。人懐こいというのとは違って、なんだか客のあしらい方が上手い猫ばかりだったな。ぼくに撫でさせてくれたかと思ったら、すぐにスルッとどこかに行ってしまって。……あと、冬の間生活してたところは山奥だったから、たまに野ウサギとかイノシシを見かけたし、野鳥観察もしてたんだ」 そんな話をしながら、二人で柵の側に立つ。元気に駆け回る犬ばかりではなく、芝生の隅に所在なさげに佇んでいたり、他の犬に一方的にじゃれつく犬もいて、個性が出ている。眺めているだけで楽しくて目を細めていると、三田村がこう提案してきた。「組長に頼めば、マンションでペットを飼えるんじゃないか。先生、動物が好きだろう」「……ぼく程度で動物好きなんて名乗ったら、本物の動物好きに叱られるな」 走り回っていた大型犬が、何が気になるのか二人の側まで寄ってきて愛嬌を振りまいてくれる。人懐こい大型犬にも心惹かれるものがあるが、この大きさで飛びつかれては自分ならひっくり返るだろうなと、一人で納得した和彦は、三田村を促してドッグランを離れる。「別に、一人でいて寂しいというわけじゃないから。賢吾もそれを気にしてたのか、いつだったか、猫を飼ったらどうだと言
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第47話(30)

 和彦がおにぎりに齧りついていると、辺りを見回した三田村が売店を指さす。「先生、足りないなら、あそこでいろいろ売っているみたいだ」「ぼくは大丈夫。三田村こそ、何か買ってきたらどうだ。ぼくはここにいるから」 本気かと、三田村が大仰に目を剥く。「俺が先生から離れるとでも?」「……ここは見晴らしがいいから、少しぐらい……」「その少しが、先生と会える最後になるかもしれない」 和彦が思っていた以上に、唐突に消息不明となった出来事は三田村に――というより、男たちに深い傷を与えたようだ。和彦にとっては鷹津に庇護されていたという感覚だが、賢吾やその周囲にいる者にとっては、和彦がどんな状況に置かれていたのかしばらく不明だったのだ。「慣れとは怖いな……。自分がどれほど思われて、大事に扱われているのか、すぐに感覚が麻痺する」 和彦がぽつりとこぼすと、三田村は自嘲気味に唇を歪めた。「先生には申し訳ないが、そうありがたがられるものでもない。なんといっても俺たちは、先生を閉じ込めて、逃げ出さないための檻を作っているだけなんだから。先生がそう感じてくれてるんなら、こちらの思惑通りだ」「あんたは悪役ぶるのが似合わないな」 和彦がニヤリとすると、決まり悪そうに三田村は頭を掻く。「一応、現役ヤクザなんだが……」 三田村との間に流れる空気が心地いい。ハスキーな声も、優しい口調も、一途に向けられる眼差しも、何もかもが自分のために存在していると、傲慢にも思ってしまうほどに。 和彦はつい想像する。自分がいない三か月もの間、三田村という男に〈触れた〉者はいたのだろうかと。いない、と確信が持てるからこそ、己の傲慢さに和彦は打ちのめされる。「先生……?」「……なんでもない」 和彦がおにぎりを勢いよく食べきってしまうと、すかさず三田村からお茶が差し出される。「――何か難しいことを考えたんだろうが、俺はただ、先生が戻ってきて
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第47話(31)

**「――ぼくに尾行をつけてますか?」 呼出し音が途切れた瞬間、勢い込んで和彦は質問をぶつける。返ってきたのは沈黙で、たっぷり二十秒ほど待っている間に、さすがに不躾すぎたと反省する。「えっと……、すみません。佐伯和彦です。それであの――」『あー、いや、わかります。和彦さんね。知らない番号だったから、誰かと思いました』 どこか飄々とした口調と、微かな関西弁のイントネーション。返ってきた言葉にほっとして、和彦はもう一度非礼を詫びた。『今どこですか?』 わずかに笑いを含んだ声で問われる。「……長嶺の、本宅に……」 公園からまっすぐ本宅に送り届けられた和彦は、客間に入ってすぐにスマートフォンを手に取ったのだ。三田村とは玄関まで一緒だったが、険しい表情で詰め所に向かった。今頃、公園でのことを報告しているだろう。 誰かに見られていたというのが勘違いであったなら、自分の自意識過剰ぶりに顔から火が出るところだ。だからといって、何事もなかったふりができないのが、和彦の立場だ。『つまり、外を出歩くなら護衛がついてますよね。襲われたとかじゃないんですね?』 和彦の事情の大半を把握しているだけあって、話が早い。「それは大丈夫です」『でも、少し冷静さを失ってるようですね。わたしがあなたに尾行をつける理由がありませんから。知りたいことは、あなたからこうして直接お聞きすればいいんですし。なんといっても、もう既知の仲ですから』 指摘されて初めて和彦は、意外に自分は動揺していたのだと知る。傍らに三田村がいて、自分が取り乱せば大事になるとそればかり考えていたのだ。 大きく息を吐き出し、額に手をやる。「まあ……、そのとおりです。一番最初に頭に浮かんで、連絡もしやすかったのが、あなただったんです。――九鬼さん」『素性も風体も怪しいですからね、わたし』「あっ、いえ、そういう意味では……」 強く否定で
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第47話(32)

 九鬼の口ぶりが気になる。和彦がそっと眉をひそめると、客間の外で微かに人の気配がした。電話で話しているとわかったのだろう。気配はすぐに遠ざかる。「もしかして、何か知ってますか?」『さあ、どうでしょう』 和泉家に滞在中に感じた、田舎に引きこもっていながらの総子の知見の広さは、九鬼の働きによる部分も大きいようだ。そんな男がこんな物言いをして、何も知らないはずがない。しかし悲しいかな、和彦には問い詰める手段がなかった。 和彦を翻弄するように、九鬼がこんな提案をしてくる。『近いうちにでも、オフィスに遊びにきてください。わたしと楽しくおしゃべりをしていると、何か情報が転がり出てくるかもしれませんよ。わたし、人としゃべるのが好きなんですけどね、相方――、ああ、坊主頭の奴のことです。烏丸と言うんですがね、元プロレスラーで、そのあとヤクザのフロント企業で用心棒をしていた男なんですが、見たまんま、無口なんですよ。いい奴ではあるんですが、とにかく会話が弾まない』 元ホストの秦並みによくしゃべるなと、うっかり聞き入りながら感心してしまう。『心配しなくても、健全で、ごく普通のオフィスですから。それは、長嶺組の組長さんも太鼓判を押されると思いますよ』「……組長って……、賢吾、さん?」『手土産持参で、挨拶に見えられました。――まあ、偵察でしょうね』 予想もしなかった話に、和彦は軽く混乱する。ようやくこの質問を絞り出した。「いつの、話です……?」『一昨日でしたかね。いやー、こっちもバタバタしていましたから、さすがにアポなしだとあまり時間が取れず、申し訳なかったです』 冗談めかしてはいるが、これは皮肉だろう。自分の知らないところで一体何をしているのだと、困惑と怒りが同時に押し寄せてくる。 和彦はスマートフォンを耳に押し当てたまま、手元の九鬼の名刺に視線を落とす。実は九鬼に関する情報は、まだスマートフォンには一切登録していない。個人情報をヤクザに掴まれるのは、九鬼にとって気分がいいものではないだろうと考えてのことだったが――。
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第47話(33)

**** とにかく今日は疲れたと、入浴後によろよろと客間に戻った和彦は、早々に布団を敷いて横になる。 予定では、帰宅した賢吾を捕まえて、九鬼の件について問い詰めるつもりだった。だが当の賢吾が遠出で、今夜はホテル泊なのだという。肩透かしもいいところだが、そもそも九鬼と連絡を取ったきっかけを思い出し、複雑な心境となる。 今日、自分をつけていたのは誰なのか――。 和彦はもう、自分の勘違いだとするのはやめていた。確実に、誰かが目的を持って和彦を見ていたのだ。 神経がピリピリとして落ち着かない。安定剤が欲しいところだが、あいにく一錠も残っていない。組員に頼めば早々に手配してくれるだろうが、それは最終手段だと思っている。 和彦は枕元に置いていたスマートフォンを取り上げる。早く慣れるために、なるべく触るようにしていた。二度手間だと思いつつも、手帳に書き込んでいるスケジュールを、スマートフォンにも打ち込むようにしたし、電話帳にも知人の情報をせっせと追加している。もちろん、九鬼の情報も。賢吾に何もかも把握されているのなら、いまさら隠す必要もないだろう。 いろいろとアプリを勧められて入れてはみたのだが、今のところ、ラジオが聴けるアプリぐらいしかまともに活用していない。耳を傾けていると、ログハウスでの生活に引き戻される感覚があり、心地いいのだ。 部屋の電気を消し、女性パーソナリティの柔らかな語りを聴いているうちに、眠気がやってくる。 スマートフォンだとバッテリーの残量が気になるので、気が向いたら小型のラジオを買おうかと、意識の片隅でぼんやりと考えていた。 ふっと音声が止まる。そして、傍らでごそごそと何かが蠢く。和彦が寝ている布団の中に一気にひんやりとした空気が流れ込んできたかと思うと、次の瞬間には体の片側がほんのりと温かくなった。「寒っ……。エアコンつけて寝たらいいのに」 すぐ耳元で千尋の声がする。「……お前、きちんと風呂で温まらなかったんだろ。寒いのは、そのせいだ」「シャワーで済ませた。――少しでも早く和彦と
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第47話(34)

「和彦は知らなくて当然なんだけど、和彦がいない間、総和会と長嶺組は、本当にピリピリしてたんだ。その原因となった人に対して、他人が興味を持つのは仕方がないともいえる。でもさ、ようやく事態を丸く収めたのに、また長嶺組を刺激するようなまねを、少なくとも総和会がする可能性は低い。そう考えるのは、俺が現総和会会長の孫だからかな」「……誰も、総和会からつけられた尾行だとは言ってないだろ」「だったら和彦は、誰だと考えてる?」 まるで答えを誘導するかのような千尋の口ぶりに、和彦はハッとする。「お前もしかして、鷹津が……とか考えてないだろうな?」「違うの?」 質問に質問で返すなと言ってはみたものの、和彦は視線を逸らしていた。あまりに千尋が一心に見つめてくるせいだ。「あの男じゃなかった」「顔はよく見えなかったんだろ」「わかる。――あの男なら、気配でわかる」 断言してから、しまったと思ったが、意外に千尋の反応は冷静だった。「……嫉妬する。和彦にそこまで言わせるあいつに」「お前のことだって、顔が見えなくても判別できる自信はあるけど」 返ってきたのは大きなため息だった。「性質悪いよなー、和彦って」「長嶺の男に言われたくないな」 さっさと自分の部屋に戻れと、千尋の体を布団から押し出そうとして、強く手首を掴まれる。そのまましっかりと抱き締められた。 見た目に凛々しさが増した千尋だが、こうして密着すると、体つきの変化もより実感できる。本当は犬っころなどと表現するのもはばかられる、成熟した獣になりつつある。 千尋に導かれて触れたものは、ふてぶてしい存在感を誇示していた。「――ぼくを心配して、忍び込んできたんじゃないのか」「危機感なく寝てる和彦の姿を見たら、ほっとしてこんなことに……」「悪いけど、今日は疲れてるから、早く寝たいんだが」「最後まではしないから」 どこまで本気なのか、そんなことを言いながらも千尋はしっか
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第47話(35)

 布団の中で抱き合い、絡み合っているうちに、いつの間にか和彦が千尋の上に覆い被さる格好となっていた。待ちかねていたように千尋に背を引き寄せられ、胸に顔を埋められる。子供のように胸の突起に吸い付く千尋の頭を撫でてから、和彦は自ら腰を動かし、勃ち上がった千尋の欲望を刺激してやる。 なんとなく千尋を甘やかしたい気分になっていた。「――和彦」 名を呼ばれて再び唇を重ね、唾液を交わす濃厚な口づけに耽る。その間に、千尋の手に両足の中心をまさぐられ、興奮を兆し始めていた和彦自身を掴まれる。このままだと体が汚れるとか、汗だくになったらまた湯を浴びに行かなければならないとか、つい考えてしまうが、うねりのように押し寄せてきた情欲の前には些細なことだった。 和彦の変化を感じ取ったのか、千尋の目が爛々と輝く。 布団を押し退けられた途端、ひんやりとした空気に肌を撫でられる。抱き合っているうちに浴衣も完全に脱げてしまっていた。「やっぱエアコンついてなくてよかった。暑くなってきた……」 千尋がぽつりと洩らした言葉に、和彦はうっすらと微笑む。 せがまれるまま、千尋が見ている前で足を大きく開き、自らの欲望を刺激してみせる。行為自体は興奮のため抵抗はなかったが、千尋の恍惚とした表情を目の当たりにすると、さすがに羞恥で身が燃えそうになる。「千尋、もういいか――」「ダメ。最後まで見たい」「いままでも、見たことあるだろ……」「和彦が戻ってきてからは、初めてだ」 言おうとしていた言葉は、口中で消えてしまう。結局、達する姿を千尋にじっくりと鑑賞されていた。 肌を汗ばませ、全身を震わせて喘ぐ和彦の姿は、千尋を楽しませるには十分だったらしい。高ぶった己の欲望を扱いた千尋が、達する寸前、素早く動いた。襲い掛かられるのかと身構えたときには、和彦の胸元に生温かな液体が飛び散る。「あっ……」 千尋が獣のように舌なめずりして、和彦を見下ろしてくる。自分の精で和彦を汚せて、満足しきっている顔だった。このときゾクゾクするような感覚が、和彦の中を駆け抜け
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第47話(36)

**** 久しぶりに自宅マンションに戻ってきた和彦は、書斎に荷物を運びこんだ組員が引き上げるのを待ってから、腰を落ち着ける前に各部屋を見て回る。 心配するまでもなく手入れが行き届いており、大げさではなく埃一つ落ちていないのではないかとすら思える。カーテンや寝具も入れ替えられており、当然、クローゼットには春物が並んでいる。さらに冷蔵庫の中は、和彦が好みものばかりが収まっていた。「さすが……」 笠野が目を配っていたとのことなので予想はしていたが、まさに至れり尽くせりだ。 書斎に入ってドアを閉めると、ようやく一人きりになったのだと実感する。本宅の居心地は確かによかったのだが、完全に一人きりとなって味わう解放感の心地よさは、別ものだ。 これで心置きなく作業ができると、床の上に座り込んだ和彦は、組員に運んでもらった段ボールを開ける。ログハウスに残してきた和彦の私物で、すでに季節外れとなった冬服の他に、買い込んでいた本や雑誌も入っている。そして何より大事な、和泉家の相続関係の書類や資料も。和彦が長嶺の本宅に滞在し始めた翌々日には、なぜか秦の手によって届けられたものだ。 和彦が鷹津の身の安全についてさほど心配していなかったのは、この荷物の存在があったからだ。秦に手を回せるほど余裕があったということは、総和会に身柄を押さえられなかったという証明になる。 長嶺組――というより賢吾が、鷹津を追っているのかどうかは、正直よくわからない。互いに忌々しい存在だと思っていても、利用できると認め合っている節もある男たちだ。和彦からあれこれは聞けない。 この荷物の中に九鬼の名刺も入っていたので、それ以外のものにも長嶺組のチェックは入っているだろう。和彦が和泉家から受け継ぐことになるものについてどう感じているか、これもまた和彦は賢吾には聞けない。 大蛇の潜む賢吾の目に、肉欲以外の〈欲〉を見たくないのだ。 荷物を取り出し分類していくと、最後に、厳重に梱包されたプラスチック製の食品保存容器が残る。中に入っているものが万が一にも濡れたり、傷ついたりしないようにという、鷹津なりの気遣いだ。
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第47話(37)

「はー、ダメだな……」 もうこの世にいない実の母親に対して、感傷的になっているが故の反応かもしれないし、もっと素直な感情の揺れ故の反応かもしれない。 とにかく、このアルバムは和彦にとっての聖域となった。本棚に並べるのははばかられ、デスクの引き出しに仕舞っておく。 片付けを終えてやることがなくなると、コーヒーを淹れるためキッチンに立つ。カップなどを準備していると、テレビもつけていないのにどこからか音楽が聞こえてきて、耳を澄ませる。なんの音だろうかと首を傾げた数瞬後に、慌ててキッチンを飛び出す。いまだに耳慣れていない、スマートフォンの着信音だった。 書斎で充電中だったスマートフォンを取り上げたときには、すでに電話は切れていた。てっきり長嶺父子のどちらかと思ったが、表示された名を見て和彦は苦い表情となっていた。** 言い訳をして後回しにしていた自分が悪いのだ――。 重苦しいため息が出そうになるたびに、和彦はそう自分に言い聞かせる。一方で、気持ちを整理する時間もほしかったのだと、また言い訳を重ねてしまう。 自分のペースで物事を進めたいと願うのは、今の環境では難しい。事情も感情も利害もが絡み合い、嫌でも和彦自身に決断と行動を促してくる。「いや、そう大げさなものでもないのか……」 堪らず独りごちると、運転席の組員が背後をうかがう素振りを見せる。なんでもないと言いかけて、まったく違うことを口にしていた。「本当にすまない。こちらの都合で、いきなり呼び出すことになってしまって」 和彦の言葉に、前列の組員二人はのんびりと笑う。「気にしないでください。組からしてみれば、先生が何も言わずに出かけられるほうが、よほど怖いんで。よくぞ、連絡してくれました」 大層に褒められることでもないのだがと、つい複雑な表情となってしまう。 実のところ、黙ってでかけようかと一瞬思わなくもなかったが、正体不明の人物に尾行されたばかりなのもあって、実行には移せなかった。和彦も命は惜しい。 和彦のスマートフォンに残っていたのは、実家の電話番号
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第47話(38)

 罵倒されるぐらいで済むだろうかと、和彦は無意識にネクタイの結び目に指をかける。綾香と会うのにどんな服装がいいだろうかと悩む時間もなく、無難にスーツを着込んできた。 ネクタイを緩めかけて寸前で止める。とうとう実家が見えてきたせいだが、車はスピードを落としながら一旦通り過ぎた。監視している者がいないか確認したのだと今の和彦ならわかる。 実家近くで和彦と助手席の組員が車を降りる。もちろん中に入るのは和彦だけで、組員は外の目立たない場所で待機しているという。 インターホンを押すと、今回はすぐに応答があった。淡々とした綾香の声を聞いた途端、心臓が締め付けられたように胸苦しくなる。和彦は一拍置いてから名乗り、門扉を押し開けた。 玄関前に辿り着くまでに、どんどん鼓動が速くなり、手足が冷たくなってくる。それでもなんとかドアを開けると、珍しくワンピース姿の綾香が出迎えてくれた。その姿を見て、和彦は仰け反るほどの衝撃を受ける。脳裏を過ったのは、記憶にある紗香の姿だった。「……おかえりなさい」 顔を強張らせたまま立ち尽くす和彦に、逡巡を見せたあと綾香が声をかけくる。ハッとして、なんとか言葉を絞り出した。「ただ、いま……」 上がるよう言われて和彦は靴を脱ごうとしたが、どうしても先に言っておきたいことがあった。「ごめん、か、さん……。もっと早くに、こちらから連絡するべきだったのに……」「――わたしの存在なんて、頭になかったでしょう」 底冷えするような冷たい声の響きに、和彦は総毛立つ。「そんな、こと……」「昔から、この家のことはなんでもわたし抜きで決まってきたから、仕方ないんでしょうね」 困惑して立ち尽くす和彦に、綾香は初めて見せる自虐気味な笑みを向けた。「あなたの連絡先がわからなくて、俊哉さんの携帯を盗み見てようやく知ったのよ」「それは……、母さんを面倒なことに巻き込みたくないと、父さんなりに考えたんだと思う」「あの人
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